199 カルファーン帝国
切りが悪いので今週も土日更新です。
修正、というか、冗長かと思って削った部分の一部を復活させました。
エレーナが迎えに来て無事に再会を果たしたことで、カトラスを支援するための大隊は一部を残して彼の地へ向かい、エレーナとロン……カルファーン帝国第三王子ロレンスを警護する一個中隊と共に、私たちはカルファーン帝国へ向かうことになった。
その道中、私はエレーナと同じ馬車に乗っている。本来なら私はドルトンたちと一緒の馬車だが、私が名ばかりでも男爵令嬢であることと、王女の側近として見られていたので、自然と王族の乗る馬車に乗せられた。
「アリア、良く無事で戻りました」
「はい、セラ」
ロンも同乗するその馬車には、侍女として私の養母であるセラも待機していた。
年頃の男女を同じ馬車に二人きりにするのは問題があるので、ロンの世話役として、かなり年配の老執事も同乗していたが、かなり大きめの馬車は五人が乗ってもまだ余裕があった。
ロンと老執事がこれからの予定を確認している間に、私はこれまでのことを話せるかぎりでセラに報告していた。
エレーナを挟んで反対側にいるセラに報告するのは、エレーナの頭越しに話すことになるので良くはないのだが、エレーナは私が隣に座ることを強要してきたので、仕方なくこうなっている。まるで初めて出会った頃の『我が儘姫』状態だが、今度は演技ではなく、素の彼女が私の側にいたいと思ってくれるのは、なんとなくむず痒いような感じがした。
友人……とあのとき私は彼女をそう呼んだ。エレーナもそれを口に出すことはなくても、自然に受け入れてくれている。
セラも私がランク5になっていることは気づいているが、一応、帝国側の人間がいるので、無言で睨むだけで済ませてくれた。相当な無茶をしたことを叱るような視線だったが、その瞳は、師匠と同じような家族としての情があるように思えて、ようやく帰ってきたのだと実感した。
一通り話し終え、魔族の話に触れると、私たちの話が終わるのを待っていたロンが、堪えきれなかったように話に割り込んできた。
「アリア、あいつは無事なんだな?」
「……はい、殿下」
あいつとはカミールのことだろう。ロンにはジェーシャが預かってきたカミールの書簡を渡してある。それに何が書かれていたのか知らないが、相当安堵している様子から互いの事情は知っているのだろう。
「アリア……普段通りでいい。この爺は私が幼い頃からの味方で、そちらのレイトーン夫人のような者だと思ってくれ」
「……分かった」
私の言葉遣いが気になったロンがそう言って、隣の老執事が穏やかな笑みで頷いてくれたので、私も言葉遣いを戻す。
「届けてくれてありがとう。あの元ギルド長にも礼を言っておいてくれ。仕官するつもりなら便宜を図ると。正直、ランク4の重戦士は貴重だからな」
「伝えておく」
本人に今もその意思があるのか分からないけど。
「それと、これからの予定を話したい」
エレーナとセラから聞いた話では、エレーナは私のためにギリギリまで帝国に留まっていてくれたらしい。
ロンの話では、その日程は本当にギリギリらしく、現在も出港準備は進んでいて、私たちが戻っても、数日後にはクレイデール王国へ旅立たなければいけない。そして、その出航までの数日の間に、エレーナだけではなく私も皇帝陛下に謁見する必要があるそうだ。
「どうして私が?」
「アリアは男爵令嬢で王女の側近だろう? 実際は護衛かもしれないけど、その護衛のために王女があれほど動いていたんだ。それに父上と母上が興味を持ってね。どちらにしろ、ドルトン殿も招かれているから、諦めてくれ」
「…………」
面倒な……という言葉をギリギリで飲み込んだ。老執事は、王子と普通に話すことは許してくれても、皇帝への不敬は許されないだろう。それにしても……自国の王より先に、魔族の王や皇帝に会うことになるとは思わなかった。
「それと、友好国の王女殿下が短期留学から帰国するのだから、帰国の前日には夜会が催される。こちらは虹色の剣の方々もだが、アリアは必ず参加してもらう」
「……了解した」
そちらも面倒だが、ロンの表情からして他にもあるのか? そんな意味を込めて視線を送ると、私の裾を指で引っ張るようにしてエレーナが口を挟む。
「ロレンス殿下。わたくしが話します」
「……ああ」
話しにくそうなロンに代わって、エレーナが隣にいる私に向き直る。
「アリア……もしかすると、あなたの命が狙われる可能性があります」
ロレンス第三王子は、兄王子の親族から命を狙われていた。
だがそれは、ロンがエレーナと関わり、『友好国の王女を救出した』という話でクレイデール王国へ貸しを作ったことで、大きく情勢が変わってきた。
そのような話にしたのは、皇帝陛下とロン、そしてエレーナが協議の上で決めたことでどちらにもメリットがあるからだ。
現状でロンに手を出すことは、帝国の国益を損なうことになり、中立派の貴族も兄王子の親族と敵対することになるだろう。
ロンは皇位を求めていなかった。だが、カミールとの夢である魔族と人族の和平を実現するためには、皇帝の地位を得ることがもっとも近道なはずだ。
だがその方法も茨の道であることはロンも気づいている。王は他国よりも自国の民を優先し、本気で取り組めば取り組むほど、子どもじみた理想から大きく離れてしまうことを知った。
だからこそロンは、理想と現実の狭間で揺れている。
そこがエレーナとの違いだ。彼女は国家と民のためなら、その手を血で汚すことも躊躇わないだろう。
だが、どちらを選ぼうと、疑心暗鬼に陥った兄王子の親族たちは、ロンが中立派の貴族たちによって皇帝に推されることを恐れていた。
ならばどうすればいいのか? 第三王子の功績である、クレイデール王国への貸しを無くしてしまえばいいのだ。
短絡的だな……自国の利益よりも自分の権力を優先している。
でも、直接エレーナの命を狙わない程度の分別はあるらしい。現状も、ロンとの関係を悪化させるために噂を流すか、エレーナを取り込もうとするか、その程度のことしかできていない。
へたにエレーナが死亡することにでもなれば、最悪二国間の戦争もあり得る。皇帝もそれを許しはしないはずで、戦争を回避するために、兄王子とその親族の首で済ませる可能性もあった。
でも、私は別だ。王女が頼りにする側近といえども、所詮はただの男爵令嬢だ。私が死んでもクレイデールの国王陛下は、帝国との関係を優先する。精々、ロンの功績が丸ごと消えて、逆に少しだけ貿易で不利になる程度だと、彼らは考えたのだ。
「わたくしは絶対に許しませんけど」
エレーナが底冷えのする声でそう呟き、ロンが冷や汗をかきながらも苦笑する。
短絡的だが、エレーナの心情と有能さを考慮しないのなら有効な策だ。ただ、エレーナの様子からすると、兄王子とその親族は、功績をなくしたロン以上に酷い状況になるのだろうな……。
要するに私は一人にならないほうがいい。帰国が迫っていることで、焦った親族からエレーナにも直接危害が加えられる可能性もある。なので帰国するまで、私はエレーナの側を離れられず、夜会にも参加する必要があるそうだ。
「俺たちもアリアが負けるとは思っていない。ただその場合、お前に手を出させたあげくに、罪をでっち上げて、アリアを加害者に仕立てる可能性もある」
ロンの発したその言葉に、私も頷く。私の戦闘力はすでに帝国へと届けられている可能性がある。届けたのがロンの派閥でも、情報はどこから漏れるか分からないからだ。
王女を救ったという護衛で、王女が尽力をするほどの人物なら、その可能性は確かにあった。
「皇帝陛下との謁見も、アリアに庇護を与える意味もあると思う。それがどこまで効力を持つか分からないが、アリアも自重してくれ」
「了解……」
あらためて感じる貴族の面倒くささに、私はその場で小さく息を零した。
***
「其方が、エレーナ殿が頼りにするというアリア嬢であるか。身を挺してエレーナ殿を護ったという其方の働き、誠に大儀である」
「……勿体ないお言葉でございます」
カルファーン帝国へ到着したその翌日、あらかじめ遠話の魔導具で伝えられていたのか、待たされることなく皇帝陛下と謁見することになった。
皇帝陛下は見た目三十代後半の優しげな風貌をした人物だった。最初にエレーナが戻ったことを皇后と共に喜び、その後に私へと声をかけた。
だが、その瞳は優しげな風貌とは裏腹に、私を見極めようと鋭く私を見つめていた。やはりある程度の情報は流れていると思っていい。
とは言っても特に話すことはなく、皇帝陛下のお言葉をいただいておしまいだ。こちらから話しかけることなどできないし、そもそも礼儀作法に関してはそれほど得意でもないので、下手に話すと襤褸が出る。
隣に並んでいるドルトンやセラは慣れた感じだが、それでも真新しい礼服に身を包んでいることで敬意のほどが窺えた。
「あなた、帝国のドレスがよく似合いますね」
「ありがとうございます」
皇帝陛下の隣にいる皇后様からお声がかかる。
今回は私も珍しくドレスを着ている。迎賓館の侍女が選んでくれた涼しげな青のドレスは、帝国の気候に合わせて通気性がよく、驚くほど軽い。
クレイデールのように絹を幾重にも重ねる重いドレスとは違い、透けるような薄い布地を何枚も重ねて華やかさを演出する衣装は、着ていてクレイデールのドレスよりも私に合っていると感じていた。
そんな帝国のドレスを着た私を……いや、私の桃色がかった金髪を見て、皇后様は懐かしそうに目を細めた。
「わたくしの友人もクレイデール王国の血を引いていたのよ。あなたほどではないけれど、とても綺麗な桃色の髪をしていたわ。あなたがもし、この国を気に入ってくれたのなら、貴族家への輿入れもお手伝いできますよ」
「お戯れは困りますわ、皇后様」
「あら、親御様がいたことを忘れていたわ。ごめんなさいね、レイトーン夫人」
養母のセラがやんわりと断りをいれると、皇后様がくすりと笑う。
その友人とは、おそらくカミールの母のことだろう。その人物が私の血縁か分からないけど、その友人を思い出させる私を、皇后様は近くに置いておきたかったのかもしれない。
カミールの母……その女性の母親がクレイデールの人間らしいのだが、地方にいるらしく、私が会うことはこれからもないだろう。
この国に輿入れするのなら別だが、もちろん、私自身もそんなつもりはない。だが、そんな話を聞いて、皇帝の隣に立っていた一人の青年が、晴れやかな笑みで唐突に口を開いた。
「陛下、皇后様、クレイデール王国との関係を強めるのでしたら、男爵家のご令嬢ではなく、エレーナ殿を皇太子妃として、私の妻として迎えるのはいかがでしょう?」
次回、第二部第三章最終(どどん!)
先週発売になりました第一巻ですが、皆様のおかげで好評らしいです。
あらためて、ありがとうございます。