203 報償
GWなので土日更新しちゃいました。
今回もドロドロ気味。
税と報酬に関して、若干修正しました。
メルローズ辺境伯。その国の宰相で暗部組織の長でもある人物だ。
……やはり、気づいているな。彼の言葉に否定はしたが、そのやりとりで確証を持たれたと感じた。それは仕方のないことだ。私も間近で見た瞬間、彼が私と近しい血縁者なのだと感じたのだから。
今はまだ王女の庇護があるので強引な手段には出ないと思う。それでも、私と血の繋がりがあるなら諦めは悪いはずだ。ここで認めてしまえば私はまた運命に巻き込まれてしまうことになる。……でも、少しだけ寂しい気持ちになるのは、そんな血の繋がりを感じてしまったせいだろうか。
宰相も同じような感情を持ったのか、それから少し老け込んだかのように、淡々と私たち『虹色の剣』への褒賞の話へと移った。
「今回のお前たちへの褒賞は、大金貨一千枚となる。本来ならここから冒険者ギルドに仲介料として一割を納めることになるが、お前たちは帝国で属性竜を討伐したことで、少々話が変わってくる」
大金貨一千枚……これを六人で分けたとしても、一人頭で平民が生涯で稼ぐ金額以上になるだろう。仲介料がかかるのは仕方ない。冒険者の大部分は、通行税以外の税金を払わない自由民なので、これが報酬分の税金代わりになるのだ。
ただ、平民の税が収入の四割から五割なので、国の要請で未開地の探索をする冒険者はかなり優遇されている。
その代わり、素材に関しては少々変わってくる。宰相が言った、話が変わるとは、私たちが倒した黒竜の素材が原因だった。
「お前たちが持ち込んだ黒竜の素材は、個人消費分を抜かして、すべて国で買い取らせてもらう。査定はまだだがおおよそ大金貨三百枚だ。丸ごと持ち帰ってくれたら、桁が一つ違ったがな」
「無茶を言わんでください。帝国の軍でも回収は無理でしょうよ。魔石は帝国に渡してますが……」
「そちらもある程度こちらで補填させてもらう。すまなかったな、ドルトン。お前が気を利かせてくれたおかげで、帝国への借りが随分と減った」
「王女殿下から対応は聞いていましたからな。それとやはり、ギルドは素材が欲しいと?」
「珍しい黒竜の素材だ。裏にいる商業ギルドは、どうしても欲しいだろうな」
冒険者ギルドは、商業ギルドが資金を出すことで傭兵ギルドから派生した。そのため冒険者が持ち込む素材はすべて商業ギルドの管轄となる。
仲介料は一割だが、素材は二割が手数料として引かれ、その半分が税として国に納められる。残る一割がギルドの運営費だが、ギルドの職員は商業ギルドから賃金を貰っているので、その程度で足りるらしい。その代わり、ギルドを介さず素材を売った冒険者には厳しい罰則があるくらいだ。
要するに冒険者ギルドは、商業ギルドが魔石を含めた魔物素材を取り扱うことで生じる利益によって運営されている。だから商業ギルドとしては、同じく半額を税金で納める手数料より、黒竜の素材を扱う様々な利益を欲した。
でも今回の黒竜は、カルファーン帝国で狩った物なので、クレイデール王国の商業ギルドに権利はない。すでに税金分は帝国に魔石を献上という形で納めているので、その他の権利はすべて私たちにある。
「ギルドは手数料の代わりに素材の二割を要求している。正直、国家でも確保はしたいので、どの素材を渡すか面倒な折衝になるが……お前たちの取り分は増えるので、それで構わないな?」
「ああ、そうしてくれると助かる」
宰相とドルトンはそんな会話をして、揉めることなくすんなりと終わった。
私たちの報酬は大金貨一千枚の他に、帝国に渡した魔石の補填として素材代込みで同じく一千枚。合計にして大金貨二千枚になる。
私たちの分は鱗が幾つか、フェルドが角一本とミラが飛膜を一枚確保してあるので、問題は何もない。本来なら、王女の探索はすでに終わっており、エレーナに私を探すように頼まれたのもあるが、元々ドルトン達も私を探しに来てくれたのだから、足りないのなら、私の分の報酬を皆に分ければいい。
「それと、希望者には貴族の爵位が与えられる。領地もない名ばかりの下級貴族だが、ドルトンとヴィーロは強制的に受けてもらうぞ」
「分かってますよ」
ドルトンは一代限りの名誉貴族から準男爵となった。人族の国家であるクレイデール王国だと、亜人はその辺りが限界だ。フェルドは元貴族だから今更爵位は必要なく、ミラも断ると思う。ジェーシャは少しばかり物欲しそうにしていたが、残念ながら彼女は対象外だ。
逆にヴィーロが宰相の言葉にあっさり頷いたのは、彼が暗部の騎士になることが決定しているからだ。
「これで褒賞の件は終わりだ。今回は本当に助かった。あとは充分に休んでくれ。それとアリア」
「……はい」
話は終わりと言いつつ呼び止めた宰相に返事をすると、彼は私を少し辛そうな顔で見て、すぐに鋭い視線を向けてきた。
「お前には引き続き、王女殿下の護衛をしてもらう。殿下はその期限を王太子殿下が学園を卒業する時までとお考えだが、それで、貴族派がすべて大人しくならなかったとしたら、お前はどうする?」
その問いは、引き続き城に残れという意味か、それとも期待をしているのか? でも、私は最初から決めている。
「それまでにすべてを排除します」
「……そうか。ならば、王家より認識阻害の魔導具が渡された時点で、暗部の室長としてある程度の無茶も許す。お前の役目を果たせ」
「はい」
王女の囮として敵を引きつける。そのために宰相は、私が敵を排除することに許可を出した。
たとえ許可が無くても私はそれをするだろう。でも……だからこそ、彼はそれを言葉にすることで私を守ろうとしている……そんなふうにも思えた。
***
今年初めに魔術学園が始まり、砂漠に落ちた王女たちが戻った頃には、もう夏も終わりに近づいていた。クレイデール王国の夏は帝国ほど気温は高くないが、湿度が高い。けれど、街中にも緑が多いせいか、場所さえ選べば爽やかな風が吹いて、少しだけ秋の気配を感じさせた。
魔術学園は王女エレーナが戻ったことですぐに再開するかと思われたが、実際にはまだ目処が立っていない。
そもそも、王都に屋敷がない下級貴族の多くは地元に戻っている。遠話の魔導具で再開の知らせを受けたとしても、地方の貴族が戻るには一ヶ月以上かかるのだから、そう簡単には再開時期を決められなかった。
それと問題になったのが、作物の収穫が終わり、農閑期になって社交界が活発となることで、貴族が通う魔術学園も冬の休暇が長く取られていたことだった。
通常、地元が遠方にある貴族の子弟は、冬の間は王都に残って社交をして過ごすことが通例となっている。だが、下級貴族は社交界よりも地元を優先する場合があるので、今回再開しても、来年まで戻らないと決めた貴族もいた。
それでも一部の貴族は地元に戻らず、すでに学園に戻っていた。それは、今年卒業する三年生たちだ。
今年十五歳となった貴族の彼らは、成人の証として学園を卒業する必要がある。下級貴族はそこまで拘らないが、中級貴族となる男爵家以上の者たちは、王城で行われる卒業パーティーの参加資格があり、それに出席することが一種の誇りでもあった。
そういう理由で、中級以上の貴族と、王都の騎士団や役所などに内定している下級貴族は、卒業準備のために忙しく学園を駆け回っていた。
「わたくしたちも完全に無関係……というわけではありませんけど」
「懐かしゅうございますね」
ぽつりと漏らしたエレーナの言葉に、今回から正式な王女宮の筆頭侍女になったセラが、懐かしそうに微笑んだ。
「王城で行われるパーティーに参加できるのは、生徒だけではありませんからね」
卒業する生徒は、パートナーとして一人、異性を連れていくことができる。
その多くは生徒の婚約者で、病気や相手が幼すぎる場合を除いて、婚約者をパートナーとして連れていくことが暗黙の了解となっていた。
婚約者が決まっていない場合や、当人同士の意向で婚約を解消したい場合は、意中の相手を誘って、良い返事が貰えればその人をパートナーにできるが、家の事情でその人が婚約者となるかどうかは分からない。
もちろん、最後まで相手が決まらない場合もあるが、その場合は城にいる若いメイドや執事がエスコートをする。城で働く彼らは貴族であることが多いので、そのまま互いを気に入って婚約者となる場合もあったそうだ。
「セラは、かなりの数の殿方にお誘いを受けたと聞いたことがありますわ」
「今の夫は、その時は視界にもなかった後輩でしたね。殿下もお誘いを受けているのではありませんか?」
セラの言葉に、エレーナは苦笑するように曖昧に微笑んだ。
エレーナやアリアのような一年生でも、学園が再開されると、相手が決まっていない三年生からお誘いがある可能性があった。
婚約者がいない場合はある程度相手も選べるが、エレーナのような立場は政治が強く絡むので、誘いを受けても簡単には受けられない。一般的に婚約者をパートナーにする風潮があるので、周囲の貴族たちは一番近しい相手だと見るからだ。
「当時、筆頭婚約者だったダンドールの姫ではなく、子爵令嬢をパートナーにしたお父様は、大変なことになったそうね? 今でも継続して大変なのだけれど、それでお母様が婚約者から降りていたら、お父様は人知れず毒杯を仰ぐことになったかしら?」
ここが自室でなければ、父と娘でも不敬と取られかねない言葉を使って、薄く笑うエレーナに、セラは聞こえなかったかのようにお茶を煎れ直す。
確かに、他の辞退した婚約者と同様に、ダンドールの姫まで辞退することになれば、前国王陛下は、早世した第二王子を王太子とした可能性もある。エレーナが言ったように、問題を起こした王族が後に継承問題で揉めないようにするためには、最悪そういうこともあり得たのだ。
エレーナは王になると決めたことで、本当に最悪の場合、王太子エルヴァンがそうなる可能性もある。
先ほど笑ってしまったのも父を笑ったのではなく、そうなる可能性があったとしても国家のため、そこで暮らす民のため、王を目指すことを止めない薄情な自分をエレーナは笑ったのだ。
(……あまりよくありませんね)
セラは、エレーナの精神が、孤独に戦っていた昔に戻っていると察した。
現在アリアは、砂漠の死闘で傷んだ防具を直すために王都に下りている。必要なことなので仕方がないのだが、過去にアリアが行方知れずになっていたときも、エレーナは今のような状態だった。
たとえ、幼少時から大人よりも優秀と讃えられ、民のために王となることを決めたとしても、エレーナはまだ十三歳になったばかりの少女なのだ。
王太子が子爵令嬢にうつつを抜かして、公務を疎かにしているせいで、その分の仕事もエレーナが受け持ってきた。
エレーナが砂漠に飛ばされていた時もそれは変わらず、現在もダンジョンへ向かったという王太子が溜めていた仕事を片付けるため、戻ってきたばかりで多大な労力を強いられていた。
現在も多くの貴族や関係者が面会に訪れており、選別するだけでも多くの時間が取られている。部下である文官たちもいるが、政治的な判断には経験が必要であり、それができるセラでも、さすがに今回は多すぎると感じていた。
本来ならそれを選別するのは母親である第二王妃が行うことだが、向こうにその気はないらしい。
そんな状況で数日とはいえ、唯一の友人というべき存在と離れたことで、内面的な疲労が表に出てきているのだろう。
そんな状態でも表向きのエレーナは完璧な王女を装い、学園の再開や卒業パーティーに向けて面会に来た学園関係者と無事に話を終える。
もう本日中の面談はなく、これで少しは休めると、微かな笑みを浮かべて廊下を歩いていたエレーナとセラは、向こう側から見知った顔が近づいてくるのに気がついた。
「あら、クララ。お久しぶりね」
「……エレーナ様、無事にお戻り、喜ばしく存じます」
その人物は、エレーナの従兄弟で、王太子の筆頭婚約者であるクララ・ダンドールだった。従姉妹の帰還にすぐに顔を見せなかったのは、二人の間にある溝が、まだ埋まっていないからだろう。
(それにしても……随分と印象が変わりました)
久しぶりに見たクララの尊顔に、セラが感心混じりに警戒する。
ダンジョンで【加護】を得たせいか、クララからは以前のような、被害者ぶった甘えがなくなっているように見えた。だがそれは、彼女が成長したからではなく、執念めいた情念だけで動いているように思えた。
エレーナにおけるアリアのような心の〝癒し〟があればいいのだが、本来癒やしとなるはずの婚約者が別の女性に傾倒しているので、クララはエレーナ以上に精神が厳しい状態にある。
だがそれよりも、セラは彼女が連れている四人の侍女が気になった。セラの視線に気づいたのか、クララが少しだけ目を細めて口を開く。
「この者たちは、北の地で新たに雇い入れた『護衛侍女』になります。私の力になってくれますわ」
「それは勇ましいこと」
クララが紹介すると侍女たちは無言のまま頭を下げ、その様子とクララの物言いに、エレーナが少し棘のある言葉を返した。
クララは公式ではないとはいえ、人のいる場所で『護衛侍女』と口にした。もちろん暗部の者ではないのだろうが、おそらくはセラやアリアと同じ『戦闘侍女』になるのだろう。それを言葉にするということは、場合によってその力を行使することもあると、公言したようなものだ。
エレーナもクララの精神状態に気づいて、その言動に釘を刺した形になったが、その一言でクララの侍女たちから発せられる気配が強くなり、それに応じてセラがエレーナを庇うように一歩前に出る。
おそらくは主人への忠誠もあって感情が強く出てしまったのだろう。だが、エレーナとセラは、その感情の起因となったのが自分たちではなく、他にあるのだと感じた。
アリア……たとえその場にいなくても、その存在は裏に生きる者たちには大きな影響を与えている。
そしてエレーナは、その侍女の一人……表情が分からないほど長く伸ばした前髪から零れ見える、憎しみに燃えるようなその瞳が何故か気になった。
そんな微妙な空気にエレーナもクララも思わず黙り込む。すると、そこに空気を読まない、朗らかな声が掛けられた。
「あら、何をしていらっしゃるの?」
だが……その声音とは裏腹に、発せられる気配から漂う〝死〟の臭いに、クララの侍女たちが身構える。
緩やかにうねる光沢のない黒い髪……。
病的なまで白い肌に、酷く隈が浮き出た紫の瞳だけが、爛々と輝いてエレーナやクララを見つめていた。
「カルラ……」
報酬に関しては、皆様のご意見で妥当か安いとありましたので、素材分の報酬に色をつけて合計で20億円となりました。
次回、アリアのお買い物。





