219 貌のない夜 その1
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王国の裏で悪魔が現れようと、王都ではいつものように人々は笑い、仕事帰りの男たちが酒を呑み、女性が着飾って華を誇る日常があった。
その中にある貴族の屋敷では、毎日のように夜会や茶会が開かれ、貴族たちが派閥ごとに集まり、情報を交わし、顔を売るために集まっている。
王都に屋敷を持つ者たちは富を持つ者たちであり、その中でも伯爵家所有のその屋敷では、王家派、貴族派、中立派関係なく、大勢の貴族たちが集まっていた。
「――ようやく目処も立ちましたね」
「本当に痛ましい事件でしたわ」
「亡くなった教導隊の方々には、わたくし、お会いしたこともありましたのよ」
「ええ、本当に惜しい方々を……」
「ですが、焼け落ちた神殿もようやく」
「それもこれも、王弟殿下がこのような場を設けてくださったからこそ」
「本当に信心深いお方ですわ」
「噂では、王太子殿下や神殿長様もご協力なされているとか」
「わたくしどもの行いも、神は見ていらっしゃるのね」
「ほら、噂をすれば――」
大広間の階段を降りてくる、着飾った王弟アモルの姿に貴族たちが囁き合う。
アモルは焼失した神殿再建の寄付金を集めるため、王弟の名を使いこのような夜会を何度も行っていた。
以前のなんの権力もない『名ばかりの王弟』であった彼なら、声を掛けてもそれほど人は集まらなかったはずだ。だが、新たに聖教会が認めた『聖女』がその行いを認め、彼女の姿を一目でも見た聖教会の信徒である信心深い貴族たちは、こぞって寄付金を納めていた。
夜会のための足りない資金は王太子陣営が負担し、人材も聖教会から派遣されることで、名ばかりと言われていたアモルも権威を高め、その名を広めた。
だが、アモルがそれをした理由は何か? 王太子エルヴァンがそれに協力した理由は何か? ただの売名行為、もしくは王太子と聖女が懇意であるという噂もあったが、その真相を知る者はまだ誰もいなかった。
「――それと〝噂〟はご存じ?」
「火の原因となったと言われる、〝あの方〟ですか?」
「聖教会はどういうわけか不問とされたけど、王家の方々もそれを庇ったとか」
「陛下もどうなされたのかしら……」
「早く、信心深いエルヴァン様が王となるべきですわ」
「ですが、その婚約者の一人があの方なのでしょう?」
「なんて恐ろしいこと……」
目撃者もいたことから、神殿焼失事件にレスター伯爵家令嬢が関わっていることは、上級貴族家の間では周知の事実となっている。
聖教会が不問として、王家が火消しに動いたことで、それを公に口にする者はいないが、国内外の情勢不安で国に不審を抱く者たちがこうして集まり噂をしたことで、王家の思惑も意味も理解できていない者たちは、不要な正義感を燃やし始めた。
「そんなことを言ってはなりませんわ。あの方もまだお若いのだから」
「お身体が弱く、外に出られず常識を知らないのでしょう?」
「そうですわ。あの方も神の御心を知れば、きっと分かってくださるはずよ」
「あの方に神を信じることの素晴らしさを教えなければ」
カルラは幼い頃より夜会に出たことはない。
彼女を見たことがある者でも、王太子の婚約者お披露目の場で初めて目にした者も多く、それ以前となれば彼女の兄二人が屋敷内で突然死した以前の記憶しかなかった。
多くの者は噂でしかカルラという人物を知らなかった。
上級貴族家でさえ、当主と嫡男はその危険を知っていても、まだ幼い弟妹たちはその意味を教えられていなかった。
だからこそ彼らが動くのを止める者はいなかった。
彼らは『神の啓示』により、正しいことをしていると信じていたのだから。
***
「カルラ様、わたくしたち二日後に、夜会を開こうと思っておりますの」
王都から王女の護衛である男爵令嬢が旅立つのを見計らったように、王宮の中庭でお茶を飲んでいたカルラに数名の令嬢が押しかけてきた。
「若い者だけの夜会ですわ。わたくしどもは是非ともカルラ様にご参加くださりますよう、お願いに参りましたのよ」
彼女たちの一番前に立ち声を掛けた少女は、今年学園に新入生として入学してきたサンドーラ伯爵家の三女で、彼女は鮮やかな緋色の髪をかき上げながら、自信に満ちた表情を浮かべて、カフェのテラスで茶を飲んでいたカルラに踏み出した。
彼女たちもカルラを〝噂〟でしか知らない少女たちだ。彼女たちは自分の母親たちからそう命じられて、不躾にもカルラを直に誘いに来た。
先頭の少女はカルラと同じ伯爵家の者だが、その後ろにいた少女たちは子爵家や男爵家の令嬢たちで、噂でカルラのことを知っていても、その大半を『王太子の婚約者』としか知らなかった。
通常、貴族が貴族を誘う場合、数日から数週間前に書簡にて参加を問うのだが、サンドーラ伯爵令嬢の行動はその幼さからか、かなり不躾だった。
カルラのレスター伯爵家は、多くの宮廷魔術師を輩出する魔術師の名家だが、それ故に治める領地は小さく、古い上級貴族家に比べればわずかに格が下がる。
そんな親の態度に影響されたサンドーラ伯爵令嬢はともかく、その取り巻きらしき中級貴族家の令嬢たちもそれが当然のような顔をしているのは、周囲から見てもいささか不自然に思えた。
それを見た城のメイドたちが顔色を変え、少女たちに見向きもせず、ゆっくりとカップに口をつけるカルラに、サンドーラ伯爵令嬢たちもわずかに不安を覗かせた。
「王太子殿下もご参加くださると仰っておりますし、会場の準備もサンドーラ伯爵家が責任を持って行わせていただきますわ!」
サンドーラ伯爵令嬢がわずかに早口になってそう言うと、ふいにカルラが振り返って朗らかな笑みを向けた。
「ええ、もちろん、参加させていただきますわ」
「ありがとうございます、カルラ様!」
彼女が父や兄から聞いていたような恐ろしい令嬢ではないと分かって、サンドーラ伯爵令嬢は内心で嘲りながらも満面の笑みを返した。
その二日後の夜、王城から離れて王都にあるサンドーラ伯爵家の屋敷に訪れたカルラは、重厚な黒塗りの馬車から降りると、傍らにいる老執事に声を掛ける。
「もう城に戻っていいわよ。終わったら適当に帰るから」
「……かしこまりました」
幼い頃より彼女の世話をしてきた老執事は、彼女のことを親よりも知っていた。それでも彼の目的はこれ以上レスター家の人間に被害を出さないことであり、カルラの兄二人が死んだその日から、老い先短い自分が犠牲になることを決めていた彼は、カルラを止めることなく静かに頭を下げた。
ゆっくりと進むカルラに、サンドーラ伯爵家を護る者たちが門を開く。
だが、その門番が王都の衛兵でもサンドーラ家の兵士でもなく、聖教会の神殿騎士なのは何故か。
執事によるエスコートもなく、参加するという婚約者の迎えもなく、誰も遠巻きにして近づかないカルラが屋敷に入ると、中にはすでに十数名の十代の若者たちが歓談していた。
「まあっ、よくいらっしゃいました、カルラ様!」
大広間に着いたカルラをサンドーラ伯爵令嬢が出迎える。
「小さな屋敷ですが、それでも他の伯爵家よりも歴史があると自負しておりますの。カルラ様もあまり夜会に参加する機会がなくて、分からないことも多いでしょう? なんでも聞いてくださいませ」
彼女もカルラの外見に慣れたのだろう。隈の浮かぶ顔で薄く笑うカルラを侮り、上に立とうとした。
それを切っ掛けに次々と周りの者たちが集まってくる。
基本的に貴族社会では声を掛けるのは上位者からだ。だが、若い者だけの夜会と言っていたとおり、若者たちはまるで学園で友人に話しかけるように、気軽な挨拶でカルラに近づいてきた。
「このような場は慣れるためにも、外に出てはいかがかな?」
「それなら、聖教会の礼拝など参加されてはいかがでしょう? きっと素晴らしい体験になりますわ」
「王太子殿下の婚約者様ですもの。寄付金の夜会にも参加するべきですわ」
「お身体が弱いのでしょう? 婚約者はご負担ではありませんか?」
「お辛いのなら辞退なさっても誰も責めはしない」
「それなら聖女さまにお譲りになってはいかが?」
「まあ、それはお似合いね」
分かる者が見れば、参加者の全員が聖教会の信徒か、家族が信徒である貴族家の者だと気づいたはずだ。
彼らの言いたいことを要約すれば、神の教えは素晴らしい。王太子は素晴らしい。王妃の座には聖女のほうが合う。神の教えを知ればカルラのような出不精の者でもそれが理解できるだろう――と語っていた。
「あなたたちがエル様の何を知っているのかしら?」
カルラが薄い笑みを浮かべたまま静かに問うと、問われた若者たちは一瞬間を置いて笑い始め、サンドーラ伯爵令嬢が、当たり前のことを問う子どもに言い聞かせるように口を開いた。
「わたくしたちは、殿下のことなら誰よりも知っていますわ」
その言葉の意味はなんなのか? だがそれを知る前にメイドの一人が王太子エルヴァンの来訪を告げ、それを聞いたサンドーラ伯爵令嬢が晴れやかな笑みを浮かべて、皆に声を掛けた。
「ええ、皆さんでお迎えしましょう!」
そしてメイドに案内されて姿を見せたエルヴァンは、出迎えてくれた若者たちに大人びた爽やかな笑みを浮かべる。
「お招きありがとう」
そしてエルヴァンはカルラに気づいて、抱きしめるように両手を広げて満面の笑みをカルラに向けた。
「会いたかったよ、カルラ――」
轟ッ!!
その瞬間、炎の槍がエルヴァンを射貫き、それを放ったカルラも満面の笑みで彼を迎えた。
「ええ、私も会いたかったわ」
いつものカルラです(笑)
エルヴァンの運命は!





