191 願いの果てに 4
ダンジョン戦決着
「カミール様っ!」
何者かに腹を刺されたカミールが血を吐きながら崩れ落ち、イゼルの悲鳴がダンジョンに響く。ジェーシャとカドリが武器を構え、離れていたダウヒールたちもその異様な〝殺気〟に身構えた。
「アイシェ!!」
毒針を受けて膝をついた師匠が、カミールの背後にいた人物を見て声をあげた。
アイシェ? あれも〝願い〟の強さから精霊に呼ばれていたのは理解できるが、その様子は異常だった。目が充血したように真っ赤に染まり、まるで錯乱したように唸りをあげて、師匠とその側にいる私へ憎悪に染まった瞳を向けている。
アイシェの全身を取り巻くあの異様な魔素は……。師匠もそれに気づいて呻くように声を漏らす。
「お前、まさか……」
「あああああああああああああああああああっ!!」
突然叫びをあげたアイシェが、何かに耐えるように、再び折れた剣を倒れたカミールに振り上げた。
「っ!」
ガキィンッ!!
身構えていた私が飛び出し、全速で繰り出したブーツの刃と折れた剣がぶつかり火花を散らす。
「お前がぁああああああああああっ!!」
「!?」
振り下ろす途中という半端な体勢で受けたにも拘わらず、アイシェは片腕の膂力のみで私を弾き飛ばした。
私は飛ばされながらも、宙を蹴る動作で体勢を変えながら分銅型のペンデュラムを振り下ろすが、アイシェはそれを片腕で受け止め、さらに折れた剣を振るってくる。
ギィンッ!!
「っ!」
私も咄嗟にダガーで受けるが以前とは違うその威力に再び吹き飛ばされる。
だが、アイシェをカミールから引き離すことはできた。視線だけをカドリに向けると彼はそれを瞬時に理解してカミールの回収に動き出す。
分銅を受けてへし折れたアイシェの腕が瞬く間に再生する。それだけではなくアイシェの腰辺りから先ほども受けた毒針が無数に放たれた。
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
私とアイシェの間に割って入ったネロの【斬撃刺突耐性】が針を弾き、鋭く鞭のように放った触手が剣で受けたアイシェを退がらせる。
どうして彼女が針を使う? アイシェが戦いで針を使った覚えはなく、針を使っていたのはあの老人――エルグリムだったはずだ。
「人族の娘!! 其奴、〝呪術〟を使っておるぞ!」
背後から呪術師シャルルシャンの声が響く。あの魔素の色はやはりそうか。だが、呪術師でもないアイシェがどうやって呪術を使った? 妖魔氏族が使っていた強化系の呪術のようだが、初めから身体に仕込んでいたのか?
それをしたのはエルグリムかと考えたが、その推測はアイシェ自身に否定される。
アイシェの腰の後ろ……先ほどの毒針が放たれた辺りで、見覚えのある〝首〟が揺れていた。
「エルグリム……」
アイシェが持っていた生首は、姿が見えなかったエルグリムだった。
エルグリムはアイシェに殺されたのか? でもどうしてエルグリムを殺した?
これまでのことから考えると、『選定の儀』という殺し合いの中でも、アイシェと魔導氏族は敵対しているようには思えなかった。
でも、エルグリムの首、アイシェの状況、それに〝呪術〟が関わっていることで、私が受けた師匠の授業とあの女の〝知識〟が混ざり合い、一つの仮説を導き出した。
「……〝蠱毒〟か」
そのままの意味じゃない。蠱毒とは、複数の獣や虫を一カ所に閉じ込め、共食いさせることで憎しみや怨念を最後の一体に凝縮させる呪術だ。
どのような経緯でそうなったのか想像もできないが、アイシェが殺害したエルグリムを呪術で取り込むことによって、それに近いことが起きているのではないだろうか。
「……くっ」
色は見えなくても師匠も察していたのか、呻くように呟き立ち上がろうとするが、おそらくエルグリムが使う毒を受けたであろう師匠は、戦える状態ではなかった。
その師匠や回収できたカミールを護るようにジェーシャが前に立ち、シャルルシャンやダウヒールも自分の得物を構えて警戒する。
そうか……。師匠の態度から察するに、アイシェが魔族国に残してきたという師匠の妹なのだろう。なら、私がすることは決まっている。
「師匠……カミールをお願い」
「アリア!」
師匠の声を背に受け、私はアイシェのほうへと向かう。
『ガァアアアアアアアアアアア!!』
「あああああああああああああああああああっ!!」
こちらに向かおうとするアイシェをネロが牽制するように止めていた。いや、ネロでも留めておくことしかできなかった。
【アイシェ】【種族:闇エルフ♀】【ランク5】
【魔力値:――/290】【体力値:――/330】
【総合戦闘力:――(呪術強化中:3364)】
【状態:呪い】
「交代だ。ネロ」
ガキィインッ!
二人の戦いに割り込み、アイシェの折れた剣にナイフをぶつけるように受け止める。
ネロは不満そうにしながらも獲物を譲ってくれた。そして私の姿を見留めたアイシェは即座に私へと目標を変える。
「桃色髪の女ぁあ!!」
風切り音が唸るほどの斬撃を振るい、私は幾つかの【影攫い】をばら撒きながらそれをギリギリで回避すると、それを隙とみたアイシェが飛びつくように襲いかかってきた。
私とアイシェでは戦闘力に倍近い開きがある。アイシェの命を削ったその力は、たとえ【鉄の薔薇】を使ったとしても互角にはならない。
でも――
ガンッ!!
「うがぁ!?」
私は即座に【影攫い】から分銅型のペンデュラムを放ち、足先で糸を絡め取るように蹴りつけ、アイシェの側頭部へ分銅を叩き付けた。
力で及ばないのなら力で対抗する意味はない。だから私はこれまでのすべてを込めて技と心で対抗する。
互いに弾き飛ばすように距離を取り、再び武器を構える。正気を失っていても私から何かを感じたのか、アイシェは獣のような唸りをあげながら警戒し、血走った目で私を睨めつけた。
私は退くつもりはない。師匠とアイシェが姉妹だとしても、だからこそ、もう師匠に戦わせるわけにはいかなかった。
「決着をつけよう……アイシェ」
ダンッ!!
同時に石床を蹴るようにして矢の如く飛び出し、すれ違い、交差するように互いの刃が相手の肩を浅く斬り裂いた。
アイシェの剣が折れているのでギリギリだが戦える。それでも、すべてのステータスで劣っている私は一瞬の隙が致命傷になるだろう。
肩から飛び散った鮮血が地に落ちる前に反転して再び攻撃を繰り返す。盾をなくしたアイシェが振るう鉤爪の攻撃を私は仰け反るように躱し、糸を蹴って軌道を変えた斬撃型のペンデュラムがアイシェの脇腹を斬り裂いた。
「ああああああああああっ!」
それでもアイシェは構うことなく折れた剣を振るう。振るわれる剣先が、振るわれる爪が、私の頬を切り、肩を裂き、手甲に深い傷を刻みつけた。
このままでは押し負ける。私は揺らぎそうになる精神を心の奥底に沈め、全身から無駄な属性魔素を取り去り、魔力の純度を高めた。
「――【幻影】――」
省いた魔素を吐き出すように幻影を作り出す。だが、姿を映す余裕はなく、ただの黒い影など目眩ましにもならないが、私はあえて【幻影】を操作せずに私の動きだけを追わせた。
「ぬうああ!!」
私に追従する幻影が私の姿をブレさせ、折れた剣が目測を誤るように空を切る。
師匠には既存の魔術を身に纏うオリジナル魔術があり、本来なら攻撃魔術を身に纏い近接の防御と攻撃力を底上げする魔術だが、攻撃魔術を持たない私はそれを使うことができなかった。
今使った戦術は、その魔術を私なりに使えるように考えたものだが、その利点は相手が気配で探る達人ほど効果がある。
純度を高めた魔素が私の身体能力を高めてくれる。腕だけではなく足を使って四つのペンデュラムを操り、攻撃を躱しながら反撃する。
これほど戦闘力の差があり、アイシェが正気だったら、私はその攻撃を捌ききれなかっただろう。ついに旋回する斬撃型と分銅型のペンデュラムがアイシェを掠め、それに一瞬気を取られた彼女の背後から、旋回する刃鎌型のペンデュラムが振り抜かれた。
ガキィン!!
「!?」
振り下ろされた刃が、宙に浮かぶエルグリムの頭部で食い止められた。
なぜ動く? 警戒して飛び下がる私に宙に浮かんだエルグリムの生首が、歯を鳴らすように声を出す。
――殺せ――殺せ――
その声を発動ワードにして、エルグリムの生首から【火球】が放たれた。
「――【魔盾】――っ!」
あれ単独で魔術が使えるのか!? 私は横に飛び避けながら【魔盾】を展開して威力を防ぐ。
『アリア!』
師匠やジェーシャの声が響き、私は炎の残滓を転がることで消しながら、距離を離して身構えた。だが、あると思った追撃はなく、目を凝らせばエルグリムの首がまだ何かを語っていた。
――殺せ――殺せ――魔族のため――アイシェ――セレジュラ――許せ――……
「…………」
「エルグリム……」
師匠の掠れた声が私にも届く。私はアイシェが私への恨みでエルグリムを殺したのだと思っていた。でも……たぶん違う。
おそらくは死の淵にあったエルグリムが、自分の命を使ってアイシェに呪いをかけたのだ。恐ろしいほどの執念だが、その声からは憎しみよりも悲哀が感じられた。
師匠が話していた〝自分の師匠〟とはエルグリムのことなのだろう。
エルグリムは彼なりに魔族のことを第一に考えていた。たとえそれで、自分が育てた師匠やアイシェに恨まれたとしても……。
「来るな」
私は加勢しようと近づこうとした、ジェーシャやダウヒールたちを止める。
「こいつは私が止める」
私が飛び出すと動きを止めていたアイシェが再び動き出す。
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
アイシェとエルグリムの首が同時に叫びをあげて、エルグリムが口から毒針を撃ち出した。私は師匠が編んでくれたショールを広げて針を受け止めながら、宙に放り投げた黒いダガーを分銅型のペンデュラムで絡み取り、二つの重さでアイシェに叩き付けた。
バキィンッ!!
その一撃で限界に達したアイシェの剣が根元から折れる。すかさず放った汎用型のペンデュラムをエルグリムの首が受け止め、剣を失ったアイシェは飛び下がって落ちていた何かを拾い上げた。
『――【解封】――ッ!』
アイシェが掴んだのはカミールが落とした彼の魔剣だった。
短剣である二本の魔剣を扱えるほど、アイシェに【短剣術】スキルがあるか分からない。だが、あの魔剣にはそれを補う能力がある。
たとえ正気を失っていても戦士としての本能が、アイシェにそれを使わせた。
『――【兇刃の舞】――ッ!』
アイシェとエルグリムが声を上げ、短剣技レベル5の戦技【兇刃の舞】が発動する。
左右から繰り出される怒濤の八連撃。今のアイシェなら私を一瞬で粉々にできるほどの威力があるはずだ。
私は黒いダガーを引き戻して黒いナイフと共に両手に構える。
何度も見た。この身にも受けた。思い出せ、その動きを。刃の軌道を。目を凝らせ、私はこの技を知っているっ!
思い出せ。カミールとの戦いを。カルラとの戦いを。
私はここで高みに登る。できなければ死ぬだけだ。でも私は――
〝生きる〟!!
「――【兇刃の舞】――っ!!」
両腕から迸る魔力が二つの姉妹武器に伝わり、まるで最初から一つだったように八連の斬撃を繰り出した。
キンッ! ギィンッ!
刃を刃が迎撃する。私を超える威力の斬撃を受け流し、複数の斬撃を一振りで流し、速度を増した私の斬撃音が一つに重なり――
キィイイインッ!!
黒いナイフの一撃がエルグリムの怨念ごとその首を縦に両断した。
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
重なった二つの断末魔の悲鳴が響いてエルグリムの首が消滅し、アイシェの身体が吹き飛ばされるように崩れ落ちた。でも――
「……ぐっ……」
アイシェはまだ生きている。【兇刃の舞】のダメージよりも、呪術を受けていたせいで身体がボロボロになっているのだろう。
もうアイシェの身体には呪術の魔素は消えている。呻いていたアイシェの瞳に徐々に理性の光が戻ると、信じられない物でも見るような目を私へ向けた。
「……貴様……情けを……かけるつもりか……」
今までにやったことを覚えているのか、憑き物が落ちたようなアイシェの瞳が、何かに耐えるように揺れていた。
「勘違いをするな」
私は殺気で威圧しながらもダガーとナイフを仕舞い、落ちていたショールを巻いて彼女に背を向ける。
「お前が死ねば師匠が悲しむ。……それだけだ」
【アリア(アーリシア)】【種族:人族♀】【ランク5】1Up
【魔力値:69/350】10Up【体力値:97/280】10Up
【筋力:11(16)】1Up【耐久:10(15)】【敏捷:18(27)】1Up【器用:9】
【短剣術Lv.5】1Up【体術Lv.5】【投擲Lv.4】
【弓術Lv.2】【防御Lv.4】【操糸Lv.5】1Up
【光魔法Lv.4】【闇魔法Lv.4】【無属性魔法Lv.5】
【生活魔法×6】【魔力制御Lv.5】【威圧Lv.5】
【隠密Lv.4】【暗視Lv.2】【探知Lv.5】1Up
【毒耐性Lv.3】【異常耐性Lv.4】1Up
【簡易鑑定】
【総合戦闘力:2110(身体強化中:2709)】544Up
選定の儀が終わり、ついにアリアがランク5になりました。
……長かった。これのためにカミールに魔剣を持たせましたが、ここまでかかるとは。
でもこれで魔族編が終わったわけではありません。
帰るには最後の敵が待ち構えています。
セレジュラとアイシェはどうなるのか? 続きはまた来週!
追記。実は書籍化作業のため昨年から週1更新にしてましたが、第二巻やコミカライズなどの作業があってまだ週1更新が続きますのでご了承ください。