206 少年たち
地味回
「――【浮遊】――」
レベル5の闇魔術【浮遊】を使った私がふわりと宙に浮かび、ギルド訓練場の壁を蹴って飛び上がる私に、セオが短く切った丸太を全力の身体強化で放り投げる。
「――【兇刃の舞】――」
【戦技】を発動し、構えた黒いナイフとダガーから繰り出される左右の八連撃が、一抱えもある丸太を一瞬で粉砕した。
パラパラと雨が屋根を打つような、木の破片が落ちる音だけが聞こえ、その中で音もなく床に下りた私に、それを見ていた職員たちから響めきにも似た声が漏れた。
ランク5の認定という王都でも珍しい出来事に、手の空いていた職員ほぼ全員が見学に来ていたようだ。その中で一緒に見学をしていたロークウェル・ダンドールが、若干気まずそうにしながらも感嘆したように拍手をしてくれた。
「今の騎士団にランク5はいないが、やはり凄まじいものだな……。あらためてその実力を感じさせてもらえて感謝する」
「恐れ入ります」
随分と持ち上げられたものだと思いながらも、上位貴族の言葉に素直に頭を下げておく。少しだけ彼の様子がおかしかったが、それは頭痛がしたような顔をしたセオが足下を指さしたことで、一瞬遅れて理解した。
一般女性でも膝から下は見えているし、冒険者の女性なら手足の露出は気にしないけど、貴族の女性は違う。貴族女性の脚は常に足首までドレスの裾で隠されている。だから脚を見せるのははしたない行為だと思っている。
平民の職員たちは誰も気にしていなかったし、セオも頭を抱えるけど慣れていた。要するに私が侍女服のまま宙を飛び回ったことで、彼に脚が見えてしまったのだろう。
「では、すまないがアリア嬢。少し時間をいただけるだろうか? 弟君も一緒に」
「もちろんです。ダンドール様」
ロークウェルに絡んでいた盗賊崩れが逃げ出したあと、少し話をしたいと言った彼だったが、私がランクの更新をすると聞いてそれを見学させてほしいと言ってきた。
騎士を体現したような彼のことだから、単に私の用事を優先させてくれたのかもしれないし、戦士として高ランクの戦技を見たかっただけかもしれない。ただ、私の技を見た彼は真剣な顔をして、中級貴族の養女でしかない私の時間を取ることに頭を下げた。
「では、お話とはなんでしょうか?」
ランク5冒険者の権限でギルドの応接室を借りることができた。こういう権限自体初めて知ったけど、提案してくれたメアリーの話では、高ランクの冒険者は貴族案件の依頼を受けることもあるので、ギルドが対応してくれたみたい。
ここからは高位貴族ではなく、一人の学生として会話をしてほしいという彼の要望もあり、分厚い魔物革の堅いソファーにセオと共に腰掛け、向かいに座ったロークウェルに声を掛けると、彼は一度立ち上がって再び頭を下げてきた。
「先日、王城で妹が迷惑を掛けたこと。そして、王女殿下の下に駆けつけることができなかったこと、すまなかった」
「……頭をお上げください。あれはあなたの責任ではありませんよ」
先日の迷惑とは、エレーナとクララがあまり良くない関係にあり、その場の微妙な空気にカルラが絡んだ件だろう。
エレーナはクララが裏で動いていることにある程度気づいている。そのうえで苦言を呈するだけで放置しているのは、エレーナもそれを容認しているということだ。
実際に王太子の件はすでに王族案件となっている。すでに陛下はある程度諦めている節もあるが、まだ割り切ることもできないだろう……とエレーナは言っていた。
その落としどころを探るのはエレーナの仕事だ。その点で邪魔な人物の認識は、エレーナもクララも一致している。でも、もしクララがおかしな行動を取るのなら、その時は私がすべてを始末する。
けれど……エレーナはあの時に見たクララの態度に、幼い頃の彼女を見て、切り捨てることを悩んでいる。
ロークウェルは、妹のクララがエレーナとも王太子とも良い関係を築けていないことを気にしているのだろうか。
だが、カルラの件は彼が気にすることではない。彼はエレーナの騎士でもなく、近衛騎士さえあの場に駆けつけることはできなかったのだから。
「確かにあの場にいたのは王族と準王族になる方々で、一介の騎士では止めることもできないだろう。だが私は……あの場にいなかったことを悔いている。騎士としてせめて彼女の盾に……」
「そうですか」
私は曖昧に頷きながら、その発言に微かな違和感を覚えた。
騎士として命を捧げるのは国王陛下にではないのか? エレーナが女王になることを決めたと知っているのは、私たち側近と国王陛下くらいのはずだ。
彼の発言は、まるでエレーナだけは自分の命に代えても護りたい、と言っているように聞こえた。
「私は自分の実力に限界を感じていた。森で襲撃を受けた事件で、私は君の力を見て、自分が学生でランク3になったからと、どれだけ驕っていたのか思い知らされた」
「だから、冒険者の真似事をしていたと?」
「真似事か……そうだな。私は冒険者となれば、君やレスター伯爵令嬢のような強さに追いつけると思い込んでいた」
「わかります、ダンドール様!」
ロークウェルの自嘲めいた発言に、何故かセオが共感したように頷いていた。
セオもそうだが、彼も比較対象が間違っている。セオもロークウェルも学生としてなら充分すぎるほどの実力を持っている。
それは私が言えることではないので言わないけど。
「力はすぐに身につきません。まずは何をするのに力がいるのかを考えるべきかと。何をするべきか……卒業生は今、やることがあるのでは?」
「それは……そうだな」
何故か共感している男二人を見て、結局、何が言いたいのかよく分からなかったが、まずはやるべきことをやってからの話だ。でも、それに返した彼の言葉は、強くなることよりも『卒業』という言葉に反応している感じがした。
「私にはその資格があるような気になっていた。けれども、私にはまだやるべき事があるようだ。すぐに強くはなれないと理解できただけでも良かった。それで、もしよければだが……」
「……なんでしょうか?」
私が一瞬言葉に詰まった彼に続きを促すと、ロークウェルは少し迷ったすえに口を開いた。
「……時間がある時で構わない。少しでもいい。私に強者と戦うための心構えを教えてくれないだろうか?」
***
「――そんな話をされたのだけど」
「…………」
学園の生徒としての会話で私個人だけならともかく、相手がダンドールともなれば、エレーナの指示なしでは断ることも受けることもできない。
それで仕方なしにエレーナに報告をしたのだけど、彼女は軽く溜息を吐いてから、目配せをして侍女が持ってきてくれた書簡を手に取った。
「奇遇ね。先ほどだけど、ダンドール家から正式な申し込みがあったのよ? 卒業するロークウェルのパートナーとしてね」
「なるほど」
私もエレーナが溜息を吐く理由を理解して、彼女に思わず同情する。
卒業生が下級生をパートナーに誘うことは悪くない。だが、それは意中の相手に想いを伝える意味もあり、相手側がそれを受けるのは、相手の想いを受け入れることを意味している。
まず前提として、婚約者がいる生徒は、卒業パーティーでのパートナーにその人物を連れていく。
それでも生徒同士の戯れもある程度許されており、家格が合わないパートナーを選ぶ場合もある。これは今の国王陛下が、婚約者でもない子爵令嬢をパートナーに選んだことからも分かるだろう。
だが、陛下がその子爵令嬢を正妃として迎えてしまったせいで、今の王族はかなり厳しい目で見られている。
これまで幾つかの貴族家からエレーナ宛に誘いが来ているが、それらはすべて、エレーナが後々〝降嫁〟することを前提とした『婚約』の申し込みだった。
今回もロークウェル個人からではなく、ダンドール家から申し込みが来たのは、そうした申し込みであることを意味している。
「当たり前のことだけど、ダンドール家は、お兄様が国王となることを前提として動いているわ。クララが正妃候補なのだから当然よね? だからといって無下に断ることも得策ではないの。母はダンドール家の出身だから、彼らは私の後ろ盾でもあるのよ」
ロークウェル自身はそれを望んでいるのだと、私も彼との会話を思い出して察した。
彼自身は、子爵令嬢に傾倒する王太子の側近から離れてしまっている。クララが正妃となることで王家との繋がりはできるが、ダンドール家は次期総騎士団長になるロークウェルと王太子の関係を考えて、エレーナとの婚約を打診してきたのだ。
けれど、エレーナが女王になるのなら、ダンドールの嫡男である彼との婚姻はほぼ不可能になる。
彼に家に背いて王配となる覚悟があるのなら別だが、今のロークウェルは、自分がエレーナの危機に側にいられなかったことを悔いて、その資格もないと思っている。
でも、それをエレーナに言わせると――
「へたれなのかしら?」
「…………」
可愛らしく首を傾げながらも、あまりにバッサリと切り捨てたので、私だけでなく、エレーナを幼い頃から世話していた護衛侍女も、思わず絶句していた。
「お誘いも辞退も、家からではなく、彼個人からならどうにかなったのだけど……。アリアの話を聞くに、そういうことが苦手なのかしら? ダンドール家の人間は優秀なのに本当に不器用ね」
エレーナも得意なほうではないけど、彼女は公私を完全に分けているので、貴族関係の縁談に私情は挟まない。
エレーナの婚約関係はともかく、現状で王太子の派閥を離れた彼を放っておくのも良くないと考えたエレーナは、久々に何かを企むような笑みを浮かべた。
「アリア、頼みがあるのだけど、……何か私の顔についている?」
「ううん。ただ……エレーナは砂漠にいる時より、今は昔みたいな顔が見られたから、良かったなって」
「……そ、そうかしら?」
大変でも、やはりエレーナが生きる場所はここなのだ。
子どもの頃のような笑みと、今の少し照れたような笑みを浮かべる彼女に、私も思わず笑みを返すと、少し離れてそれを見ていた護衛侍女が、妹を見る姉のような顔で見守ってくれていた。
それから私はエレーナの〝頼み〟のためにある場所へ向かう。でも、王女宮からそこへ向かう途中の城内にて、私は思いもしなかった人物に声を掛けられた。
「待ってほしい、アリア・レイトーン嬢!」
「……メルローズ様」
廊下を駆けてくるように追いついてきた、私とも因縁のあるあの青年、ミハイル・メルローズは、立ち止まった私の前で軽く息を整え、突然その場に膝をついた。
「どうか、私の卒業パーティーでのパートナーになってくれませんか」
次回、一年時の卒業パーティー。
エレーナの思いがけない行動(無糖)
ここまでの話は2~3話で終わらせて、さっさと二年生になるはずが……
という地味な話が入る言い訳です。





