215 悪魔の住む町 その3
7/17前話の内容を微調整してあります。
今回は、ホラー仕立てなので、若干分かりにくいかも。
「違う! 俺じゃないっ!」
混乱した顔でそう叫びながら短剣を振りかぶったジャンは、振り返りざまに驚愕していた仲間に斬りつけた。
「ジャンっ!?」
「何をしてるのっ!?」
「ち、違うんだ、スレイっ、キャラ!」
腕を斬りつけられたスレイを庇ってキャラが前に出るが、彼女は意味不明なことを口走るジャンに武器を向けられずにいた。
「退いて」
私はそこに滑り込むように割り込み、右の掌底をジャンの脇に叩き込む。
「ぐほっ!?」
魔鋼を仕込んだグローブ越しにあばらが砕ける感触が伝わってくる。普通ならこれでまともに動けなくなるはずだが、ジャンは横に身体を折り曲げた奇妙な体勢で立ち上がり、再び私へ短剣を振るってきた。
「違うんだっ、攻撃を止めてくれっ!」
「…………」
あきらかにジャンの言動が常軌を逸している。操られてる? でもそれだと『違う』と言った言葉の意味が分からない。
「先ほどより痛いが……我慢しろ」
考察は後だ。まずは彼を無力化するため、ナイフを鞘に戻して静かに構えた。
「頼む、そうじゃないんだ!」
そう言いながらジャンが繰り出した短剣を、刃の腹に手を当てて逸らし、私はその腕に自分の腕を絡ませながら、真下から突き上げるような膝でジャンの骨を蹴り砕いた。
「ぎゃぁあああっ!」
まだ動けるか……。私は蹴り上げた脚をジャンの首に振り下ろし、そのまま地面に叩き付けると、派手な音を立ててようやくジャンが動きを止めた。
「ぅ……がっ」
「ジャンッ!!」
痙攣するように呻きを漏らすジャンに、キャラが駆け寄ってくる。
「あんたっ! ここまでしなくてもいいでしょっ、コレット! 早く【回復】を!」
「う、うんっ」
「待って」
私は近寄ろうとするコレットを止めて、蹲ったままのジャンの前で膝をつく。
「ジャン、意識はある?」
「あんた……っ」
治療を後回しにして尋問を始めた私にキャラが食って掛かるが、彼女に庇われたジャンは理性はあっても正気には見えなかった。
「すまない、キャラもやめてくれっ。俺はこんな〝約束〟はしていないんだ……」
「……ジャン」
「……〝約束〟?」
この場にそぐわない奇妙な単語を私が呟き返すと、腕の怪我を片手で抑えたスレイがジャンを庇うように割り込んできた。
「すまない。ジャンは混乱しているみたいだ。まずは治療させたいから、今日は許してやってくれないか?」
「…………」
私はそのとき直感的に『問い詰めても無駄』だと感じた。
彼らはジャンがしたことに驚いてはいても、それを〝悪いこと〟だとは考えていないように思えた。それが彼らの性格から来るものなのか、それともジャンのようにおかしくなっているのか判断はつかないが、彼らを拘束しておきたくても冒険者同士の諍いではこの町に頼るのは無駄だろう。
とりあえず、少し泳がして様子を見るか……。
ジャンの『約束』という単語に何かあるのか? この町の異変が〝瘴気〟と〝アンデッド〟だと考えていたが、その考え自体が間違っているような気がする。
「……とりあえず、治療院に連れていったら?」
「すまん、そうさせてもらう」
私がそう言うとスレイは、まだ何か〝言い訳〟をしているジャンに肩を貸して立ち上がる。
「私は冒険者ギルド近くに宿を取る」
「ああ、分かった」
私が彼らの背に声を掛けるとスレイの声だけが返ってくる。同じようにジャンを支えたキャラは私を睨んでいたけど、その後ろで顔を青くしたコレットが何かを訴えるように私を見つめていた。
彼らと別れた私は、町の中を観察しながらオークゾンビが現れたという墓地へと向かう。この町では村人が行方不明になっているはずだが、意外なほど住民たちの雰囲気はそれほど暗くない。
中には不安そうな表情を浮かべている人もいたが、私が通りかかると表情を消して町の風景に溶け込んでいった。
でも、それは別段に珍しいことではない。田舎の町が外の人間に冷淡なのはよくあることだ。私が育った孤児院のある町もここと同じくらいの大きさだったけど、町と住人の負担になる孤児にはとても冷たかった。
だから、同じようにこの町を出ていくかもしれないコレットたちは疎まれているのだろう。閉鎖的な町……それと〝約束〟という言葉がどう関係するのか? 瘴気やアンデッドとどう関わるのか?
墓地は礼拝堂の裏にある町を囲う外壁の外側にあった。壁の内側にも墓はあったが、百年以上町が続くと足りなくなったのだろう。
外側の墓地は木の柵で覆われ、一カ所だけ破壊された柵の部分があったので、そこがオークゾンビが現れた地点だと察した。
確かに瘴気はある。それでも冒険者ギルドの受付嬢が言っていたように、オストール家が浄化をしたらしく、死体が動き出すほど濃い瘴気は残っていない。
「……やはりな」
だからこそ私は、この件に〝悪魔〟が関わっていると確信した。
通常、アンデッド化する生物はすべて元から魔石を持っている。スケルトンは頭蓋の中に魔石があり、悪霊のような実体の無いものでも魔石を核として存在している。
オークゾンビの魔石は確かに瘴気に染まっていたが、その瘴気量はあきらかに少なかった。
悪魔は瘴気を餌とするが、その実態は精霊と同じ魔力を生命とする精神生命体だ。
つまりはあのオークゾンビも、悪魔が操っていた骨たちも、本来のアンデッドではなく魔力によって造られた悪魔の操り人形ではないのだろうか?
でもそれでは、ジャンたちの言動が説明できない。だが今はその答えを出すときではない。それは彼女が持ってくる内容によって変わってくるはずだ。
***
「……アリアさん」
その日の夜、冒険者ギルド近くに宿を取っていた私に〝彼女〟が訪ねてきた。
「一人?」
「……はい」
夜になって一人で訪れたコレットを部屋に招き入れる。
彼女を部屋の一つしかない椅子に座らせ、私がベッドに腰掛けると、少し躊躇うように視線を巡らせていたコレットが、少しずつ話し始めた。
「……私が『町がおかしい』と言ったのは、アンデッドのことだけじゃないんです」
明確な異変は瘴気とアンデッドだが、それ以前から〝違和感〟を覚えていたという。
それは言われなければ気づかないほどの小さな違和感だったが、それに気づいたコレットは少しずつ不安を募らせていた。
数週間前から、どこかの誰かが『約束』と言い出した。誰もその約束を『誰と』したのか明確にすることはなく、その内容を話すこともなかったが、閉鎖的な地域では元からいる人たちとの調和を重んじて、何よりそこから逸脱することを恐れていた。だから誰もその内容に触れることもなく日々は過ぎていった。
だがある日、その言葉を使っていた冒険者たちが外に出ると、その中の数人が、返り血を浴びて戻ってきた。仲間たちの中でもまだ他の冒険者と交友があったコレットがその人物に訊ねてみると、彼は困惑した顔でこう言った。
『〝約束〟をしたのは俺じゃない』――と。
それから人が居なくなることが多くなった。消えた人は全員、外から来た人間か他の町に住んだことのある人たちだった。
最初のうちは衛兵による探索隊が消えた人を探していた。その家族も冒険者ギルドに捜索依頼を出すこともあったが、しばらくすると誰も口にはしなくなり、そうしているうちに瘴気騒ぎが起きて、気にする者はいなくなった。
「ジャンの言動がおかしくなったのはいつ?」
「今日……です。いえ、おかしくはなっていないんです。治療を受けた前も後も、本当にいつも通りでした」
「〝約束〟については?」
「聞いてもよく分からなかったのですが、たぶん……『夢で見た』と」
……またおかしな単語が出てきた。要領を得ないコレットの話を要約すると、ジャンは夢の中で『誰か』が『誰か』と『約束』する光景を見たらしい。
誰とした約束か本人でさえ分からない。でも、その約束があったから私を攻撃したってこと?
でも、そうだとすると、それを疑問に思わない人は全員、その〝夢〟を見ている可能性があると気づいて少しだけ寒気がした。
「……コレットは?」
「わ、私は見てません」
コレットはその夢を見てない。町の人間が消えたことにそれが関わっているのなら、それを疑問に思わない人も怪しいということになる。
だがそうなると一つ疑問が生じる。目撃された二体の悪魔はそんな能力を見せてはいなかった。隠していたという可能性もあるけど、私はもう一つの可能性が頭に浮かぶ。
「……〝夢魔〟……」
三体目の悪魔……。
「……え?」
「いや、こちらのこと。それよりコレットはこの町から出たほうがいい」
「でも、みんなは……キャラはっ」
「スレイとキャラがまだまともなら、説得して連れ出して。ジャンがそれを拒むのなら置いていったほうがいい」
「そんな……」
最悪の場合、骨の悪魔と三体目の〝夢魔〟を同時に相手にすることになる。
その夢が本当に悪魔の仕業なら、まだ夢を見てない人間は逃がしたほうがいいのだけど、今度はこの町の閉鎖性が邪魔をする。それを見越してここを選んだか……。
おそらくは一介の冒険者の話なんて、閉鎖的な町の住民は信じない。町の領主を説得して逃がす選択肢もあったが、この町の領主はオストール家の名代だ。
もう証拠を集める時間も、エレーナに指示を仰ぐ時間もなさそうだ。それなら、私にできる解決方法は一つしかない。
「私は領主の屋敷へ行く。コレットは知り合いで、『約束』の『夢』を見ていない人がいたら、声を掛けてあげて」
「わ、わかりました……」
コレットの返事も覇気がない。彼女自身もそれがどれほど困難か分かっているのだろう。だから私は、その元凶である悪魔を倒す。
私は戦闘準備を整えてコレットと一緒に宿を出る。コレットはそのまま定宿に向かってキャラたちを説得するそうだ。
「……え?」
外に出ると、夜にはなっていたがまだ通りには何人かの人が見えた。その中の一人を見たコレットが思わず声をあげて私もそちらを見ると、そこには動けなくしたはずのジャンがいた。
「コレット……すまない」
「ジャンっ?」
ジャンは何故か泣きそうな顔でコレットを見ていた。その彼の様子を見て、私はこの町を見た最初の違和感を思い出した。
その時も〝見かけ上〟はまともだった。でもどこか、言葉にできない違和感を覚えていた。ジャンを見てその意味に気づいた。どうして今の彼からは生命力が感じられないのか?
「助けて……」
そう呟いたジャンが血の涙を流して、口からもぼろぼろとどす黒い血が零れた。
「――……い、いやあああああああああああっ!?」
悲鳴をあげるコレットの目前で、ジャンは全身すべての穴からどす黒い血を零しながら、死んだ魚のような目を私へ向けた。
「違うんダ……アレは……〝オレ〟ダッタ」
次回の時点でまた微調整するかもしれません。
悪魔の怖さを書きたいけど、昔書いた作品がアレなのでいまいち緊迫感に欠けるw
次回、その4 何人生き残れるのか……。





