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197 戦いのあと

本日、『乙女ゲームのヒロインで最強サバイバル』最1巻が発売されました!



 虚実魔法、【拒絶世界(リアルブレイカー)

 虚実魔法とは、水と風の複合魔術に雷系統があるように、虚と実――闇と光を合わせた複合魔術であり、『創造魔術』の一種だ。

 闇によって『形』を創り、光によって『存在力』を与える。

 創造魔術をこれ以上極めることは難しいだろう。光と闇――その二つを極めて行うことができるとしたら、おそらくは擬似的な〝生命〟さえ創ることができるはずだ。

 そして、土で肉と骨を創り、水で血を流し、火で体温を与えて、風によって呼吸させる。六つの属性をすべて極め、無限に等しい魔力があれば、『生き物』すらも創造する『神の領域』へと踏み込むことも可能になる。


 そんな虚実魔法でも、神でもない人の身で大きなことはできない。

 私ができたのは、私の〝現状〟を切り取って複写し、〝存在〟として数秒間持続させるだけだった。

 それだけでも本来はかなり高等な複合魔術なのだが、【鉄の薔薇】で、全身から余剰な魔素を放出する光の粒子は、魔素の均一化や、身に纏うという工程を省き、それによって創られた高等幻術は、高位の幻獣である竜種でさえ現実と区別できない、生きている存在感を創りあげた。


 【拒絶世界(リアルブレイカー)】――極限の幻像は、敵が持つ世界の現実を拒絶する。

 それでさえも、【光魔法】と【闇魔法】がレベル5にならなければ無理だった。いや、たった一度だけでも成功できたことで、上がってしまったと言うべきか……。そのせいで久しぶりに会ったもう一人の師匠に、随分と胡乱げな視線を向けられた。


「アリア、お前……ちょっと強くなりすぎじゃねぇか?」


 私に呆れたような驚いたような、そんな視線を向けながらヴィーロが呟いた。

 私たちは死闘のすえランク7の黒竜を倒した。でも、魔力回復ポーションを服用して無理に【鉄の薔薇】を使った私は、全身で戦技を連続使用した状態になって、身体が動かなくなっていた。

 同じように連続で戦技を使ったジェーシャの右腕は、私よりもよほど酷いらしくて、師匠に頭を引っ叩かれながら手荒い治療を受けている。

 その向こうでは、ドルトンやフェルドが黒竜の死体を調べていた。本当ならヴィーロもそれに参加しているはずだが、面倒で逃げてきたのか、それとも一応弟子の私が気になったのか、ヴィーロは私の斥候系の師匠だが、その弟子がたった五年でここまでの力を付けたら、呆れるのも仕方ないのかもしれないけど……。


「ヴィーロやミラの戦いを見て、まだ研鑽する必要があると分かった」

「まだ強くなるつもりかよ!?」

 強くはなった。それでも〝あの子〟は私よりも強いから。

 実際、私の思う強さには近づけたとは思うけど、やはり経験が重要なのだと改めて認識させられた。ヴィーロは私に抜かされたと思っているみたいだが、私からすればまだまだ彼から学ぶ部分は多い。……調子に乗るから言わないけど。

「人生とは学ぶことだ。それを続けるかぎり私はまだ強くなれる」

「どこの修験者だ、お前は」

 遺跡の地面に横になったまま動けない私を、しゃがんだヴィーロが枝のような物で突いた。……子どもか。こういう部分がなければ素直に尊敬してもいいんだけど。


「あんた、うちの無愛想〝弟子〟に何してくれているんだい?」

「げっ」

 いつの間にか、真後ろに来ていた師匠に頭を鷲掴みにされたヴィーロが、思わず引きつった声をあげた。ヴィーロは師匠(セレジユラ)と面識はないはずだが、ミラから何か聞いたのかな?

 師匠はあまり初対面の人間に絡む人ではないのだけど、『弟子』と強調していたから、ヴィーロが斥候系の師匠だと知って、挨拶でもしに来たのかと思った。

「いや、ちょっと待って、痛いから!」

 手荒い挨拶だね……。

「……師匠、ジェーシャはいいの?」

無愛想弟子(アリア)も、あの筋肉娘も、無茶ばっかりするねっ。まあ、右腕は酷いもんだが、三日もすれば元に戻るさ」

「うん」


 悲鳴をあげるヴィーロを無視して、私と師匠は会話を続ける。

 ジェーシャの怪我が酷くなくて良かった。ジェーシャが言うには、カトラスの町は元に戻らず、カルファーン帝国の統治下に収まる公算が大きいそうだ。そうなるといかに会頭の娘でもホグロス商会に居場所はないらしく、帝国で一から始めると笑っていた。けど……


「……ジェーシャは何しているの?」

「さてねぇ」

 ジェーシャに視線を向けてそんなことを言った私に、何故か師匠はニヤリと笑う。

 ジェーシャは動かない右腕を肩から括ったまま、大人しくもせず、武器を担いでドルトンに纏わり付いていた。

 ドルトンはジェーシャと同じ山ドワーフで、彼も今回は砂漠での戦いということでハルバードにしているが、基本はジェーシャと同じ斧使いなので、武器の扱いでも請うているのかも。

「あの子も積極的よねぇ。私としては〝女の子〟が増えるのは歓迎だけど」

 そこに精霊による魔物除けを施してきたミラが現れ、そんなことを言ってきた。森エルフのミラは、師匠が戦鬼だった時代に何度か戦ったことがあるそうで、師匠を視界に入れず、私だけに話しかけてくるミラに、師匠が呆れたように呟いた。

「あんた……〝女の子〟って歳かい」

「あなたより、百歳は年下ですけどっ!?」


 師匠やミラの年齢はどうでもいいが、二人はどうにも相性が悪い。

 元から森エルフと闇エルフの仲は悪いが、本気でいがみ合っているわけではない。今更敵対はしないと決めたみたいだが、師匠のほうは元からミラを嫌いではなかったそうで、そのせいで戦場で何度もおちょくって、今のような関係になったと聞いている。

 ミラは人族の街にいるときはのんびりとした雰囲気の人だったが、そういえば、人族の街で百年暮らしたことで丸く(・・)なったと、誰かが話していたのを思い出した。

 元々はこんな性格だったのかもしれない。こんな一面もあったのかと私が驚いていると、その隙に逃げ出したヴィーロが、黒竜から素材を剥いでいたフェルドに怒られているのを見て、思わず溜息を吐いた私の横で、目を瞑って寝転がっていたネロの尻尾が、肯定してくれるように揺れていた。


   ***


「まずは素材をどうするかだな」


 結局その日、私たちはあの戦いの場から動くことができず、師匠とミラとヴィーロが周囲に魔物除けを施しながら、野営をすることになった。

 ただ野営をするために留まったのではなく、魔族兵の亡骸と一緒に、私たちは素材を取った黒竜を遺跡で焼いていた。

 黒竜もあれらと一緒にされるのは嫌かもしれないが、野晒しよりマシだろう。ドルトンも強者には敬意を払うもんだと、自分の火酒を黒竜にかけていた。

 私もまだ戦闘は無理だが、なんとか起き上がって、自分で食事をできるまでには回復している。食事と言ってもこの辺りで食材になる魔物は虫系が多く、どうやら昆虫食にトラウマがあるらしいヴィーロが顔を顰めていたが、他の面子はミラでさえも顔色一つ変えずに食べていた。


「素材かぁ……俺たち全員の拡張鞄でも、それほど持って帰れねぇぞ、ドルトン」

「だからどうするかって話だ、ヴィーロ。少なくとも肉は無理だな」


 純粋な竜種は……特に属性竜の素材は捨てる部分がないと言われている。弔っておいてあれだが、私たちは冒険者だ。素材も取らず肉も食わないのでは、ただの殺しと変わらない。

 竜の血や内臓でさえも錬金術の素材となり、肉も珍味として知られている。ただ、竜の肉は魔素が強く、一般人なら間違いなく腹を壊す。食べるのなら熟練の調理人が処理をして、ナイフの先で削るようにして食べるそうだ。

 内臓の強いドワーフのドルトンやジェーシャ、それと幻獣のネロも、少し味見をしていたようだが、本当に少ししか食べていない。


「おい、戦鬼。あんたは欲しい部位があるか?」

「おや、分けてくれるのかい?」

 ドルトンの言葉に師匠が意外そうに笑うと、ドルトンは軽く溜息を吐く。

「お前たちが先に戦っていたんだ。それだけで持っていく権利はあるだろ。ただ、魔石は譲ってくれ」


 ドルトンたちがここに来るまで、相当カルファーン帝国に借りを作ったらしい。

 エレーナが無事にカルファーン帝国へ辿り着けていたことにも安堵したが、彼女が私を助けるために帝国と交渉して、補佐をするセラと共にかなり頑張ってくれたという。

 エレーナ……本当に無事で良かった。

 それで、ドルトンが魔石を必要だと言ったのは、属性竜の魔石を皇帝に献上することで、その負債の一部を返済するのが目的だと言っていた。実際そのくらいしないと、他国の冒険者で、貴族籍もある私やドルトンが国内で活動することに、不満を示す帝国貴族がいるからだ。


「それなら竜血と竜眼でいいよ。どっちも錬金素材として最上だし、あんたらじゃ、帝国までは持っては行けないだろ?」

「ああ、すまんな」

 みんなの持つ拡張鞄も私の【影収納(ストレージ)】と同じで、腐りにくい効果しかなく、内臓系を生のまま持ち帰ることは無理だった。師匠なら錬金術の加工もできるし、定期的に防腐処理もできる。

 それと最初に戦っていたのはジェーシャも同じだが、彼女は少量の鱗と、これからのことを考え、素材を売った金銭を欲しがった。ネロは何もいらないし、私もいらないと言ったら、一枚の鱗を渡された。

「これなに?」

「お前は知らんか? 竜の逆鱗だよ」


 竜の逆鱗……確か、竜の急所を護る一枚の鱗だったか。一番硬度が高い大きい鱗で、この鱗を狙うことは『竜を殺す』と宣言することを意味する。

 素材としては確かに良い物だが、それよりもこの逆鱗は『竜殺しの証』として、もっとも功績のあった者に贈られる。


「それはお前が持っていろ。全員が納得している」

「うん……」

 誰か一人でも欠けていたら勝てなかった。でも、みんなが逆鱗を受け取った私に微笑んでいるのを見て、『竜殺し』を名乗る覚悟を持って強く頷いた。


 ドルトンは他のみんなよりも大きめの収納鞄を持っていたが、それでも大きなものは入らないし、限度もある。

 肉や骨、それと内臓系は持っていくことができないと燃やした。小さな鱗も同様だ。勿体ないけど、大きめの鱗や牙だけでも虹色の剣の数年分の稼ぎになるはずだ。

 ヴィーロもジェーシャと同じく数枚の鱗と金だけだが、ミラは師匠と何か話して、翼の飛膜を持ち帰る話をしていた。どうやら装備を作るのに使うそうだが、持ち帰る錬金加工をするのに、あの二人が問題なく話し合っているのは、少し不思議な感じがした。


「それとフェルド。お前がへし折った角は、お前が使え」

「……いいのか?」

「そうだ。必要になるだろ?」

 フェルドがへし折った黒竜の角は、一番太い部分で、それだけでも大金貨数百枚はするだろう。それをフェルドに渡したのは、フェルドがそれを折るために自分の大剣を失ったからだ。

 私の武器の強化にも使った、ランク6のミノタウルスの角と同じように、高ランクの魔物の牙や角は魔素によって鉱物に近い性質を持つ。特に地竜時代に鉱物を食らう属性竜の角は、それ自体が特殊な金属である生体金属(アダマンタイト)なのだ。

 黒竜の角を素材として大剣を作製する。フェルドの魔鋼の大剣はガルバスが作った物で、フェルドはそれを折った詫びも兼ねて、ガルバスに作製を依頼するそうだ。

 それを主材料として使う武器には興味がある。久しぶりに私もガルバスの所にも顔を出したいところだが、しばらくはエレーナの側を離れないほうがいいので諦めた。

 何よりもまずエレーナに会いたい……。


 その翌日、私も歩ける程度には回復したが、触手に絡み取られて強引にネロの背に乗せられ、遺跡を縦断するため出発した。

「……暇だな」

 私の横でジェーシャがそんなことを呟いた。ジェーシャは怪我人とは思えないほど元気だが、私と一緒にほとんどの戦いを見学させられた。

 魔物も襲ってくるが、これだけの面子が揃っているので手を出す必要がない。そもそもランク5のクァールがいるので、ランク3以下の魔物は、近づいてもこなかった。

 問題があるとすれば昆虫食くらいだが、なぜそこまでヴィーロが嫌がるのか尋ねてみると、ものすごく嫌な顔をして『お前のせいだよ』と言われた。

 ……なんかあったっけ?

「でも、ドルトン……さすがだぜっ」

「…………」

 魔物相手に戦うドルトンの背中に、ジェーシャが少女のように目を輝かせていた。

 実際、人族年齢に換算するとジェーシャは十代の後半だから、少女と言えないこともない。でもそんな彼女の様子を見て、私はミラが使った『女の子』という言葉が妙に気になった。


 それから十日ほどかけて古代遺跡を抜け、ようやく懐かしさも感じるカトラスの町が見えてくる。そこにはエレーナが交渉して私を探すために出してくれた、カルファーン帝国の探索隊が待機してるらしい。

 つまり……そこが、師匠やネロと別れる場所になる。


「私とネロは、のんびりとクレイデール王国に戻るよ。無愛想弟子、あんたはさっさと友達を安心させてやりな」

「……やっぱり一緒には戻れない?」

「帝国だって馬鹿じゃないよ。私が戦鬼だとバレたら面倒なことになるから、そんなのごめんだね」

 ――是――

 人嫌いのネロも師匠と同様に徒歩で帰ることを選んだ。一ヶ月でこの砂漠まで来たらしいが、帰りはゆっくりと二ケ月以上かけるつもりらしい。

 ネロも師匠には心を許したか……。実際そこまで仲は良くなさそうだけど、師匠を背に乗せるくらいには気を許している。

 友達……エレーナを戦場から送り出すとき、私は彼女を友達と呼んだ。次に会ったときエレーナは自分を受け入れてくれるのだろうか……。

 でも、師匠がそう言ってくれたので少しだけ前向きになれた。


 師匠がネロの背に乗って、東の方角へ消えていく二人の姿が見えなくなるまで見送り、待っていてくれたみんなの所に戻ると、私が師匠に懐いているのを見たフェルドが、珍しく気を使うように声をかけてきた。


「あ~……そうだっ、まだしんどいなら俺がおぶってやるか?」

「…………」

 普段は鈍いくせに本当に甘い人だな。ほとんど身体は動けるようになっているけど、だとしたらこれは、彼なりの冗談と気遣いなのだと考えた私は、彼の肩に軽く手を置いて、そのまま一足飛びでフェルドの肩に飛び乗った。

「お、おいっ」

「乗せてくれるんでしょ?」

 何故か慌てるフェルドに私も少しだけ笑って、静かに砂漠を見渡した。

 やっぱりフェルドの肩は景色が広いな。



なんとなくヴィーロとジェーシャがヒロインに見えてきたり?


次回、カルファーン帝国へ!


前書きでも書きましたが第一巻が発売しました。

もし何か書籍のご感想などがありましたら、活動報告ページにてお待ちしております。


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― 新着の感想 ―
まずエレーナに会いたい > 何でこうも百合の香りの漂うようなセリフを………。 乗せてくれるんでしょ? > なのに小悪魔っぽいこの挙動よ。 普段は鈍いくせに > キミもね。
[良い点] 師匠と師匠、エルフとエルフの絡みが最高! [気になる点] >ヴィーロの昆虫食トラウマはアリアのせい …何があったっけ?
[一言] カルラと一緒なら作れるかも、魔法生物
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