230 不死の軍隊
第二巻発売中です! 明日はコミカライズ三話も更新するらしいですよ。
神殿の不死者たちを倒したあと、唯一不死化していなかった神殿騎士は心が折れたかのように少しずつ喋りはじめた。
「……すべては聖女さまと王弟殿下の御心によるものだ」
彼が言うには、自らを〝リシア〟と呼ぶ聖女アーリシアは、王国に悪魔が顕れたのは王国が腐敗しているからだと嘆き、王国の闇を払い神の救いを広げるには、悪魔を退けた〝勇者〟エルヴァンが王太子として国を纏める必要があると言った。
聖教会の本殿があるファンドーラ法国の意向は定かではないが、クレイデール王国の聖教会は、リシアを〝聖女〟として推すことでこの国の正式な『王家が認めた国教』とするつもりらしい。
……もし、彼女が本当にあの女が思う〝ヒロイン〟だというのなら、聖教会の推薦で王妃の一人となる可能性もあるということか。
神殿騎士が言うには、聖女リシアは何もしていない。ただ、この国の未来を憂いた発言をしただけで、彼らの煽動はしていないと言う。
聖教会の思惑が本当に彼女を聖女と信じて、この国のために聖女を王妃に推すのか、聖教会のために王妃に推すのか、どちらにしろ彼女の発言によって、彼女と関わったことのある一部の神殿騎士たちが自発的に動き始めた。
だが、その発言によって動いたのは彼らだけではなかった。聖女のために何かをしようとしても現実的な行動に移せなかった神殿騎士たちに、王太子と共に聖女と懇意にしているという〝王弟アモル〟が声を掛けた。
『――神の戦士になるつもりはないか?――』……と。
「……それを信じたの?」
私のそんな呟きに、膝をついて俯いていた騎士が勢いよく顔を上げる。
「我らは聖女さまを信じたのだ! あの方のお言葉には力があった。あの方は我らのことをお認めになり、我らの進むべき道を示してくださった。……確かに聖女らしからぬ〝噂〟を聞くこともある。だが、我らは聖女さまを信じて殿下の〝力〟を受け入れた。そのために徐々に正気を失うことになろうと、それが神の正しさを民に伝えることになると、我らはっ、我らは……」
それまで聖女の正しさを説いていたその騎士は、部外者である私にその思いを告白して、不意にその瞳が揺れる。
「……本当に正しかったのか?」
「…………」
神への信仰と聖女への信頼が同一化していたのだろうか。心が折れていても盲信めいた光を宿していた彼の瞳から、その輝きが色褪せていく。
信仰にそぐわない〝不死〟の力でも、聖女と王弟の肩書き、そして何より、不死という超常めいた無敵感に酔っていたからこそ、それが神の与えた試練のようにその行いを信じられたのだろう。
でも、その不死も無敵ではなく、神のために戦う使徒ではなくただ摂理に逆らう不死者ではないかと〝疑い〟を持ったことで、それが聖女の彼らを信じさせた〝力〟を揺るがせた。
「自分で見て自分で確かめろ。信仰とは人に教えられるものではないでしょ?」
「そうか……そうだな」
切り捨てるような私の言葉に彼は何かを考えるようにしてそう呟いた。
神殿騎士たちの目的は、聖女の言葉を信じて王弟アモルの行いを容認し、その力となることだった。だが、王弟アモルの目的は『エルヴァンを王太子として盛り立てる』ことでも、不死者となった騎士を使って何をするのか、彼らはその手段を聞かされてはいなかった。
数人程度ならともかく、私も数百人もの不死者の相手は難しい。でも、こうして聖女への信頼が揺らげば、彼女の魅了めいた力は揺らぎ、自分で考えることも出来るようになる。
事の次第を伝えてロークウェルの父である総騎士団長に動いてもらうとしても、騒ぎは大きくなるだけだろう。それがエレーナの利となるか分からない以上、できることなら秘密裏に潰しておきたい。
彼のように疑問を持つことで、自分でその成否を問える理性を得られるのなら……だが――
「……ぐ、が」
その瞬間、突然彼が苦しみはじめた。
「どうした?」
「わからない……いや、違う……これはっ!」
「――っ」
理性が戻った彼の瞳が、今度は妄信的ではなく根本から人ではなくなったように変わりはじめた。これは――
「……不死化か」
理由は分からない。だが、彼も不死化の施術を受けていたらしく、彼は理性か何かの原因でそれを抑えていたが、それがここに来て彼を蝕みはじめた。
その理由とは何か?
「聖女の呪縛から放たれたからか……」
「ぐぁああああああああああああああああああああああああああっ!!」
神殿騎士は獣のような叫びをあげて、それでも彼が持つ鍛えた剣技を使い、流れるように居合いで剣を振る。
ギンッ!!
「……もう眠れ」
私は【影収納】から出した暗器で彼の剣を受け止め、そのまま逆手で振りかぶった黒いナイフで彼の首を斬り飛ばした。だがその時――
「!」
彼の首が宙を舞い、心臓を斬り割いてとどめを刺す瞬間、刃を逃れるように傷口から〝虫〟のような物が飛び出した。
私もすかさず後ろに下がりながらナイフで切り払う。
なんだこれは? まさかこれが……〝不死〟の正体?
「……これがお前のやり方か」
地に落ちた線虫のような物体は何かを探すように蠢き、そのうち干からびるように動かなくなると、虫がいなくなった神殿騎士の身体は魔石を残して消滅した。
死体を操る虫使いの能力……それがアモルの【加護】なのだとしたら、こんなものは不死ではなく、ただ意識を残したまま死んだ身体を操られているだけだ。再生力自体も虫が修復しているだけだろう。
意識があるのも体質的に虫に対して抵抗力があったからか。単純に精神力で抑えていたものが、心が折れたことで抑えきれなくなったと考えることもできるが、タイミング的に唐突すぎた。
彼が突然その状態になったのは……聖女リシア、王弟アモル、それともまだ存在すると思われる悪魔がそう仕込んでいてもおかしくはない。
聖女が心を侵食し、王弟が怪しげな力を与え、そして悪魔が裏切りを許さず死兵と変える。
もうまともな戦いじゃない。アモルの力を受け取った人間がどれだけいるのか分からないが、悪魔も関わっているとしたら、アモルを殺した程度ではもう救うことはできないだろう。
私は殺した彼らの魂に一瞬だけ黙祷し、外套を纏ってそっとこの街から離れた。
***
「この戦いがこの国の未来を決める! 心なき者たちは我らのことを悪と罵るかもしれない。だが、真にクレイデール王国を憂う者として、本当の正義と神の意思は我らと共にある!」
『――おおおおおおおおおおおおっ!!』
王弟アモルの演説に第二騎士団の数十名の騎士たちが声をあげた。――だが、その場には二百名近い騎士たちがいて、そのほとんどは今日表情一つ変えずに、人形のようにその場に佇んでいた。
声をあげた騎士たちも、これから国を変える高揚感よりも、これまで寝食を共にしてきた仲間の変化に恐怖し、いつか自分がそうなることを恐れて自分を誤魔化すように拳を突き上げた。
人形のようになった仲間も意識のある者たちの命令を聞いてくれる。その事実は逃げ出したいほど恐ろしかったが、施術を受けた彼らも自分も、事が済めば王弟アモルが元に戻すという言葉を信じるしかなかった。
力を欲した騎士たちは、アモル自らの手によって何か〝種〟のような物を埋め込まれた。その日から徐々に起こり始める全身の悪寒。体温の低下。発汗や生理現象の減少。だが、それとは逆に身体能力は向上し、食欲だけは異様に促進されることに騎士たちは恐怖する。
それでもアモルに対して反抗しなかったのは、彼が騎士たちが仕えるべき王族の人間であることも関係するが、一番大きな理由は慰問に訪れた聖女リシアの〝声〟を聞き、〝姿〟を直に見たことで彼女に〝魅惑〟されたせいだった。
あくまで〝魅惑〟――魅了ではない。
魔術や超常的な精神支配なら精神力で退けることや、たとえ出来なくとも違和感を覚えることはできたはずだ。だが、『好感度の上昇』という単純で無差別な能力は、彼女を最初から敵視していないかぎり、彼らの思いを『友情』『家族愛』『庇護欲』『恋愛』などの一般的な感情に〝誤認〟させた。
最後には自分で選んだこと。それ故に彼らは聖女を信じたのだ。
騎士たちは叫びをあげながら拳を突き上げる。
ある者は、騎士としての名誉を刺激され、ある者は、信心深さ故に聖女を信じ、ある者は、アモルが約束した報償のために、またある者は、自分たちを蔑んだ他の騎士団への憎しみで恐怖に蓋をして武器を握る。
信じるしかもう道はない。仲間と自分自身を人質に取られた彼らはもう前に進むしか道は残されていなかった。
「これから隊を二つに分けて、二カ所の同時襲撃を行う。目標地点は――」
その後の言葉を聞いて第二騎士団の面々は、そこを襲撃することに驚愕すると同時に納得し、もう本当に後戻りできないことを悟った。
「王都郊外にある、ダンドール家とメルローズ家の屋敷を襲撃する!」
アリアは二家の同時襲撃を防ぐことが出来るのか?
たぶん、アリアが来てくれたらアタリ(笑)ハズレは……





