231 援軍 前編
また長くなったので前後編となります。
聖女の意図を汲んだ王弟アモルの暴走……。死んだ神殿騎士が話した内容から読み取れたのはそれだけで、不死者を使って何をしようとしているのか定かではなかった。
……思ったよりも厄介だな。あの〝聖女〟もどきは。
私が直接会って感じたように、これ以上何かする前に殺しておくべきかもしれない。でもそれでは聖教会と聖女を信じる民たちの混乱と不和を抑えて、証拠を押さえて断罪しようとしているエレーナの邪魔をすることになる。
同じように王弟アモルも簡単に罪に問うことは難しいが、あれは今回、反乱という許されない線を越えてきたので、後から証拠を作ることもできるだろう。
良くも悪くも、あの王弟に聖女ほどの影響力は無い。それでも騎士団に討伐を任せるには、その証拠を揃える必要がある。そのために時間を掛けてしまえばアモルが目的を遂げてしまう可能性もあった。……でも。
「だからこそ、私がいる」
王弟アモルは殺す。
暗部にも騎士団にも任せられない、数百人の不死者という敵に対して、私一人で挑むことは無謀に思えるが、王弟アモルを暗殺すれば少なくとも騎士団の暴走は最小限に治まるはずだ。
『ガァ……』
「ごめん、ネロ。一人じゃなかったね」
私は不満そうに擦り付けてくるネロの鼻先を軽く撫で、その背にまたがり、まずは王都の近くにあるという第二騎士団の演習場を目指す。
「行こう」
――是――
不死者を相手にするのなら虹色の剣の仲間を頼る手もある。
大きな街には必ず暗部の構成員が潜んでいる。その街の冒険者ギルドに伝言を残しておけば、虹色の剣にも連絡を取ることができるはずだ。
それでも、アモルの行動に間に合うかどうかは微妙なところだ。王弟アモルの攻撃目標が定かでないかぎり、やはり虹色の剣にはエレーナの周辺を守ってもらうのがいいと思う。念のために途中の街で暗部宛ての伝言を残しておいたが、現状では私とネロで動くしかない。
……でも、あの聖女は何を考えているのか? 普通に考えれば自分と同じ派閥である王弟が問題を起こせば、彼女の傷にもなるだろう。
でも……もしかしたら、将来的な〝傷〟となるとしても、アモルと同じように『目的を果たす』ことだけが目標だとしたら……
「私たちは大きな勘違いをしていることになる……」
その数日後、第二騎士団の演習場に近づいた私は奇妙な違和感を覚えた。
「気配がしない……?」
その演習場は幾つかある演習場の中で、アモルシンパの者が使用を申請していると聞いている場所だ。だが、二百人もの人が居れば、気配が熱気のように広がりその周辺にも人の気配が残るはずだ。
その気配を敏感に感じ取って魔物や動物はその周囲に近寄らなくなる。それがこの周辺からは人の気配があまり感じられず、人の気配に敏感なはずの大型動物の気配さえも感じられた。
『グォ……』
「……これは」
ネロの呼び声に私がそこへ注意を向けると、少し前に大勢の人間が通った痕跡があった。踏み固められて轍でさえ残りにくい街道の地面はともかく、多くの人間が通れば街道に収まりきれなかった人間が枝葉を折り、草を踏む痕跡が残る。
雑草は踏まれても自然と回復するが、この折れた小枝の具合からするとここを人が通ったのは……数日前。
王弟と第二騎士団はすでに動き始めていたか。
「ネロ、辺りに人の気配は?」
私の声にネロが耳から伸びた鞭のような触角を伸ばして、電気の光を弾かせる。
私にはよく分からないが、あの女の〝知識〟でいうのなら、広範囲にわたって電気の波を飛ばして微弱な生体反応を感知しているらしい。あくまで生体を感知しているだけで人かどうかも判別できないけど、この森を集団で移動している生物がいるのなら、それは狼か人間だけだ。
ネロで感知できないのならこの辺りには誰もいない。あとは地道に街道の痕跡を探しながら追うしかないが……。
『ガァア!!』
「了解」
ネロの声に応じて、私はその瞳が向けられた方角へと駈けだした。
長距離ならネロの背に乗るほうが速いけど、一刻ほどなら私を乗せていないネロと併走できるほどには私も走力が上がっていた。
私とネロは街道を通らず、森の中を木から木へ、岩から岩へと跳びはねるように駆け抜けていく。そうして半刻ほど森を駆け抜けると――
『ガァア!』
「見えた!」
細い街道を進む十数名の人間と荷馬車が見えた。第二騎士団だが本隊じゃない。おそらくは予備の装備や食料を運ぶ輜重兵だ。
彼らがアモルの支持者である不死者か、何も知らされていない兵士であるか分からない。ただの兵士なら彼らに恨みはないが、それでも乱暴な手段を取らせてもらう。
ザァア!
「っ! 何者だ!?」
ネロを森に残して、道を塞ぐように街道横の森から現れた私に、輜重兵たちが一瞬の驚愕から即座に武器を構えた。
「暗部の騎士だ。第二騎士団の中に不死生物が紛れ込んでいると報告を受け、調査をしている。身に覚えがなくても国家の安全のために協力してもらおう」
「――!?」
私の駆け引きもない愚直な問いかけに、数名の騎士が緊張から身を震わせた。
……アモルの信奉者か。それだけではなく、緊張を見せた五名の兵士の背後で、この状況になんの反応も見せない〝不死者〟と思われる者たちがいた。
逆に、ここで私のような得体の知れない小娘の言葉で大人しく調査を受けるか、真っ当な兵士らしく正論で問い返されたら、おそらくは本当に何も知らない者たちであり私も時間を無駄にしたことになるが……。
「……やれ!」
隊長らしき兵士が覚悟を決めた顔で呟くと同時に、反応も見せずに背後の兵士たちが武器を抜いて飛び出した。
「やはり不死者か」
私は最初に飛び出した兵士の首をナイフで斬りつけ、不死者であることを確認する。
ネロの気配が森で動くが、私は軽く視線で〝動くな〟と指示を出した。
「やはり、第二騎士団が反乱を企んでいたか」
表情を崩さず、侮蔑するように彼らを『反逆者』と呼ぶと、隊長を含めたまだ理性と知性のある者たちが顔色を変える。
「暗部の騎士如きが、我らの志を愚弄するか!」
そう叫びをあげた若い兵士が槍を突き出し、その槍と不死者の攻撃を掠めるように躱しながらナイフで兵士の腕を斬りつけると、彼は槍を落として後退しながらも、傷が治る腕を見せつけるようにニヤリと笑いながら腰の剣を引き抜いた。
「欲にまみれた辺境伯の狗どもめ! 王弟殿下に力を与えられた我らが正義を――」
「むやみに攻撃を受けるな!」
「た、隊長、申し訳ありません」
何かを語りかけていた若い兵士を隊長が諫め、兵士は何かを思い出したように顔色を悪くした。
「…………」
辺境伯……? 何故ここでその名が出る? 私が暗部の名前を騙ったから?
その事も気になるが、どうして不死者が傷を気にするのか? その辺りが不死者の理性がある無しと関係があるのかもしれない。
その間も襲ってくる、知性のない不死者たちの攻撃をギリギリで避けながらナイフで斬りつけるが、人形のような兵士たちは怯むことなく死線を越え、筋力の限界を超えた攻撃に私は大きな木の幹に追い詰められた。
この不死者たちは、まだ、あの神殿騎士たちのように〝獣〟とまではなっていない。
理性と知性がまだ残る者。人形のように命令を聞くだけの者。そして獣のように襲いかかってくる者……。その三者の違いが先ほど止めたことが理由なら、なんとなくだがその意味するものも見えてくる。
「〝待て〟! 逃がさないように周囲を取り囲め!」
隊長の言葉に、不死者が動きを止めて私を取り囲むように散開する。
確かに損害を減らして戦うのならそのほうが確実だ。でも、この状態ならそのまま不死身の不死者に襲わせたほうが私を速く無力化できるはずだ。
でも、わざわざそれを止めてまで〝損害を少なくした〟その理由とは――
「死にすぎると、制御できないから?」
「……貴様っ」
あまり当たってほしくはない推測だが正解だったようだ。
たぶん、本人たちは知らされてはいないのだろうが、虫に寄生された不死者たちは、傷を負った箇所から〝死んでいく〟……。
寄生した虫は、宿主の身体が傷つくと修復か再生をする。でも、なんの対価もなく不死身の身体を得られるなんて、そんな都合のいい話は存在しない。
傷ついた肉体はその部分が死ぬことで虫は死霊術のように肉と血管を操り、強引に繋ぎ合わせているのだろう。おそらくは吸血鬼と同じように魔力という制限はあると思うが、擬似的に吸血鬼に近い再生力を得ている。
だからこそ傷つきすぎれば生物ではなくなり、理性は段階で失われていく。
あの神殿騎士は上手く制御できていたが、この兵士たちでは獣となった不死者を制御しきれないのだ。
「……そんな身体になって何をするの? それが王弟殿下がしたこと? 少なくともメルローズ様やダンドール様は、そんなことはなさらないけど?」
「煩いっ、宰相の狗が!」
もう一つ気になってきた疑問を煽るように言葉にすると、自分の身体に不安を持っているはずの兵士は案の定声を張り上げた。
「お前ら薄汚い暗部の飼い主ももう終わりだ。いくら総騎士団長のダンドール家でも、護るべき騎士がいなければ二百名もの不死身の兵相手に守り抜くことはできまい!」
「…………」
ダンドール家を襲撃する? その言葉の意味通りなら、メルローズ家とダンドール家の同時襲撃ということか。
二百人の不死者ならかなりの難敵だが、それでも二つの高位貴族家を同時に襲えるほどじゃない。ならば騎士団がいる城を直接襲うのではなく、屋敷に戻ったところを襲撃するつもりか。
二家の屋敷は王都にあっても王都の中にあるわけではない。高位貴族の幾つかは王都の壁の外に屋敷を作り、それが王都の護りとしても機能している。
問題はダンドールの屋敷が王都の北にあり、メルローズ家が南にあることだ。
「ネロ!」
『ガァアアアアアアアアア!!』
私の声に応じて森の中から飛び出したネロが、動きを止めていた一人の首を粉砕し、心臓を踏み潰すようにして無力化する。
私もその一瞬に身体強化を全開にして、不死者の頭部と心臓をナイフとダガーで斬り裂いた。
「もう聞きたいことはない」
時間が無い。おそらくはもう襲撃は始まっている。
「なっ!?」
「魔物か!」
「くそ! 全員、〝攻撃〟しろ!」
理性のある兵士たちが慌てて不死者に攻撃を命じる。だが、判断が遅い。獣状態までゾンビ化していれば勝手に攻撃をしてきたのだろうが、命令形態を優先して、それ以上に理性と意識までも失うことを恐れた兵士たちは、不死身でありながら死ぬことを恐れていた。
「ハァアアアアアアアアアアア!!」
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
魔力の純度を高めて旋回しながら刃を振るい、それと背中合わせに旋回しながらネロの振るう爪が、小規模の竜巻のように、命じられて飛び込んできた不死者たちを斬り裂き引き裂いた。
どれほど不死身であろうと五体を寸断すれば動きを封じられる。たとえそれで死ななくてもとどめなら後で刺せばいい。
「莫迦な……」
不死身のはずの兵士たちが〝破壊〟されていく光景に隊長が唖然と呟きを漏らし、次の瞬間、私たちを睨むように声を張り上げた。
「誰でもいい! このことを殿下にお伝えしろ!」
本物の〝死〟が間近に迫ったことで、逆に覚悟を固めたのか、隊長は〝私たち〟という脅威を本隊に知らせるために、自ら犠牲となることで時間を稼ごうとした。
その覚悟を感じ取ったのか、ネロのほうにも意識のある兵士たちが襲いかかり、死兵の如く食らいついていった。
そんな仲間たちの姿に、最初に激昂した若い兵士が苦悶の表情を浮かべながらも、迷わずに戦場からの離脱を試みる。
だが、私もお前らを逃がすわけにはいかない。その背に向けて投擲ナイフを投げ放つが――
「やらせるか……」
そこで隊長が射線に飛び込み、額でナイフを受け止めた。
このままでは逃げられる。そう考えたその時――
「邪魔だ!!」
戦闘の音を聞きつけたのか街道の向こう側から冒険者らしき者が現れ、それを若い兵士が剣を抜いて切り捨てようとした。
キィインッ!!
「がっ!?」
だが、若い兵士は冒険者が繰り出した大剣に鋼の剣ごと両断され、血飛沫を撒き散らすようにして吹き飛ばされた。
私の身長を超えるような真っ黒な大剣……その大剣を軽々と振るう、大剣よりも大きなその男は私を見つけて微かな笑みを作る。
「いらぬ世話だったか? アリア」
「フェルド!」
フェルドはどうしてここにいるのか?
次回、二人の会話と現れたもう一人の援軍……
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感動報告でもご感想を書いていただける場所がございますので、そちらでもどうぞ。
第三巻は来年春予定です!





