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172 灼ける砂漠

少し長めの6500文字



 西方の大国カルファーン帝国。皇帝の一族と四つの大公家からなるこの国は、南方を海に面し、陸地が巨大な草原と砂漠からなる、貿易と畜産業が盛んな場所だ。

 建材に使える太い樹木も良質な石材も少ないこの土地では、建築物の多くに砂岩を使う。海風対策にその上から特殊な薬剤を混ぜた漆喰を塗り、段々状に広がる白い建物が並ぶ、大陸でも風光明媚な場所として知られるその港町に、十日ほど前から異国の帆船が停泊していた。

 東の大国クレイデール王国、その中で旧王家として知られる大貴族メルローズ家の船だが、この来訪は非公式であるが公式でもある。


「まだ、許可は下りませんか?」

 港町を治める領主の館にて二人の男女が対峙していた。室内には二人きりではなく、二人の警護を担当している者が背後に控えているのだが、その言葉を発した女性の笑顔の圧力に負けて言葉を挟むこともできず、その圧力を真正面から受けているソファーに腰掛けた男性は、最近広くなってきた額に流れる汗をハンカチで拭う。

「ええ、レイトーン夫人の仰ることは分かりますとも。分かるのですが……、ああ、もちろん我が帝国としては全面的な協力は惜しみませんよ。ですが、探索対象者の情報を開示せずにこちらの警備網を使うことや、帝国内にそちらの暗部や子飼いの冒険者を動かすことに難色を示す者も居りまして……」

 クルス人の男性が口にする弁明めいた言葉が、セラの視線に徐々に小さくなる。


 クレイデール王国の王家から王女探索の命を受けた宰相ベルトは、暗部の中でもっとも頼りにする部下と、最強の冒険者たちを西方へ送り込んだ。

 帝国人と同じ肌を持つ男爵夫人のセラと、ドワーフの名誉貴族である準爵のドルトンらが帝都に赴き皇帝陛下と謁見し、とある人物の保護と探索の協力を願い出た。

 だが、『王女エレーナ』の名は公にしていない。同性の護衛が一緒にいるとしても、一国の王女が行方不明となれば色々と醜聞が立つ恐れがあるからだ。故に詳細が伝えられたのは皇帝と宰相を含めた数名の上位貴族だけで、友好国として協力することは約束してくれたが、さすがに帝国側の衛兵や暗部を使うとなればある程度の『大義名分』が必要になる。

 一番の問題は、確実にカルファーン帝国側にいるとは限らないことだ。

 王女と護衛がこの方面に飛ばされたという情報は、転移魔術を使えるカルラが証言した『高い確率』の場所であり確定情報ではない。故にクレイデール王国としてもこの方面に多数の探索団を出すことができず、大掛かりにもできないことから中級貴族の夫人であるセラが交渉に当たることになり、王国側としても帝国に無理強いはできないでいた。

 だがセラはエレーナのいる場所がカルファーン帝国方面だと確信していた。

 それは、ある意味もっとも信用できない危険人物であり、アリアと因縁がある彼女の発言なら必ず意味があり、もっとも信頼できると感じたからだ。だからこそ他国には明かしていない情報をカルファーン帝国に開示する許可を得た。

 行方不明になった二人の少女。一人は王宮で母に見捨てられ娘のように世話をした王女で、もう一人は幼い頃から目を掛け任務のためとはいえ自分の養子にした、娘のように思っている二人に対して、セラは母代わりとして退くことはできなかった。


「公にできないことも重々承知しておりますし、同年代のお子を持つ陛下もお心を痛めていらっしゃいますので、なにとぞもうしばらくお待ちを……」

「貴国の協力には感謝いたします。それでも、せめて冒険者たちだけでも探索する許可をいただけませんか? お子を持つ〝オルハン様〟もお分かりになるでしょう?」

「そ、そうですな……ん?」

 セラに名を呼ばれた意味に気づいて冷や汗を流す男が、ふと何かに気づいて胸元に手を当てた。

「……少々お待ちを」

「どうぞ」

 セラが同意をすると男がそそくさと立ち上がり、配下を伴って隣室へと消えた。

 扉が閉まる前にチラリと見えたのは遠話の魔道具だろう。あれを作るには高位の幻獣から取れる稀少なアダマンタイトが必要で、しかも胸元に入るほど小さな物なら国宝級でもおかしくない。

 それを持たされているとは、さすがは大国の宰相と言ったところだろうか、とセラが感心していると、他者の目がなくなった頃を見計らって、護衛としてセラの背後に控えていたヴィーロがセラにだけ聞こえるような声で囁いた。

「……セラ、良かったのか? 随分と強めの交渉をしていたが、あの人、宰相のデュラン侯爵だろう?」


 友好国とはいえ国家としては対等。国力こそクレイデール王国が上回るが、今尚魔族との小競り合いを続けるカルファーン帝国は軍事力で上回る。

 その帝国の宰相たる人物が、王女が関わっているとはいえ、わざわざ帝都から港町まで来てくれたというのに、強めの交渉をしてどういう意味があるのかヴィーロも首を捻る。


「こちらの冒険者ギルドへ帝国側から圧を掛けていただけないと、あなたたちでも満足に動けないでしょう? 時間ばかりかけられても困ります」

「それでも相手は宰相様だぜ? 気分を害されたらどうすんだよ……。しかも、侯爵をファーストネームで呼ぶなんて、知り合いなのか?」

 ヴィーロが不安そうに問うと、セラが微かに振り返って意味ありげに妖艶な笑みを浮かべた。

「十代の頃、王妃の侍女として何度か顔を合わせることがありました。その時、かなり熱烈な求愛を受けまして、名前で呼んでほしいと言われていました。ですが、当時のデュラン侯爵様には、国元に大公家の血を引く歳の離れた婚約者がいらっしゃいまして、当然、私もご成婚後に奥方様のお顔は拝見しています」

「うわぁ……」


 それを聞いたヴィーロが思わず呻きを漏らす。

 侯爵とはいえ奥方が大公家の姫では頭が上がらないのだろう。当時は外交官に過ぎなかった青年貴族が宰相となるには、後ろ盾になった大公家の力が大きいはずだ。

 それが他国への外交で羽目を外して、王妃の侍女である男爵令嬢に求愛したことを奥方が知ったらどうなるのか?


「今回は時間がないので特別ですよ。毎回あんな外交はできません」

「……ソウデスネ」

 ヴィーロが棒読みで答えながら哀れみの視線を宰相が消えた扉へ向けると、その扉の向こうから慌ただしい足音が響いて、ノックも無しに宰相本人の手で扉が勢いよく開かれた。


「レイトーン夫人っ! お探しのあのお方と思しき少女が発見されたと、国境から連絡がありましたっ」


 それからセラたちは慌ただしく動き始めた。

 見つかった少女は数人の孤児と思しき子どもと一緒にいるところを、帰国途中の帝国貴族の青年によって偶然(・・)発見され、国境近くの街に保護された。

 その青年貴族自らが特殊な暗号を使って、帝国でも穏健派として知られるデュラン侯爵に連絡をしてきたのだ。

 対象が疲労していることから、まずは現地で数日の療養後に帝都へ移すことを提案されたが、セラはそれでは遅いと半ば脅すようにデュラン侯爵と話をつけ、部下や伴もつけずに虹色の剣のメンバーとセラだけで現地へと急行した。


 港町からその地方の街まで通常なら急いでも二週間はかかる。セラたちはまず帝都へ向かい、軍用の高速馬車を借り受ける手筈を整えた。

 通常の馬車は人が歩くより少し速い程度の速度しかない。そうしなくては長距離の移動に馬が保たないからだ。だが、軍用の馬車ならドルトンの馬車と同様に魔道具によるある程度の自走機能が有り、訓練された軍馬を使うことで半数以下の日数でセラたちは目的地に到着した。


「エレーナ様……よくぞご無事でっ」

「……心配かけました。ですがこの通り無事です」

 感極まった声で膝をつき手を取るセラに、エレーナも優しげに微笑みながらセラの手を強く握り返す。

 セラの記憶にあるエレーナよりも髪先が伸びて不揃いになり、少し痩せて疲労感が残る肌は少しだけ焼けて赤くなってはいたが、地方の下級貴族が着るような衣装を纏ってさえ、彼女の美しさは損なわれていない。

 行方不明になって二ヶ月余り、この地でも会えるかどうか分からなかった王女とわずか数週間で再会できたことはあり得ない幸運だが、それはただの偶然ではなく、彼女たち(・・)の諦めない心と行動が実を結んだ結果だった。


「……アリアは?」

 誰もが気にしていながら王女への不敬を考え口にできなかったことを、フェルドがエレーナに尋ねた。

 王女が誰よりも信頼し、王女を命懸けで護っていた少女の姿がない。

 セラやドルトンたち虹色の剣のメンバーはまっすぐに王女を見つめ、エレーナと彼女を保護したという名目のロレンスという青年貴族がわずかに口元を歪める。

「その前に……まずはこれからの指針を話します」

 やつれたせいか、以前よりも大人びた印象のエレーナが、皆の強い視線を受け止めて見つめ返す。

 その碧い瞳の奥に王族としての〝意志〟を感じて、セラや虹色の剣のメンバーがその場で自然と膝をついた。

「少し……長い話になります」


 この街には魔族の侵攻に備えた遠話の魔道具があるが、国家間を繋ぐような長距離の遠話が可能な魔道具は帝都にしかない。まずは帝都にいる宰相へ連絡し、クレイデール王国へエレーナの無事を伝えてもらうことが第一と考える。

 ここに来るまでエレーナとロンは話し合って、エレーナは男性たちと共に行動していたのではなく、子どもたちと行動していたところをロンに保護されたことにした。

 そしてセラたちが来たことで、エレーナが帝都にいたことも誘拐されたのではなく、セラたちが来た船を使い、お忍びでクレイデール王国の王女がカルファーン帝国へ親善訪問に訪れたことにして、すぐにクレイデール王国へは戻らず、カルファーン帝国にしばらく留まることを皆に伝えた。


「エレーナ様、それでは帝国側に借りを作ることになりますがよろしいので?」

「その程度の借りなら、いくらでも借りておきなさい。友好国ですからそれほど無体なことも言いはしないでしょう。精々、関税などで数年は損をする程度です」


 元々クレイデール王国が魔族の侵入を許したことが原因だ。結果的に無事に戻り、王女の醜聞を防げるのなら安い物だとエレーナは切り捨てる。

 帝国側としても戦争をしてまでクレイデール王国と敵対したいわけではないので、エレーナが言った程度のことしかできないだろう。それも、エレーナの帝国内での立ち回りによっては交渉を有利に進められる可能性もある。

 エレーナとしても自派閥の地盤を固めるために、他国との交渉は必要事項だった。


「セラは帝都でわたくしの手伝いをなさい。あなたの持つ人脈を使わせてもらいます。……ロレンス様にも是非ともお力をお貸しいただけるよう願います」

「了承しました……殿下」


 人払いを済まして、唯一恩人ということでこの場に留まった青年貴族――貴族の衣装に身を包んだロンが神妙な顔で頷く。それは、第三皇子として帝国の利を妨げる行動になりかねないが、彼女たちに借りのあるロンが自分から提案したことだった。

 広い視野で見て利を捨てて益を得る。エレーナやアリアと過ごしたわずか一ヶ月の時間が、皇子であるロンの価値観に大きな影響を及ぼしていた。

 エレーナはロンが協力者であることをセラたちに告げ、これまでの出来事を話す。


「アリアは……わたくしたちを魔族軍から逃がすために一人残りました」

 その言葉にエレーナとロンを抜かした全員が息を呑む。

 魔族軍約二千。さらに使役されたと思しきランク6である地竜(ドラゴン)の存在。それを一人で止めるとなれば生存は不可能に近い。アリアの実力を知るフェルドやヴィーロでも、戦いを知る者だからこそ絶望的に思えた。それでも――

「わたくしはアリアが死んだとは思っていません」

 この中でただ一人、エレーナの瞳だけがまっすぐに前を見てアリアの生存を信じた。どれだけ絶望的な状況でも生き延びてきた彼女を信じていた。

「最長で二ヶ月。これが私が帝都に留まれる最長の期間です。二ヶ月もあればアリアは必ず行動を起こします。だから……」

 エレーナはそこで言葉を切り、微かに潤んだ瞳にさらに力を込めて虹色の剣に目を向ける。

「王女として、虹色の剣の皆さまに依頼します。アリアを……見つけて」


   ***


「な、何者だっ!?」


 魔族軍に占拠された砂漠の町カトラス。

 反抗する者はすべて殺された。

 機を知る者はすでに逃げだした。

 そうして、残された住民たちが一時的に家屋に押し込められた町は、見た目だけの静けさを取り戻していた。

 それでもまだ燻っている家屋があるのか、それとも死体を燃やしているのか、遠くからでも焦げ臭い匂いが漂ってくる。


 声をあげたのは魔族ではなくクルス人だった。黒色に塗られた装備からして、逃げ出した住民でなく町を裏切ったリーザン組の者たちだろう。

 リーザン組はこの町から他の派閥を駆逐するために魔族と手を結び、魔族軍を招き入れた。だが、こんな町の外にいるところを見ると、思惑通りにいかずに面倒な外の見回りだけをさせられているのだと察しがつく。

 だが、声を発した十数人の男たちは何かに怯えていた。余裕もなく、ただ町の様子を見に来ただけの女一人に矢を向けてしまうほどに。


「止まれぇ!!」

 男たちは何に怯えているのか、最初の声ですでに立ち止まり無言のまま佇んでいた外套の女に向けて弓を引き絞る。

 複数の弓から矢が放たれた。碌に狙いも定めてなかったが、それでも弓術スキルの影響か幾つかの矢がその女へ向かい――その直前で吹き飛ばされた。

「…………」

 徐々に強まる風が、女が纏う外套の裾と砂漠の砂を巻き上げる。

 それだけの威力があれば近づいた人間でも吹き飛ばすこともできる。だが、それが高レベルの攻撃魔術ではなく、レベル2の矢を弾くだけの【風幕(エアカーテン)】だと知れば男たちも更なる恐怖を知ることになるだろう。

「――ひっ」

 実力差に気づいた何人かがくぐもった悲鳴をあげ、外套の女は逃げ出そうとする彼らに向けて右手を向ける。


「――【竜巻(ハリケーン)】――」


 レベル4の風魔術【竜巻(ハリケーン)】が猛威を振るい、男たちを空に巻き上げて風の刃で引き裂いた。

 それでも数人の男が【竜巻(ハリケーン)】の範囲から逃れて背を向けて逃げ出した。

『――ガァア!!』

 それに襲いかかる黒い影。その影は疾風のように逃げ惑う男たちを爪で切り裂き、最後の生き残りを咥えて、女の足下に落とした。


「あんた、桃色髪の娘を見てないかい?」


 (ダーク)エルフの女と漆黒の幻獣クァール――セレジュラとネロの二人は、砂漠で王女と出会い、探している少女の行方を知った。

 魔族軍、そして地竜……。それらと敵対しながら、二人は少女の生存を諦めてはいなかった。

 熱気球の修理が終わるまで王女に付き添い、飛び立つ気球を見送った二人は最初の目的地としてカトラスを目指した。

 生きているのなら逃げているか捕まっているかのどちらかだ。二人はこうして何度か兵を攫って尋問しているが情報は集まらない。


「……当てが外れたね」

 ――是――


 何も知らなかった男の首をネロがへし折り、二人は溜息を吐くように息を漏らす。だが、その視線はある方角へと向けられていた。

 男は何も知らなかった。そして、怯えていた理由も話せなかった。何かに怯えて理解できる言葉にならなかった。


 ――威――


 不意に発したネロの信号にセレジュラが少しだけ顔を顰めた。

「……ヤバい感じがするってことかい?」


 ――是――


 何かの〝脅威〟が存在する。でも何か分からない。脅威なら地竜の可能性もあるが、邪魔になったリーザン組を始末するのに竜を使うとも思えない。

 無言のままセレジュラがネロの背に飛び乗り、ネロが音もなくその方角へ走り出す。

 確認する必要はない。でも、無視をするにはあまりに嫌な予感がした。

 走り出して数百メートルほどすると風でできた砂の丘があり、それを越えたところに広がる光景に、セレジュラとネロが思わず息を呑む。


 そこには黒く焼け焦げた砂と、数十もの炭となった人だったものが転がっていた。

 どれだけの威力があればこんなことができるのか?

 どれだけの魔力があればこれほどの広範囲を焼けるのか?

 どれだけ狂っていればこんな恐ろしいことができるのか?

 二人が息を呑んだのは、見渡す限りに焼けた砂地でも、数えられないほどの焼けた死体でもない。

 焼けた砂漠の中、まるで花畑で踊る少女のように死体の中を歩く、波立つ黒髪の少女が蜃気楼のように揺らめき、砂漠の太陽に消えていった。



誰なんでしょうねぇ……(すっとぼけ)


次回はアリアに視点が戻ります。


そろそろ地理関係が混乱しているかもしれないので大陸地図を更新しました。

クリックすると高画質のページが開きます。

挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
味方はほぼ協力体制なのにアリアだけひとりぼっちだなんて………。 戦闘スタイルは単独向きなんだけど。 そういえばエレーナ、本国へ手を打ってるんだっけ? 何らかの手を打って置かないと、いざアリア達と帰国…
[良い点] 歩く災厄ヒロイン登場!ですね ワクワクします
[良い点] お花畑の中で踊る黒髪の令嬢… その花々に負けないくらいの笑顔を魅せながら去りゆく姿は… 紛れもなく ヤ ツ さ(歓喜)
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