195 虚実
第一巻の電子書籍版が、4/1にBOOK☆WALKER様より先行発売されました。
それで今週と、本発売(4/10)となる来週と併せて、二週連続土日更新いたします。
「みんなっ!!」
虹色の剣のみんなが来てくれた。どうしてこんな所にいるのか、そんなことはどうでもいい。クレイデール王国でも有数のランク5パーティーである『虹色の剣』が来てくれたことで、暗雲に満ちてきた先にようやく光が見えてきた。
「――大地の精霊よ、竜の動きを封じて――!」
精霊魔術の使い手であるミラの声が響いて、大地に墜ちた黒竜に盛り上がった大地が絡みつく。
「フェルド! 足を止めるぞ!」
「おおおっ!!」
ミラの精霊魔術と同時に、ランク5の戦士であるドルトンとフェルドが、砲弾のように飛び出した。
『ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
大地に絡みつかれた黒竜が怒りの咆哮をあげて、枷を引き千切ろうと暴れ出した。
「無愛想弟子っ、ネロっ、呆けてんじゃないよ!」
「了解、師匠」
後方から師匠の叱咤が聞こえて、一瞬呆けていた私は気合いを入れ直して、ネロと二人で黒竜へ向かう。
走りながらスカートを翻し、引き抜いた複数のナイフで黒竜の目を狙うが、それは一瞬早く気づいた黒竜の目蓋に弾かれた。
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
でもその瞬間を狙ったネロの爪が黒竜の顔面を張り飛ばして、大きく弾かれた黒竜の頭部から幾つかの鱗の破片が飛び散った。
「うぉおおおおおおおおおおっ!」
ガキィイイイインッ!
『ゴァアアアアアアアアアッ!?』
次の瞬間、戦場に飛び込んできたフェルドが振るう大剣が、黒竜の角とぶつかり合って激しい音を響かせる。頭蓋骨と繋がる角を強打された黒竜がわずかによろめき、その隙を縫ってフェルドと合流した。
「アリア、話は後だ! まずはこいつをなんとかするぞ!」
「わかったっ」
フェルドと一瞬だけ視線を交わし、互いに頷いてさらなる攻撃を加えようとしたその時、黒竜を縛っていた大地がみしりと嫌な音を立てた。
ドゴォオオオオオオオン!!
「ぐおっ!」
「フェルドっ!」
黒竜が大地の枷を砕き飛ばして、先に攻撃をしていたネロを振り払い、自由を取り戻した黒竜の爪が間近まで迫っていたフェルドを弾き飛ばした。
「――っ」
フェルドも咄嗟に大剣を盾として受け止める。だが、魔鋼の大剣に亀裂を入れるほどの一撃を受けたフェルドが、弾かれた先で顔を顰めるように膝をつく。
「――【闇の霧】――っ」
それでも黒竜の攻撃は終わらない。フェルドに向かって飛び出そうとする黒竜の頭部に、私が放った闇の霧が纏わり付き、低く唸った黒竜が長い尾を鞭のようにしならせ、前方をまとめて薙ぎ払った。
「うおおおおおおお!!」
そこにようやく追いついたドルトンが、ミスリルの全身鎧とハルバードを盾にして、靴底で数メートルも大地を抉りながらも、その一撃を受け止めた。
「ヴィーロ! アリアっ! 斥候は黒竜を攪乱しろ!」
「了解」
「――仕方ねぇな!」
いつの間に来ていたのか、気配さえ感じなかった空間から滲み出たヴィーロが、滑るように横に移動しながら、流れるように連続で矢を放つ。
でも牽制といえどもバラけすぎだ。放った矢の大部分が黒竜には当たらない。でも、黒竜さえもそう考え、牽制の矢から意識を外した瞬間、他から飛んできた複数の矢が、ヴィーロの矢とぶつかり、軌道を変えて黒竜の首回りに降りそそいだ。
「――【狙撃】――」
ヴィーロの矢の軌道を変えたミラが、立て続けに弓の戦技を撃ち放つ。
ミラがよく使う必中の戦技だ。黒竜がそれに気づいて角で弾こうとすると、ヴィーロから放たれた矢がミラの矢の軌道をわずかに逸らして、黒竜の目蓋を傷つけ、わずかだが血飛沫を噴き上げた。
私も、戦闘力では測れない熟練冒険者同士の妙技に思わず目を見張る。
「あれで目蓋を傷つけただけかよっ!」
「油断しないでヴィーロっ」
「やべっ」
黒竜がミラではなくうろちょろとするヴィーロに目を付けた。開いた顎の奥に雷のブレスを溜めて、それを放とうとしたその時、ニヤリと笑ったヴィーロと入れ替わるように飛び込んできた、フェルドの戦技が炸裂する。
「――【地裂斬】――っ!」
『ガァアアアアアアアッ!!』
真正面から放たれた両手剣の戦技が、黒竜の首筋を斬り裂いた。
咆吼をあげた黒竜からブレスの光が掻き消える。フェルドが飛ばされていた方角に師匠の姿が見えたので、師匠が回復役をしてくれてたのだろう。
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
『ゴォアアアアアアアアアアアアアア!!』
それを好機とみたネロが黒竜の背に襲いかかり、それを振りほどこうと暴れ始めた黒竜の巨体が大地を剥がすように抉り取る。
「離れろ!」
ヴィーロの声が聞こえて、私とフェルドが距離を取る。だが、その二体が暴れる先に、戦闘に踏み込めなかったジェーシャの姿があった。
「――ッ!!」
ジェーシャが歯を食い縛り斧を握りしめる。ジェーシャは同族の仇である黒竜から逃げたくない。でも、それに固執するあまり、戦う者を選別するという『竜の咆吼』を間近で受けたジェーシャは硬直し、引くタイミングを逸してしまった。
「どぉりゃあああああああああああっ!!」
だが、そこに割り込んだドルトンが体当たりでジェーシャを弾き飛ばし、黒竜の巨体を受け止めずに受け流した。
「ちっ、アリア、回復だ!」
「了解」
ドルトンの指示を受けた私が彼に【高回復】を使うと、同時にドルトンもポーション瓶を噛み砕くように飲み干しながら、尻餅をついたジェーシャをぎろりと睨み付ける。
「小娘っ!! 戦士なら気合いを入れろ!!」
「は、はいっ!」
ジェーシャが同族であるドルトンの叱咤を受けて、飛び跳ねるように立ち上がる。その向こうで、ネロを振り払った黒竜が翼を広げて、空に羽ばたこうとしているのが見えた。
「――【竜巻】――」
それを阻止しようと師匠がレベル4の風魔術を撃ち放つ。その師匠の姿を見て、同じようにそれを止めようとしていたミラが、瞳が零れんばかりに目を見開いた。
「戦鬼っ!? なんであんたがいるの!?」
過去に因縁でもあるのか、噛みつくように威嚇する森エルフのミラに、闇エルフの師匠は少しだけ顔を顰める。
「……あんた、少し太った?」
「なんですってっ!?」
「とにかく、今は合わせなっ!」
「ああ、もう! ――風の精霊よっ!!」
師匠とミラの風魔術が飛翔しようとした黒竜に絡みつく。だが、大きく体勢を崩した黒竜は、それでも落ちることなく、憎悪に燃える血色の瞳に私たちを映して、天に吠えるような叫びをあげた。
《――小賢しいヒトどもがっ! またも我を縛るかっ――!!》
その瞬間、前触れもなく、黒竜から雷のブレスが大地に放たれた。
ドォォオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
耳を劈くような轟音を立てて、その周囲にいたネロやフェルドたちを大地ごと吹き飛ばす。大地が緩衝材となってもその衝撃に仲間たちが膝をつくが、その雷を放った黒竜の身体も、自分のブレスに焼かれて燃えていた。
私たちが黒竜に接近戦をしていたのは、黒竜にブレスを使わせないためだ。いかに竜が強靱な肉体や鱗を持っていても、間近の敵に放てば自分もダメージを受けるので、黒竜もそれを使うことはできなかった。
だが黒竜はなりふり構わずブレスを放ってきた。怒りが理性を上回り、憎しみで私たちを食らうのではなく、私たちを殺すことに集中し始め、そのたった一撃が戦況を盤面ごと破壊した。
自らのブレスで帯電し、ダメージを受けながらも、黒竜は何度も邪魔をした師匠とミラに攻撃を定める。
「……【炎撃】――ッ」
師匠がまだ立ち上がれないミラを庇うように、鎖のような武器を抜き放ち、オリジナル魔術である【炎撃】を唱えた。
自身に魔術を纏い、攻撃力に上乗せするその技を使えば、確かにランク7の黒竜の攻撃でも一度は逸らすことができるだろう。
でも、ダメだ。あのままでは師匠が死ぬ。
「――【鉄の薔薇】――」
私の桃色がかった金髪が燃えるような灰鉄色に変わり、全身から噴き上げる光の粒子を帚星のように引きながら、数十メートルの距離を一瞬で駆け抜け、師匠とミラに襲いかかろうとした黒竜の翼を、流星のように蹴り抜いた。
『ゴァアアアアア!?』
半分浮かんでいた黒竜が今度こそ体勢を崩して地に墜ちる。だが、鉄の薔薇を使った渾身の一撃でも、黒竜のダメージになっていない。
私は復帰したネロにミラを回収させて、私は師匠を抱き上げて黒竜から距離を取る。
「アリアっ!」
「……うん」
私では黒竜を倒せない。私の武器では黒竜の急所に刃が届かないからだ。
だからこそ、【鉄の薔薇】は温存しなければいけなかった。使う場面を厳選して、ドルトンやフェルドのような大きな武器を急所に届かせるためにも、魔力を無駄にすることができなかった。
「でも、ここで使わなかったら師匠が死んでいた」
「アリア……」
ここで勝てても師匠が死んだら私は自分を許せない。だから、私は後悔しない道を選ぶことを決めた。
「師匠、魔力回復ポーションはある? 強い奴」
「あるが……それを使ったら、【鉄の薔薇】は使えないよ? 分かってて言っているんだろうね?」
魔力回復ポーション服用時に鉄の薔薇を使えば、魔力の制御ができずに、まともに動くことすらできなくなる。
《魔力制御》スキルがレベル5になった今なら、ある程度の制御は可能かもしれないが、それでも無理に制御しようとすれば、鉄の薔薇を覚える前の『原初の戦技』のように、身体が動かなくなると感覚的に理解している。
今、それで戦えたとしても、とどめを刺せる状況でなくては意味がない。
「師匠……あれを使う」
私が使った言葉に師匠が目を見開いた。
「あれはまだ未完成だよ? 使えなかったら……死ぬよ」
私は師匠の弟子でも、師匠の【炎撃】を使えない。あれは攻撃魔術を身に纏うことに意味があり、光と闇の魔術しか使えない私では意味の無いものだった。
それでも模倣しようとして【幻影】を纏う戦いもしてきたが完璧じゃない。
それを補うことを考え、レベル5を目指したオリジナルの闇魔術を構築するべく、師匠と考えた結果、必要魔力量が膨大で一瞬しか使えないと判明した。
構成を削れば技の精度が下がる。それをなんとかしようと試行錯誤を繰り返していたが、私はこの戦いで光明を見た。
必要な魔力量が膨大なのは、それを維持する構成がランク5よりも遙かに上なのだろう。でも私は今、師匠の【炎撃】を間近に見たことで、その構成があるものに酷似していると感じた。
そして、ランク5になってようやく気づかされた『虹色の剣』の実力……その戦いを見て、一つの光明を見いだした。
「師匠、ドルトンたちに伝えて……全員でトドメを刺す準備をしてほしい」
たとえ、ここで力を使い果たしてもいい。
「私が、一人で黒竜を止める」
***
砕けた大地から起き上がり、黒竜は怒りと憎しみを込めて、矮小なヒトどもを真っ赤な目に映す。
小賢しいヒトどもは、何度も黒竜を傷つけようと足掻いていた。鱗を傷つけ、角を傷つけ、翼の飛膜を貫き、魔力で地に落とされ、ヒトが持つ鉄の爪でわずかに血を流すことはあっても、それでも黒竜が本気になれば、たった一撃のブレスでヒトどもは地に倒れ伏した。
――不遜――
獣の幻獣がヒトどもと共に牙を剥いたが、それでも本気となった黒竜を倒すことはできなかった。だが、ヒトどもすべてを食らうと決めた黒竜に、ただ殺すことをさせて、自らを傷つけてまで本気にさせたことが許せなかった。
たとえ、自身が傷つこうと一匹ずつ葬り去る。本気となった黒竜と戦える生き物など、同じ竜しかいないのだから。
だが、その黒竜の前に一匹のヒトが近づいていた。
何度か攻撃をしてきた、若い雌の個体だ。先ほどは奇妙な光を纏い、自分を地に落としたが、その手に持つ小さな〝黒い爪〟では、黒竜の身体を貫くことはできないと分かっていた。
だが、矮小なる生き物が大いなる竜を地に落とす。それは、許されることではなく万死に値する罪であった。
まずはこの不遜な雌から滅する。爪で腸を引き裂き、牙で噛み砕き、黒竜を睨むその不遜な瞳を絶望に染めてやろうと、黒竜が敵意を向けた瞬間……
小さな桜色の唇が、何かを呟いた。
「――【鉄の薔薇】――」
その雌の身体から先ほどと同じ光が噴き出し、その毛色が灰のように燃えあがる。
黒竜はその現象が、ブレスを使った後の身体に溜まる魔力熱と同じものだと考えた。その熱がある状態で再び同じことをすれば、数日はブレスが放てなくなるように、あの現象はその熱を放出することで、今の状態を持続させているのだろう。
――不遜――
黒竜は心中で再びそう呟いた。確かにヒトとしては感嘆するほど力を上げたが、それでも黒竜である自分と戦えるほどではない。
あの雌は速さを得意とするようだが、その速さ故に本気となった黒竜を殺せるほどの力を持っていなかった。
――なに?――
不意にその雌の姿が消えた。消えた瞬間に光の粒子を銀の翼の如くはためかせて、黒竜の目前まで迫っていた。それでも目で追いきれない速度ではない。竜の探知能力もその存在を完璧に捉えていた。
速さで勝ろうと、竜とヒトとでは隔絶した差が存在する。神経を集中させてその姿を追い、筋肉が軋みをあげるほどの速さで爪を振るって、その愚かな雌の身体を腹から引き裂いた。
――!?――
確実に引き裂いたはずの爪が、その雌の身体を擦り抜けた。
すかさずもう片方の爪を振るうが、その爪も擦り抜け、ならば噛み潰そうと牙を振り下ろした先にその姿はなく、その雌は小さな黒い爪を黒竜の鼻先に振り下ろした。
『ゴァアアアアア!?』
その瞬間、これまで感じたことのない〝激痛〟が黒竜を襲う。
黒い爪は黒竜の鱗を掠めただけだ。傷さえ付いていない。だが、肉を抉られ、死を感じさせるような激痛は、黒竜の思考を混乱させた。
――矮小な生き物が――ッ!!
混乱と激痛を怒りに転嫁して黒竜が雌の個体に襲いかかる。
だが、その攻撃が当たらない。当たっているのに当たらない。幻術の類いではなく確かに〝そこ〟にいるはずが、黒竜の攻撃はすべて雌の身体を擦り抜け、黒竜の身体に幾つもの〝痛み〟を刻みつけた。
雌の動きが速くなる。それに伴い増えていく攻撃が黒竜に痛みを与え、その動きが激しくなるほど、その姿がブレて見えることに気づいた。
――なんだ、コレは――
目視だけでなく竜の感覚でも、そのブレて見える姿が残像ではなく、すべて〝実像〟だと告げていた。
――なんだコレは? なんだコイツは――
黒竜は混乱する。存在はしているのに存在しない。残像のように幾つもの実体を帚星のように纏い、延々と痛みだけを与えてくるその存在に怒りが塗り潰され、黒竜は存在してから初めての〝恐怖〟を感じた。
怯えれば目が曇る。ただ目の前の存在のみの排除を思った黒竜が、自身さえ巻き込むことも厭わず雷のブレスを放とうとしたその時――
『ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
幾つもの実像を纏いながら飛び込んできた、その冷たい瞳を宿した雌の姿を映した竜の瞳に、〝黒い爪〟が深々と突き立てられた。
【アリア(アーリシア)】【種族:人族♀】【ランク5】
【魔力値:115/370】20Up【体力値:118/290】10Up
【筋力:11(24)】【耐久:10(22)】【敏捷:18(38)】【器用:9(10)】
【短剣術Lv.5】【体術Lv.5】【投擲Lv.5】1Up
【弓術Lv.2】【防御Lv.4】【操糸Lv.5】
【光魔法Lv.5】1Up【闇魔法Lv.5】1Up【無属性魔法Lv.5】
【生活魔法×6】【魔力制御Lv.5】【威圧Lv.5】
【隠密Lv.4】【暗視Lv.2】【探知Lv.5】
【毒耐性Lv.3】【異常耐性Lv.4】
【簡易鑑定】
【総合戦闘力:2203(特殊身体強化中:4181)】
【戦技:鉄の薔薇 /Limit 115 Second】
【虚実魔法:拒絶世界】
ついに真価を発揮したアリア。
次回、黒竜戦決着!
追伸:戦技の名称で間違いがあり、短剣技ダンシングリッパーを「ダンシングリパー」にいたします。そのため、少々改修作業に入ります。