232 援軍 後編
11/13内容修正。
戴いた感想から何かが降りて来ちゃったので、内容を修正しました。
元の話は見ていなかった感じでよろしくお願いします。
「フェルド!」
現れた冒険者は虹色の剣の仲間であるフェルドだった。
「どうしてここに……」
「話は後だ! まずはこいつらを倒すぞ!」
そう声をあげたフェルドが前に踏み出すと、一目で脅威と見た輜重兵の生き残りが彼へと向かっていく。
「うぁああああああああああああ!!」
「ハァアアアアアアアア!!」
それに対してフェルドは退くことも躱すこともせず、雄叫びをあげながら手に持つ漆黒の大剣を真横に薙ぎ払う。
一閃――。
『――――ッ!』
ただそれだけで三人の兵士がその得物と、鋼の鎧ごと上下に両断されて弾き飛ばされた。それでも――
『ぉああ……』
「……なんだ、これは」
まだ終わっていない。フェルドが両断した兵士は自我を無くして尚、まだ動いて武器を振ろうともがいていた。
「フェルド、そいつらは〝死人〟だ!」
「なにっ」
私の一言で理解したフェルドが死者を悼むようにわずかに顔を顰め、とどめを刺そうと大剣を構えたその時、私のナイフを眉間で受けた隊長が立ち上がると素手のままフェルドに飛びかかった。
「やらせはせんぞ! 我らはこの国のために正義を――」
「……もうやめとけ」
ぼそりと呟いたフェルドが大剣を隊長の心臓に突き立てる。でも、まだ手を伸ばそうとする隊長の首に私は後ろから黒い刃を突き刺した。
「お前はそろそろ死んでいろ」
首の関節にめり込ませるように切り飛ばし、その偽りの生を終わらせる。
ネロも残っていた不死者を無力化して、第二騎士団の輜重兵部隊を殲滅すると、そこでようやくフェルドが近づいてきた。
まだ周囲を警戒しているのか、肩に担いだままの大剣の黒い刃が鈍い輝きを放っていた。……あれがフェルドの新しい剣?
「それが属性竜の剣? さすがガルバス……綺麗だね」
「おう、そうだろ? ガルバスも随分と気合いが入ったみたいで時間が掛かったが、文句なしの逸品だ」
新しい武器の話題を振ると、わずかに曇っていたフェルドの顔が新しい玩具を得た子どものような笑みを作る。良くも悪くもフェルドは善人だから、不死者のような生も死も冒涜したような敵はあまり得意ではないのだろう。
フェルドの武器は以前もガルバスが作った魔鋼の大剣だった。私が七歳で初めて彼と出会ったときは、ガルバスからそれを受け取るところだったらしい。
あの武器もかなり良い物だったけど、その剣も闇の属性竜との戦闘で折れたことで、虹色の剣の戦力強化も兼ねて、属性竜の大角を素材として新たにフェルドの剣が作られることになった。
私の武器の強化にも使われたミノタウルスマーダーの角や、属性竜の爪や角など、上位種の素材には生体金属が含まれる。
ミノタウルスマーダーの角は生体金属保有量が少なく、そのまま武器にすることは難しかったけど、属性竜の黒い角はガルバスが根気よく形を変えることで、刃渡りで私の身長近くもある片刃の大剣として生まれ変わった。
形状としてはあの女の〝知識〟にある『太刀』に近いかも? あそこまで細くはないけど生体金属特有の年輪のような刃紋がとても綺麗な剣だった。
「硬度に粘りがあるので多少慣れは必要だが、この鋭さならランク6以上の魔物でも切り裂けるぞ。お前にばかり手間を掛けさせるわけにはいかないからな」
「フェルド……」
現状で私は、この国だけでなくこの大陸の人間種で上位になる戦闘力を持つ。ランク5までの魔物ならフェルドでも対処はできると思うけど、それ以上となると私が前に出ることが多くなるはずだ。
フェルドはそれを良しとせず、戦士として仲間として、私の隣に立とうとしてくれていた。
「お前がまた厄介ごとに巻き込まれていると聞いた。途中で会えるとは思っていなかったが、運はあるようだな」
フェルドはそこで言葉を句切ると私の瞳を真っ直ぐに見る。
「わざわざ王女の護衛を辞して、死んだことにしてまで敵を排除しようとしていることも聞いている。……何があった?」
「少し長くなるけど……」
私はこれまでにあったことを彼に説明した。
フェルドもある程度のことは聞いていたみたいだけど、ランク6を越える上級悪魔の存在や、今起こっている王弟アモルと不死者による反乱の話を聞いたフェルドは、剣の製作が長引き、長く戻れなかったことを悔やみながら、前よりも濃くなった無精髭の顎に手を当て何事か考え込んた。
「……そこまでいくと一介の冒険者や護衛の範疇を超えるな。特に王弟殿下のやっていることは明確な反乱だ。あの人も王族絡みで色々とあるが、そこまで愚かでもなかったはずだが……」
「あの人のことを知っているの?」
「ああ。俺が魔術学園に通っていたとき、少しだけ面識があった。まぁ、俺はすぐに学園を飛び出して冒険者になったが」
「そうなんだ……」
そう言えばフェルドは貴族出身だったね。特出した能力で継承問題さえなければ今も貴族だったかもしれない。
フェルドが言うには、王家の一人として学生の身で『王弟』とならざるを得なかったアモルは、相当精神的に追い詰められていたらしい。
王弟としての能力も権力もなく、ただ王家の数を揃えるだけの冷や飯食い。本来の王弟であるべき早世した第二王子が優秀だったせいで比べられ、そのためか常に〝誰か〟の役に立とうとして空回りしていた部分が見えたそうだ。
だから、あんな女に引っかかったのか……。そして彼が変わった原因もあの聖女なのだろう。
「お前の予測通り、王弟とその支持者がダンドールとメルローズを襲撃するとして、今から知らせても、第一騎士団を動かすのは難しいだろうな。不死者が二百人余り……。まともに相手をするのならその五倍近い戦力が必要になるはずだ」
「うん」
騎士の大部分がランク2だとしても、体感だと一人無力化するのにランク3の騎士が二人以上は必要だと思う。同じランクなら三人いてようやく互角。確実に殲滅するのならフェルドの言うとおり五倍は必要なはずだ。
「半分に分けたとしても百人。総騎士団長のいるダンドール家なら、騎士の訓練所もあるから百人程度の騎士は在駐しているはずだ。ダンドール家の騎士も五十はいると思うから、殲滅は無理でも準備さえしておけば籠城はできる。あとは援軍次第だが……問題はメルローズ家のほうだ」
「…………」
王都の南側外周にあるメルローズ家はここから一番遠い。王城から知らせるのなら同じ距離になるが、ここから知らせるとなればダンドール家と情報で丸一日以上の差が生じる。アモルが同時攻撃を目論んでいたとしても、私とネロの脚でダンドールに知らせるのがギリギリのはずだ。
仮に私一人がエレーナに知らせたとしても、第一騎士団が動けば聖教会にいるシンパがそれを知らせて襲撃が早まる恐れがある。
そしてエレーナが信じてくれたとしても、明確な反乱の証拠がなければ騎士団は動かせない。
個人的な確証はあるがあくまで私の推測だ。襲撃はそれよりも遅い可能性もあるし、襲撃自体が別の場所である可能性もある。メルローズもダンドールのように持ち堪えられるかもしれない。でも、その二家を襲うのが最も効率的だと私自身がそう考えていた。
私の推測と互いの意見が出揃ったところで、おもむろにフェルドが口を開く。
「アリア、お前はどうするつもりだ?」
「私は……メルローズに行こうと思う」
メルローズ家も騎士はいるはずだが、まともな騎士は数が少ない。暗部の騎士もいるはずだが、暗部の騎士は正面からの戦闘に向いている者は多くない。
「フェルドとネロにはダンドールへ向かってほしい。私一人なら、【拒絶世界】を使えば……」
「違う。そうじゃない」
フェルドが珍しく私の言葉を遮って、私を睨むように瞳を覗き込む。
「先ほども言ったが、これは一介の冒険者の範疇を超えている。お前一人が抱え込む問題じゃない。お前はどうしてそこまで戦う?」
「…………」
私一人がやらなくてもいい……それは、オークの集団を足止めする時にも思ったことだった。でも、そのとき私はそんな器用な生き方はできないと自覚した。
メルローズ家は私が忌避した、私を運命に引きずりこむ貴族だ。ミハイルはいい人だけど、あの宰相を祖父と思えるほどの思い入れはない。
でも……それでもお母さんの家族だ。あの宰相は、お母さんのお父さんだ。あそこにはお母さんが大事にしていた人たちがいる。その騎士見習いだったお父さんの友達もいるかもしれない。
だから私は彼らを守りたい……。
私が最初に思った、運命から逃れる事とは違うかもしれない。でも、私の本質は何も変わっていない。
「私は、私の〝心〟のままに生きる」
たとえ、その志半ばで死んだとしても――。
「……そうか」
フェルドは私の答えにふっと表情を緩ませると、不意に私の頭に手を置いた。
「最初に会ったときもこうしたな。あの頃は〝坊主〟だと思っていたが、随分と大きくなったもんだ」
「……覚えていたの?」
朴念仁の彼のことだから忘れていたと思っていた。
「……いや、坊主と会ったことは覚えていたが、ヴィーロに話を聞くまでお前だとは思いもしなかった」
「だと思った」
私がそう言うとフェルドは笑いながら私の髪をかき回す。
「お前に信念があるのなら俺からはもう何も言わない。少女としてのお前と会ったときは、お前を女として守るべき存在かと考えた。だけど、お前はその信念をもって俺たちの誰よりも強くなった」
「まだ、みんなの経験に追いついてないけど……」
「それでも、お前が強いことは俺が保証してやる。お前が〝最強〟だ。その力をお前の運命を阻む者たちに見せつけてやれ」
「うん」
頭を撫でられながら思わず子どものように頷くと、フェルドの表情がさらに柔らかくなる。
「それでも、疲れたら戻ってこい。俺たちは仲間だが家族だ。お前は戦士だが女の子でもあるんだから、甘えてもいいんだぞ?」
「…………」
私がフェルドの言葉にきょとんとした顔をすると、何か外したと思ったのかフェルドは「ヴィーロみたいに上手いことは言えないなぁ……」と頭を掻いた。
本当に……昔と変わらない。だから、男性としてじゃなくて〝お父さん〟に見えてしまうんだけど。
「よし! それなら俺はこれからダンドール家へ向かう。途中の冒険者ギルドに遠話の魔導具があれば、虹色の剣も招集できるかもしれない。それとそこの幻獣……ネロだっけか?」
話が決まり、勢いよく話し始めたフェルドだったが、ネロに視線を止めて若干引き攣った顔をした。
『ガァ……』
私とフェルドの話をじっと聞いていたネロだったが、私と共に行けないことを悟ったのかその全身からフェルドが怯むほどの不機嫌さを滲ませていた。
それでも、フェルドが私の頭を撫でた辺りで私の腕に巻き付けていた髭をそっと撫でると、顔を上げてフェルドを見下すように鼻から息を吐く。
「一緒に行ってくれるって」
「お、おう……」
私と師匠以外に気を許さないネロが、フェルドに共闘を許したのも驚いたけど、意外とあっさり納得したことに私も少しだけ違和感を覚えた。
「ネロ?」
『ガァア』
ネロが〝何か〟に警戒している? フェルドじゃない。私が感知できない場所に何かいる……。
その次の瞬間、ネロが髭から電撃を飛ばし、それと同時にスカートを翻して抜き放った私のナイフが森の暗がりへと飛ぶ。
バチンッ!!
「――お話は終わった?」
その森の中から女の声が聞こえ、一瞬遅れて私を庇うように剣を構えるフェルドに、私は大丈夫だと手を振って前に出た。
「お前か……カルラ」
「お久しぶりね、アリア。死んでいなくて嬉しいわ」
そんな碌でもない挨拶をしてきたカルラは、素手で掴み取った血塗れのナイフを投げ返し、軽く手を振るとその傷が一瞬で治癒して消える。
カルラは以前よりも顔色が悪く、今のやり取りだけで体力値も削られていたというのに、どうして死なないのか不思議だ。
フェルドと会ったのは偶然だが、どうしてカルラに私のいる場所が分かったのか……まぁ、こいつのやる事をいちいち気にしたら切りがないか。
「カルラ……お前は悪魔対策で王宮にいるはずでしょ?」
正直に言えばカルラが城にいたからこそ、私も外に出ることができた。カルラがいなかったら私も敵を殲滅するためにここまで動けなかったはずだ。人格的には信用できなくても強さだけは誰よりも信じている。
そんな思いを込めて半眼で睨めつけると、カルラはクスクスと笑い出す。
「だって暇なんですもの。あなたがお姫さまの側からいなくなって、悪魔も警戒して動けなくなったなんて滑稽だと思わない?」
「…………」
カルラが城にいたことで私が動けて、そのせいで悪魔が召喚者を護るために動けなくなり、そのためにカルラが動いたか……。
あらためてどこにでも移動できる奴は厄介だと感じた。私の【拒絶世界】も大概だけど、私は見える場所にしか飛べない。長い距離の場合は連続使用する必要がある。
カルラが動いたせいで悪魔がまた動き出すこともあり得たが、悪魔がこちらの予想通り聖女側の戦力なら、王弟が動いている今は尚更召喚者の側を離れられないかもしれない。
どちらにしてもカルラに何か言っても無駄だ。逆に派手に動いて呼び寄せるくらいのほうがいい。
「それで? 私を探していたの?」
「そうよ。私の庭でおいたをしている子がいるから、お仕置きをしようかと思っていたのだけど、アリア、どうせあなたも動くのでしょ? この状況なら可愛い猫ちゃんとも別れて、一人で百人の死人どもと戦おうとしていたのではなくて?」
「だとしたらどうする」
私は一人でメルローズに行く。もしそれの邪魔をするのなら、ここで決着をつけてもいい。そんな覚悟をもって睨めつけると、カルラはニコリと微笑んだ。
「とってもアリアらしいけれど、でもいいの? そちらの猫ちゃんもお仲間も、生き残れるのかしら?」
「…………」
カルラの言おうとしていることが理解できた。ネロもフェルドも虹色の剣の仲間も私は信用している。でも、百人の不死者を相手に無傷ではいられない。
私がみんなとダンドールへ向かえば勝率は高くなるが、メルローズは見捨てることになる。
お母さんの家族を救いたい。お父さんの友達を助けたい。でも、それで仲間の誰かが死ぬことも望んでいない。
私がこの件に関わらなければ、虹色の剣もネロも戦うことはなかった。私がメルローズへ行くと決めたから、フェルドやネロはダンドールを救おうとしてくれている。
みんなの強さは信じている。でも……そのとき考え込んだ私の思考にカルラの声が割り込んでくる。
「アリア、あなたはメルローズへ行きなさい。ダンドールには私が行ってあげるわ」
「……何を企んでいる?」
カルラが稀に私のことを考えて動いてくれることは知っている。でもそれは、すべてカルラ自身のためだ。
「あら、酷いわ。親切心で言ってあげているのに」
「他の人にも優しくしたら?」
「嫌よ。殺せないじゃない」
本当に何を考えているのか……ただの親切心? 寝言は寝て言え。
でも……カルラがダンドールへ向かえば、フェルドたちの生存率は格段に上がる。それ以前にカルラを警戒する必要はあるが、ここで私と敵対する理由もないはずだ。
カルラは私と戦うことを望んでいる。カルラもそんなつまらない理由で戦うことは望まないだろう。
ある意味、こいつの狂気を信用する事になるが、それも私たちらしいと思った。
それに……こいつの行動原理が読めるのならそもそも苦労はしていない。
「任せられるのか?」
「ある程度はね。彼らも私一人に借りを作りたくはないでしょ?」
チラリとカルラが視線を向ける先で、フェルドとネロが困惑と同時に嫌な予感に顔を顰めていた。
でも、現状ではそれが最善だと否応なく理解させられた。カルラでも一人で百人の不死者を他の被害もなく倒すことは難しいはずだが、フェルドたちがいればそれも可能になるだろう。私は彼らの生存を信じて全力を出せる。
「それじゃ、先に行っているわ。私が心配なら早く片付けるといいわ」
「…………」
それは別の意味で心配だが……。
それでも私は、彼らの生存を信じて全力を出せる。
「――【鉄の薔薇】……【拒絶世界】――」
行こう……メルローズへ。
アリアはメルローズへ。
単独で挑むアリアに勝機があるのか? カルラの行動の意味とは?
※内容変更しましたが、プロットに影響はないのでご安心ください。
次回、不死の軍隊。
第二巻発売中! ご近所の本屋さんで残っていたらこっそり応援してあげてください。





