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乙女ゲームのヒロインで最強サバイバル 【書籍化&コミカライズ&アニメ化企画進行中】  作者: 春の日びより
第二部学園編【鉄の薔薇姫】第三章・魔国の戦鬼

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186 選定の儀 その9 三つ巴 前編

宵凪海理さまからレビューをいただきました。ありがとうございます。

今週もなんとか間に合ったので、前後編の二本立て。



「……なんだ?」

 豪魔氏族の戦士の一人が微かな違和感にダンジョンの天井を見上げた。

「シャオ殿、何かありましたか?」

「……いや」

 部下の一人の言葉に、シャオは何かに警戒しながらもゆっくりとかぶりを振る。


 豪魔氏族は戦士の民だ。強さを尊ぶ魔族の中で最もそれを体現し、信仰の如く強さのみを信じて己を鍛えあげた。

 だがそれ故の弊害もある。この選定の儀に選ばれた戦士たちも元は併合された小さな氏族の民であり、シャオは自分を打ち破って上と認めたダウヒールの命令に従ってはいても、常に下剋上を狙っていた。

 この『選定の儀』においても、各々の戦士たちはダウヒールと行動を共にせず、ダンジョン内で合流した自分の部下のみを引き連れ、あわよくば自分が魔族王となることを目論んでいた。

 ただの戦士ならバラバラに動いては他氏族の格好の的となるだけだろう。だが、豪魔氏族だけはそれが許される。

 戦士本人の強さもあるが、引き連れた同氏族の家族ともいえる部下たちとの絆や、氏族全体の練度の高さが戦士単位の少数行動を可能にした。

 彼らを襲っても並の戦士や襲撃部隊程度では返り討ちになる。それが分かっているからこそ他氏族の襲撃部隊も慎重になっていたのだが、それを気にもとめない者がいた。


「シャオ殿、あれを!」

 初老に近い配下の一人が通路の前方に倒れた人影を見つけた。

「どこの氏族だ? 妖魔か? それとも軍の連中か?」

「おそらくは妖魔氏族かと。ですが、これは……」

 あまりの血臭に歴戦の豪魔氏族の者たちでも顔を顰める。

 倒れていた者たちは全員が魔族の闇エルフで、見える範囲にいるのは六人ほどだが、全員が急所を一突きで殺されているか、まるで毒でも盛られたように苦悶の表情で事切れていた。

「シャオ様、この男はまだ動いていますっ」

 死体を検分していた若い魔族が、奥に倒れていた男を見つけて声をあげた。

「うむ……」

 それを聞いたシャオは殺され方の割に血が流れすぎていることや、まだこの近くに敵がいることを考え、自ら誰に倒されたのか問い糾そうと前に出たところを、初老の戦士が笑いながらそれを止める。

「お任せくだされ、シャオ殿! 人族の戦争からこの手の拷問は得意でしてなっ」

 おそらくは四百年以上生きている、シャオが子どもの頃から戦争に駆り出されていた老戦士の言葉にシャオは溜息のように笑みを零した。

「やり過ぎるなよ」

「お任せあれ!」

 老戦士は自分が生きている間に『選定の儀』が始まったことで、大氏族長ダウヒールではなくシャオを魔族王にしようと、必要以上に張り切っていた。

 シャオは先ほど感じた、大気に薄くのばした殺意のような〝嫌な予感〟を考えすぎたと思い直し、信頼する配下に任せることにした。


「ひゃははっ、おとなしく喋れば、楽に殺してやらんでもないぞっ!」

「――――」

 どう見ても〝死体〟にしか見えなかったが、その蛮声に微かに蠢いたことで、老戦士が魔族の胸元を抉った傷跡を蹴った瞬間――

 ボンッ! と傷口が爆ぜ、砕けた武器の破片のような物が飛び散った。


「――ぎゃあああああああああああ!?」

 間近で顔面に破片を浴びた老戦士は即死して崩れ落ち、もう一人の配下が顔面や手足に破片を受けて悲鳴をあげる。

 シャオや他の配下がそれに反応しようとした瞬間、ひときわ大きな死体の陰から飛び出した細身の人影が放った矢が、駆け寄ろうとしていた配下の目から脳まで貫いた。

 一瞬で起きた惨劇とその人影にシャオが目を見開く。

「貴様は!?」


 破裂した〝罠〟は、戦いで砕けた武器の破片と【流風(ウィンド)】を、小さな闇魔術の閉鎖空間に圧縮した物だ。圧縮に時間はかかるが、相手が油断をしているなら充分な殺傷力があるその罠を敵に仕掛けたアリアは、糸で死体を動かしながら、他の死体の陰で敵の血に塗れて隠れていた。

 アリアは最初の一撃で一人を殺し、そのまま悲鳴をあげている男の喉を黒いナイフで斬り裂くと、そこでようやく我に返ったシャオが薙刀のような片刃の槍を振りかぶる。

「おのれぇええええええ!!」


 シャオが感じた〝嫌な予感〟は正しかった。だが、長期間に及んだ陽の差し込まないダンジョン探索はシャオが思う以上に精神を摩耗させ、判断を鈍らせた。

 シャオの戦闘力は1300で、いかにランク5に近いランク4の上位だとしても、奇襲に対処できる冷静さを欠けば戦力は激減する。


「――【幻痛(ペイン)】――」

「ぐぁあああああああ!?」

「なっ!?」

 アリアの放った【幻痛(ペイン)】は初見殺しであるが、高ランクの相手は耐える場合がある。だからこそアリアは、ただ一人残っていた若い魔族を狙った。

 奇襲され、家族に等しい者たちを殺され、たった一人残された配下を狙われたシャオはマズいと思いながらも、意識をそちらに向けていた。

「――っ!」

 シャオがアリアの姿を見失う。次の瞬間、身を摺り合わせるほどの距離まで接近されたと気づいたシャオは、胸元に飛び込んできた〝影〟を視認する前に、直感だけで槍を回転させて打ち払った。

「――が!?」

 打ち払われた【幻影(シャドウ)】が砕け散り、シャオの背後から黒いナイフが喉を掻き切るように斬り裂き、その意識は闇の中に消えていった。


   ***


「――【浄化(クリーン)】――」

 ランク4の戦士を倒し、最後の魔族を倒した私は、罠に使っていた敵の血糊を消しておく。

 吸血鬼の族長を倒した私は、あれからダンジョンの奥へと潜って、遭遇する少数の敵を狙って排除を繰り返していた。これまでに四人の戦士と三つの襲撃部隊を潰しはしたが、遭遇する敵も減ってきたので戦局は終盤に来ていると感じた。


 少量の塩と栄養補給の丸薬を口に含み、【流水(ウォータ)】を使って水分を補給する。

 二週間程度ならまともな食事もいらない。睡眠も小まめに数分ずつ取っていれば熟睡する必要もない。

 他の人たちにとっては違うかもしれないが、私にとってはこれまでの延長だ。でも、さすがに物資は尽きはじめている。クロスボウの矢は残り数本。投げナイフも敵の暗器を奪ってはいるけど、投げて回収できなかった物も多い。

 残っているポーション類も、体力回復ポーションと魔力回復ポーションが一つずつだけで、毒はもうほとんど残っていなかった。

 あと少し……。カミールたちが無事にダンジョン最奥に辿り着くまで、私は敵の目を引きつけておけばいい。かなり分の悪い賭けだが、今の私たちが勝つにはそれしか方法はなかった。

 ……でも、そろそろ遊撃(ゲリラ)戦も限界か。

「出てこい」


 私がそう呟きを漏らすと、私を取り囲むように気配が感じられ、通路の奥から強烈な威圧感を放つ巨躯が姿を見せる。


「ようやく見つけたぞ、小娘。我らの手の者を殺していたのはお前だな?」

「ダウヒール……」


【ダウヒール】【種族:闇エルフ♂】【ランク5】

【魔力値:255/280】【体力値:485/513】

【総合戦闘力:2172(身体強化中:2688)】


 豪魔氏族長、ランク5の戦士ダウヒール。魔力値による戦闘継続力だけでなく、おそらくは同ランクの魔物にさえ匹敵するステータスを持った強戦士だ。

 私が彼を呼び捨てたことで周囲を取り囲んだ者たちから殺気が溢れ、それを片手を振って止めさせたダウヒールは、背にある巨大な剣を抜こうともせずにニヤリと笑う。


「約束通り、手合わせをしてもらおうか、小娘。我らの戦士を倒せるのなら、良い戦いができると期待するぞ」

「この人たちはあなたの部下?」

 ダウヒールの言葉に、通路で倒れている戦士たちを示すと、彼は残念そうな顔をしながら微かに口元の端を上げる。

「シャオも良い戦士だったが、立場にこだわりすぎて最近は戦士としての向上心が足りていなかった。まあ、最後に役に立ってくれたのだから良しとしよう」

「そうか」

 やはりこいつは、ダウヒールが私を見つけるための〝釣り餌〟だったか。


「貴様も不憫な奴よ。まともな雇い主に付けば、その実力も発揮できるであろう?」

「今更、鞍替えする理由もないな」

「殿下が人族の血を引いているからか? 我ら豪魔氏族も強き者には寛容だぞ」

「表面の強さしか見えない男に用はない」

 私の物言いにまた周囲から殺気が膨れ上がり、今度はそれを止めることなく、ダウヒールも楽しいことを見つけたような顔をした。

「あの殿下がそれほどの者か、貴様の強さを以って確かめさせてもらおう」

「やってみろ」


 本気か冗談か分からない問答が終わるその瞬間に、抜く手が霞むほどの速さで大剣を引き抜いたダウヒールが一瞬で飛び込み剣を振るう。身構えていた私がそれを飛び避けると、振り抜かれた歪な大剣が強固なダンジョンの壁をも斬り裂いた。

「魔剣か」

「いかにも!」

 強さを補強するカミールの短剣と違い、ダウヒールの大剣は戦士が使う本物の魔剣だと感じた。あんなものと斬り合いなんてできない。そう判断した私が距離を取るためにさらに下がろうとすると、傍観していた戦士の一人が襲いかかってきた。

 戦士が振るう曲剣と黒いダガーがぶつかり火花を散らす。体格の差で私を跳ね飛ばした戦士が追撃の蹴りを放ち、私もそれに合わせるように踵で受け止めた蹴りを踏み台として、飛び越えながらペンデュラムを放とうとしたその時、追いついてきたダウヒールが剣を振り下ろす。

「逃がしはせんぞ!!」

「くっ」

 風圧で髪が数本切られながらも躱した大剣がダンジョンの床を砕く。私がそのまま横に転がり避けると、先ほどの戦士が元の位置に戻る。

 ……なるほど。彼らのいう『戦士の戦い』をするために、私の戦法を封じてきたか。

「……ふぅ」

 溜まった熱を冷ますように息を吐いて、そっとナイフを構え直した私に何を感じたのか、ダウヒールが追撃を止めて微かに片眉を上げた。


 ダウヒールは強い。でも、無敵ではない。

 戦闘力はただの目安で絶対ではない。どれだけ耐久値が高くても肌が鋼鉄のように堅くなるわけではなく、どれだけ体力値が高くても心臓を刺せば人は死ぬ。

 お前が戦士としての強さに拘るのなら、私は生きるための強さで戦う。


「……面白い」

 ダウヒールが微かに呟いて大剣を上段に構えた。大剣の大きさと重さを最大限に発揮する必殺の構えだ。

 だが、その反面、敵に躱されると致命的な隙が生じることになる、生か死かの一撃となるが、それをダウヒールは知っているからこそ、自分の力を信じて私を挑発するようにその構えを見せた。

 緊張感がその場を満たし、落ちた針の音さえ響くような静寂の中で、歴戦の戦士たちさえ息を呑む気配が伝わってきた。

「「…………」」

 つま先で床を食むようにじりじりと距離を詰め、その間合いが大剣の範囲に入ろうとしたその時、突如、極彩色のような異様な魔力がその場を吹き抜けた。


「こんな所で、あなたたちだけで愉しんでいるなんて……私も交ぜてほしいわ」


 数名の戦士を引き連れ突如現れた、豪華な衣装を纏った闇エルフの美女が、真っ赤な唇を舐めるようにして妖艶と微笑んだ。

 妖魔氏族長、シャルルシャン……っ!



豪魔氏族と妖魔氏族との三つ巴の戦いに巻き込まれるアリアに打開の道はあるのか。

例の如く、長くなったので二分割。後編は明日予定です。


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― 新着の感想 ―
死にかけ(偽)を拷問!? 年取りすぎて頭がどうにかなってるんじゃ………? シャルルシャンもダウヒールも、お互いどうにかしたいだろうから二対一にはならない………かな?
[一言] 章のタイトルが魔国の戦鬼なんだから、じいさんもシャルルシャンも、アイシェもダウヒールも全部アリアが殺していくかと思ったのに.......タルラも師匠も乱入してなんかアリアが思ったより活躍して…
[一言] 乱戦になったらアリアは勝つだろうけど そうじゃなかったらきつそう
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