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192 帰る場所



「……【高回復(ハイヒール)】……」

 私の使う治癒魔術がカミールの腹部の傷を塞いでいく。

 さすが師匠(セレジュラ)。自分も毒を受けていたのに、腹を貫通するほどの傷でも完璧な応急処置を施していた。

 この傷なら即死していてもおかしくはなかった。経験の浅い治癒術士なら内臓を再生しきれずにそのまま死んでいた可能性もあった。彼が助かったのは、師匠が戦場で何人もの治療をしてきた経験と、カミール自身の体力値が高かったおかげだ。

 カミールの治療を私と交代した師匠は、自分の解毒も適当に済ませて、今はアイシェの側で彼女に語りかけている。

 数十年ぶりの姉妹の会話だ。私が口を挟むことではない。その結果……師匠が魔族国に戻ることになっても、師匠との別れはあの〝家〟を離れるたびに済ませてある。

 ……気を逸らしている場合じゃないな。まずはカミールの治療に集中しよう。


 私は【触診(フィール)】を使って内臓の様子を確かめ、内臓の傷を細かく特定してその都度【治癒(キュア)】をかけて再生していく。

「……カミールさま」

 その横ではイゼルがずっとカミールに寄り添い、その命を繋ぎ止めるように手を握り続けていた。

 私は二本目の魔力回復ポーションを飲み干し、【治癒(キュア)】を続けて半刻ほどすると、ようやくカミールの顔色が戻り、うっすらと目を開いた。


「……ア……リア……?」

 私の顔を見てカミールがそう呟いた。どうやらあの女の〝知識〟にあったような、重傷による意識の混濁や記憶の欠如もなさそうだ。

「俺は……」

 少しだけ現状が理解できていなかったカミールは、すぐに刺されたことを思い出したのか、顔を険しくしてすぐに起き上がろうと動き始めた。

「カミール様っ、いけません!」

「イゼル?」

 身を起こそうとしたカミールをイゼルが止める。カミールは彼女に視線を向け、その向こうにジェーシャやカドリ、そして笑みを浮かべることもなく私たちを見つめる、ダウヒールとシャルルシャンに気がついた。


「カミール殿。我らは王の意向に従うことを決めた。それでも我らは、人族に向ける矛は収めても奴らを信用することはない。その血を引く殿下のこれからを、我らが常に見ていると思え」

「……分かった。ダウヒール」

「其方が茨の道を歩むのなら止めはせぬ。だが、我ら魔族は強さこそ誉れ。我らに認めさせたいのなら、その強さを示しなさい。あの娘御は一つ高みにあがりましたよ」


 シャルルシャンの言葉と視線を追ったカミールの瞳が私を見て、鑑定した私の戦闘力に目を見張る。

「俺は……」

 彼の言葉は先ほどと同じでも、その声音は少し違って聞こえた。私との戦いを思い出しているのか、それとも、これからのことに不安を感じているのか、私には分からない。でも――

「カミール。お前はもう少し周りを見ろ」

「え……」

 カミールが私の言葉に思わず視線を巡らすと、イゼルが回収した彼の魔剣をつらそうな表情で差し出している姿が彼の瞳に映った。イゼルは……彼女はずっとお前だけを見ていたことに気づいている?

 そんな想いが伝わったのか知ることはできないが、カミールは深く息を吐くと、イゼルが持っていた魔剣をそっと彼女の手に握らせた。

「カミール様……」

「これはお前が使ってくれ。それは父上が母上に与えた物だが、俺はもう母に頼らなくてもその強さを手に入れてみせる。……イゼル。ついてきてくれるか?」

「……はいっ!」


 イゼルもカミールと同じ片親を人族に持つハーフエルフだ。ずっとカミールに付き添ってきた彼女なら彼と同じ道を共に歩んでいけるだろう。

 いつの間にか最下層の祭壇に、前のダンジョンと同じように外へと続く光のゲートが開き、ダウヒールとシャルルシャンはそこから外へと消えていった。

 全員ここへ飛ばされた私たちと違って、彼らはまだダンジョン内にいる戦士や氏族の者たちの救出に向かったのだ。

『ガァ……』

「うん」

 寝側っていたネロに近づき、その背を借りて身体を休める。ジェーシャは私に何か聞きたそうな顔をしていたが、私はネロが睨みを利かして誰も近寄らせないのをいいことに、そのまま睡魔に身を任せた。

 そして――


無愛想弟子(アリア)

「……終わったの? 師匠(セレジユラ)

 名を呼ばれて目を覚ます。妹のアイシェと話し合っていた師匠が、若干疲れた顔をしてネロに背を預けていた私を見下ろしていた。

「ああ、終わったよ。迷惑をかけたね……」

「ううん。師匠もネロも来てくれたから」

「そうか」

 私の頭を軽く撫でた師匠は、そのまま光のゲートに歩き出す。

「……いいの?」

「ああ……」

 私の視線の向こうで、アイシェはこちらに目を向けることなく、ボロボロになった自分の装備を整えていた。その横顔には苦悩が見てとれたが、それでも私には彼女の中にあった枷が解き放たれたように感じられた。

「アイシェももう大人だ。あの子にはあの子の人生がある。私はいないほうがいい。アイシェはこれから軍を纏めて、その力を人族を討つためではなく、魔族のために人生を使うそうだ。私が今更魔族国に戻っても居場所なんてないよ」

「そう……」

 アイシェは自分の憎しみに巻き込んで沢山の人を死なせてきた。彼女はこれから贖罪のために生きることを選んだのだ。

「生きていればまた会えるさ。魔族の人生は長いんだ。それに……」

 足を止めた師匠は、一瞬だけアイシェを見て、私に視線を移す。

「私たちの帰る場所は、あの森の〝家〟だろ?」

「……うん」


 (ダーク)エルフは五百年は生きる。その中の百年を私のために使ってくれると師匠はそう言った。

 私がアイシェと会うことはもうないだろう。殺し合った間柄だが憎しみはない。語る言葉もない。私たちは道を違えた……ただそれだけのことだ。

 それはカミールたちとも同じことだ。同じ大陸にいてもクレイデールと魔族国の距離は果てしなく遠い。たとえ彼らと二度と会うことが叶わなくても、私たちは自分が選んだ茨の道を歩み続ける。

「アリア……世話になった」

「気にするな」

 別れの言葉もなく、ただ道ばたで別れるように私たちは背を向けた。

 お前ならやれるさ。

 そして私も、クレイデール王国へ戻る。エレーナを護るために。……あの子を殺してあげるために。


「それで、どうやってもどるんだぁ?」

 簡素な別れだけを済ませて魔族砦から逃げるように離れたあと、同行するジェーシャが何故か諦めたような顔で声をかけてきた。

 ドワーフのジェーシャは魔族国に食客として迎えられる話もあった。選定の儀でカミールを護りきった彼女なら魔族も受け入れやすいはずだが、彼女は戻る道を選んだ。

 でも、ほとんどの住民が離れたカトラスの町を復興させるのは難しく、ジェーシャは私たちと同行してカルファーン帝国を目指すことにした。

 どうやらジェーシャはカミールからロン宛ての書簡を預かっているらしく、カルファーン帝国で貴族であるロンに雇ってもらうつもりらしい。

 そのカルファーン帝国に向かうのはいいが、それをどうするのかと尋ねるジェーシャに、師匠と私は一瞬顔を見合わせ、口を揃えて答えた。

「「レースヴェールを抜けていく」」

「やっぱりかっ!?」


 魔族砦からカトラス方面に向かうには二つルートがある。

 一つは、古代遺跡レースヴェールを避けて砂漠を進むルートだが、遮蔽物のない砂漠を渡るにはそれなりの装備と準備が必要で、時間もかかるので現実的ではない。

 もう一つは、レースヴェールの中央を突破するルートで、冒険者の脚なら数週間で抜けることができる。実際に師匠やネロもそこを通ってきた。

 危険な魔物も多いが、上手く倒せば食料になり、ポーションの材料も自生している。朽ちかけた建物などは身を隠せて休む場所にもなるだろう。

 私とジェーシャの二人で魔族砦から逃げることが出来なかったのは、二人では砂漠を渡ることも、遺跡を突破することも困難だと考えていたからだ。でも、そこに師匠とネロが加われば話は変わってくる。

 師匠とネロの二人でも魔物をすべて相手にはできず、ネロの走力で強引に抜けてきたが、盾役のできるジェーシャが師匠の護りにつけば、ネロも全力を出せるので、突破自体の危険度も下がる。


 ネロの背に乗って再び強引に突破する案は、ネロがジェーシャを乗せることを拒否したことで駄目になった。

 三人も乗せると機動性が失われ、そもそも師匠を乗せてきたことさえ、私のことがなければネロも許しはしなかったはずだ。さすがに私も師匠も、ジェーシャを置いていくほど非情ではない。

 どちらにしろ、師匠とネロはカルファーン帝国には入れないので、そこからは私とジェーシャだけになる予定だ。

 師匠たちとはカトラスで分かれることになっていて、私もそちらに同行してもいいが、私は出来る限り早くエレーナの下に戻ることを選んだ。


「……まぁ、仕方ないか。準備もできずに出てきちまったしな」

「そうだねぇ……。氏族の長連中はともかく、私のこともまだ生きていると知られたら、裏切り者だと言って、襲ってくる連中もいるかもしれないしね」

 ジェーシャのぼやきに師匠が溜息を吐くように話を合わせる。

 選定の儀の勝者である私たちが逃げるように魔族砦を後にしたのは、あんな半端な決着を許容できない連中が襲ってくる可能性があったからだ。特に好戦派である軍の一部は報復に動き出すかもしれない。

 後から師匠が話してくれたが、師匠は一度だけ一緒に来ないかとアイシェを誘っていた。それでも、アイシェが残ったのは軍を抑える意味もあったのだ。

「それでさ……アリア」

「ん?」

「お前、ランク5になったのか?」

「うん」

 ジェーシャが何度も私を見ていたのはそれか。

 私はようやくランク5になり、戦闘力で幻獣のネロに追いついた。ネロは追いつかれて何故か機嫌を良くしていたが、ジェーシャからすれば、この間まで同格だった相手に先を越されたようにも感じたのだろう。

 上がったのは【短剣術】だが、ダンジョンでの暗殺戦で【探知】もレベル5になっている。【異常耐性】まで上がったのは、この砂漠に来てからの戦いがそれだけ過酷だったからだろうか。

「『うん』、って軽いね……無愛想弟子。師匠の戦闘力も追い抜かしたんだから、ちょっとは喜びなっ」

 呆れたような顔で師匠はそう言うけど、私は静かに首を振る。

「ダメ。まだ足りない」

 そう呟いた私に師匠とジェーシャが呆れた顔をする。でも、あの子に勝つためにはもう一つ〝何か〟が必要なんだ。

「師匠……考えている技がある」

 私がそう言って軽く概要を説明すると、それを聞いた師匠が目を大きく見開いた。


   ***


 私たち四人がレースヴェールに入ってから十日が過ぎた。

 ここまではかなり順調に進んでいる。中心部に近づくほど強力な魔物が現れるが、ランクの高い魔物ほど個体数は少なく、それほど脅威でもなかった。

 それでも種族として群を作る魔物も存在する。オーガの上位種らしきランク5の魔物が複数のオーガを率いて現れたが――


「――【兇刃の舞(ダンシングリパー)】――っ!」

『ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』

 兇刃の八連撃がオーガの上位種を襲い、その身体を切り刻む。上位種は咄嗟に魔物素材で作った歪な大剣で急所を外すが、それでも下がった瞬間。

『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 ネロの爪で首を切り飛ばされて、あっさりと命を散らし、その断末魔の悲鳴を聞いた配下のオーガたちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


 ランク5の魔物でも同じランク5の私とネロでやれば怖い敵ではない。油断できる相手でもないが、私とネロが前に出て、ジェーシャに師匠の護りをしてもらい、師匠の魔術で配下を牽制すれば複数の相手でも対応できた。

 だが――

「……マズいな」

「ああ」

 敵がいなくなって前に出てきてそう言ったジェーシャに、私もそれを肯定する。

 私たちが通ってきた道は遺跡の中でも魔物出現率の低い、魔族が軍を通すために使っている道だ。師匠もそれが分かっているからこそ、ここを通ってきた。

 だが、中心部に近づいて魔物の数が多くなっている。オーガのような群れで動く魔物もいるが、そのオーガも向こう側から〝追い立てられた〟ように感じた。

 まるで、カトラス方面にいる強大な存在が、こちらに向かっているかのように……。


「来たようだね……」

 ――是――


 遙か前方に土煙が舞っているのが見えた。それからすぐに巨大な物が蠢くような地響きも感じた。

 複数の鎧竜の群。その上に乗る黒い鎧を着た者たちは……魔族軍だ。彼らがただ引き上げてきたのではないことは、肌に感じる殺気で理解できた。

 私たちの背後から追ってくる敵がないことからアイシェは砦の軍を上手く抑えられているのだろう。でも、抑えきれなかった一部がカトラスの駐在軍へ知らせた。

 大部分の魔族軍はアイシェが砦に戻るときに撤退をしているが、それでもカトラスを確保しておくため、軍の一部を残している。

 数自体は五十人もいないはずだ。だが、問題はその数じゃない。

 その後ろから現れ、膨大に舞い飛ぶ砂塵の中に浮かぶその影を私は知っている。


「……地竜(ドラゴン)……」


『ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』



ついに立ち塞がる最強の幻獣、ドラゴン!

戦うアリアの前にとある人物が現れる。


次回、ドラゴン戦! 前編

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― 新着の感想 ―
ドラゴンくん、再臨! まだこんなとこにいたのか、キミ!? 魔族軍に唆されて来ただけなんだから、とっくに何処かに行ってしまったものかと思っていたよ。 その膨大な経験値をくださいな❤
[一言] ドラゴン(踏み台)戦!
[気になる点] あの子に勝つためにはもう一つ〝何か〟が必要なんだ。 精霊に与えられた灰かぶりから、月の薔薇になるって感じですかね
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