205 魅惑の少女
ちょっと長めです。
(手が足りない……)
小さな一頭牽きの馬車の中で、そんな思考だけでなく、私の口からも呟きにも似た溜息が漏れた。
砂漠戦で傷んだ装備を修復するために外に出る許可を貰ったが、私には出来る限り早くエレーナの側に戻るよう、セラから要請が来ていた。
セラとは養母と養女の関係だが、国家の暗部組織と、そこから依頼を受けた冒険者の関係でもある。そのことがなくてもエレーナの警護に戻るつもりではいたが、問題はたった数日でも王女の側を離れられない警備体制にあった。
一番の問題はやはりカルラだ。カルラは私と殺し合うまで、エレーナやクララを害する気はまだないはずだが、近衛騎士では気まぐれなカルラの暴挙を止められない。
カルラは王太子の婚約者で準王族として見られているので、中級貴族が多い近衛騎士だからこそ、筆頭宮廷魔術師の令嬢であるカルラを止めることに、気後れを感じる者も多いはずだ。
だが、それ以上にカルラの戦闘力は脅威と見られている。おそらくこの国でカルラが最強だ。加護の力だけでなく単純な魔術だけでも、すでに父親の筆頭宮廷魔術師を上回っているだろう。
カルラの暴挙が国家内で許されているのは、カルラが王家の戦力として畏怖されることと、へたに暗殺を試みても甚大な被害が予想されるからだ。
だからこそセラは、彼女に唯一対抗できると思われている〝竜殺し〟の私に、抑止力として戻れと言っているのだ。
やはり手が足りないな……。戦力的に足りなくても、エレーナの側近として使えて、高位貴族でカルラに威圧されない人物が必要だ。
「アリア、何か言った?」
「ううん」
馬車の向かいの席から掛けられた声に、私は小さく首を振る。
今日はお目付役としてセラの息子……一応、私の弟ということになるセオがついてきている。用事としては冒険者ギルドになるのだが、一緒に行くはずのジェーシャは、あの次の日には教育係のミラにつきあってもらったらしい。
別に私は一人でも問題なかったのだけど、何故かセラから――
『アリア、あなたは王女殿下の側近であり、男爵家の令嬢だと思われています。今回は公的に外を歩く鍛錬と思い、セオを従者代わりに連れていきなさい』
――と言われた。まぁ、必要性はあまり感じないが命令なら仕方ない。
だから今の私は、擦り切れた革のワンピースではなく、王宮で着る侍女服のまま、執事姿のセオを連れていた。
それはそれとして……。
「セオは、あのお嬢様のお世話はいいの?」
セオは、メルシス家ご令嬢の護衛執事となっていたはずだ。
私と同じ名を持つあの子爵令嬢は、まるであの女が固執していた『ヒロイン』のような立ち位置にいて、王太子、王弟、神殿長の孫らと、レスター領のダンジョンに潜っていたと聞いている。
セオが子爵令嬢の護衛執事なら同行していると思っていたのだけど、宰相への報告で先に戻ってきたのだろうか?
でもセオは、そんな私の問いかけに不満と呆れが入り混じった顔をした。
「……置いていかれたんだよ」
セオの話によると、子爵令嬢からダンジョンへの同行を希望されたが、暗部の騎士であるセオは、それを止めようと説得を試みた。
セオの立場としては当然だ。光魔術を覚えたと言っても、ランク2程度の光魔術師など、役に立つより足手纏いになるはずだ。
何度か、行く行かないのやり取りがあり、何故か王弟アモルが直々に子爵令嬢を連れていくとセオに発言したことで、セオが慌てて宰相に報告を行っている間に、子爵令嬢はダンジョンへ向かってしまったそうだ。
「まぁいいんだけど……。宰相閣下が言うには、彼女を取り巻く状況が変わったらしくて、僕は彼女の護衛をしなくていいことになったんだ」
「状況?」
小さく首を傾げる私に何故か軽くよろめいたセオは、顔を近づけると声を潜めて教えてくれた。
「アリアだから情報は共有するけど……あのお嬢様、ちょっと出生が怪しいんだ。王太子殿下と関わって、何を考えているのか探るため、護衛ではなく、監視任務に変わったんだよ」
「そうなんだ」
それ、宰相の個人的判断だよね? 私には話したらいけないことだと思う。
「明日から、またお嬢様の所に向かうよ。だから今日は、アリアに会いたかったのもあったけど……なんで、また強くなってるのかなぁ……」
「身長は同じくらいになったよね?」
「そうなんだけど……はぁ……僕がランク5になるのは、いつのことだろう」
セオは自分が強くならないことを気にしているらしい。でも、私やカルラと比べるからおかしいので、その歳でランク3なら充分だと思うけど。
「何年かかるか分からないけど、セオならいつか辿り着けるよ」
「何年……」
私の励ましたはずだったその言葉に、セオは立ち眩みがしたように大きくふらついていた。
レイトーン家の御者が冒険者ギルド前で馬車を止め、私とセオは連れ立って約半年ぶりとなるギルドの扉を潜る。
随分と久しぶりになるけど、認識阻害の魔導具を付けていても私たちのことは覚えているのか、冒険者たちが一斉に道を空けてくれた。
「……それは覚えているでしょ」
「以前のことなら不可抗力」
外見が若い女なので絡まれることはあったけど、対処は不可抗力だと答える私に、セオが無言のまま首を振る。
「アリアさん、お久しぶりです」
受付のほうから声がして顔を向けると、ヴィーロの婚約者であるメアリーが私に小さく手を振っていた。
私を見て、なんとなく安堵しているように見えるのは、ヴィーロから事情は聞いていたからだろう。かなり美人のはずなのに、どうしてヴィーロと婚約したのか、いまだに分からない。
「久しぶり」
「あの人から聞いてはいましたが、無事で良かったです。聞きましたよ。鱗を初めて見ましたが凄い物ですね」
まだ竜退治がされたことは公になっていないので、ぼやかしてくれているが、それも時間の問題だと思う。
ジェーシャは鱗を装備にするし、フェルドの大剣も竜の角から作られる。彼は今、それを作ってもらうために、ガルバスの所へ向かっている途中で、私とミラの革装備も竜の皮膜となるので、分かる人が見れば、虹色の剣が黒竜を倒したと分かるはずだ。
あとはゲルフの腕次第だが、竜の中で最も堅い鱗……逆鱗を、私の装備の心臓の上になるように付けてもらう予定になっている。
「それで、本日はどうなされました?」
「ランク5の更新を。近接と魔術で」
「……早いですね。私があなたの登録をしたのが五年前なのに」
彼女に男爵領で登録してもらったのが五年と半年前になる。普通なら五年と言わず、一生掛けてもランク4にならないのが普通なので、私は特異な部類になる。
「まあ、聞いていましたから、上にも話を通してすでに作製してあります。念のために軽く実演していただきますが、もうこちらを付けていただいて構いませんよ」
どうやらヴィーロとメアリーが話を通してくれたそうで、彼女は木の箱から取り出した、ランク5の冒険者認識票を私に差し出した。
ランク1の認識票は銅板だが、ランクが上がるごとに魔鉄を混ぜ、ランク5の認識票は真っ黒な魔鉄製となる。
鎖のついたそれを受け取り、首から提げると、周囲で何気なくこちらの様子を窺っていた冒険者たちが、黒色の認識票を見て顔を引きつらせた。
――――!
その時、広いギルドの奥で何か争うような物音が聞こえた。
「……あれは?」
「あ~……そう言えば初めてでしたか? 半年ほど前から、騎士らしき若い方が登録なさいまして、あの若さでランク3でしたから、偶に絡む冒険者がいるようでして」
メアリーが顔を顰めて、背後の男性職員が動き出した。
騎士らしき、と言っているのなら貴族である可能性がある。平民でも働き次第で騎士になれる辺境と違って、王都ならほとんどが騎士爵だからだ。
そんな人物に手を出すとしたら、地方から出てきた冒険者かな? その時、面白がって彼らを取り囲んでいた人垣の隙間から、その人物らしき後ろ姿が見えた。
「……少し見てくる」
「えっ!? お、お手柔らかにお願いしますよ!」
あの後ろ姿とこの気配には、なんとなく覚えがある。
そちらへ向かう私に気づいた冒険者から連鎖的に人垣が割れて、その場にいた人物が顕わになった。
なるほど、これは絡まれる。後ろ姿の赤毛の青年は、一般的な軽装鎧を着ているが、その下の衣服と腰に下げている剣が、あきらかに冒険者の物とはランクが違う。まだ若いので金持ちの道楽に見えるのだろう。私も子どもの頃からまともな装備をしていたので、冒険者にも貴族にも絡まれた。
絡んでいた相手は、青年と同じランク3の冒険者だったけど……山賊みたいな風体の見たことのない冒険者だった。
その男は、人垣が割れたことで視線を向けて、そこにいた侍女服を着た私に、一瞬だけ下卑た笑みを浮かべて――次の瞬間、顔中から汗を溢れさせた。
「は、灰かぶり姫ぇええええええっ!?」
そう叫びながら男は、腰を抜かしたようにギルドの外に飛び出していった。
……盗賊ギルドの人間か。灰を被らなくても随分と顔が知られているようだ。
「アリア嬢!?」
そんなやり取りに唖然としていた青年が声をあげ、名を呼ばれたことで振り返ると、やはり見知った顔がそこにいた。
「……ダンドール様?」
その方は、こんな場所には無縁のはずの、クララの兄、ロークウェル・ダンドールその人であった。
***
「ドリス。アレは本当にこの街に寄るの?」
王都から南に下った宿場町の一つで、時計塔に忍び込んだ女性の一人が、もう一人の女性に話しかけた。二人ともよくある高級宿の女給らしき格好をしていたが、聡い者が見れば、どちらも斥候系の技術に長けていることに気づくだろう。
「ああ、間違いないさ。クララ様の〝予見〟でもそうだと言っていただろ? ビビ」
長い黒髪の前髪で顔を隠したビビと、ブルネットの髪を短くしたドリスは、王太子の筆頭婚約者であるクララの側にいたメイドだった。
だが、二人ともメイドに扮していた時と顔立ちの印象が違っていた。特にビビなどは前髪を多少弄った程度の変化しかないはずなのに、クララが見てもすぐに特定できないほど別人になっていた。しかも、そのどちらも、素顔ではない可能性がある。
それは変装の技術だったが、それを実用レベルで使うのは冒険者の斥候ではなく、盗賊ギルドや暗殺者ギルドの人間だ。
「そうだけどさ……でも私はっ」
「ビビ、あんた……まだ、アレに手を出そうと考えているの? ビビも見て分かっただろ? あの二人は化け物だよ」
ビビもドリスも、壊滅した暗殺者ギルド北辺境地区支部の構成員だった。
今はクララの側仕えとなったヒルダは、直接的な暗殺ではなく毒殺を得意とすることで、ギルドに顔を出すことは少なかったが、そのヒルダに誘われ、クララに拾われた、ビビ、ドリス、ハイジの三人は、ギルドが滅びたとき外の仕事を請け負っていたことで、死を免れた。
ギルドに入り浸るような人間は市井で生活できない者が多く、特に成人前のビビはギルドの女性たちを姉のように慕っていた。
他の二人はヒルダと同様、拾ってくれたクララに恩義を感じており、クララのために働くことを決めている。それほどまでに裏社会の人間は、裏社会以外で生きることが難しいのだ。
ビビも確かにクララに恩義を感じていた。スラム街出身で寄る辺を無くしたビビが盗賊ギルドに追われることになり、ヒルダの紹介があったとはいえ、窮地に瀕していたところを救い出してくれたのが、クララの配下だったからだ。
だが三人の中で一番若く、今も十代のビビはヒルダたちのように割り切れず、家族同然だった人たちを殺した『灰かぶり姫』を許すことができなかった。
(あの人の仇は必ず取る……っ)
そう決意はした。だが、実際に見た『灰かぶり姫』はとんでもない化け物だった。
威圧だけで膝をつかされた、あのレスター家の化け物も絶望的な力の差を感じたが、灰かぶり姫からも同等の強大さを感じたのだ。
王都は魔境だった。ビビの復讐を消極的ながら手伝うと言ってくれたドリスとハイジも、二人の殺気のぶつかり合いを間近で感じたことで、早々に心が折れた。
毒を使い、火を放った卑怯者? 一部の者はいまだにそう言っているが、それを実際に出来る者がどこにいるのか? アレが恐ろしいのは、目的のためならそれを躊躇なく行える怪物性なのだと、初めて見たビビにも思わせる〝何か〟があった。
それでもまだ、ビビの心はまだ折れていない。
裏社会に属していながら、物心つく頃から理解もせずに悪事をしてきたビビは、愚かなほどに純粋だった。
「ビビ、今はやることに集中しな」
「……わかった」
ドリスの叱咤にビビも目の前のことに集中する。
彼女たちの任務は、王太子を惑わすメルシス子爵令嬢の暗殺だ。だが、無理に襲うのではなく、危険なら撤退を優先することをクララに厳命されている。
目的は早く確実に殺すことではなく、王太子の卒業までに確実に排除することだ。そのためには機会を見送り、情報収集に徹することも重要だとクララに教えられた。
子爵令嬢を暗殺できる機会の中で、今回クララが指定したのは王都とレスター領の境にあるこの宿場町だった。
暗殺者であった彼女たちも最初は、もっと暗殺に適した場所があると考えていた。だが、彼女たちと同様にクララの〝予見〟によって救われた配下たちがレスター領に潜入した結果、彼女たちは他の場所で彼女を殺せない理由を知った。
メルシス子爵令嬢は旅の間、一度として自分の寝室で眠ることがなかった。彼女は、夜になると必ず、王弟アモルかナサニタルの寝室にいたからだ。
警備の厳しい王太子エルヴァンの寝室にだけは、まだ入れてはいないはずだが、高級宿が一つしかなく、多くの騎士たちと離れて宿泊するこの宿場町では、必ず行動を起こすとクララは予見した。
正確に言えば予見は半分でしかない。乙女ゲームの正史で、暗殺者の襲撃を受けたヒロインは、機転を利かして、宿の人間さえ忘れていた屋根裏の通路を発見し、王太子の窮地を救ったのだ。
あの子爵令嬢もそれに気づくとは限らないが、彼女は目的を果たすために、高確率でそれを使うとクララは予見した。もちろん、そんなゲームの知識が情報源だと、ビビたちには知るよしもないが、彼女たちはそれもクララの予見だと信じた。
「クララ様が仰るとおり、暗部の連中は来ていない。唯一の暗部騎士である、あの執事のガキが合流する前に決着をつけるよ」
「了解、ドリス。陽動は宜しく」
予見通り、一軒しかない高級宿に王太子一行が入るのを確認した二人は、事前に入れ替わっていた従業員として怪しまれることなく、宿の仕事に戻った。
暗部の騎士がいれば、これほど簡単にはいかなかったはずだが、王族警護に慣れていない第二騎士団と、もうすぐ帰れるという浮かれた空気が、彼女たちを怪しませることなく中に入れた。
王太子や王弟の部屋は三階建ての宿の最上階だ。ナサニタルと子爵令嬢は同じ最上階だが、身分的に騎士団長などの部屋を挟んだ端のほうになる。
通路には警備の騎士はいるが、すべての部屋を見張っているわけではない。ドリスが見張りの騎士に夜食を運ぶ隙に空き部屋の一つに侵入したビビは、その部屋にある暖炉から屋根裏の隠し通路に侵入し、そこで子爵令嬢が現れるのを待った。
子爵令嬢の部屋に侵入して直接暗殺することも考えたが、わざわざ悲鳴をあげても簡単に見つからない場所に来てくれるのだから、予見を信じるのなら、ここで待てば確実に暗殺することができるだろう。
「…………」
そう信じて待ち受けるビビにしても、本当に子爵令嬢が現れるか半信半疑だった。
クララの予見も完璧ではない。あくまで最も高い可能性を演算しているだけなので、クララも現れなければ撤退しろと言っていた。
――カタン。
(……本当に来た!)
微かな物音が聞こえて、ビビは手に持つ毒を塗ったナイフを握りしめる。
近づいてくる……。忍び足も使えないド素人。室内履きの布靴の軽い足音から、それを少女だと読み取った。
小さな杖の先に灯した、光量を絞った【灯火】の明かりが、微かな影を照らした瞬間、ビビは音もなく飛びだした。
だが――
(――え?)
微かな光に照らされた少女の顔を見て、ビビは暗殺者ギルドで懇意にしていた人と同じ懐かしい空気を感じて、足を止めた瞬間、わずかに音を立ててしまう。
「……誰かいるの?」
「っ!」
気づかれた。だがビビは、こんな場所にいるはずのない人間に対して、そう問いかけられる少女の胆力を、好ましいと思った。
(いや、こいつは殺す相手だ……)
だが、ビビとしても殺すのは仕事であって、この少女を恨んでいるわけではない。だからせめて……
(苦しまないように殺してあげないと……)
「……恨むなら私を恨みな。可哀想だけど……」
まるで無辜の子どもを殺すような罪悪感を覚えて、思わず必要のない言葉を少女にかけていた。
「そう……なのですか」
少女はビビの言葉に少し怯えながらも、悲しげな表情を浮かべた。
(なんて顔をするんだ……)
もうビビに、最初のような警戒する気持ちは消えていた。少女の悲しげな顔を見て、殺しをするビビを心配しているようにさえ感じられた。
すべてはビビが勝手に思った妄想だ。
知らない相手なら警戒はするが、親しく感じる相手の言葉なら、肯定的に考えてしまうのが人間だ。
例えば物語を読んで、その〝主人公〟が一般的に受け入れることが難しくても、その人物の視点で見ることで、肯定的に思えることはないだろうか?
心を変えられたのではなく、少女を好ましいと思えたからこそ、ビビは彼女を信じられると自分の考えで辿り着いた。
「悩んでいるの? あなたにはきっと……やるべきことがあるのね?」
「なぜ……それを?」
大抵の人間にはやるべき事も悩みもある。それを指摘するのは、占い師が使う常套手段だが、肯定的に思う少女の憂いのある微笑みに、ビビは彼女が自分を理解してくれる人間だと思った。
好ましい相手に、すべてを肯定されるという甘い毒がビビを蝕んでいく。
「私の命が必要なら……あげます。でもっ」
少女は、動くことのできないビビにそっと近づくと、首から提げたお守り袋から、奇妙な魔石を取り出した。
「これの欠片をあげる。これを飲めば、きっとあなたの力になる。大切な人を取り戻したいのでしょう?」
「あ、ああ、そうだっ。私はあの人を取り戻すんだ」
ビビは心の闇が晴れたような気がした。自分はあの人の仇を取りたいのではなく、あの人を取り戻したいのだと理解した。
それがただ、誰にでも当て嵌まる適当な言葉を肯定的に受け止め、自分の中の物事と勝手に合わせただけに過ぎなくても……。
クララには恩義がある。けれど、クララも彼女を知ればきっと分かってくれると、ビビはそう結論を出した。
「あ、ありがとう……。私はビビ。あなたの名前を教えてくれる?」
「私のことはリシアって呼んで。友達はそう呼ぶの」
「友達……うん。また会いに来るね。リシア」
そう言ってビビは、少女から魔石の小さな欠片を受け取り、照れくさそうな笑みを浮かべて、闇の中に消えていった。
闇の中で仄かに照らされた、少女の歪んだ笑みに気づかないままで――。
そうしてクララの〝予見〟を用いた暗殺は、メルシス子爵令嬢の〝魅惑〟によって退けられ、ビビはクララの下に戻ることなく王都から姿を消した。
……なかなか一年生の話が終わらない。
偽ヒロインが求めた魅惑は、生き残る力でも、心を弄ぶ力でもありません。
その正体は……
次回は、冒険者ギルドの続きです。





