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180 選定の儀 その5 吸血姫戦

今年もよろしくお願いいたします。

戦闘力の調整をしました。



「なにっ!?」

 ダンジョン内を吹き抜ける炎に、吸血鬼と出来損ないの半分近くが焼き払われた。

 突然の出来事に驚愕の声をあげるシェヘラザード。その瞬間を好機と見た私は、真横を吹き抜ける炎に沿って壁を駆け上がり〝切り札〟を行使する。


「――【鉄の薔薇(アイアンローズ)】――」


 桃色がかった金髪が燃えるような灰鉄色に変わり、魔力が満ちた全身から光の粒子を帚星のように引きながら、一瞬炎に気を取られたシェヘラザードの顔面を黒いナイフで薙ぐように斬りつけた。

「ぐああっ!?」

 両目を一気に断ち斬られたシェヘラザードが叫びをあげて後退する。痛みを感じない吸血鬼でも頭蓋骨を斬ればその衝撃が脳を揺らす。

 ここで追撃をするべきか? 否。鉄の薔薇を使い戦闘力は追いついたが、彼女は両目と脳を潰されても咄嗟に二撃目を回避した。ならば私は、必勝を期すためにまずその手足を潰す。


【アリア(アーリシア)】【種族:人族♀】【ランク4】

【魔力値:185/330】【体力値:157/260】

【筋力:10(22)】【耐久:10(22)】【敏捷:17(36)】【器用:9(10)】

【総合戦闘力:1497(特殊身体強化中:2797)】

【戦技:鉄の薔薇(Iron Rose) /Limit 185 Second】


「がっ!?」

 半分炭化しながらも炎から逃げ出した吸血鬼の首を、ナイフの一閃で斬り飛ばす。

 人並みの再生力しかない炎に巻かれた出来損ないどもに用はない。常人の三倍を超える速度で駆け抜け、炎の洗礼を免れた出来損ないの咽を刃鎌型のペンデュラムで掻き斬り、その後ろで目を剥いた吸血鬼の脳天を分銅で叩き潰した。

 その間わずか数秒。ようやく獣となったランクの低い吸血鬼とランク3の出来損ないどもが回避を試みるが、もう遅い。

 彼らの倍以上の速度で踏み出し、吸血鬼に勝る筋力で放つダガーの切っ先が、吸血鬼の心臓にある魔石を砕き、背後から襲ってくる出来損ないの頭蓋を、跳ね上げるような後ろ蹴りの踵で蹴り砕いた。

 旋回する斬撃型のペンデュラムが不用意に近づいた出来損ないの首を半ばまで斬り裂き、押し潰すように飛びかかってきた最後の吸血鬼の首にペンデュラムの糸を巻きつけて逆に引き寄せる。

 自分から近づいてくれた獲物に獣と化した吸血鬼の唇が笑うように歪む。飛び込んでくる両腕の爪を私もナイフとダガーで弾きながら、その勢いを使って繰り出した膝蹴りが吸血鬼の顔面を陥没させた。

 それでも吸血鬼は倒れない。だが、のけぞり無防備になった咽にナイフをめり込ませ、頚骨の隙間に差し込むようにしてその首を切断する。

 血を吹き上げながら吸血鬼の身体が崩れ落ちる。その血煙の中、視界の隅で、通路の奥に白いドレスと黒髪が笑うように揺れて消えていった。


「貴様ぁあああああ!!」

 眼球を再生したシェヘラザードが血塗れの顔で私に蹴りを放つ。

 ギンッ!!

 即座に私も踵の刃で魔鋼製のヒールを受け止め、同時に脚を引きながら互いに逆側の脚で蹴りを打つと、ドンッ!! と膝と膝がぶつかり合って、二人分の魔力が大気を震わせた。

「貴様、何をした!?」

「さあな」

 あれ(・・)の考えることなんて理解できるはずがない。

 言葉もぶつけ合いながら膝に力を込めて互いに一歩距離を取る。即時に横薙ぎに放たれたシェヘラザードの蹴りを今度は受けずに、すねで蹴り上げて受け流した。


 鉄の薔薇を解放したことで戦闘力はほぼ同等。ステータスも敏捷値が上がったことで速度は私が上になったが、吸血鬼には再生力があるので持久戦になれば私が負ける。

 元より鉄の薔薇は残り数十秒しか使えない。ならば後先考えずこの場でシェヘラザードの体力を削りきる!


「「ハアッ!!」」

 互いに気迫の声をあげて技と技をぶつけ合う。

 相手は格上のランク5で、まともに殴り合えば不利になる。しかも相手は上級の吸血鬼であり、普通に考えて真正面からの近接戦など自殺行為でしかなかった。

 でも私は、あえて一歩前に出る!


「――っ」

 シェヘラザードが一歩下がり、私がさらに前に出て、繰り出された右脚の蹴りを左腕の手甲で受け止める。

 お前があの双子を見殺しにして私の手の内を暴いたように、私もお前の戦い方を見ていた。蹴り技が主体なのは、その速度と吸血鬼の力を活かすためなのだろうが、逆に見ればその小さな身体は筋力値に対してあまりにも軽かった。

 蹴り技は槍と同じで懐に飛び込まれると威力は半減する。警戒すべき人外の筋力値も鉄の薔薇とレベル5になった体術でいなせないほどではなくなった。


「舐めるな、小娘が!!」

 その叫びと共に血魔法で作られた翼が消えて、彼女の両脚が赤黒い血でできた具足に覆われた。これがシェヘラザードの切り札なら、その威力は私を殺せるほどにあるのだろう。でも――

 ゴォ! と唸りをあげる蹴りを受け止めた脇腹と肋骨が軋みをあげた。

 吐いた血を呑み込み、その勢いを利用して回転した私は、黒いナイフの柄頭をシェヘラザードのこめかみに叩きつける。

「「――っ!!」」

 互いにもつれるように倒れ込み、仰向けになったシェヘラザードの上に馬乗りになった私が黒いダガーを振りかぶると、獣の形相に変わったシェヘラザードが牙を剥き、私の咽に喰らいつくためその両腕を伸ばした。

 構わずダガーを眉間に叩き込む。だが、その程度で吸血鬼は滅びない。

 眉間を貫かれたままシェヘラザードは両手で私の首を絞め、私は自分の首の骨が軋む音を聞きながら、止められた息を吐き出すように気勢をあげた。


「ハアアアアアアアアアアアッ!!」


 黒いダガーを引き抜き、二度、三度とシェヘラザードの顔面に突き立てる。

 無心で振るう刃の先で、突き立てられたシェヘラザードの顔に恐怖の色が浮かびはじめた。

 倍加した筋力値と敏捷値、過負荷に耐える耐久値とわずかに上がった器用値が合わさり、一呼吸の間に繰り出された覆い尽くすような刃の弾幕は、ついにシェヘラザードの命の根源に届いた。


「おのれぇええ!!」

 怨嗟の叫びをあげるシェヘラザード。

 仲間の仇を討ちたいと願い、すべてを捨ててまでこの戦いに懸けたお前の想いは理解した。だが、私にも負けられない理由が……〝帰る理由〟がある。

 だからお前はここで死ね。


 戦技【鉄の薔薇(アイアンローズ)】の真価は、膨大な力でも速度でもない。

 これまで地道に鍛え上げた魔力、体力、すべてのステータスを倍加させることで戦闘力そのものを跳ね上げる、その力の暴力こそがその神髄と言える。

 その暴力の弾幕に曝されたシェヘラザードの頭部が弾け飛び、どす黒い血を後方に噴き上げ、私は完全に脳を粉砕されたシェヘラザードの心臓に刃を突き立てることでトドメを刺す。

 酷使して震える筋肉でシェヘラザードの手を首から振りほどいて立ち上がり、突然戦いに手を出して消えた〝あの子〟を捜すように通路の闇へと目を向けた。


「来ているの……?」


 何を考えているか分からないあの子の笑みを思い浮かべながら、私は傷ついたままダンジョンの奥へと歩き出した。



【アリア(アーリシア)】【種族:人族♀】【ランク4】

【魔力値:53/340】10Up【体力値:76/270】10Up

【筋力:10(14)】【耐久:10(14)】【敏捷:17(24)】【器用:9】

【短剣術Lv.4】【体術Lv.5】【投擲Lv.4】

【弓術Lv.2】【防御Lv.4】【操糸Lv.4】

【光魔法Lv.4】【闇魔法Lv.4】【無属性魔法Lv.5】1Up

【生活魔法×6】【魔力制御Lv.5】【威圧Lv.5】

【隠密Lv.4】【暗視Lv.2】【探知Lv.4】

【毒耐性Lv.3】【異常耐性Lv.3】1Up

【簡易鑑定】

【総合戦闘力:1566(身体強化中:1934)】69Up


   ***


 王を決める『選定の儀』が始まって数日が経ち、氏族同士の衝突や闇討ちなどで幾人かの戦士がすでに死んでいた。

 そんな中でとある噂が囁かれはじめていた。

 氏族の本隊から離れた戦士たちや暗殺部隊だけでなく補給隊までもが襲われ、その屍を晒すように無惨に殺されていたのだ。


「まただ……。どこの氏族だ?」

「少なくともうちではないが……この状態では分からんな」


 豪魔氏族長ダウヒール配下の奇襲部隊がまだ温か(・・)な遺体を発見し、その一体を検分した男が首を振る。

 囁かれていた〝噂〟とは、人間を襲う〝敵対存在〟のことだ。それを他氏族が放った敵対部隊だと考えなかったのは、その死に様だった。死体はすべて高熱の炎で焼かれ、正体も分からない炭となっていた。


「この階層の魔物に炎を吐く奴はいるか?」

「ここら辺だとヘルハウンド辺りか。だが、ヘルハウンドでは……」


 男が顔を上げると奇襲隊の面々が通路に目を向けて顔を顰める。

 縦も横も広いこの通路の壁も天井も、目に見える奥まですべて焼け焦げていた。死体の数は十足らずだが、すべて焼け焦げているせいでその数も正しいのか分からない。 

 その損傷具合の酷さが、敵対存在を断定できなかった原因だった。

 高ランクの魔術師なら同じことができるかもしれないが、これほどの範囲を焼く魔力を確保できるのか?

 十数名の魔術師を連れてくれば同じこともできると思うが、それをする意味がなく、もし単独でそれをできるとしたら、この大陸では今の魔族王だけだろう。

 だからといって魔物とも断定できない。

 この迷宮にいるヘルハウンドとは、地獄の番犬と呼ばれる巨大な犬の魔物で、確かに炎を吐くがここまでのことはできなかった。

 確認されていない上位種であるケルベロスでもいるというのか? まるでドラゴンのブレスに焼かれたかのような通路と死体を見て、奇襲部隊の面々が緊張に息を呑む。


「移動するぞ」

「分かった」

 焼かれた死体や壁に残っていた熱を考えると、その敵対存在が去ってから半刻も経っていないはずだ。遭遇する危険を考え、この場を離れようとしたその時――


 轟ッ!!


『――ッ!?』

 突如通路の奥から吹き抜けた業火が奇襲部隊を飲み込み、声にならない悲鳴をあげて生きた松明と化した面々が崩れ落ちると、通路の奥から白いドレスを纏った黒髪の少女が酷い隈の浮いた目を細めて朗らかに微笑みかけた。


「申し訳ないけれど、向こうは行き止まりでしたの……退いてくださる?」


 すでに屍となった彼らにそう語りかけ、カルラは消し炭となった運のない奇襲部隊を踏み潰しながら、通路を音もなく通り抜けた。


 カルラが空間転移の魔術を用いてこの地に降りてから数日が経過している。

 転移が使えるので眠くなれば屋敷には戻っているが、この迷宮に入り込んでからはまだ一度も戻っていなかった。

 人が燃えた灰が舞い飛ぶ中を歩くカルラの顔色は死人かと思うほどに酷いが、その顔には笑みが浮かび、発せられるその威圧感に魔物たちが逃げ出した。


「……ふふ」

 カルラが思い出すように薄く笑う。目的の人物には会えた。彼女の帰還に手を貸すつもりはないが、もし半端な吸血鬼などに殺されるくらいなら諸共焼いてしまおうかとも考えた。

 あのとき放った炎は、彼女諸共焼いてしまうものだった。だが、彼女は無意識か意図的か、放った瞬間に炎の射線から身を躱して反撃の手段とした。

 彼女はもっと強くなる――

「私を殺せるほどに……そして」


 ギギギギンッ!!

 突然鋼鉄製の矢が降りそそぎ、魔力を噴き出して飛び離れたカルラの足下へ突き刺さる。

「――【稲妻(ライトニング)】――」

「――【氷槍(アイスランス)】――」

 空中からカルラが稲妻を放ち、それを襲撃者の氷が迎え撃つように相殺した。

 通路や闇の中から黒ずくめの集団が現れ、奥の闇から滲み出るように【氷槍(アイスランス)】を放った皺だらけの老人がカルラを見て口元だけを笑みと変えた。


「儂の名はエルグリム……。お嬢ちゃんが悪戯をする魔物かね?」


 魔導氏族長老エルグリム。魔族の中で暗殺を主とした氏族の長が濃厚な殺気を噴き上げると、それを受けたカルラの顔に満面の笑みが浮かぶ。

 〝彼女〟はここでもっと強くなる。

 そして、カルラも彼女に見合うだけの強さをここで手に入れる。


「あなたを待っていたの」



シェヘラザード戦、決着。

残念ながら、彼女との戦いはランク5に上がる程ではありませんでした。

そしてランクアップに臨む、黒髪の少女。


次回、選定の儀その6 魔人対魔人


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― 新着の感想 ―
「魔物違う!? 人間よぉっ、立派な人間!! どっからどう見ても人間でしょ!?」 などと弁明しないカルラさん。
作者様、前回のご回答ありがとうございました。 またお伺いしたいのですが、ここでシェヘラザードは魔族の行動の中で具体的にどのように他の派閥を取り込んで復讐を果たしたのでしょうか?本当に書籍版で述べら…
[良い点] まっ、マジか!?まさか情報も移動速度もカルラさんの方が一番早いのか!?とても驚きです。
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