207 一年の終わり
一年次の終了
「どうか、私の卒業パーティーでのパートナーになってくれませんか」
普段の作り笑顔ではなく、わずかに緊張を含んだ真剣な顔つきで見つめてくる彼に、私は訝しむように目を細めた。
これにどういう意図があるのか? ミハイル・メルローズ……宰相であるメルローズ辺境伯の孫で、順当に行けば数十年後にはどちらの地位も得ることになる、王国にとっても重要な人物だ。
彼も高位貴族なら、幾らでも誘いはあるだろうし、魔術学園の卒業パーティーに同年代の女性を誘う意味も知っているはず。
「お戯れは困ります」
「戯れなんかじゃないっ。私は本気だ」
「…………」
私も名目上は中級貴族である男爵家の令嬢だが、元は準男爵である下級貴族の養女でしかない。気まぐれでも本気でも、そんな私をパートナーにすれば彼は良くてもメルローズ家の分家が黙ってはいないだろう。
そのメルローズ家も……いや、あの宰相なら私を取り込むために、周りを黙らせることくらいはするかもしれない。
「……こちらへ来ていただけますか?」
「分かった」
私の言葉にミハイルが喜色を浮かべて立ち上がる。ここは人通りが少ないとはいえ、王城の中庭に面した通路だ。誰かが中庭を横切るだけで、王宮侍女に跪いている姿を見られるのは、私はともかく彼にとって良くはないはずだ。
中庭から見えない柱の陰に入って振り返った私は、頭半分は高いミハイルの瞳を間近から覗き込む。
「それで? 何を企んでいるの?」
「企んでなんかいないぞ!?」
いきなり侍女としての話し方を止めた私の問いかけに、ミハイルが慌てる。
「それでは何故、私に?」
「それは……」
さらに詰め寄るように近づくと、下から見上げるようになった彼の顔が慌てて逸らされた。……怪しいな。
「ちょ、ちょっと、そんなに近づかれると困る」
「困る?」
身じろぐように身を離そうとしたミハイルを、護衛侍女の体術で彼の胸に手を押し当てながら壁際に追い込むと、何故か彼は複雑な感情が入り交じった変な顔をした。
たとえ王女の護衛でも、男爵家の養女が高位貴族を追い詰めるなど、不敬もいいところだが、あいにくと私は彼の祖父である暗部の室長から、ある程度のことは許すと許可を貰っている。
暗部ということなら一応ミハイルも身内となるが、裏切り者グレイブのように思想によって思いも寄らない行動をする場合もある。
「違うんだ、おかしなことを考えているわけじゃない。……ただ」
ミハイルは間近から睨む私からまた顔を逸らしながら、片手で顔を隠すように押さえた。
「全部、本気なんだ。信じてくれ……」
「…………」
私は彼の様子から嘘は吐いていないと考え、その言葉の意味を考える。
「まさか、本気で?」
「そうだと言っているだろう!」
本当に本気だとは思わなかった。いまだに色恋沙汰はよく分からないが〝知識〟では知っている。だからこそ私はよく分からなかった。
ミハイルは祖父に唆されたわけでもなく、私を戦力として取り込むのでも、エレーナを利用するのでもなく、本当に私のような冒険者の女をパートナーに誘っていたのだ。
正直に言うと人として認めてくれたのは嬉しく思う。彼自身も個人としてなら信用できるとは感じた。けれど……メルローズ家は、私が運命に逆らうためにずっと避けてきた〝貴族〟そのものなのだ。
「あなたなら分かると思うけど、私はエレーナ様の護衛で学園にいる。それに、王女の侍女をパートナーにする意味も分かっていると思うけど?」
「それは……理解している。だが、今のエルヴァンの状態が良くないものだと、それも理解しているつもりだ」
「……うん」
少しだけ方向が変わったミハイルに、私は続きを促す。
「私は……友人として彼が目覚めてくれることを期待もした。何度もロークウェルと共に諫めもした。だがダメだった。あの子爵令嬢同様、アモル殿下もナサニタルも、誰も最初から話を聞いてくれなかった」
「…………」
理解力の問題ではない。人は好んでいる相手からの言葉を優先し、それを否定する言葉は、初めから否定して聞いているのでそれを認めない。だからこそ、貴族は多くの情報を集めて自分で判断する必要がある。
でも……人は、聞き心地の良い言葉しか聞こうとしない。
「その時に決めた。もし、殿下が立つおつもりなら、私はそれを支持しようと」
「……メルローズ家として?」
「少なくとも、私と当主の考えは一致している」
なるほどね……。つまり、メルローズ家としては、王太子が立ち直るのなら、陛下のためにも、それが良いと考えているけれど、エレーナが〝立つ〟と決めたのなら、それに従うということか。
初めて会ったときから思っていたけど、油断のできない男だ。
要するに私を誘っているのは、その真意はどうであれ、これからの派閥を決める上で貴族としてのパートナーとして私を選んだのだ。
逆にそういう意味なら理解はしやすい。それなら遠慮をする必要はないだろう。
彼から手を離して距離を取り、うっすらと仕事用の笑みを浮かべる私に、ミハイルが緊張した顔を見せた。
「それではメルローズ様。これから騎士の訓練場へ向かいますので、少々お付き合い願えますか?」
***
年末が迫る冬の最初の月。例年通り、王立魔術学園の卒業パーティーが王城にて行われた。
王城で行われるパーティーに参加できるのは男爵家以上の貴族とその関係者だけで、最も数が多い準男爵以下の下級貴族は、今頃、学園内の会場で身分にとらわれることなく、気軽にやっているだろう。
もちろん、中級貴族の婚約者がいる下級貴族も王城に入ることはできるが、やはり数としては少なく、会場の隅で固まっていた。
下級貴族が隅にいるのも、セラに教えてもらったので理解はできる。上級貴族のドレスや礼服は一着で大金貨数枚もする。一生に一度の晴れの舞台ということで無理をする下級貴族もいるとは思うけど、金貨数枚のドレスでも、やはりこの場では見劣りがするのだから。
そんなことを考えていると、エレーナが私を見て静かに微笑んだ。
「それでは行きましょう、アリア」
「了解」
「お二人も宜しくお願いしますね」
「「はっ」」
下級貴族が萎縮する原因として、会場の警護には近衛騎士が就き、宰相や総騎士団長などの重鎮だけでなく、国王陛下と正妃殿下まで顔を出すからだ。
他の王族が顔を出す場合もあるが、それはほぼ任意となっている。王族の仕事は多岐に渡り、今も別の場所では式典に参加することしかできない正妃の代わりに、エレーナの実母である第二王妃が、集まった貴族たちからの情報の精査をしているはずだ。
元から正妃がいる場所に第二王妃が顔を出すことは滅多にないが……、今はそのほうがありがたい。
『第一王女エレーナ殿下がご入場なされます!』
王族用の扉から入場してきた私たちに、会場が一瞬静まりすぐに響めいた。
おそらくは正妃の気まぐれか、私たちより先に陛下と共に入場していた正妃が、私たちを見て腰掛けていた席からわずかに腰を浮かした。
賛辞を述べる国王陛下以外の王族出席が任意である理由は、あくまでこの場は学園を卒業する若者たちが主役であるからだ。だからこそ、参加するには理由が必要で、その理由を見いだせる〝教育〟を受けていない王太子は、ダンジョンから戻ってもまだ王宮から出てきていない。
そして、彼の足りない部分を補佐するべく、王家が側近として配置した〝友人〟枠の二人は、今ここにいる。
宰相の孫であり、大貴族メルローズ家の、ミハイル・メルローズ。
総騎士団長の子息で、大貴族ダンドール家の、ロークウェル・ダンドール。
本来なら王太子が王となった世に重鎮となるはずの側近二人が、第一王女であるエレーナに付き添っていることで、会場内の貴族は混乱していた。
それを知っていた国王陛下は、エレーナの行動に表情一つ動かすことはなかったが、王太子の実母である正妃は、何が起きているのか分からず陛下に視線を送り、それに陛下から返されたのはわずかな憐憫の視線だけだった。
「陛下、正妃殿下、ご機嫌麗しゅう」
「よい、エレーナ。祝いの席だ。存分に愉しむと良い」
「かしこまりました。それでは失礼いたします」
陛下との話も終わり、何か聞きたげな正妃の視線を無視して、振り返ったエレーナが差し出した手を、私が取る。
私とエレーナは、ミハイルとロークウェルのパートナーとして参加したのではない。
私は侍女服のまま参加し、ここまでエレーナをエスコートしてきたのも私だった。
今回エレーナは、卒業生のパートナーではなく、新しく側近に迎えた卒業生二人のために〝主人〟として参加しているのだ。
今回の目的としては、私たち全員の望みを叶えることにある。
ミハイルとロークウェルはパートナーとして私たちを望んでいたが、現状で婚約者を決めることは悪手だと考えたエレーナは、まずロークウェルの望みを半分だけ叶えてあげた。
エレーナの側近となれば、彼女を守る立場という望みを叶え、婚約者でなくても、もっとも近い異性として見られることになる。そこから先、王女を取るか王太子を取るかを決めるのはダンドール家の問題だ。
それを伝えるために騎士の訓練場へ向かう途中に出くわしたミハイルも、そのままエレーナの所へ連れていった。私も王女の侍女として参加している身であるが、側近同士なら、親しくしていると見られても問題はない。
そしてエレーナは、二人を側近として迎えたことを多数の貴族に知らしめ、国家の重鎮である二家を手中に収める、『王太子を超える政治力』を見せつけた。
エルヴァンを王太子から廃し、自らが次の女王になると貴族たちに示したのだ。
「……この意味が分からないとは、やはり王妃教育は大切ね」
微かに呟いたエレーナの言葉をこの場で理解できなかったのは、中級貴族の卒業生と正妃くらいだろう。民を導くためには、膨大な知識と教養が必要だからこそ、幼少期から王太子の婚約者が選ばれるのだ。
「では、参りましょうか。わたくしたちの〝戦場〟へ」
「「「はい」」」
卒業生たちが尻込みする中央で、エレーナがロークウェルと踊り、私がミハイルと踊る。この場での主役は卒業生である二人だが、高位の貴族ほどそうは見ない。そして二人も、エレーナが立場を表したことで、自分の意思でエレーナに仕えると決めた。
そして私の望み……〝私〟が王女の側にいることを、貴族たちに知らしめることができた。
しばらくして陛下は正妃と城の奥へと下がり、貴族たちは派閥ごとに集まって何やら話し合っていた。ロークウェルとミハイルも実家の関係者と話をするために一旦この場を離れて、誰もが遠巻きにして近づいてこない高位貴族の席で、エレーナが不意に口を開いた。
「……アリアはこれで良かったの?」
「うん」
私は、エレーナを狙う者たちを集める〝餌〟だ。
ある程度情報を集められる貴族なら、私のことも気づいているはずだ。竜殺しのこともいずれは知られることになるが、そのために報償で貰った鑑定を阻害する魔導具も身に付けていた。
だからこそ、エレーナも私を心配しているのだと思うけど……。
「大丈夫だよ」
「……信じます。誰よりも」
たった一言でしかない私の言葉にエレーナは静かに頷いてくれた。
これから先、エレーナを傀儡とできないと気づいた貴族派だけでなく、王太子を擁護する王家派の一部、そして王国の弱体化を図る諸外国も彼女を狙うようになるだろう。
私はエレーナを狙う、すべての敵を排除する。それまで、私はもう誰にも負けるつもりはない。
たとえ、この身が返り血で染まろうとも――。
ようやくドロドロパートが終わりました!
まあ、ある程度は続くんですけど、これでようやくアリアが動けます(意味深)
甘くない卒業イベントでした。
乙女ゲームで、ミハイルかロークウェルを選ぶのならここでエンディングです。
次回から二年生パートです。
これからもよろしくお願いいたします。





