214 悪魔の住む町 その2
7/17次話の内容に沿って文章追加しました。
「それで……何がどうなっている?」
脱ぎ捨てた外套を着直しながら問いかけると、そんな私を見つめていたローブ姿の少女が、慌てたように少しだけ顔を赤くして口を開いた。
「わ、私たちの町がおかしいんですっ!」
「……それは聞いた」
相当慌てているのか、彼女から新しい情報は得られなかった。仕方なくもう一人の革鎧の少女へ視線を向けると、彼女は他のことに気を取られていてそれどころではなかったようだ。
「な、なぁ、こいつ、本当に大丈夫なのか?」
革鎧の少女は、私たちの様子を感情のない瞳で見つめている巨大な獣――ネロに怯えてそんなことを言ってくる。
「安心して。ネロは人間に興味はないから」
こちらもすぐには無理そうだと判断して、オークゾンビの死体から魔石を抉りだしていると、私の言葉に革鎧の少女が悲鳴のような声をあげた。
「だ、だって、見てるじゃないかっ」
ネロが人間に興味がないのは本当だ。基本的にどうでもいいと思っている。
師匠にはある程度慣れたようだが、師匠を森の庵に送り届けたあとは問題なかったことを報告するため、すぐに私の所へ戻ってきた。
そのネロが学園周囲の森に留まり近づく魔物を狩っているのは、人間を護るためではなく、相棒である私がエレーナを護っている、ただそれだけの理由だ。
今も私たちをジッと見ているのは、彼女たちがおかしな真似をすれば即座に殺すつもりなのだろう。それでも、私はネロを諫めるつもりはなく、それを言って無駄に彼女たちを怯えさせる必要もない。
そもそも、もしそうなれば私自身が躊躇なくそうするつもりだからだ。
「……歩きながら聞く。町まで案内して」
そんな剣呑な雰囲気を感じ取ったのだろうか、革鎧の少女に落ち着きがなくなっているのを見て、私からそう提案した。
「ネロ」
――了――
名を呼んだだけで理解してくれたネロが、あの巨体で木の葉さえ揺らさず森の中へ消える。元々調査予定の人里に近づいたときには、周囲の調査をしてもらう予定だったので、それが少し早まっただけだ。
彼女たちも、ネロが幻獣とは知らなくても、巨大な肉食獣というだけで威圧感を覚えていたのか、革鎧の少女があきらかに安堵の息を吐いて、ローブ姿の少女が落ち着かない様子で頭を下げた。
「あらためて、ありがとうございます! 私はルドの町の冒険者で、魔術師のコレットと言いますっ」
「同じく、キャロライン……キャラでいい」
ローブ姿で青みかがった黒髪がコレットで、革鎧で茶色の髪がキャラか。
魔術師と軽戦士。どちらも戦闘力は120前後で、どちらも見た目の年齢は私と同じくらいだけど、私と違って実年齢とあまり変わりはないように感じた。
幼い頃から魔力値が高ければ身体も急成長するけど、ある程度身体ができているとほとんど見た目は変わらないらしく、コレットは魔術師だけど私よりも幼く見えた。
ルドの町……そこは、私が調査を行う予定のオストール法衣男爵の屋敷がある町だ。
元々は準男爵の爵位を持つ王家の侍従が管理をする町だったが、王都で仕事をする彼では管理しきれないとして、新たな屋敷と共にオストール法衣男爵家に譲渡された。
ルドの町は王都から馬車で数日程度かかるが、オストール家が管理することで屋敷と併設して礼拝堂が建てられ、周辺の村々から多くの人が訪れている。
「王都の冒険者でアリアだ。それでどうなっているの?」
「は、はい」
歩きながらになるがコレットが説明をしてくれる。
あの暗殺者ギルドがあった礼拝堂ほどではないが、ルドの町でも森側に広がるように大きな墓地が作られていた。
この世界ではアンデッドなどの発生を防ぐために、火葬にして司祭による【浄化】が行われる。それから地域ごと家族ごと、また個人など、寄付金の額によって異なる埋葬がされるが、最近になって浄化されているはずの墓から、瘴気が感じられるようになったという。
「そこで私たち『黄金の矢』が依頼を受けて……周辺の状況を調査したのですが……」
彼女たちのパーティー『黄金の矢』は、戦士二人、斥候系狩人一人、魔術師一人のランク2パーティーだ。
バランスが良く大抵の依頼はこなせるのだろうが、町の治安に関わるような案件で調査を依頼されるのなら、よほど冒険者ギルドに信頼されているのだろう。
だけど彼女たちは、その依頼で思いも寄らなかった敵に遭遇した。
「勝てないと……分かって、二手に分かれて……」
「おい、コレットが限界だろっ!」
オークゾンビから逃げてきて碌な休みも挟まず移動を始めたせいか、コレットは喋れないほど息を切らし、それに噛みついてきたキャラの脚も微かに震えていた。
「キャラ、私は……大丈夫。早く……ギルドに」
「コレットは弱いんだから無理するなって!」
「で、でも……」
「そういう〝約束〟だろ? なあ、あんた、コレットを休ませたいんだ、いいだろ?」
「了解」
コレットはギルドに早く戻りたかったようだが、それをキャラが止めた。キャラの言い方は多少引っかかるけど、他パーティーの内情に口出しをするつもりはない。
それに、仲間の安否を心配するコレットの焦りを見て、彼女たちが疲れていることを気づかなかった私の落ち度だ。私も普通の冒険者は半日も走り続けられないことを忘れていた。
でも、私がそう思ったのにも理由がある。コレットは話すときに〝何か〟を気にしていた。それをこの場で話せないのなら、早く街に戻ったほうがいいと感じていた。
休憩にすると、彼女たちは手近な岩に座り込んで革袋の水を飲み始めた。
私も【影収納】から器を出して生活魔法で水を注いで飲んでいると、それを見たキャラが眉を顰めた。
「あんた、魔力を無駄にするなって教わらなかったのか? 敵のいるかもしれない場所なら、生活魔法も控えるのは常識だぞ」
「キャラっ、失礼なこと言わないで! アリアさんは強い冒険者なのよっ」
どこの常識か知らないけど、確かに魔力が50程度の彼女なら控えたほうが賢明だ。でも、その言い方をコレットから窘められたキャラは、彼女から視線を外してふてくされたように横を向く。
「私だって、もう少しランクが上がればオークくらい倒せるさ」
確かにランク3になれば、ランクの上ではオークと同格になる。
どうやらキャラが妙に絡むのは、外見年齢がさほど彼女たちと変わらない私が、コレットから信用されているように見えて、それが面白くないのだと思った。
それから何度かの休憩を挟み、私たちはなんとか夕方までにルドの町に到着した。
人の数が千人もいないような小さな町で、ここより大きな村もあるはずだ。それでもここが町と呼ばれているのは、単純に男爵家が管理しているので、町に必要な設備が充実しているからだろう。
外から見える町の様子に変わりなく、門を護る兵士も変わらずに冒険者認識票を見せただけで通してくれたが、私がランク5である魔鉄製の認識票を見せたことで兵士が少しだけ挙動不審になっていた。
町中も特に変わった様子はない。……見た目上は。
コレットとキャラは門の兵士に報告するのではなく、直接冒険者ギルドに報告するらしく、そのままギルドへ向かうと、中にいた二人の男たちが喜色を浮かべて駆け寄ってきた。
「キャラ、コレット!」
「ジャン、スレイ! 二人とも無事で良かったっ」
四人は互いの無事を確かめ、喜び合っている。でも、彼らが先に戻ってきたのなら、オークゾンビに警戒しているはずだが、冒険者ギルド内にそんな緊張感はなく、ギルド内にいた一部の冒険者はそんな彼らに冷ややかな視線を送っていた。
「オークゾンビが出たと聞いたけど?」
「……ああ、彼らの話ですか?」
私は受付に声を掛けると、書類仕事をしていた受付嬢が顔を顰めながら溜息を吐く。
「瘴気の発見報告があったんで、調べさせたのですが、オストール家の方からもう瘴気の浄化は終わったって連絡があったんですよ。それなのに、こんな場所にオークゾンビだなんて、この町じゃ十年はオークなんて見てませんよ」
「なるほど……」
この辺りは元々ランク3を超える魔物は滅多に現れないようだ。辺りを見回してもランク3以上の冒険者の姿は見えず、ランク3になった冒険者は王都に行くか、王都南方の大規模ダンジョンへ行ってしまうだろう。
それ以上に、『黄金の矢』があまり信用されていないように感じた。このギルドにいる人はランク2で燻っている人たちで、あの若さでその域に辿り着いたコレットたちは数年で町を出ていくと思われている。
それとキャラを見て感じたように、無意識に増長するような発言をして、そんな態度が周りから疎まれているのかもしれない。
そもそも彼らのようなランク2で若い人たちに、調査仕事を斡旋することはない。通常はその報告を信頼できるほど経験のある冒険者に頼むはずだ。
それが違和感だったけど、このギルドを見て理解できた。この辺りに強い魔物は現れない。でも悪霊のような弱くても厄介な敵もいる。だから彼らは、本当の調査が行われるまでの露払いとして、『炭鉱の小鳥』のように扱われたのだと感じた。
「私も見た。これが魔石」
「魔石ですか? 見たと言われても、お若い冒険者の報告では……」
「これでも?」
私が胸元から魔鉄製の認識票を見せると、受付嬢が硬直して数秒後に目を剥いた。
「そ、それ……」
「虹色の剣のアリアだ。国の依頼で、村人の行方不明事件の調査に来ている途中で、オークゾンビに追われている彼らに遭遇した。この件でも調べる予定でいる」
「わ、分かりました。オストール家に報告しますので、連絡が取れる宿を取っていただけますか?」
とりあえず、〝餌〟は撒いた。暗部の密偵が行方不明になっているのなら、名前を出さなくても襲われる可能性もあるが、私はおびき出したほうが早いと判断した。
理性的な犯罪者なら、調査する人間が来たら始末などせず、大人しくしてそのまま帰ってもらうことを選ぶはず。
密偵を始末をすれば本格的な調査が始まる。それを理解できないのか、それとも、それを恐れていないのか。
「待ってくれ!」
冒険者ギルドから出て、墓地のほうへ向かおうとした私を男の声が呼び止めた。
「アリアさん!」
コレットの声と、キャラを含めて四人の気配を感じたので、おそらく『黄金の矢』の四人が追い掛けてきたのだろう。コレットとキャラの姿が見えて、コレットの表情に私はふと思い出す。
そう言えば、何か言いたげだったな……。
「……なに?」
「なにって、あんたっ」
私の素っ気ない返事にキャラが噛みついてくるが、それを戦士風の男が止めた。
「やめろ、キャラっ。俺たちは礼を言いに来たんだぞ。俺はジャン、こっちの狩人はスレイだ。コレットとキャラを助けてくれてありがとう」
「成り行きだ」
「それでも感謝しているよ」
たぶん、ジャンがリーダーなのだろう。十代後半でランク2のメンバーを纏めてきた自負がその言動からも感じられた。
「それとギルドから、君が俺たちの調査を受け継いだと聞いた。それなら俺たちもやらせてくれ。ちゃんと準備をすればオークになんて負けはしないさ」
「…………」
なるほど、彼はかなり自信家のようだ。彼はこの調査を自分たちがするのも、私が協力を受け入れるのも当然だと思っている。
でも――
ガキンッ!!
「……どういうつもり?」
ジャンはいきなり握手でも求めるような自然さで短剣を繰り出し、私はそれをナイフで受け止める。
唐突なジャンの行動にコレットもキャラもスレイも驚愕して、その困惑の中で攻撃をしてきたジャンが声を張り上げた。
「違う! 俺じゃないっ!」
ジャンの行動、その言葉の意味、そしてこの町の謎とは?
何人死ぬかまだ決めていません。
次回、その3





