196 一撃
前日に続いての投稿です。
4/5修正。
【鉄の薔薇】で全身から放出する光の粒子は、【戦技】を扱う時に身体に蓄積する魔力熱だと師匠は考察した。
本来なら放出に時間のかかるはずのものを常時放出することで、戦技である【鉄の薔薇】を継続状態にさせているが、その放出することが魔力の大量消費に繋がっている。
師匠も【鉄の薔薇】を使えるが、師匠は一秒間で魔力を10も消費していた。私が魔力を1しか消費しないのは、通常の戦技を使用するのにスキルレベルが必要であるように、【鉄の薔薇】を扱うに必要な条件は、髪の色が変わることから精霊の祝福を受けた『桃色がかった金髪』だと私は思った。
【鉄の薔薇】は武器スキルではなく身体強化の【戦技】だ。
魔力を全身に循環させることで身体能力を強化するのが『身体強化』だが、およそ百秒で1の魔力を消費するのに比べて、【鉄の薔薇】はその百倍の魔力を消費した。
それは【鉄の薔薇】がスキルではなく、戦技と同様の【無属性魔法】であることを意味している。
魔法、魔術は魔力によって世界の理に干渉する技術だ。だから私は、【鉄の薔薇】によって放出される魔力熱にも、世界に干渉する〝力〟があると考えた。
「――【鉄の薔薇】――」
私の桃色がかった金髪が燃えるような灰鉄色に変わり、全身から魔力熱が光の粒子となって溢れ出る。
この光の粒子を纏う状態を、私は師匠の【炎撃】と似ていると感じた。
【鉄の薔薇】を使うとき、私は他の【戦技】を使えない。
【鉄の薔薇】を使うとき、私は他の【魔術】を使えない。
無理に使おうとすれば使えるが、戦技なら魔力熱が暴走して身体が動かなくなり、魔術なら魔力の消費が倍加する。それは、魔力熱を放出することで、通常魔術に必要な魔素が拡散してしまうことが原因だ。
だから私は、この状態でしか使えない魔術を構成する。
「――【拒絶世界】――」
お前の現実を破壊する。ランク5になった力が常人の五倍近い速度を得て、二倍に引き延ばされた体感時間の中で、私は振るわれた黒竜の爪を置き去りにした。
再度振るわれた黒竜の爪が、通り過ぎた後の〝私〟を引き裂き、私が握る黒いナイフから伸びる光の粒子が、【虚実魔法】によって黒竜の現実を拒絶する。
私が振るうすべては虚像だ。刃となって振るわれた光の粒子は、一切のダメージを与えることなく、黒竜に本物と認識させた。
〝虚〟と〝実〟――〝闇〟と〝光〟。
雷系の魔術のように二属性の複合魔術は難易度が高くなる。光と闇という相反する属性の複合は、本来なら常人には扱えないレベルの魔術であり、発動するだけでも膨大な魔力を消費するが、私は常時放出され、身に纏う光の粒子を魔術化することでそれを可能とした。
闇魔術による虚像。それに光魔術で生きているかのような現実感と存在感を与える。現実にある私の姿をトレースしてそれを纏い、激しく動くことで置き去りにして、複数の〝私〟を世界に顕した。
『ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
黒竜が吠える。すべて虚像でも、お前にとっては〝現実〟だ。
虚実の刃が黒竜を斬り裂く。カルラに刻み込まれた〝死〟の痛みは、お前の精神を切り刻み、竜にとって遠い存在であるはずの〝死〟を引き寄せる。
駆け抜ければ後に続き、立ち止まれば私の身体を追い越していく、実体を持った虚像は、黒竜の憎悪に満ちた精神を〝恐怖〟で塗りつぶして混乱させた。
黒竜が雷のブレスを撃とうとする。それが正解だ。今の私をどうにかしたいのなら、範囲攻撃をするしかない。だがそれは悪手だ。隙を生み出すための私の攻撃に、お前は致命的な隙を晒した。
私は隙を見せた黒竜の頭部に飛び移り、倍加した筋力で黒いダガーを握りしめ、未知の恐怖に揺れる深紅の瞳に、深々と刃を突き立てた。
私を殺せるのはカルラだけだ。カルラを殺せるのは私だけだ。
黒竜……お前は私の目指す〝最強〟じゃない。
「今だっ!!」
片目から血を噴き上げる黒竜から飛び離れると同時に、ドルトンが声をあげ、私の言葉を信じてくれて、待機していたみんなが一斉に飛び出した。
「――【聖炎】――っ!」
師匠の火魔術が炸裂して、黒竜の纏う闇の魔素を消してその身を焼き、防御力を低下させた。
「――風の刃よ――っ!」
それに合わせるように放たれたミラの精霊魔術が聖なる炎を巻き上げ、風の刃がもろくなった鱗を引き剥がすと、その現実の痛みに正気を取り戻した黒竜が顔を下げた瞬間を狙って、ヴィーロが渾身の一撃を撃ち放つ。
「――【狙撃】――っ!」
狙い澄ましたヴィーロの一撃が残った黒竜の瞳を貫き、古代遺跡に黒竜の悲鳴が鳴り響いた瞬間、それに重ねるようにネロの咆吼が大気を震わせた。
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
ネロの身体が矢のように飛び抜け、名前も知らない太古の爪術戦技が、ネロの咆吼を媒介として、黒竜の首を引き裂いた。
「――【地獄斬】――っ!」
体勢を崩した黒竜に、そこに真っ先に飛び込んできたフェルドが、牙を剥き出すように獰猛な笑みを浮かべて、全力の戦技を繰り出した。
バキィンッ!!
精霊が勇者のために生み出したというレベル5の戦技は、何度もぶつけ合った魔鋼の大剣をへし折りながらも黒竜の角を打ち砕き、そのまま折れた切っ先でその眉間を斬り裂いた。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
雄叫びを上げたドルトンが大きくハルバードを振りかぶり、全力の身体強化で振り下ろす。
「――【狂撃】――!!」
両手斧レベル5の戦技、自身が攻撃を受けるほど威力を増し、怒りを攻撃力に変える戦技が、ネロが引き裂いた首に叩き込まれて、半ばまで斬り裂かれた首から大量の血を噴き上げた。
『ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
それでも黒竜は死んでいない。怒濤の攻撃を受けた黒竜が纏う闇の魔素が濃くなり、再び憎しみに塗りつぶされた黒竜が怒りの咆吼を放つ。
両目を潰され、全身を焼かれて斬り裂かれながらも、それでも黒竜は呪詛を吐くように雷のブレスを放とうとした。
だがそこに、ドルトンの後ろを走っていた影が、魔鋼の両手斧をドルトンとは逆側の首に叩き付けた。
「――【鉄砕】――っ!!」
ジェーシャが放つ戦技が、ドルトンのハルバードとハサミのように斬り裂いた。そこは最初にジェーシャが戦技を放った同じ箇所で、その傷をさらに深く抉るように刃を突き立てる。
だが、黒竜の放とうとするブレスが止まらない。すでに致命傷のはずだが、それでも黒竜の人間に対する憎しみは、たとえその身が滅びようとも最後のブレスを撃たせようとしていた。
「うりゃああああああああああああああああああああああっ!!」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
それに気づいたジェーシャとドルトンが自分の得物に渾身の力を込めて、黒竜の首を切断するべく叫びをあげる。
フェルドの剣は折れて、何度も大魔術を放った師匠やミラの魔力は限界だ。矢や短剣のような小さな刃では黒竜は止まらない。でも……私は最後まで諦めないっ!
「ジェーシャっ!!」
【鉄の薔薇】を使い、ドルトンのいるほうから全力で走り込みながら声をかけると、私と目が合ったジェーシャが、傷にめり込んだ両手斧から手を放して、腰から片手斧を引き抜いた。
「――【狂怒】――っ!!」
連続で戦技を放ったジェーシャの右腕から血が噴き上がる。
「だぁあああああああああああああああ!!」
ジェーシャの血塗れの腕が振るう戦技が、突き刺さっていた両手斧に叩き込まれて、深く食い込んだ。
《――おのれっ、おのれぇえええええええええええっ――!!》
首を半ばまで斬り裂かれながらも、黒竜は雷を帯びながら呪詛を吐く。
《――おのれ、ヒトどもがっ!! 絶対に許さんぞぉおおおおおおっ――!!》
黒竜。許せとは言わない。魔族に操られ、自由を奪われたお前には復讐をする理由がある。でも――
「お前はもう死んでいろ」
お前が私の大事なものに手を出すのなら……お前は敵だ。
「たぁあああああああああああああああ!!」
私は【鉄の薔薇】の身体強化を全開してジェーシャの逆側から飛び込み、ドルトンのハルバードに全力の蹴りを叩き付けた。
ガキィイイイインッ!!
ついにぶつかり合った刃が、ハサミのように黒竜の首を切り飛ばし、最後に黒竜の首が天に向かって吠えるように雷のブレスを轟かせた。
――ズンッ。
重い音を立てて、切り飛ばされた黒竜の首が地に落ちる。
雷が撃たれた空にわずかに雲が集まり、そこから雨水が振り落ちると、その冷たさにようやく勝利を実感した私たちは倒れるように腰を落として、やっと笑顔を浮かべるみんなに声をかけることができた。
「みんな……ただいま」
ようやく決着となりました! ついに竜殺しです。
かなりギリギリの戦闘でしたが、アリアの武器では竜のような巨大な魔物は倒せないので、こんな決着となりました。
次回、4月10日(土)の更新予定です。同時に本屋さんにも第一巻が並びます!
ご近所で見かけましたら、手に取ってみてくださいね!