218 悪魔の住む町 その6
骨の悪魔戦クライマックス!
8/8戦技に関するコメントを戴き、戦鍵に関する内容を修正しました。
ドゴォオオオオオオオン!!
骨巨人の振り下ろされた腕が大地を抉り吹き飛ばす。それを【拒絶世界】で回避した私はその背後に回り、幻痛の刃で斬りつけた。
――ギィイイイイイイイイイイイイイイ!!
巨人を作る骨が悲鳴のように軋みをあげる。効いている。だが、根本的な部分で効いていない。
精神生命体である悪魔に精神攻撃を加える幻の刃は有効だ。だが、精神生命体ゆえに奴らは『刃で斬られる』という行為が致命的でないことを知っている。
生き物ならば斬られたら死ぬという、基本となる認識が存在しないのだ。
ギィイイイイイイイイイイイイイイ!!
「っ!」
それでも〝痛み〟はあったのか、悪魔は防御を無視するように腕を振るって攻撃を仕掛けてきた。
「――【浮遊】――っ」
一瞬身体を浮かせ、骨巨人の腕を蹴るように距離を取る。鉄の薔薇を使っているとき単発の魔術は魔力の消費が大きくなるが、【浮遊】のような持続系は【拒絶世界】と相性が良い。
それでも他の魔術を使う余裕はなく、巨人の腕を虚像で躱し、幻痛の刃で斬りつけた。骨巨人も痛みは受けているが、それが根本的なダメージになることはなく、それを憎しみに変えるようにして殴り返してきた。
見た目は一進一退の攻防に見えるが、時間制限のある私が圧倒的に不利になる。私の攻撃は骨に阻まれて悪魔に届かず、悪魔の攻撃も私に当たらないまま、私と悪魔の戦いは次第に範囲を広げていった。
まずいな……。このままでは人のいるほうへ戻ってしまう。
骨巨人の攻撃を避け、背後に迫った巨木を蹴って骨巨人を飛び越える。するとその瞬間に悪魔は大量の骨の欠片を頭上に撃ち放ってきた。
それを【拒絶世界】で回避するが、隙間なく撃たれた骨の弾幕をナイフで迎撃する私に、それを狙って骨巨人が拳を繰り出した。
私はそれを避けることなく気合いを込め、右手に構えた黒いダガーを大きく後ろに振りかぶり、全力の一撃で迎撃する。
「ハァアアア!」
身に纏う【拒絶世界】の光が集中させた刃で渦巻き、骨巨人の拳を粉砕するように斬り裂いた。
ギィイイガァアアアアアアアアアアア――ッ!!
「――っ!」
その瞬間、すべての骨が……埋没していたすべての頭蓋骨が軋むように叫びをあげ、一瞬だが『白い女性』のような〝影〟が見える。
「――【闇】――」
〝光〟の【拒絶世界】を〝闇〟に切り替え、一番高い建物の上まで離脱する。
あれは、今まで姿を見せなかった夢を見せる悪魔か? それとも悪魔が見せた幻か。でも、私が飛び下がって一瞬視界が逸れたときにはその影はなく、白い靄のような魔力が町中へと広がっていった。
ズズズ――ッ!!
町のほうから何かの音が響く。……いや、〝何か〟ではない。町中から溢れ、押し寄せてくる〝群れ〟の音……。
筋力を限界まで酷使しているのか、肉が潰れようが骨が砕けようが、数百を超える住民たちの死体が障害物さえ無視してこちらへと迫り、〝怨嗟〟の声と、肉と骨が砕ける音が合わさりおぞましい異音を響かせた。
『助けて』『なんで私ガッ』『苦シイ痛イ!』『憎い!』『見捨てないで!』『生きている奴が憎イ!』『タスケテ!』『イタいよ』『死ね!』『やだやだやだ』『どうして!?』『苦しい!』『行っちゃヤダ!』『憎い!』『イタいよ』『助けて!』『死にたくない!』『憎い憎いニクイ!』『幸せになりたかったのに――――
――生きている住民が自分たちを見捨てて幸せになることは許さない――
「…………」
あれが嫉妬を悪魔につけこまれた人間の末路か……。
人がすべてそうだとは言わない。その感情は人なら誰もが持っているものだ。だが、弱い人間はそれを抑える術を持たず、この閉鎖的な町で彼らは、その感情が負であると気づく機会もなかったのだ。
ギィギィギィギィギィギィ――――
この光景に骨の悪魔が愚かな人間を嘲笑う。人間の負の感情が人間を殺す……それはお前たち悪魔にとって最高の愉悦なのだろう……。
嫉妬と怨嗟の叫びをあげながら、住民の死体が津波のように、互いを乗り越えるように私がいる建物まで上ってきた。
『あなたも死んで――』
斬っ!!
最初に迫ってきた若い女の首を黒いナイフで切り飛ばす。
「嗤っていろ、悪魔ども」
私は目を細めて、黒いダガーを嗤っている悪魔に向けると、私が発する威圧に迫っていたアンデッドたちが動きを止めた。
私が懐から取り出した二個目の丸薬を口の中で噛み砕くと、私の感情によって闇の魔力が滲み出る。
師匠が竜の血を用いて旅の途中で作り上げ、ネロに持たせてくれたこの魔力回復薬は【拒絶世界】の効果時間を少しだけ延ばすことはできるが、竜の血のような劇薬は取り過ぎれば毒にもなる。
だが、お前らを殺すためなら、後のことなど知ったことか。
私は勘違いをしていた。負の感情を帯びた瘴気が黒く淀むことで、それに対抗するのは光の魔力であると考えていた。
でも違う……。〝闇〟が司るのは〝感情〟だけでなく〝安らぎ〟でもある。
人が人を愛するのも強い感情だ。それは悪ではなく正義でもない、純粋な想いだ。
私の両親が『悪い人はいない』と言っていたのは、人には思いによってそれぞれの正義があり、それによって敵対するからだ。
だから私は憎しみで戦ったことはない。でも……お前らだけは違う。悪魔は自分の愉悦を満たすためだけに、人の思いを利用し、騙し、苦しめることを悦びとしている。
私の怒りが〝闇〟となり、光と合わさり〝灰色〟となって〝銀〟に変わる。
精神生命体を倒すのは光の力じゃない。
お前たち悪魔を倒すのは、お前たちを〝殺す〟という純粋な〝願い〟だ。
この憎しみは負の感情じゃない。
お前たちを倒すための純粋な〝怒り〟だっ!
「ハァアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
気合いと共に銀の光が翼のように迸り、近づいていたアンデッドたちが崩れ去る。
そのまま屋根を蹴り砕くように飛び出した私は。その直線上にいる死体をすべて塵に変え、銀の光を纏わせ大剣と化した黒いナイフで骨の巨人に斬りつけた。
【アリア(アーリシア)】【種族:人族♀】【ランク5】
【魔力値:75/400】20Up【体力値:118/290】
【筋力:11(24)】【耐久:10(22)】【敏捷:18(38)】【器用:9(10)】
【総合戦闘力:2448(特殊身体強化中:5020)】123Up
【戦技:鉄の薔薇 /Limit 75 Second】
【虚実魔法:拒絶世界――《銀》】
ギィイイイイイイイイイイイイイイ!!
骨の腕が粉砕され、切り口から崩壊していく骨の悪魔がわずかに一歩下がる。
怯えたな……〝私〟に。
ギィキィイイイイイイイ!
最初に戦技で壊した腕を再生させ、骨の巨人が無数の骨の破片を撃ち放つ。私はそれを【拒絶世界】と速度ですり抜け、巨人の顔面を吹き飛ばした。
あまりの速度に身体が軋む。光と闇の魔力が暴走しようとして口からも血が零れた。
だから知ったことか。ここで必ずお前を殺す……っ!
ギィイイガァアアアアアアアアアアッ!!
骨の悪魔が崩れかけた巨人の身体を脱ぎ捨て、残った頭蓋骨だけを集めて二メートルほどの球体を造りあげた。
【頭蓋骨の悪魔】【種族:上級悪魔】【難易度ランク――】
【魔力値:3080/4715】
【総合戦闘力:5051/5186】
すべての頭蓋が顎を開き、闇の塊を生成する。それだけの魔力を撃ち出せば悪魔の力も激減する。だが、骨の悪魔もなりふり構わずそれをしようとした。
でもお前の行為は覚悟じゃない。自己の存在よりも愉悦を取る悪魔に私は負けるつもりはない。
私は残りの魔力を二つの武器に集め、銀の光を纏いながら真っ正面から飛び込んだ。
「――【兇刃の舞】――っ!!」
左右から放たれる連撃が闇の弾丸を迎撃する。戦技である鉄の薔薇に戦技を重ねたことで私の両腕が軋んだ。でも――
「ハァアアアアアアアアアアアアアア!!」
私はさらに前に出て、放った八連の刃がすべての頭蓋骨ごとその内にいた骨の悪魔を斬り裂いた。
ギィイイイイイイイイイイイイイイ!!
「――っ!」
骨の悪魔が絶叫をあげ、私の両腕からも血が噴き出し、【鉄の薔薇】が強制解除される。だが、ずたぼろになって崩壊しかけた骨の悪魔が歪んだ笑みを浮かべ、身体の瘴気をすべて集めて開いた口の中に溜め始めた。
このタイミングでは躱せない。でもその時、私の耳に風を切る音が届いた。
「お前の負けだ、悪魔」
ズガンッ!!
『ガァアアアアアアアアア!!』
その瞬間、飛び込んできたネロの【爪撃】が、悪魔の顎を吹き飛ばした。
「ハアァアアアアアアアアア!!」
魔力が尽きかけた私は毛細血管から血が噴き出した腕でダガーを構え、もつれるように地面に落ちながら、悪魔の顔面に刃を突き立てる。
「〝滅びろ〟――っ!」
ギシッ――!
私の〝精神〟を受けた骨の悪魔に罅が入り、そこから焼かれた骨のように崩れて、消滅していった。
それと同時に蠢いていた住民たちの死体も干からびて崩れ去り、終わりを告げるように暗雲が晴れ、優しい月の光が私たちを照らしていた。
***
骨の悪魔は滅びた。私も警戒をネロに任せて仮眠を取ったことで、全力戦闘は無理でもある程度回復はできた。
町の住民の顔も暗い。こんな状況になったのだから当然だ。領主の館に生きている人もおらず、閉鎖的だったこの町もこれからは〝よそ者〟ばかりになるだろう。それで、この町の住民にまた『嫉妬』が生まれるかどうかは私の知るところではない。
「…………」
あのとき私を睨んでいた少女を見かけた。自分たちを襲ったアンデッドだったとしても、それを〝殺した〟私を恨んでいる人もいるはずだ。
それでもその少女は、私を見て少しだけ視線を逸らし、少しだけ頭を下げて父親らしき男性の所へ駈けていった。
「……人間はそこまで弱くないか」
町の外に出た私に外に出ていたネロが横に並ぶ。
「ありがとう。あなたがいなければ負けていた」
まだ上手く動かない腕でネロの首に軽く抱きつくと、ネロの触角が私の頬を軽く撫でた。
「……〝悪魔〟の気配は?」
――無――
ネロが見た限りもうこの周辺に悪魔の気配はないという。夢を見せた存在が骨の悪魔と別だと考えたが、あれも骨の悪魔の能力だったのか? それとも、見切りをつけて逃げたのか……。
まずはこの町の復興のためにもエレーナの所へ報告に戻る。そのままネロの背に飛び乗り、最後に町に目を向けたとき、私は忘れていたことを思い出した。
「……コレットはどこに?」
***
王都にある聖教会の礼拝堂。昨年、とある事件によって神殿が焼失し、現状は敬虔な信徒と王家からの寄付金により、新たな神殿が建てられている。
だが、失われた神殿と人員の穴を埋めるため、神殿長を含めた管理者は、王都に屋敷があるにも拘わらず泊まり込んでいる者も多かった。
「……僕は」
礼拝堂の裏にある居住区。そこに与えられた自室にて、真夜中に目を覚ましたナサニタルは、自分の状況が一瞬理解できず、ぐったりと柔らかな温かさに身を任せた。
神殿長の孫であるナサニタルは神官の地位も与えられていたが、貴族であるために他の神官たちとは違う離れに広い部屋を貰っていた。当然、内装も他の部屋より上質ではあったが、頭を置いていたいつもとは違う〝温か〟さに再び目を開いた。
「…………リシア?」
「起きてしまったの? ナサニタル」
ナサニタルはベッドの上でリシアと呼ぶ少女に膝枕をされていた。
昨夜、彼女が一人のメイドを伴い、自分を訪ねてきたのは覚えている。だが、最近のナサニタルは日常的に倦怠感と疲労感を覚えており、今のナサニタルの姿はまるで〝精気を吸い取られた〟ようにやつれていた。
「……怖い夢を見たんだ。あの桃色髪の子が……僕の顔に刃を突き立てて……」
その〝夢〟の内容を思い出したのか、怯えた顔を見せるナサニタルの頬を少女がそっと撫でる。
「大丈夫だよ……ここには怖い人はいないよ。もう少し眠って……あなたには大切な〝役目〟があるのですもの」
「うん……リシア」
少女の微笑みに安堵して再び眠りにつくナサニタルは、眠るたびに衰弱していっているように思えた。そんな彼の頬を撫でながら少女の顔に浮かんでいたのは、心配する顔ではなく愉しそうな笑みであった。
「……私のために最期まで頑張ってね」
そうナサニタルの耳元で囁いた少女の後ろで、メイド服を着た真っ白な髪のコレットが耳元まで割けるような悪魔の笑みを浮かべていた。
(やっと)骨の悪魔戦が決着です。
夢魔は微妙にアリアの心を折ろうとしたり、誘導しようとしたりしていますが、表現がちょい微妙だったかも。
アリアの使った銀の力は、形はかなり違いますが原作のヒロインであったアーリシアも使っていた、特殊な技です。そうじゃないと原作ヒロインがカルラと戦えないので(笑
次回、ドッペルゲンガーの脅威がカルラを襲う。
王都が不穏。
 





