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183 選定の儀 その8 アイシェ戦 前編



「ちっ……何体目だよ」

 魔鋼の両手斧を振るって血糊を飛ばしたジェーシャは、今叩き潰したばかりのランク3の魔物、雷虎を忌々しげに見下ろしながら吐き捨てるように呟いた。

「そう言うな、ジェーシャ。アリアが敵の目を引きつけてくれているんだ。その間に俺たちはできるだけ先に進むと決めただろ?」

 同じように魔剣である短剣の血糊を拭っていたカミールが諫めるようにそう言うと、カドリとイゼルが肯定するように頷き、ジェーシャは溜息を漏らした。

「……せめて、こいつらが旨ければやる気も出るんだが」

「違いない」


 選定の儀が始まってもう一週間以上経過していた。

 その中でカミールたち一行は全参加者から狙われる立場にあるが、現在まで戦ったのは魔導氏族の襲撃者だけで、まだ他氏族の戦士とは出会ってさえいなかった。

 それというのも、支援してくれる氏族がいないカミールたちは、他氏族とは違う攻略を行っていたからだ。カミールたちは敵の情報を集める斥候部隊や補給部隊もいない。砦にいる幾つかの氏族の者が王子であるカミールに物資を提供してくれたが、力関係の違いから直接手助けしてくれる者はいなかった。

 武器や防具の破損を気にしながら、食料さえもダンジョンの魔物に頼らざるを得ないカミールたちが、正面から戦って他氏族に勝つのは難しい。

 だからこそ彼らは、これまですべて『敵氏族の戦士を倒して』決着していた歴代の選定の儀のやり方ではなく、本来の決着である『ダンジョンの最奥から証を得る』方法で選定の儀の勝利を目指した。


 だがそれも平坦な道ではない。そもそも戦士の殺し合いになっていたのは、初代魔族王以外、誰もダンジョンの最奥に辿り着けなかったからだ。

 砦地下のダンジョンは他のどのダンジョンよりも複雑な迷宮と化しており、先に進めば確かに他氏族との戦闘は避けられるが、その分、絶え間ない魔物の襲撃があった。

 幸いなことにランクの高い魔物ほど出現する数は少なくなるので、カミールやジェーシャでもなんとか撃退できていたが、一週間以上のダンジョン探索で肉体以上に精神面での疲労が一同の顔に表れていた。

 魔物の肉は栄養価こそ高いがとにかく固い。少量ならともかくそれをメインの食材として一週間以上過ごすことは、野営に慣れているジェーシャですら思わず愚痴を漏らすほどだった。

 それでも一人でランク4とランク5の戦士たちを足止めして、数を減らしているアリアと比べればまだマシだろうか。カミールもジェーシャも冒険者で魔物と戦うことは慣れていても、人同士の戦いが本職ではない。


「……何か来ます」

 先頭で斥候をしていたイゼルの声音に何か切迫したものを感じて、ジェーシャが武器を構えて前に出る。

「さすがにすべて避けては通れねぇか……」

 人も魔物とは気配が違う。正確に言えば、魔物は憎しみで人間を襲わない。人を殺すためだけに人を襲うのは人間だけだ。

 カドリとイゼルを後ろに下がらせ、カミールが前に出てジェーシャの隣で武器を構えると、通路の先にある暗がりから数名の人影が現れる。


「カミール王子……貴様か。あの女はどこだ?」

 魔鉄の鎖帷子に魔鋼の部分鎧を身につけた女戦士……魔族軍将軍アイシェがジロリと睨み付けるように威圧を飛ばしてくる。

 アイシェたちがここにいるのは、選定の儀の局面が進み、各氏族の戦士たちの戦いもダンジョンの奥へと戦場を移しはじめたからだ。連れていた戦士は、他氏族との戦闘があったのか数こそ半数に減り、ここまでくれば氏族の支援も届かないが、逆に言えば、この場に残った戦士たちは、激しい戦いに生き残った真の強者と言えるだろう。


「それを聞いてどうするつもりだ?」

 そこにジェーシャが、カミールに向けられた視線を遮るように前に出る。

 戦士として雇われたからには、ジェーシャは雇い主であるカミールを護るのが仕事だが、それ以上にアリア以外眼中にないようなアイシェの態度が、戦士としてのジェーシャを苛つかせた。


「どけ、ドワーフ女。戦士の戦いから逃げ回っていた雑魚が」

「はあ? 周りの男どもに護ってもらっていたお嬢ちゃん将軍が、よく吠えやがる」

 アイシェの侮蔑にジェーシャが嘲るように煽り返す。

 自分たちごと侮蔑されたと感じたアイシェの部下たちから怒気と共に殺気が溢れ、それを剣の一振りで押さえたアイシェが牙を剥き出すような獰猛な笑みを浮かべた。

「ほざいたな、蛮族崩れの小娘が」

「はっ、嬢ちゃんじゃなくて婆かよ。自分で言ってりゃ世話ねぇぜ」

 二人の間で殺気が火花を散らし、同時に具足に包まれた足を石床を踏み砕くような勢いで踏み出した。

「……くたばれ」

「お前がなっ!!」


 ガキィイイインッ!!

 次の瞬間、魔鋼の片手剣と両手斧がぶつかり合い、ダンジョンの大気を震わせた。


「ジェーシャ!!」

 始まってしまった戦闘にカミールが思わずジェーシャの名を叫ぶ。

 戦闘は避けられなかったとしても、会話の流れ次第では決闘のようなこともできたはずだが、もうこうなってしまえばどちらかが殲滅するまで終わらない。

 アリアがいない状態で総力戦は避けたかったが、カミールは即座に意識を切り替えてジェーシャを取り囲もうとしていた戦士の足下に鎖分銅を投げつけた。

「ぬぅ!?」

 長剣を構えた戦士が咄嗟に気づいて飛び避けようとするが、躱しきれずに片足に鎖が絡みついた瞬間を狙ってカミールが魔剣で斬りつける。

 ギンッ、と体勢を崩しながらもその戦士が長剣で受ける。受けられたカミールは鎖を強く引いてさらに体勢を崩そうとするが、それに気づいたもう一人のフルプレートの重戦士が盾を構えて突っ込んできた。

「っ!」

「やらせんぞ!!」


 どちらもカミールと同じランク4の強敵。特に重戦士のほうはカミールの短剣で相手をするのは相性が悪いと即座に判断したカミールは、突っ込んできた重戦士の盾を蹴るようにしてその反動で飛び離れると、長剣の戦士に向けて魔剣の力を解放するべく振りかぶる。


「――【解……」

「ハア!!」

 だがその攻撃も、横手から異様に長い槍を振るうもう一人の戦士に割り込まれた。まるで鞭のように長槍をしならせ、縦横無尽に襲いかかる突きと斬撃に肩や腕を浅く切られたカミールは、攻めきれずに思わず距離を取る。

「……くっ」


「それが例の魔剣か……。気をつけろ」

 今の魔族王が愛した人族の娘を護るために与えた魔剣は、カミールにとって母の形見であると同時に、人族を厭う魔族にとっては忌まわしい代物だった。

 長槍の戦士が油断なくカミールの魔剣に目を向けながらそう言うと、長剣の戦士と重戦士が無言のまま頷いてカミールを取り囲む。

 アイシェの戦士は四人。全員がランク4の上位でカミールの戦闘力を超えていた。

 そのうちの一人はカドリとイゼルが抑えてくれているが、こちらの援護を期待するのは酷だと感じた。ジェーシャにしても格上であるランク5のアイシェを一人で受け持っているのだから、それだけで上出来だ。

 戦闘力で劣るカミールを三人で取り囲みながらも、戦士たちが慎重に行動しているのはカミールの魔剣のせいだ。

 アリアの【鉄の薔薇】同様、油断をすれば一気に戦況を覆される恐れがある。だがそれは、現状でカミールの魔剣でしか対抗する手段がないことを意味していた。

「…………」

 無言のまま戦士たちを牽制するカミールとしても、そう簡単に奥の手を使うわけにはいかなかった。発動には魔力を消費する。ランク5の戦技を扱えるといっても反動があり、トドメを刺す状況以外で不用意に使えば、それが致命的な隙になりかねない。


 ガンガンッ、と激しく鉄をぶつけ合う音が、無言で睨み合うカミールたちとは対照的に響いてくる。

 さすがのアイシェもランク4のドワーフ重戦士をたやすく葬ることはできない。だがジェーシャもランク5の戦士を倒すには決め手がない。

 ジェーシャだからこそ耐えられているが、カミールでは長く耐えられない。しかし、ジェーシャではアイシェを倒せず、倒すにはカミールの魔剣が必要だった。

 それを横目にカミールと戦士たちは互いに隙を窺い、研ぎ澄ました彼らの神経を逆なでするように激しい打撃音が響くと――

「交代だっ!!」

「っ!?」

 突然カミールたちの間に割り込んできたジェーシャが、長剣の戦士に向けて振り返るように斧をぶつけて吹き飛ばした。

「「っ!」」

 それと入れ替わるように剣を構えたアイシェがカミールの目前に飛び込み、咄嗟に示し合わせたように武器をぶつけ合うことで衝突を回避した二人は、体勢を崩しながらもなし崩し的に刃を結び合う。


 偶然かそれとも最初から狙っていたのか、大将二人をぶつけ合い、それを邪魔させないように残りの体力など考えずに斧を振り回して暴れ回るジェーシャが、カミールにニヤリと笑みを向けた。

 ジェーシャの戦闘スタイルでは、カミールのように同格の敵を複数相手にはできないが耐えることはできる。だからこそジェーシャはアイシェを挑発するように立ち回り、入れ替わるように戦士たちを抑えることで、カミールの一撃に懸けた。


「――【解封(リリース)】――」


 それを理解したカミールが即座に魔剣の能力を解放する。

 互いに体勢を崩していても重装備のアイシェと比べて、軽装備のカミールはわずかだが先に動けた。


「――【兇刃の舞(ダンシングリパー)】――」


 短剣術5レベルの戦技、【兇刃の舞(ダンシングリパー)】が発動し、左右の刃から繰り出された、暴風の如く荒れ狂う怒濤の八連撃がアイシェを襲う。

 アイシェもそれまで重戦士であるジェーシャと戦いをしていたせいで、防御重視から速度重視の戦闘に切り替えられていない。

「ハア!!」

 それでも片手剣と盾を振るい八連撃に対処する。だが、さしものアイシェでも戦技の攻撃をすべていなすことができずに、半分の攻撃をその身で受けた。

『アイシェ様っ!!』

 その光景に戦っていたアイシェの戦士たちが思わず声をあげ、それを見たジェーシャがかすかに笑う。人間が5レベルの戦技を受けて無事でいられるはずがない。誰もがそう常識(・・)で考えた。だが――


「……軽い」

「ぐあ!?」

 微かな呟き声が聞こえた瞬間、カミールの顔面がアイシェの盾で殴られた。

 吹き飛ばされてよろめくカミールと対照的にアイシェが立ち上がり、唇の端から零れた血を舐め取って吐き捨てると、蔑むような視線を彼に向けた。

「それで本気か? それとも貴様の限界か? その魔剣の力を完全に引き出せてはいないようだな。並の連中なら倒せたのだろうが……そんな借り物の技で私が倒せるかぁああっ!!」

「くっ」

 アイシェも確実にダメージは受けている。速度重視に切り替えられないと察してそのまま防御姿勢で受けたが、それでも本物の戦技ならアイシェはこの場に立ってはいなかっただろう。

 今は傷ついた身体よりもそんな技で自分を倒そうとしたカミールに怒りを覚えた。

 力はなくても手本となる技があるのなら、命懸けで修行をすればそれに近づくこともできたはずだ。アイシェはそうしてきた。消えてしまった〝姉〟の面影を追って、その技を命懸けで自分の身体に刻み込んだ。

 アイシェは怒りのまま力任せに剣を振るい、再度カミールを吹き飛ばす。

「っ……」

「貴様に本物の【戦技】を見せてやる」

 アイシェが盾を前に突き出し、右手の片手剣を後方に大きく振りかぶる。

 それを見てジェーシャやカドリたちが慌てて動き出すが、今度はそれをアイシェの戦士たちが押し止めた。


「――【鋭斬剣(ボーパルブレイド)】――」


 5レベルの剣術戦技から繰り出された五連撃の剣閃がカミールを襲う。

 アイシェと違い盾もなく、革鎧しか着ていないカミールに防ぐ術はない。そのまま粉々に切り裂かれるはずのカミールがそれでも受け止めようと魔剣を構えたその時――

「なにっ!」

 突然カミールの身体が横に弾き飛ばされ、アイシェの斬撃はダンジョンの床と壁だけを傷つけた。

 何が起きたのか? カミールが自力で躱せる状態ではなかった。その原因を探るべくアイシェが周囲の気配を探った瞬間、突然巨大な気配が高い天井に空いた通路から落ちてきた。


『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』


 戦士たちさえ身を震わせるような獣の咆哮。その闇が具現化したような巨大な獣は、霞むような速さで壁や天井を駆け、戦士たちをなぎ倒す。


「……私が消えれば、お前だけは真っ当(・・・)に生きられると思ったんだがね」


「っ!?」

 突然背後から聞こえたその声にすかさずアイシェが剣を振る。

 外套を纏ったその女は、横薙ぎに振られた一閃をかがむように避け、即座に放たれた盾の打撃を一歩下がって回避する。

 見るからに身体能力はアイシェどころかジェーシャにさえ及ばない。だが、当たらない。まるでアイシェの癖を知っているかのように攻撃を避けたその女は、足下を薙ぐように放たれたアイシェの蹴りを飛び避けると、空中を蹴り上げる動作で体勢を変えて、驚愕するアイシェの顎を蹴り飛ばした。


「……ば、ばかな……その技は!?」

 攻撃されたダメージよりも遙かに大きな衝撃に目を見開くアイシェの前で、外套の女が静かにフードを下ろし、その懐かしい顔にアイシェが目を見開いた。


「……姉さんっ!!」



カミールたちの危機に現れた正体バレバレの人物。

次回、アイシェの行動は?


【TOブックス様より書籍化いたします!】

書籍名『乙女ゲームのヒロインで最強サバイバル』(旧名『乙女ゲームのヒロイン【で】最強サバイバル』)詳しくは活動報告にて!

Twitterでも最新情報を津維持更新していきます。https://twitter.com/HarunohiBiyori

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― 新着の感想 ―
固い魔物肉ねぇ。圧力鍋が欲しいところだが、酒とか大根の汁に浸けといてもイケるか? 手っ取り早いのは筋切りだけど。 「姉さんっ!!」 そこには誰も気にしてくれないネロもいるんですよ。 ─寂─
[一言] ^Д^<ニイサン……。(間違え)
[一言] 書籍化おめでとうございます! twitterで書影(?)拝見しました。 アリアちゃんが想像の1000倍くらい美麗で、さすがヒロイン!!(ただしおっかない) とときめきました。 文句なしの美少…
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