216 悪魔の住む町 その4
夢の真実
7/31 ちょっとはしょりすぎたので大幅改稿しました!
そのせいで、死んだり死んでなかったりしています。
ジャンは何週間か前から、同じ〝夢〟を見るようになった。
どうしてその夢を見るのか理由は分からなかったが、町の中にもジャンと同じような夢を見ている人間がいることは、なんとなく察していた。
でもジャンはそれを仲間たちに話すことはなかった。その夢は、夢を見た人間でなければ理解できないし、夢を見た人間なら説明されなくても理解しているからだ。
その夢の中で、ジャンは『誰か』と『約束』をする自分を、第三者の視点から見つめていた。その内容は分からないが、他の視点から見ているせいだろうか、ジャンは誰かと約束をしている『自分』を〝自分〟とは思えなかった。
知らない『自分』が『誰か』と知らない『約束』をしている。それが何を意味するのかも知らず、ジャンはその約束を重要と思わなかった。
ジャンが夢を見るようになった頃から、町の中で外から来た人間がいなくなる事件が起きていた。それを聞いて気の弱いコレットが怯えた顔をしていたが、きっと夢を見た誰かが『約束』を果たしたのだろうと、ジャンは自然にそう考えた。
ジャンがそれさえも話さなかったのは、所詮は〝他人事〟だったからだ。
ここは閉鎖的な町だ。田舎の町ではよくあることで、ジャンたちが生まれ育った村でも、外から来た人間が馴染むまで何年も掛かっていた。その土地に家を持ち、子どもを作らなければ仲間と認められないのだ。
冒険者としてスレイたちと村を出て一番近いこの町で冒険者となったが、外から来る人間が多い冒険者ギルドでもそれは変わらなかった。
それは、自分たちが優秀だからだと、以前のジャンは考えていた。
魔物が多い国境沿いの辺境でもなくダンジョンもない、半端な位置にあるこの町で冒険者の仕事は少ない。それでも冒険者がいるのは町の周辺にいる魔物を減らす役目があり、そのためにこのような町の領主は、自腹を切っても魔石の買い取り価格を上げて、冒険者の生活を補助していた。
だから田舎の町にいる冒険者はランク2程度しかいない。ランク3になれば王都へ出て、ダンジョンで稼ぐことが一般的になっている。
自分たちには才能がある。村を出て二年で全員がランク2になり、誰か一人でもランク3になれば他の冒険者と同じように王都へ向かおうと皆で決めていた。
町を出ていく自分たちはよそ者として見られるようになった。素材の買い取りを渋られたり、酒場で注文した食事が出てくるのが遅れるのも、こんな田舎から出ていく自分たちに〝嫉妬〟しているのだと思えば腹は立たなかった。
仲間たちの中で最初にランク3になるのは、自分だとジャンは考えていた。
戦士でありパーティーのリーダーである自分がランク3となって、王都の大規模ダンジョンで華々しく活躍することを、ジャンはずっと夢想していた。
自分たちには才能がある。自分には実力がある。これまで致命的な危機に陥ったことのないジャンはそれを疑うこともなく信じていた。
だが――それが狂い始めたのはいつからだろうか……。
仲間の中にコレットという少女がいた。
一番年上のジャン。その一つ下にスレイとキャラ。そしてさらに一つ下にコレットがいて、四人はいつも一緒にいた幼馴染みだった。
一番幼いコレットはいつもジャンたちの後ろを追いかけていた。身体を動かすことが得意ではなく、いつも遅れがちなコレットを、三人は呆れながらも庇護するべき妹のように想っていた。
そんなコレットに魔術師の才能があることが分かった。
魔術師は平民だと珍しいが、外から来たコレットの母が魔術師だったらしく、光魔術と水魔術の才能があったと、コレットはジャンたちに嬉しそうに報告してくれた。
『これでやっとみんなの役に立てるね』……と。
コレットは自分が、冒険者を目指す仲間たちの中で役立たずだといつも気にして、努力をしていた。そんなコレットが魔術を覚えても自分たちの関係は変わらないと思っていた。
攻撃力のない魔術を覚えたことも、臆病なコレットらしいとキャラが茶化し、いつまでも〝妹分〟の彼女を、これまでのように三人で守ればいいと軽く考えていた。
だが、村から出てこの町で冒険者となったある日、王都から来たランク3の冒険者がコレットを勧誘した。コレットは守ってやる存在ではなく、彼女の存在自体が自分たちの生命線なのだと初めて気づかされた。
平民で魔術師は少ない。二属性を扱える平民の魔術師はほとんどいない。しかも光魔術も扱えるとなれば、有名な冒険者パーティーから勧誘が来るほど貴重な存在なのだと思い知らされたのだ。
若い光魔術師は冒険者で奪い合いになり、使い潰されることも多く、実力があるパーティーが保護することもある。その時はコレットが勧誘を断ったが、ランク3の冒険者リーダーはジャンを見て、お前たちは幸運だったな――と笑った。
ジャンたちに才能があったから……ではなく、並の冒険者なら生き残れない場面でもコレットが守っていてくれたから、ジャンたちはこれほどの早さでランク2になれた。
才能があるジャンがコレットを守っていたのではなく、平凡なジャンをコレットが陰から守っていてくれたのだ。
それからだ。自分たちの関係が少し変わったのは……。
キャラは事ある毎に自分の存在を示すようになった。スレイは怪我をしてもそれを隠すようになった。そしてジャンは――いつしかあの〝夢〟を見るようになった。
ギルドからの依頼で墓地の調査をしたとき、居るはずのないオークゾンビに襲われ、二手に分かれて逃げた。何故そうしたのか分からない。以前のジャンなら、戦うことを選んだかもしれない。オークゾンビが自分ではなくコレットたちを追ったと知って、ジャンの心に湧き上がったのは薄暗い感情だった。
そのキャラとコレットは一人の冒険者に助けられたと聞いた。まだ若い……キャラと同じ歳くらいに見えるその線の細い少女が、オークゾンビを一撃で倒したという。
ジャンは最初、嘘ではないが誇張しているのだと考えた。それでも礼を言うべきだと思い、いつの間にか冒険者ギルドからいなくなっていた少女のことを受付に問うと、受付の女性は意地の悪そうな笑みを浮かべて、あの少女がランク5であることを教えてくれた。
それはなんの冗談か。キャラもそんなはずはないと吐き捨て、才能のあるコレットだけがその実力を認めていたことで、再びあの感情がジャンを満たした。
冒険者の少女にできるのなら自分にもできるはずだ。そうでなければいけなかった。自分が冒険者の少女――アリアに劣らないことを示して、コレットが自分たちから離れていくことを止めなくてはいけない。
だからこそ、〝約束〟をしていたジャンがアリアに襲いかかった。
そうじゃない。約束をしたのは俺じゃない。だが、ジャンがそう訴えてもアリアは理解をしてくれず、何もしていないジャンに手傷を負わせた。
治癒院に行って、コレットにもそうじゃないと訴えたが、彼女は顔を青くするだけでジャンの言葉に首を振り、いつの間にか定宿から消えていた。
おそらくコレットはアリアの所へ行ったのだ。平凡な自分たちに見切りをつけて保護を願いに行ったのだ。
いても立ってもいられず、ジャンは治療したばかりのまだ痛む足を引きずり、自分を見捨てようとするコレットを追いかけた。
そして自分の内から湧き上がる〝感情〟に、ジャンは理解していなかった〝夢〟の内容を思い出した。
「違うんダ……アレは……〝オレ〟ダッタ」
ジャンは『約束』をした。平凡な自分がコレットや才能のある者たちから認められたいと願い、彼女たちが自分から離れていかないことを願った。
そのために、夢の中に出てきた『白い女』に、自分のすべてを差し出した。
今なら分かる……あの時のジャンは一時の『嫉妬』の感情に流され、悪魔に魂を売り渡したのだ。
なら、それを見ていた自分は〝何〟だ?
まだ人間として生きていた頃の記憶を持って、それを見ていた自分は〝誰〟だ?
魂を失った哀れな〝肉人形〟は、そんな思いを抱きながら〝約束〟を果たすために、再び〝悪夢〟に囚われた。
***
「――ぁあああぁああああああぁああああああああ!!」
全身から血を流し、もう人とは思えなくなったジャンであったものから、悲痛な叫びと共に大量の瘴気が溢れ出す。
「っ!」
私は真っ青な顔で悲鳴をあげるコレットを抱きかかえて離脱すると、噴き上がる瘴気の中心で、ジャンの生命力が見る間に消えていくのを感じた。
「……アンデッド」
ほんの数秒前まで生きていたはずのジャンから生命の力は失われ、その代わりにどす黒い混沌の魔素をその命としていた。
「きゃああああああああああ!」
「なんだあれは!?」
突如としてアンデッドと化したジャンに、通りにいた人たちが騒ぎ出す。その中の一人が逃げだそうと背を向けると、その瞬間、ぎょろりと眼球を動かしたジャンが一足飛びに飛びかかり、その背を大剣で斬り裂いた。
「――やぐぞく――っ!」
ジャンのアンデッドはその〝言葉〟を叫びながら、悲鳴をあげて逃げようとする人々に襲いかかり、その瞬間、私の放った分銅型のペンデュラムがジャンの頭蓋を打ち抜いた。
「ジャンッ!」
「近寄るな」
倒れるジャンに駆け寄ろうとするコレットを肩を掴んで止めると、コレットは信じられないものを見るようにその瞳に無表情な私を映した。
「あれはもう、ただの死体だ」
「そんな……」
コレットももう助けることはできないと分かっているはずだ。それにまだ終わっていない。
「――だれも――にげられない――」
半分打ち砕かれた顔でジャンが立ち上がる。やはり一撃では滅ばないか……。
逃げられない……いや、『逃がさない』ことが夢でした〝約束〟だろうか。
おそらくは外からこの町に来た者や、この町を離れようとする者を逃がさないことを約束させられたのだろう。それが私が捜す〝悪魔〟との契約なのだとしたら、〝夢〟を見た人間はもう契約を済ませている可能性がある。
悪魔の考えは分からないが、王都から遠くもなく近くもないこの地で何かをしようとしていたのなら、ここから王都へこの現象を広げようとしていたのだろう。
王都で直接それをしなかったのは、悪魔に対抗できる私やカルラがいたからだとすると――
「いけないっ、逃げるなっ!!」
悪魔はもう、〝誰〟もこの町からは逃がさない。
「――違うのっ! わたしはぁあああ!」
アンデッドと化したジャンから逃げようとした女性の一人が、突然顔中から血を零しながら周囲の人たちを襲い始めた。その女性だけじゃない。見えるだけで数十人もの人たちが血塗れの死体となって、〝逃げる〟人たちを襲い出す。
「――行ぐな……行かないでぐれっ!」
「…………」
そこに向かおうとする行く手を塞ぐジャン。
アンデッドとなっても感情があるのか、それとも悪魔と契約をしたからこそ、苦しむことに意味があるのか。
私は、その瞬間に覚悟を決める。最悪の事態を予想して……。
「――頼む!」
言葉とは裏腹にジャンが大剣を私ではなくコレットに振りかぶる。
私は一瞬で感情を心の奥底へ沈め、ジャンの目線を塞ぐようにナイフで斬り裂き、黒いダガーでアンデッドの急所である心臓の魔石を貫いた。
「――これっと」
「ジャン……っ」
ただの死体になったジャンが転がり、最後に自分の名を呼んだその誰かを呪うような表情にコレットが震えるように息を呑む。
「コレット、まともな人に家から出るなと伝えて」
「…………」
家から出なければとりあえず襲われることはない。ジャンと周囲にいたアンデッドの首を切り飛ばし、淡々と指示を出す私にコレットが恐怖に満ちた視線を向ける。
「早く行って」
「……はい」
そんな視線には慣れているので今更思うことはない。私にできるのは救うのではなく殺すことだけだ。
だが、コレットが動き出す前に、通りの向こう側から複数の人影が迫るのが見えた。武器を持った人間たち……でも味方じゃない。向かってくるのは血塗れの死体と化した冒険者たちだった。
「キャラ……っ」
コレットの震えるような声に、土気色の肌で顔中からどす黒い血を流したキャラは血塗れの手を伸ばす。
「――こぉれっと……たすけで……〝やくそく〟したじゃない……一緒にいてぐれるっでぇ……」
「そんな……キャラ」
まだキャラの意識が残っているのか、キャラの言葉を聞いて、コレットが涙を流しながら両手で耳を塞いだ。
私はその叫びを聞いて〝約束〟に込められた負の感情を理解した。
コレットは平民には珍しい二属性の魔術師だ。キャラに感じていたコレットに対する過保護さも、彼女を下に見る言動も、すべてはキャラのコレットに対する〝嫉妬〟の感情によるものだった。
この町が外から来た人間を拒むのは、閉鎖的だからではなく、この閉鎖された場所から飛び出していける者たちへの〝嫉妬〟だったのだ。
その感情を悪魔が利用した。悪魔との契約は〝願い〟と〝対価〟が必要になる。対価は約束した人たちの命だとしても、願いが分からなかったが、ようやく理解できた。
夢を見た者たちの〝願い〟は、最初から誰もここから逃がさないことだった。
コレットは血の涙を流しながらこちらに向かってくる冒険者たちとキャラを見て、私へ懇願するように向き直る。
「お願いしますっ、キャラを助けて! 友達なのっ」
「…………」
あれが死体だと分かっていても感情では理解できないのか、コレットは涙に濡れた瞳を私へ向ける。
ガシャンッ!!
何かが破壊される音。遠くから住民たちの悲鳴が聞こえてくる。
おそらくは建物の中にも〝夢〟を見た者がいたのだろう。その者たちが死体となって外に出ようと暴れ始め、それを見たアンデッドたちが住民を――逃げようとする生きている家族を襲い始めた。
「…………」
私は感情を心の奥に沈め、静かに目を細める。
「……救ってあげる」
「……え?」
私が漏らした呟きに、コレットが涙に濡れた顔を上げ、私はこちらに迫るキャラたちに向けて大きく一歩踏み出し――
「これっとぉ――」
数メートルの距離を一瞬で踏み越えた私のナイフが、キャラの首を一撃で切り飛ばした。
「キャラああアアア!!」
それを見たコレットから悲痛な悲鳴が響く。
最初から私にできるのはこれだけだ……。
「……すべてを殺して悪夢から救ってあげる」
ついに明かされた悪魔の罠。
アンデッドを生み出す『悪魔』、そして姿を見せない『夢魔』はどう動くのか?
次回、アリア 対 悪夢の町





