217 悪魔の住む町 その5
7/31前話の216話を改稿しました。
死んだり死んでなかったりしているので、お時間のある方はそちらからどうぞ。
悲鳴が聞こえ、誰かを襲っていたアンデッドに気づいた私は、即座にそちらへ向かって背後からそのアンデッドの首を半ばまで斬り裂いた。
「――――ッ」
首を裂かれた冒険者ギルドの受付嬢が濁った瞳に血の涙を流し、伸ばされたその手を振り払うようにナイフで切り飛ばし、ダガーを心臓の魔石に突き刺しトドメを刺す。
「いやぁああああ!」
声がしたほうを振り返ると、一般人らしき血塗れの死体が子どもを襲っていた。
身体強化を全開にして常人の三倍の速度で駆け抜けながら、武器を抜いて襲ってくる冒険者たちの死体の首を切り飛ばし、子どもを襲っていた死体の心臓を背中からダガーで貫いた。
「――いがないで……」
そんな言葉を残して崩れ落ちた死体の向こう側に、その様子を愕然として見つめる十歳くらいの少女が現れる。……おそらくは母親か。母を殺した者が私だと気づいて、彼女は睨み付けるように瞳に無表情な私の顔を映した。
「家に戻れ」
「…………」
その少女は私の言葉に頷きもせず、ただ理解はしているのか、歯を食い縛るようにして近くの民家に駆け込んでいった。
憎しみでもいい……今は生きて。その瞳を見て私は、両親を失ったばかりの水に映った自分を思い出した。
でも……それでも私のやることは変わらない。
糸を最大限まで伸ばした斬撃型のペンデュラムを旋回させるように振り回す。斬撃型は遠心力で〝斬る〟武器だが、それを最大にまで高めれば、その斬撃は〝斧〟と化す。
「――行ぐなぁ」
ザシュッ!!
ジャンたちを冷たい目で見ていた冒険者の首がその一撃で切り飛ばされた。
同じく糸を伸ばして遠心力を高めた分銅型のペンデュラムが振り下ろされ、誰かを襲おうとしていた中年男性の頭部を飛び散るように粉砕する。
二つのペンデュラムを使って周辺にいるアンデッドを薙ぎ倒し、間近に迫っていたアンデッドはナイフとダガーで迎撃する。そこに――
ヒュンッ!
「――オレを見捨てるのがあ……」
「…………」
コレットの仲間である狩人のスレイが矢を放ってきた。その揺れる濁った瞳にあるのは、後悔か憎しみか……。それでも彼はコレットへの〝嫉妬〟から、その魂を悪魔に売り渡した。
「――がっ」
「事実から逃げたのはお前たちだ」
すかさず撃ち返した私の銀の矢がスレイの右目に突き刺さり、瘴気を晴らされたスレイは物言わぬ死体となって崩れ落ちた。
「…………アリアさん」
周囲のアンデッドを殲滅した私に声を掛けてきたのは、地面にへたり込み、キャラの血塗れの首を抱きかかえたコレットだった。
「何故ですか……何故、そこまで躊躇なく殺せるのですか!」
コレットが何かを指し示すように視線を巡らすと、そこには周囲の民家の窓から私を見つめる、幾つもの恐怖と憎しみの入り混じった瞳があった。その中にはあの少女もいた。それと同じ瞳で私を見るコレットは、さらに言葉を重ねる。
「あなたはどうして平気なんですか! 殺さなくても逃げればいいじゃないですか!」
「…………」
なるほど、これが悪魔の手口か。
普通の人はたとえ人を襲うとしても、人であったものを殺せない。他人の視線を意識させ、罪悪感を煽り、抵抗の芽を摘んでいく。人間を堕落させ、人を籠絡する。
人間をよく知っている悪魔だからこそ、そんな方法を取れるのだろう。
でも――
「だから、私がいる」
戦えない人たちの代わりに私がいる。私が静かに威圧さえしない視線を向けると、私に視線を向けていた人たちは自分から視線を逸らした。
「死にたいのなら止めない。私は敵を倒すためにいる。それを邪魔するのなら誰であろうと私の敵だ」
彼らにも本当の敵は他にいると分かっているはずだ。愛する者を化け物に変えてしまった存在が……。
静かにそう言い放つと、私に向けられる視線は消えるように無くなっていた。
遠くからはまだ人々の悲鳴が聞こえている。そのすべてを止めることはできないが、それを止める方法は一つだけ知っている。
それを見つけるためにその場を離れようと、俯いていたコレットの横を通り過ぎるとき、彼女がぼそりと声を漏らした。
「……一度だけ、オストール家の方とお会いしました。……今から思えば、どうしてあの方はお屋敷ではなく、墓地の近くにあった礼拝堂に住んでいたのでしょう……」
「そう……」
彼女の言葉に私は短く返し、彼女が違和感を覚えたという礼拝堂へと足を向けた。
「これは……」
礼拝堂への道を進むと次第に道に溢れるアンデッドの数が増えていった。
これはコレットの考えが正しかったのか、それとも私を嵌めるための罠か……。でもどちらでも構わない。そこに〝悪魔〟がいるのなら結果は同じだ。
襲いかかってくる元住民だったアンデッドの群れ。
泣いている顔、怒っている顔、苦しみ救いを求める声。
「無駄だ」
私は一瞬の躊躇もせず、横薙ぎに振るった斬撃型の〝斧〟で数人の首を切り飛ばす。
人間の情に訴えるのならまともな人間にやれ。
私はそれが〝敵〟なら、生きている人間でも躊躇はしない。
〝お前〟は人間を舐めすぎだ。
それに――私は独りじゃない。
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
夜空に浮かぶ月を食らうように黒き獣が宙を舞い、並み居るアンデッドたちを枯れ穂のように薙ぎ倒した。
――遅――
「遅れてはいないよ、ネロ」
横に並ぶネロに、私は労るように微かに汚れたその毛皮を撫でる。
おそらくはここに来るまで、私の倒した数倍のアンデッドを葬ってきたのだろう。それでも減ることのないアンデッドに対して闘志を見せるネロに、私も無言のままその背に飛び乗った。
「行こう」
――応――
『ガァアアアアアアアアア!!』
咆哮をあげるネロの周囲に以前よりも強力になった電撃が迸る。対生物で威力を発揮する電撃だが、元が生体なら何かしらの影響は受ける。
ネロの電撃に神経を乱され、一瞬動きを止めるアンデッドを私のペンデュラムが打ち砕き、ネロの爪が魔石や頭部などお構いなしに、身体ごと引き裂いた。
「突っ切れ!」
私の声にネロが躊躇もせずにアンデッドの中に飛び込み、私とネロの攻撃が直線上にいる敵だけを粉砕した。
力任せのごり押しだが、それでもいい。
「――どうせ〝お前〟を倒せばすべて消える」
私の視線の先に見える礼拝堂……その正面に一人の貴族らしき壮年の男が、まるで待ち構えるように和やかな笑みを浮かべていた。私の目から見てもただの人間に見える。でもやはり人間を舐めすぎだ。〝お前〟みたいな人間がいるものか。
私は一瞬の躊躇もなく銀の矢を撃ち放つ。それを眉間に受けた老紳士は和やかな笑みを変えないまま、そこから割けるように内側に巣くっていたその正体を現した。
「やはりお前か」
柘榴が割けるように顕れた、あの森で見た『骨の悪魔』が音もなく私を嗤う。
【骨の悪魔】【種族:上級悪魔】【難易度ランク6】
【魔力値:4380/4715】
【総合戦闘力:4851/5186】
精神生命体である悪魔の強さは、魔力の多さで決まる。だが骨の悪魔の魔力値は最初から減っていた。
「っ!」
次の瞬間、周囲の地面から土をかき分けるように人型の骨が現れる。
墓地に眠る人の骨……浄化されて、魔石ごと火葬されたはずだが、悪魔の魔力で強引に動かしているのか。
「ネロっ!」
『グォオオオ!』
急制動をかけるように蛇行して、わらわらと現れるスケルトンをネロの爪と私の蹴りが粉砕する。だが数が多い。一体一体の戦闘力は100程度しかないが、おそらくは百体以上いるはずだ。
「ハァア!!」
私はネロの背で大きく身体を捻り、全力で振り回した分銅型のペンデュラムで十体以上のスケルトンを打ち砕く。ネロはその間もスケルトンに囲まれないように立ち回り、その巨体を活かして力業で骨を砕いていた。
スケルトンは骨で出来た刃のような武器を持っていたが、人間である私はともかく、【斬撃刺突耐性】を持つネロにそんな武器は効かない。それでも放置してきた住民のアンデッドが追いついてきたら一気に不利になる。
その前に悪魔を倒す。でも悪魔の減っていた魔力――用意した戦力はそれだけではなかった。
ギィイイイイイイイイイイイイイイッ!!
硬い物がこすり合うような歪な音が響き渡ると、礼拝堂の中から壁や窓を打ち壊しながら、十数体の新手のスケルトンが出現する。
骨の棍棒を持つ、三メートル近い巨体に人ではない姿……それは、オークやオーガの上位種を使ったスケルトンだった。
その数十体あまり。あの悪魔はこのために魔力を消費してまで戦力を増やしていたのか。上位種オークを使ったスケルトンの戦闘力は1000を超えていた。
「……ネロ」
私とネロの二人でもまともに相手をするには厳しい数だ。しかも通常のスケルトンもいて時間もない。でも……私は信頼する相棒の背を軽く叩く。
「任せる」
『ガァアアアアアアアアア!!』
返事の代わりに咆哮をあげて、ネロが十体の上位種オークスケルトンに突っ込んでいく。私もその背を飛び離れ、行く手を遮る人の骨を分銅型で粉砕しながら丸薬を口に含み、温存していた力を解き放った。
「――【鉄の薔薇】――」
桃色がかった金髪が灼けた鉄のような灰鉄色に変わり、全身から銀の翼のように光の粒子を飛び散らせながら羽ばたいた。
【アリア(アーリシア)】【種族:人族♀】【ランク5】
【魔力値:324/380】10Up【体力値:256/290】
【筋力:11(24)】【耐久:10(22)】【敏捷:18(38)】【器用:9(10)】
【総合戦闘力:2325(特殊身体強化中:4294)】61Up
【戦技:鉄の薔薇 /Limit 324 Second】
「――【拒絶世界】――ッ!」
出し惜しみは無しだ。そして出し惜しみして勝てる相手でもない。
全身から白い光の粒子を放ち、すれ違う寸前に繰り出した刃を仕込んだ踵が、骨の悪魔が纏っていた瘴気を斬り裂いた。
――ギィイ――
骨をこするような呻きを上げた骨の悪魔が顎を開くと、そこから真っ黒な瘴気の塊を撃ち出した。
「――っ!」
拒絶世界の虚像を使い瘴気弾を躱す。それでも私が纏っていた魔力が削られ、背後の大地を数十メートルに渡って腐らせる。拒絶世界なしで受ければ即死してもおかしくない。でも私はその瞬間には間合いを詰め、私の繰り出した黒いダガーが襤褸布のような黒い身体を貫いた。
この状態なら私の魔力と相殺になるが、悪魔の存在も削り取れる。だが、それは骨の悪魔も察したのか、細かい瘴気弾を撃ち放ちながら私から距離を取り始めた。
ここで時間を稼がれるとマズい。私がこの悪魔に勝つには短期決戦しかない。でも、この悪魔が距離を取った目的は時間稼ぎでも逃げたわけでもなかった。
――ギィイイイイイイイイイイイイイイ――
骨の悪魔の叫びに、周囲にいた百体近いスケルトンが集まり、その身体に纏わり付いていった。
「――ハッ!」
スカートを翻しながら【拒絶世界】の光を纏わせた投擲ナイフを投げ放つ。だが、そのナイフは纏わり付く骨に阻まれ、悪魔に届かない。
そのわずかな間に纏わり付く骨を悪魔の黒い靄が腐らせ、練り合わせ、見る間に骨でできた巨体を創りあげた。
「これは……」
【骨巨人の悪魔】【種族:上級悪魔】【難易度ランク――】
【魔力値:3432/4715】
【総合戦闘力:6403/5186】
十メートルを超える骨の巨人は、無数の骨が組み合わさった顔で歪な笑みを作り、その巨大な腕を振り下ろした。
その力を見せる骨の悪魔。
次回、決着。悪魔を倒すことが出来るのか。
また長くなって予定した所まで辿り着きませんでした!
八月は色々新情報をお届けできると思いますので、お楽しみに!





