187 選定の儀 その10 三つ巴 後編
後編です
シャルルシャン……。呪術を扱う妖魔氏族の族長でランク5の戦士が、突如この場に現れた。
「娘御よ。其方、我らが手の者を随分と殺してくれたようね。まるで血の跡で私を誘っているのかと思ったわ」
「…………」
殺した跡を追われたか。ダンジョン内では魔物が死体の処理をしてくれるとはいえ、限界もある。
【シャルルシャン】【種族:闇エルフ♀】【ランク5】
【魔力値:354/380】【体力値:197/210】
【総合戦闘力:1611(身体強化中:2097)】
「貴様か……。我が戦いの邪魔をするのなら貴様から殺すぞ」
大剣を構えたまま、私との戦闘を仕切り直すようにダウヒールが一歩下がって、視線と共に威圧を放つ。
「私はそれでもかまわぬが……。それではその娘御に利するだけの結果になりそうね」
シャルルシャンはダウヒールの放つ威圧と殺気の中でも顔色一つ変えず、視線だけを私へ向けた。
……読まれているな。豪魔と妖魔で乱戦になれば私にも勝利の目が見えてくると考えていたけど、シャルルシャンは逃がしてくれる気はなさそうだ。
「あくまで邪魔をするか。だが、どちらにしろ貴様とは元より競い合う敵同士よ。貴様も小娘もその首を取って、殊勲とさせてもらおう」
「できるの? お前に。よいでしょう。それは我らも同じこと。貴様らに殺された我が戦士の分も含めて、娘御と同様に相手をしてあげましょう」
二人の言葉が終わると同時に、豪魔妖魔双方の戦士たちから殺気が迸る。
結局は乱戦だが、私へ向けられている殺気はいささかも衰えていない。豪魔氏族にしてみれば族長の手前今まで手を出せなかった相手であり、妖魔氏族にしても戦士たちは仲間を殺された恨みもあるだろう。
下手をすれば両方の氏族を同時に相手をする必要が出てきた。
「では……行くぞ!!」
石床を蹴るようにして飛び出したダウヒールがまず最初に狙ったのは私だった。
私との決着を優先したのか、それとも私の命をシャルルシャンに取られることを嫌忌したのか分からないが、初めから身構えていた私は仰け反るようにして背転しながら、翻したスカートの隙間からナイフを抜いて投擲した。
「舐めるなっ!」
ダウヒールは投げナイフを避けることすらせずに額の鉢金で受け止め、速度を緩めもせずに突っ込んでくる。
横薙ぎに振るわれる剛剣の一閃。掠めるだけでも死が見える、その剣の軌道を飛び越えるように宙へ飛び――
「ぬおぉおおおおおおお!!」
雄叫びを上げたダウヒールの筋肉が盛り上がり、腕の毛細血管から血を噴き出すようにして軌道を直角に変えた。私はその剣閃を宙を蹴り上げる動作で躱すと、放っておいた分銅型のペンデュラムを振り下ろす。
ガキンッ!!
ペンデュラムが首を逸らしたダウヒールの鉢金を弾き飛ばし、微かな鮮血が舞う中で牙を剥き出すように笑うダウヒールの筋肉と気迫が再び膨れ上がった、その瞬間――
「――『腐れ落ちよ』――」
「「――っ!」」
様々な属性が歪に入り混じった極彩色の魔力が迫り、それを目で〝視た〟私が刃鎌型のペンデュラムを壁に引っかけるように避け、ダウヒールも直感でそれを躱すが、私の逃亡を防いでいた豪魔戦士の一人が全身に〝呪術〟を浴びて、悲鳴をあげる間もなく腐り果てた。
「よく躱した」
「シャルルシャン!!」
上から下を讃えるような物言いにダウヒールが吠えると、妖魔戦士と睨み合っていた豪魔戦士が一斉にシャルルシャンへ向かい、それを妖魔戦士が迎え撃つ。
「人族の女っ!!」
私のほうへ向かってきた妖魔戦士が、両手で魔術を用いて、生み出した炎と氷の槍を同時に撃ち出した。
「――【魔盾】――ッ!」
瞬時に生み出した魔盾で炎を防ぐが、氷の物理干渉力が合わさり魔盾を砕く。
「セダの敵だ、死ねぇえ!」
そう叫んだ妖魔戦士が両手を突き出し、カルラの得意とする【竜砲】を放とうとしていた。
セダとは、私が倒した双子の片割れか。仲間の敵――理解はできるがお前に倒されてやるつもりはない。
そして――
「邪魔だ、ダウヒールっ!」
「その言葉、そのまま貴様に返すぞ、シャルルシャンっ!」
私の視界の隅では、ダウヒールとシャルルシャンが刃を交えていた。
大剣を振るい恐るべき速さで肉薄するダウヒール。だが、シャルルシャンもダウヒールの間合いに入ろうとはせず、魔族と関わったグレイブが使っていた『鋼の糸』を使って応戦する。
「――【竜砲】――ッ!」
妖魔氏族の戦士から放射状の炎が撃ち出され、私は魔盾を用いて受けるのではなく受け流して、大半の威力をこちらへ近づいていたダウヒールへ向けた。
「ぬっ!!」
ダウヒールは咄嗟に大剣の魔力で炎を打ち払う。そのままの勢いで突っ込んできたダウヒールはそれを放った妖魔戦士を、肩から腰にかけて一撃で両断した。
私は避けきれなかった火を【流水】で消してダウヒールに身構えると、横手から殺気が膨れ上がる。
「下がれぇえ!!」
配下を殺されたシャルルシャンが眉尾をつり上げ、小さなナイフを自分の手の平に突き刺した。
その声を聞いた瞬間、妖魔戦士たちが飛び下がり、私はそれを見て、自傷することで発動させた『賢人』の呪いを思い出す。
「『滅びろ』っ!」
〝血〟と〝自傷〟を媒介として、シャルルシャンの呪術が発動した。血煙のような真っ赤な霧が広がり、私は目に映るドブ色の魔力を『猛毒』だと推測した。
これを受けたらマズい。対価と発動速度から判断して即死するほどの毒ではないのだろうが、体力値が減っている今の私が受ければ致命傷になりかねない。
それはダウヒールも理解したのだろう。彼は配下たちを庇うように前に出て、大剣を背後へ大きく振りかぶり――
「――【地獄斬】――ッ!!」
5レベルの大剣戦技、【地獄斬】の四倍撃が撃ち放たれた。
「くっ」
大剣の戦技、呪術の毒、どちらへ避けてもどちらかに巻き込まれる位置にいた私は、瞬時の判断が迫られる。
どちらがマシか。どちらでも同じだ。一瞬でそう決めた私は避けるのではなく戦技を放って隙ができるダウヒールに向けて踏み出そうとした寸前、ダンジョン内に獣の咆吼が響いた。
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
雷の紫光を纏う漆黒の影。暴風の如く疾走するその獣は、呪術と戦技が吹き荒れるただ中に飛び込み、その中にいた私の身体を体当たりで吹き飛ばした。
十数メートルもある城壁から飛び降りたような衝撃が私を襲う。でも、お前なら分かっているのでしょ?
咄嗟に身体を浮かして両足の裏で受けるように飛ばされた私は、十メートル近くも宙を舞い、予想通りの地点に着地した〝獣〟の隣に申し合わせたように舞い降りた。
「……ネロ」
『ガァ』
私がその名を呟くと巨大な漆黒の幻獣、ネロが私を瞳に映して微かに口の端を笑うように上げた。
ランク5の上位である幻獣の出現にダウヒールは眉間に皺を寄せ、シャルルシャンが目を見開いたまま警戒する。
そうか……お前が来たのか。すでに懐かしさも感じるし、喜びもある。でも私たちの間に多くを語る意味はなく、ただ私は隣に立つネロの背中に軽く指先で触れた。
「行けるな?」
――是――
反撃だ。ネロが黒い疾風のように飛び出し、その触手と私の左腕が絡み合う。
突然現れた幻獣に戦士たちが浮き足立ち、正面にいた運のない豪魔戦士の一人をネロが砲弾のように弾き飛ばすと、即座に我に返ったダウヒールが切り込んできた。
「獣風情がっ!!」
ダウヒールならネロとも渡り合えるだろう。だが、戦技を放ったばかりで次の戦技をすぐに撃てないダウヒールの選択肢は狭められた。
「なっ!」
「ハァアアア!!」
ネロが急制動をかけたことで投げ出された私がダウヒールに迫り、ダウヒールも即座に応戦するが、戦技がないのなら大きく避ける必要もない。
刃を掠めるように避けて、大剣の魔力でスカートに新たな裂け目が増える。その脚でダウヒールに蹴りを放ち、ダウヒールがそれを肘で受け止めた瞬間、それを軸として回転しながら黒いダガーで彼の肩を貫いた。
「小娘っ!!」
力に力で対抗しない。魔術に魔術でぶつからない。
力と速度に勝るネロがシャルルシャンを攻撃して、私は真正面からダウヒールと対峙した。
「おのれ!」
シャルルシャンがネロに鋼の糸を放ち、ネロの毛皮で弾かれる。
ネロの触手から雷の火花が散り、シャルルシャンの呪術を阻害すると、彼女は再び手の平を傷つけ、奥の手であろう肉体強化をするべく瞳を竜のように変えた。
そして戦闘狂のダウヒールも堪えきれないように笑みを浮かべ、力任せに振り回された腕にダガーの切っ先を引き抜かれた私は、大剣の間合いを取られる前にさらに前に出て、短剣の戦技を放とうとしたその時――
「「「!?」」」
突然、ダウヒールやシャルルシャン、それだけではなく私やネロの足下にも光る魔法陣が出現してその光が私たちを包み込む。
これは……転移魔法陣!?
***
『このダンジョンの最下層へ候補者が辿り着いた。故に資格ある者たちを召喚する』
突如現れた転移魔法陣。
聞こえてきた〝ダンジョンの精霊〟らしき者の声。
次回、それが求めるものとは。