233 新たな決意
11/13 前話232話の内容を修正しました。
簡単に言いますと行き先の微調整ですが、未確認の方は先にそちらをお読みくださると幸いです。
11/14 再度微調整しました。
「それでは、あなたたち。現地でお会いしましょ」
アリアが【拒絶世界】の〝闇〟に包まれ姿を消すと、カルラはネロとフェルドにニコリと微笑み、優雅なカーテシーを披露して、彼女の姿も闇に飲み込まれるように消えていった。
「…………」
『ガァ……』
残された二人は、おそらくこの大陸において最強であろう二人の少女が消えた場所をしばし見つめたあと、どちらともなく顔を見合わせる。
フェルドもネロもあの少女とは面識がある。
フェルドは王家のダンジョン探索で一緒になったが特に話したことはなく、最後にやらかした危険人物だと記憶していた。ネロの場合は、それどころではなく出会った瞬間に殺しにきた厄介者だ。
「……彼女が来るのか」
フェルドはいつの間にか決まってしまった援軍に思わず呟きを零した。
カルラが言ったように、彼女が援軍としてダンドールに来るのなら戦力的に一軍に匹敵するだろう。それによって自分たちやダンドール旗下の騎士たちの生存率は上がるかもしれないが、アリアの懸念通り、カルラの行動原理が理解できない限り、最悪の場合はフェルドたちは彼女からもダンドールを守る必要が出てきた。
本音を言えば、アリアに戦力的な不安を感じさせていることに不甲斐なく思うが、実際に不死者と戦ったことがあるアリアとネロがそう判断しているのなら、本当に危険な任務になるのだろう。
自分たちの生存率を冷徹に計算して、危険人物を頼らざるを得なくなったアリアの気持ちも充分理解できるので、フェルドもネロも無下にはできなかった。
「……とりあえず、まずは近くのギルドから仲間たちに知らせる。襲撃までどれだけの時間が残されているのか分からないが、ドルトンやミラなら一日程度で到着できるはずだ。……あ~なんだ、そんなわけで急がないといけないのだが……乗せてくれるか?」
『…………』
相手が獣であるために独り言のようになってしまったが、本人もそんな気がして距離感を図りかねているフェルドの言葉に、ネロは人間のように溜息を吐いて、耳から伸びる髭で自分の背を叩く。
――乗――
「助かるっ!」
一人の男と一体の獣が森を駈け、少女たちはそれぞれの戦場へと向かい、戦況は再び動き始めた。
***
私は【拒絶世界】を使って森から森へ、山から山へと飛び抜ける。
【拒絶世界】は空間転移とは違い、見えている場所にしか飛べないが、それでも森や山を一瞬で飛び越えていくことができるのなら、かなりの速度となるはずだ。
でも、それも魔力が続く限りだ。竜の血を使った丸薬を使えばある程度は軽減できるが、使いすぎれば毒にもなる『竜丸薬』は、メルローズでの戦いのことを考えれば多用はできない。
それでも半日もすれば王都の城壁が見えてきた。ここからならダンドールの屋敷も近いはずだが、すでに日も落ちて私が一人で行っても信用してもらえるか分からない。それに、そちらに気を逸らせばメルローズの襲撃に間に合わない可能性もある。
どちらにしろ、フェルドから連絡は入っている頃だろう。この場で第二騎士団を見つけられないのなら、後のことはフェルドやカルラに任せたほうがいい。
この場にはもう用はない。でも……それでも私には一カ所だけ立ち寄りたい場所があった。
――トン。
夜のテラスに降り立つ私の爪先が石床とふれあい微かな音を立てた。
王都の城にある王女宮。ここにいた頃はこうして眺めることもなかったが、わずか数ヶ月でも随分と懐かしさを感じる。
静かで音もない。遠くで聞こえる音はまだメイドが仕事をしているのか、それとも街の喧騒が届いているのか。
無意識に足音を消して王女宮を歩く。
非公式だが死んだことになっている私がここにいる意味はない。私の姿が兵士に見られるだけでも問題になる。
それでもセラや暗部の人間がいれば直接詳細を伝えられ、連絡の不備による問題を回避することができるから、ここに来たこと自体は無意味でない。
「…………」
ううん、本音は違う。
これから私は百人以上の不死者を相手に戦う。負けるつもりで戦う気はないけど、通常の不死生物と違い不死者は技能を保持してそれを扱うことが出来る敵だ。
不死の騎士――肉体が壊れることへの恐怖もなく、吸血鬼のような弱点もない、統率された不死の騎士団。
十体やそこらなら力押しで勝てると思うが、それが百人ならどうなるのか?
おそらくはダンドールとメルローズのどちらかにアモルがいるはずで、私は総騎士団長を襲うよりも宰相を狙う確率が高いと考えている。その【加護】を得たアモルが不死でないと誰が言い切れるのか? その状態で私はどれだけ守り切れるのか?
そんなことを考えながらある廊下を進んでいると、高価な玻璃の板をふんだんに使った温室があった。
冬に近い季節の夜でも、ここだけはほんのりと昼の暖かさをまだ留めていた。
植物が多くある温室の中で、微かなランプに照らされたテーブルで茶を飲んでいた一人の少女が、私に気付いて顔を上げた。
「お帰りなさい。アリア」
「ただいま……」
私の同類、同志で……友達。久しぶりに会った彼女は以前よりも心なしか痩せている気がした。普段の彼女が一人でこんな場所にいるはずがなく、エレーナが私のことを待っていてくれていたのだと思った。
ナイトドレスの肩にショールを掛けただけのエレーナは、立ち上がるとゆっくりと歩み寄り、再会を喜ぶのでも勝手をした私を叱るのでもなく、彼女より少しだけ背の高い私の肩に、トン……と自分の額を押しつけた。
「また戦いに行くのね……」
「うん」
「セラが教えてくれたわ……虹色の剣から連絡が来たって」
「騎士団は動かせそう?」
「まだ騎士団は動かせない。まだ城に残っていた総騎士団長は、演習という名目で百人の騎士を二つに分け、その半分とロークウェルを連れて急遽屋敷へ戻っていったわ。できれば止めたかったけれど……」
「…………」
自分の家族を守ろうとする騎士を止める言葉を私たちは持たない。
ダンドール家にも遠話の魔導具はあるはずだが、たとえ知らせても逃げた先が安全とも限らないからだ。
「宰相は屋敷に戻る途中でまだ連絡は取れていないの。メルローズの屋敷とは連絡が取れたから、襲撃が始まれば騎士団を出すこともできるけど、私の権限では近衛騎士の一部と、総騎士団長が残してくれた部隊しか動かせないの……」
現状、力が低下している王家では簡単に騎士団は動かせない。あれほど家族に甘い国王のことだ。実弟を殺すことにも葛藤があるのだろう。
それに、もし確証もなしに騎士団を動かせばそこを貴族派につけこまれることになる。そうなったら、現在のエレーナを女王にするための動きも無駄になりかねない。
それは王女エレーナに肩入れしたメルローズとダンドールにとっても政治的な痛手となるはずだ。でも――
「とりあえずは良かった」
フェルドが知らせてくれた、アモルの反乱がメルローズかダンドールで確認されたら、騎士団を出すことも可能になったことに安堵する。
ここからだと距離的に半日程度か……。一人で守りきることを思えば、それまでアモルと不死者たちを止めるだけでいいのなら、まだ希望はある。
「良くないっ!」
私のそんな呟きを聞いたエレーナが私の肩から顔を離して、私の襟首を掴んだ。
「百人以上の不死者を相手にしたら死んでしまうかもしれないのよ! いくらアリアが強くても、あなたは〝人〟なのよっ!」
「エレーナ……」
個人で私と戦える相手は多くない。けれど、人間が一人で戦うには限度がある。
特に対個人戦に振り切った私では、訓練された軍隊を相手にするには本当に命を懸ける必要があった。
不用意な発言に私を睨んでいたエレーナは、不意に襟首を掴んでいた指から力を抜いて目を伏せた。
「ごめんなさい」
「何故、謝るの? 勝手をしたのは私だ」
「そうじゃないの。あなたは自由に生きたいだけだった……でも、私の我が儘がアリアを危険に巻き込んだ。そしてまた、あなたに頼ろうとしている」
「私が選んだ道だ」
エレーナの我が儘は、私の望みでもあった。
友達の側にいたい……そんな普通の願いも言葉にできないエレーナの想いと、私も同じものを抱いていたからだ。
でも――だからこそ。
「信用して」
私はエレーナを護る。望みを叶える。それは私の〝誓い〟だ。
「ずるいわ……」
エレーナはそう呟いて顔を上げると、その顔には少しだけ苦笑めいた表情が浮かんでいた。
「アリア、無理はしないわね?」
「無茶はする」
「それでいいわ。それがあなただもの」
そう言って彼女は微かに笑みを作る。
エレーナは『死ぬな』とは口にしない。私も『死なない』とは言わない。
私には私の戦いがあるように、エレーナには彼女の戦いがある。すでに十四歳の少女ではなく、王女としての顔に戻ったエレーナは、戦場へ向かう私に向けて王族としての言葉を告げる。
「王弟アモル……彼の反乱をダンドール及びメルローズが確認した場合、彼の命を絶つことを、第一王女エレーナの名において認めます。これは国王陛下にも文句は言わせません。王弟アモルを討ちなさい」
「了解」
いつものように短く答えた私に彼女はその瞳を微かに揺らした。
エレーナは王族として私を守ってくれている。
私も彼女の戦士として〝勅命〟を果たすことを了承し、自分の戦場へと向かうため、私たちは互いに背を向けて歩き出した。
今回はエレーナ回でした。
意外と長くなって場面がメルローズまで辿り着かなかった……
次はメルローズ家から始まります。





