178 選定の儀 その3 双子の戦士戦
ガキンッ!!
双子の片割れ、セダが繰り出したシャムシールと私の黒いダガーがぶつかり合って、甲高い音をダンジョンに響かせた。
「セダっ! ――【風幕】っ!」
すかさず双子のもう一人、セリクが突出したセダに顔を顰めながらも、自分とセダに風の護りを張り巡らせ、その勢いに乗ったセダの一撃が私の足をわずかに下がらせた。
「私たちに勝てると思うなっ!」
妖魔氏族シャルルシャン配下の戦士、セリクとセダの男女の双子。
男のほうのセリクはランク4の魔術師で最低でも4レベルの闇魔術を使っていた。魔術師だが革鎧を身につけているので近接戦も素人ではないのだろう。暗殺寄りな魔術である【影渡り】を身につけていたことから、私と同じ斥候系だと推測する。
女のほうのセダは同じくランク4である近接系の戦士だ。軽量の片手剣であるシャムシールを扱う速度で攻めるタイプだ。その直情的な性格も、敵に斬り込んでいく遊撃系の軽戦士としては利点になるだろう。
高レベルの闇魔術と二刀流の軽戦士。どちらも私と同じ戦闘スタイルで、二人ともその両方を習得した私よりも戦闘力は低めだが、おそらく個々の技量なら私よりも上にいるはずだ。
「オラオラッ!!」
セダがけたたましく叫びながら踊るように剣を振るい、私もそれに合わせるようにナイフとダガーで受け流す。速度は互角。でも、筋力値の差か体重の差か、セダから一撃を受けるごとに私の身体が流された。
「――【闇の錐】――ッ!」
セリクから私が知らない闇魔術が放たれ、私たちの頭上に撃ち出された拳大の闇の塊から、鋭い針が撃ち出された。
「っ!」
「ハアッ!!」
私が闇の錐から身を躱した瞬間を狙ってセダが渾身の剣を振るい、私は咄嗟に足を浮かして受け止めることで弾き飛ばされるように距離を取る。だが、体勢を崩した私に追撃してくると思っていたセダは、その場で伏せるように身を屈めた。
「死にな、人族の女!!」
「――【影渡り】――」
再びセリクから闇魔術が放たれ、その瞬間、自分の影に消えたセダが私の背後から襲撃する。目前に迫る必殺の凶刃。ナイフで受け流すのが間に合わないと思った私は、左腕の手甲でその刃を受けた。
ギンッ!!
手甲に仕込んだ魔鋼製の鉄芯で受け止めることはできたが私自身は受け止めきれず、ダンジョンの石床を転がりながらも、【影収納】から出した暗器をセリクとセダに投げつけた。
「セダ! あまり離れるな!」
徐々に補給隊から離れていくセダをセリクが止めて、私に追撃を仕掛けようとしていた彼女はその言葉に少しだけ顔を顰めた。
「今のを見ただろセリクっ。こんな奴、一人でも負けはしないさっ」
「……ちっ」
セダは刃を交えた感触で単独でも私に勝てると考え、私が戦士として参加を決めた時に【影渡り】を使ったことを知っていたセリクは、同系統の私をかなり警戒していた。
「…………」
私は双子を視界に収め、骨や腱に異常がないことを確かめながら、彼らの戦力分析を続ける。
セダは直情的……悪くいえば単純で、逆にセリクは慎重というか疑り深い性格に思えた。この二人だけで戦うのなら互いの短所を補い長所を活かせるはずだが、現状、補給隊というお荷物のせいでセリクの意識が削がれて、双子の片割れとは行動に齟齬が生じている。
それに……最初に感じた産毛が逆立つような〝感覚〟が消えていない。
「逃げるかっ!」
突然さらに距離を取り始めた私に、セダが即座に追うように斬り込んでくる。
「セダ!!」
やはりセリクが前に出たセダを止める。でも、先ほどわずかな諍いをしたセダはそれを無視して追ってきた。
セリクの背後では、まだ補給隊がグレートボアと戦いを続けている。あの戦力なら負けはしないはずだが、それでも無傷では済まないはずだ。
それを気にしてセリクはその場を離れることができない。戦術としてならこの場からセダだけを引き離すところだが、私はあえてこの状況を使う。
「――【恐怖】――」
「っ!?」
後退しながら私が放った【恐怖】にセリクが反応する。私が狙ったのはセダではなくセリクだ。同じ闇魔術使いだからこそ、その効果を知っているセリクは即座に回避を試みた。
闇魔術の【恐怖】は、ランクが同格ならほぼ抵抗できる使い勝手の悪い魔術だ。でも、闇魔術師であるセリクはそれを知っていても、疑り深いせいで必要以上に警戒して回避することを選んだ。
抵抗確率が100%でない以上、回避する意味はある。でも、私の真の狙いはお前じゃない。
『ブモォオオオオオッ!!』
「なに!?」
私の真の狙いはその背後にいた補給隊だ。風の護りがあるセリクにナイフを投げたのも、私に意識を集中させ、一瞬でも背後にいる彼らの存在を忘れさせるためだ。
補給隊の人員は全員ランク3。まぐれ当たりでも【恐怖】の効果が発揮するか半々といったところだが、もし効果はなくてもセリクは背後の状況を確認しなければならなくなる。
でも、私の放った【恐怖】は、補給隊に対処されて瀕死になっていたグレートボアに命中し、死を忘れた〝死兵〟に変えた。
「くそっ! 俺はグレートボアを対処する。セダは、そいつを押さえておけ!」
「ハンッ、そっちが終わる前に私がこの女を倒してやるよ!」
セダは私から視線を外すことなくセリクの声に応えると、懐から何か『札』のような物を取り出した。
「お前に私の〝奥の手〟を見せてやる」
セダが何か呪文のようなものを唱えて札を破くように食い千切る。その行為になんの意味があるのか分からないが、その魔素の異様さに心当たりのあった私がペンデュラムを投げつけると同時に、セダが先ほどの数割増しの速度で飛びだした。
「くっ」
ギギギギギギギィイイイイ!!
身体能力に感覚が追いついていないのか、咄嗟に躱した私の背後にあった石壁をセダの剣が削り――
パキィン!!
どれほどの筋力があればそうなるのか、ついにシャムシールの刃が砕けた。
「ハアアッ!!」
「ッ!」
セダはもう一本のシャムシールを捨てると、長く伸びた鋭い爪を振るう。
私は一瞬の混乱を瞬時に心の奥底に沈めて、5レベルとなった体術の格闘でセダの爪をいなしながら、互いに蹴り飛ばすように距離を空けた。
「ハァ……ハァ……どうだ、人族の女!」
肩で息をするように荒い息を吐くセダの瞳は白目まで真っ赤に染まり、筋肉が膨張して鋭い爪や牙まで伸びている。
それがこいつらの〝奥の手〟か。初めて見る現象だが、私にはその魔素の流れに見覚えがあった。
「……〝呪術〟か」
呪術とは、暗殺者ギルドのエルフの呪術師〝賢人〟も使っていた魔導技術だ。
賢人は薬品と呪術で人間をバケモノに変え、自傷を媒体にして様々な呪術を使っていた。セダも札を媒体として自らの肉体に〝呪い〟をかけ、一時的に魔物に近く変貌させたのだろう。
「呪術を扱い〝魔〟に変わる……だから〝妖魔氏族〟か」
「そういうことだ。ここまで見せたんだ。すぐにお前の死で終わらせてやるよ」
呪術による肉体強化を氏族の者に施しているのだろう。さすがは選ばれた戦士というべきか、これほどの呪いを受けてまだ自我が残っているだけ大したものだと、素直にそう思えた。
人の知恵と技術、魔物の力と強靱さを併せ持てば、大抵の敵には勝てるはずだ。でもどれだけ強くなっても、相手が魔物なら魔物なりの戦い方はある。
「……なんだ?」
ナイフとダガーを鞘に収めて、分銅型と刃鎌型のペンデュラムを1メートルほどの長さに持って構えた私に、セダが真っ赤な目を細めた。
ダンッ!!
同時に石床を蹴るようにして飛び出し、身体強化を速度寄りに割り振った私は交差する瞬間にセダの爪を蹴り上げる。
セダは飛び出した勢いのまま壁を駆け上がり、二階建ての屋根ほどもある天井を蹴って私に爪を向け、私はその爪に分銅を叩きつけるように逸らして転がるように距離を取り、そのままセリクたちがいるほうへと駆け出した。
「逃がすか!」
「ならば追ってこい」
「セダっ!?」
飛び込んできた私と変貌したセダにセリクが声をあげる。
補給隊とグレートボアとの戦闘はまだ続いていた。私が視てもグレートボアの肉体は死んでいたが、まだ暴れ続けて補給隊に死者と負傷者を増やしていた。
「がっ!?」
刃鎌型を補給隊の一人に食い込ませて、糸を引くように位置を入れ替えると、私を狙ったセダの爪がその男の首を引き裂いていた。
「貴様ぁああっ!」
それに気づいたセダが怒りの叫びをあげて、さらに補給隊の中をすり抜ける私へ爪を振るう。
セダは魔物化したことで、自我はあっても感情の抑制ができない状態にいる。賢人は呪術と薬物で行動を縛ることで制御していたが、セダは自分が仲間を傷つけ、怒りを感じることでさらに暴走して無駄に仲間たちを傷つけた。
「止めろ、セダっ!!」
一瞬唖然としていたセリクが声を張り上げると同時に、暴れていたセダの身体が影に飲み込まれた。
咄嗟にセダを【影渡り】で隔離したが、それでどうする? 近接戦を担当していたお前の盾はいなくなった。
「ちっ!」
セリクが後ろに下がりながら懐からセダと同じ札を取り出し、即座に破り捨てた。近接スキルがセダより低くても、魔物化すれば私とも戦えると考えたのだろう。その考えは正しい。だからこそ、それも想定できていた。
「うおぉおおおおっ!!」
ナイフを抜いて魔物化したセリクが斬りかかってくる。私はまっすぐに指先を標的へと向けた。
「――【幻痛】――」
「がっ!?」
繰り出したセリクのナイフが、【幻痛】で硬直したセダの胴体を貫いていた。
セリクがセダをどこに飛ばしたのか? どれだけ慌てていようと近接担当であるセダを遠くに飛ばすはずがないと私は考えた。
別にその予想がハズレていてもいい。それならセダが戻る前にセリクを倒せばいいだけだ。けど私はこれまでの戦いから、セリクは私の死角へセダを飛ばすと予想して、そこに私の【影渡り】を張っていた。
私とセリクの中間に出現したセダが【幻痛】で硬直し、セダ以上の近接スキルが無いセリクは、魔物化して繰り出したナイフを止めることができずに、セダの身体を突き刺した。
「せ、セダ!?」
唖然としたセリクが声をあげた瞬間、分銅型のペンデュラムが魔物化したセダの頭部を背後から打ち砕いた。
血飛沫が舞い、ゆっくりとセダの身体が崩れ落ち、その向こう側にいたセリクの怯えた顔に向けて、私は大きくナイフを振りかぶる。
「――【神撃】――ッ!」
神撃の一閃、斬り飛ばされたセリクの頭部が宙を舞い、ダンジョンの入り組んだ暗闇へと消えていく。
「…………」
残りは傷ついた補給隊とほぼ死にかけたグレートボアのみ。
私と双子が何度も使った【影渡り】で乱れた空間を感知されて増援が来る恐れもある。
できることならすぐにこの場を離れるべきだ。でも私はその場に留まり、補給隊ではなく首を斬り飛ばしたダンジョンの闇へと黒い刃を向けた。
「見ている奴……出てこい」
最初から、寒気がするような感覚を覚えていた。
最初は罠があるのかと考えた。その正体が妖魔氏族の双子で、魔物化する奥の手も持っていた。
でも違った。初めから〝それ〟の気配に産毛が逆立つような感覚を覚えていた。
私を見つけたわけじゃない。この戦いに気づいたわけじゃない。
たぶん、最初からずっと、この双子を〝囮〟として見張っていたのだと思った。
「…………会いたかった。桃色髪の女」
まだ若い……幼い声が聞こえて、闇の向こうから真っ黒な外套を纏った小柄な人影が姿を現した。
生きている気配を感じない……。でも、音もなく揺れることもなく滑るように近づいてくるその人物とその声からは、歓喜にも似た燃えあがるような憎悪が感じられた。
「……私を知っているの?」
「ああ、知っているとも。お前の顔だけは、あいつが……ゴストーラが送ってくれた」
「…………」
ゴストーラ……。私が知っている中でその名を持つものは一人しかない。
氏族存続のために手柄を求め、王女を誘拐するために王国へ侵入した、私とエレーナが砂漠へ跳ばされる原因となった、魔族の吸血鬼。
「やはり行かすのではなかった……。こんな結果になるのなら、ダンジョンの秘宝など与えるのではなかった。我が友ゴストーラの死体だけが帰ってきた。だからこそ私は、恨みを晴らすために……お前と出会うために、妖魔氏族へ自らを売り込んだ……」
恨み言を連ねていたその人物が外套を脱ぎ捨て、血色のドレスを纏った十代前半にしか見えない闇エルフの少女が、血涙を流すような真紅の瞳を私に向ける。
「貴様だ……ッ! ゴストーラの瞳に焼き付いたお前を殺すためだっ! 貴様だけは、吸血氏族長シェヘラザードの名に懸けて、必ずや私の手で殺してくれるっ!!」
殺された魔族の吸血鬼たちの恨みを晴らすため、人族を殺す戦争を始めて、名も知らない私に辿り着くために、氏族の長が自らここまでやってきた。
「……いいだろう」
私も首に捲いていたショールを投げ捨て、黒いダガーとナイフを両手に構えた。
「ここで憂いを断つ」
現れた過去の因縁。
次回、最強の吸血姫との戦いが始まる。