182 選定の儀 その7 エルグリム戦 後編
カルラ対エルグリム戦 後編
エルグリムが放った渾身の【火球】が死にかけで笑うカルラの姿を包み込み、その荒れ狂う炎は倒れていた魔導氏族の戦士たちをも巻き込んで飲み込んでいった。
「生きている者は下がれっ!!」
この状況で叫ぶように声を上げたエルグリムに、カルラの【幻痛】を受けてもギリギリで炎を避けられた半数の戦士たちが困惑する。
「ですが、翁っ。この状況であれが生きているとは……」
「まだ炎の中に生きている戦士がいるかもしれませんっ。エルグリム様、なにとぞ救助の許可をっ!」
生き残った四人の配下が縋るような目をエルグリムに向ける。
エルグリムも彼らの思いは理解できた。彼らはエルグリムの下で百年以上配下を務めている高弟たちだ。彼らも魔導氏族の暗殺者として命を懸けてこの選定の儀に臨み、氏族のために命を捨てる覚悟も、仲間を見捨てる覚悟もできている。
だが、炎の中に消えていった戦士たちはまだ齢五十も超えていない若い者たちで、生き残った戦士たちの弟弟子であり、歳の離れた弟か息子のような存在だった。
それでなくても同じ氏族の者として強い絆がある。しかもその対象がまだ幼子だった頃から知っている者たちからすれば、助けられるのなら助けたいと願うのは当然の感情だった。
「……下がれいっ!!」
だが、エルグリムは配下たちを下がらせるために一喝した。
配下の戦士たちの言うとおり、この状況で生きているはずがない。だがそれでも、あの死人のような少女は、絶望的な状況でも生き延びて仲間たちを殺し、その事実がエルグリムの危機感に警鐘を鳴らす。
「ですがっ」
配下の中でさらに一人が異議を唱えようとしたとき、もう一人の戦士が彼の肩を掴んでそれを止める。
「かしこまりました、翁よ」
エルグリム旗下の中で最古参の男が引き下がると、他の者もそれ以上言えずに下がるしかなかった。
「――がっ」
突然その男が血を吐き、その背後から燃えさかる〝何か〟が彼の心臓を貫いていた。
『!?』
エルグリムを含めた戦士たちが、困惑しながらも燃えさかる炎の側から即座に飛び離れた。
何の気配もなかった。炎のせいで鑑定などは使える状況ではなかったが、それでもなんの生命力も感じられなかったはずだ。
「……ぬおぉおおおおおお!!」
最古参の男は、心臓を貫かれて血反吐を吐きながらも背後に向けて攻撃を仕掛ける。
その実力は魔導氏族でもエルグリムに次ぐ二番手で、ランク5である。戦闘力は1700もあり、かつて戦場で『戦鬼』と肩を並べて戦い恐れられた男の最後の命を懸けた攻撃は、剣で自分の腹を突き、敵ごと貫こうとした。
だが、その瞬間、胸から〝黒い腕〟が引き抜かれると同時に、逆側の手で鷲掴みにされた頭を背後に引かれて、炎に包まれた黒い影が膝蹴りで後頭部を粉砕する。
【――――】
【魔力値:不明】【体力値:00/00】
【総合戦闘力:1711(特殊戦闘力:4906)】
全身に黒いぼろ布を巻き付け、禍々しいまでの膨大な魔力を放つそれは、人が区別として呼ぶ魔物ではなく、本当の意味での〝魔物〟を思わせた。
その〝魔物〟の口元が三日月のような歪な笑みを浮かべた。
「かかれいっ!!」
エルグリムの声と同時に三人の戦士が武器を抜いて黒い影に襲いかかる。それを見た黒い影が人とは思えない脚力で飛び上がり、天井を蹴るようにして加速すると間近に迫っていた戦士の顎を蹴り砕き、まだ残る炎の残滓を吹き飛ばしながら地面に叩きつけて頭蓋骨を打ち砕く。
「おぬし……何者じゃ?」
「――もう忘れたの?」
わずかにくぐもった聞き覚えるのある少女の声が響き、頭部に巻き付けていた無数の茨が解けて死人のような蒼白い顔を表に出した。
明らかに異常だった。その姿も、異様な戦闘力も……。どうやってそれを手に入れたのか? どうしてここまでのことができるのか?
「ありがとう、お爺さん。もういいわ」
「……キェエエエエエエエエエエエ!!」
その言葉の意味を頭が理解するより先にエルグリムが怪鳥の如き声をあげて、無数の【氷槍】を撃ち出した。
瞬時に残り二人の戦士も複数の暗器を撃ち出すように攻めに出る。
「アハ♪」
カルラは人が不安になるような満面の笑みを浮かべて、まだ残っていた炭化したドレスを引きちぎりながら前に出る。
これまでカルラは前線に出ても、近接主体の敵の前に出ようとはしなかった。だが今は自ら前に出ると迫り来る氷の槍を素手で掴み取り、叩き付けるように他の氷と暗器を吹き飛ばした。
【魔力値:不明】【体力値:1/52】
【総合戦闘力:1711(特殊戦闘力:4906)】
「おのれ、化け物め! 【火炎槍】――っ!」
「――【竜砲】――」
戦士の一人が放った【火炎槍】にカルラが【竜砲】で応酬する。
だが、前にエルグリムが【雷撃】を【氷槍】で相殺したように、火魔術を火魔術で防ぐことはできない。
二つの火魔術はぶつかり合い、わずかに勢いを減じながらも相手を襲い、顔を引きつらせた戦士の半身を炭にした。
「アハハハハハハ!」
だがカルラは【火炎槍】の炎に焼かれながら、高らかに嗤う。
【魔力値:不明】【体力値:2/52】
【総合戦闘力:1711(特殊戦闘力:4906)】
「おぬし……何故、そこまでできる……」
「どれのことかしら?」
エルグリムが苦痛の表情で問い、カルラが揶揄するように首を傾げた。
生命力のことなら特に手品のような種はない。幼い頃から死と隣り合わせの身体だったカルラは、常に自分の魔術で体力を回復していなければ死んでいた。
その過程で0になることもあったが、死の苦痛さえ覚悟していれば、その程度で気を失いそのまま死ぬこともなかった。
そして、何故そこまで〝強く〟なれるということなら――
「あの子と最高の舞台で殺し合うために、私が〝最強〟を求めるのは間違っているのかしら?」
そして強くなった。異常なほどに。高まったその力は【魂の茨】の本質さえ我が物として真の力を引き出した。
「…………」
エルグリムはカルラがいうその〝人物〟が、あの桃色髪の少女だと理由もなくそう感じた。
かつて弟子であり、すべてをそぎ落として『戦鬼』と恐れられた者の技を受け継いだ桃色髪の少女。なぜ、人族の娘がその技を使えるのか? 戦場で死んだはずのあれがまだ生きているのか?
もしあの少女が、エルグリムのすべてを受け継がせた『戦鬼』の縁者で、その少女が魔族の敵に回るというのなら――
「あの娘は、儂の手で殺してやらんといかんなぁ……」
「ふふふ……」
エルグリムの真意は分からない。だが、自分を殺してくれる思い人を殺すというエルグリムに、カルラから満面の笑みと共に禍々しい殺気が放たれた。
「「死ね」」
エルグリムが枯れた身体から命を絞り出すように両手に【火球】を作り出す。
カルラもそれに呼応するように両手を上げて膨大な火属性の魔素を練り上げた。
通常一つすら困難なレベル5の火魔術を二つも生み出し、制御しきれぬ魔力に自分さえ焼かれながらもエルグリムがカルラに火球を向ける。
このまま相打ちになれば、レベル3の火魔術にさえ耐えたカルラでもただでは済まないはずだ。だが、どれだけ高度な魔術を組み上げているのか、カルラの魔術はまだ形を為していない。それを見て二つの魔術に分けて速度を高め、威力さえも高めたエルグリムは正に数百年を研鑽した魔導氏族の長と言えるだろう。
「このまま燃え尽きるがいいっ!!」
このままエルグリムが先に魔術を放とうとしたその時――
「――っ!」
突然、エルグリムの身体が揺れて、二つの魔術を生み出した弊害かその手に生まれた【火球】の炎が大きく揺れて、その瞬間、カルラの雰囲気が変わるように魔力の質が変化した。
「――【炎の嵐】――」
カルラを中心に極炎が荒れ狂う。
この千年以上、人類が行使することのなかったレベル7の火魔術が猛威を振るい、その中で【火球】を放てなかったエルグリムごとダンジョンの通路を際限なく焼き尽くした。
辺り一面が炎に包まれる中を悠然と一人歩くカルラは、不意に首を傾げてそっと片手を頬に当てる。
「逃がしちゃったかしら……まぁいいわ」
カルラの視線の先に焼け焦げた腕が一本だけ落ちていた。けれど、敵を逃がしたことよりも気になることがある。
全身に巻き付けた【魂の茨】の黒い茨を解除したカルラは、素足で焼け焦げた腕を踏み潰しながら、側に落ちていた一本の鋼の矢を見つけた。
小型のクロスボウに使われる短い矢だが、すべて鋼で作られた矢を使うものは限られている。
この矢は……もしかしたら、カルラが彼女の戦いに手を出したように、彼女もそうしたのだろうか……?
「ふふ……ごふっ」
突如咳き込んだカルラの口から血が零れた。
「げほ、ごほごほっ、ごふっ」
激しく咳き込み、溢れたどす黒い血がカルラの青白い胸元の肌を汚す。
「……ぁあ……せっかく気分が良かったのに」
カルラはこれも解析して身につけた【影収納】から取り出した外套を素肌に纏うと、素足のままダンジョンの奥へと歩き出した。
「ねぇ聞こえている? 早く強くなって……殺して……アリア」
【カルラ・レスター(伯爵令嬢)】【種族:人族♀】【ランク5】
【魔力値:218/590】40Up【体力値:27/52】1down
【筋力:7(9)】【耐久:3(4)】【敏捷:14(18)】2Up【器用:10】1Up
【体術Lv.3】1Up
【光魔術Lv.4】1Up【闇魔術Lv.4】【水魔術Lv.4】【火魔術Lv.5】1Up
【風魔術Lv.4】【土魔術Lv.4】【無属性魔法Lv.5】3Up
【生活魔法×6】【魔力制御Lv.5】1Up【威圧Lv.5】1Up【探知Lv.2】
【異常耐性Lv.2】【毒耐性Lv.3】2Up
【簡易鑑定】
【総合戦闘力:1711(魔術攻撃力:2566)】642Up
【魂の茨】
【総合戦闘力:1711(特殊戦闘力:4906)】
【加護:魂の茨 Exchange/Life Time】
***
カチャ……。
小さな音を立てて予備の矢を装填し、それをそのまま【影収納】に仕舞い込む。
別に何かをしたわけではない。ただ、借りを返しただけだ。
安心して……。
お前を殺すのは私だけだから。
ついにカルラが最強の座へ一歩踏み出しました。
まだ完全ではありませんが、きっと〝最高の舞台〟までに整えてくるでしょう。
そしてアリアも、それに応えるために刃を握る。
次回、カミールたちを襲う敵。それに駆けつけた者は……