168 脈動
本日二話目になります。こちらからご覧の方は一話前からどうぞ。
第二部第二章の最終となります。
「……そんなことがあったのかい。あの子のことも馬鹿弟子と呼ばないといけないかねぇ……。済まなかったね、お嬢さん。あの子が迷惑をかけて」
「いいえ。アリアは何度も私を助けてくださいました。でも、アリアの魔術の先生が闇エルフの方だとは存じませんでしたわ」
陽が沈んだ星明かりだけが照らす砂漠で、焚き火を囲んだセレジュラとエレーナがこれまでのことを話し終えて互いに頭を下げる。
「…………」
セレジュラの名を聞いてロンはどこか落ち着かない様子で、気を紛らわすように気球の修理を続けていた。その名のことを誰かに話すつもりはないが、それでもその名の衝撃は大きかった。
クァールのネロに怯えていた二人の幼児も今はチャコの膝で眠っている。この中で同じ闇エルフのノイは、町でもあまり見ることのない優しそうな大人の闇エルフにモジモジとして、セレジュラに頭を撫でられていた。
ネロは今でこそセレジュラとは協力しているものの、基本的にアリア以外の人間には興味がなく、少し離れた場所で魔物に睨みを利かせているのは、アリアが守った者が傷つくことを良しとしなかったからだ。
「私もすぐに国から離れたからねぇ……国の情勢を知らなくて悪いね」
「いえ、アリアのために動いてくれたことを心強く思います。それで、セレジュラ様はこれからどうなさるので?」
「そうさねぇ……その前に、お嬢さんはどうするつもりか聞かせてくれないかい?」
セレジュラはエレーナの瞳を真っ直ぐに見る。
強い瞳だ、と思った。この娘がアリアが守ろうとした少女だとすぐに気づき、無愛想で生き方が不器用な愛弟子が命を懸けて護ろうとしたのも分かる気がした。
でもそれと同時に危ういとも感じている。話してみた印象として、アリアもエレーナも互いの存在が深い部分で必要としているように感じた。主人と護衛でもいい。友人同士でも構わない。でも、エレーナがセレジュラと一緒にアリアを助け出したいと言い出すようなら、それは友愛ではなく依存である可能性も出てくる。
だが、エレーナはセレジュラの言葉に冷静な瞳で静かに頷いた。
「まずはカルファーン帝国へ向かい、身分を明かして本国へ連絡して救援を求めます。宰相に連絡を取って暗部の護衛騎士と一緒に、アリアの仲間……『虹色の剣』を派遣してもらおうと考えています」
虹色の剣はクレイデール王国でも有数のランク5冒険者パーティーだ。通常、ランクが高くなれば国外への移動も容易くなるが、彼らほど力もあり貴族との繋がりが深くなると簡単に国外には出られなくなる。
情の深い彼らだからアリアを救う考えはあるかもしれない。でも、もし金銭的な問題でも渡航の問題でも何か障害があるのなら、エレーナは自分の権限をすべて使ってでもアリアのために惜しみはしない。
「そうか……」
冷静な判断力とそれでいながら手段を選ばないエレーナに、これなら大丈夫かとセレジュラも頷く。
「あの無愛想弟子のことは私も動くから安心しな。あの黒猫もいることだしね」
セレジュラが背後を親指で指し示すと、ネロが嗤うように鼻を鳴らして横を向く。
「それに……ドルトンやミランダのことなら、もう動き始めているかもね」
「あの二人をご存じで……」
「昔の話さ……あいつらには内緒にしておくれ」
エレーナの問いにセレジュラがニヤリと笑う。
虹色の剣の二人……もう一人のサマンサとは、五十年以上前に何度か戦場で殺し合ったこともある仲だ。当時は敵同士だったが、敵だからこそ、少なくとも仲間を見捨てる者達ではないと理解している。
そしてセレジュラも――
(たとえ、魔族国からでも連れ戻してやるよ、馬鹿娘……)
***
カルファーン帝国の港町は、四角い真っ白な建物が建ち並ぶ風光明媚な場所として知られている。
朝早く、その港に入港する巨大な帆船の帆に描かれた紋章は、知る人ぞ知るクレイデール王国の大貴族……今尚、伝統を重んじる国からはいまだに王家として尊重される大家メルローズの家紋だった。
早朝にも拘わらず商船などの出入りが多いこの港で、慌ただしく動きだした管理局の小舟に先導されて優先的に港に着いたその船には、クレイデール王国有数の冒険者パーティーが乗り込んでいた。
「ようやく着いたぜっ!」
約一ヶ月の船旅に、身体のあちこちをバキバキと鳴らしながら一人の中肉中背の男が背を伸ばす。
外見的にはあまり特徴もなく見た目も三十代の前半から半ば程度だが、その実年齢は四十近く、実年齢以上に年寄り臭い仕草が板についていた。
「ヴィーロは〝おじさん〟だからねぇ」
「ミラに言われたくはないわ」
「……あぁん?」
百歳を超える森エルフでも外見は二十歳程度で、森育ちなら中身も擦れていない。でも百年以上も人族の国で生活してきたミラは、外見詐欺とでも言うように中身がすっかり〝おばちゃん〟化していた。
「お前ら、じゃれてないで降りる準備をしろ。ぐずぐずするなよ」
睨み合う二人に、呆れたようにリーダーのドルトンが溜息を吐く。彼も百歳を超えた山ドワーフだが、彼はその年齢よりも、通常百六十センチ前後と言われるドワーフと違い百八十センチを超える身長で異彩を放っている。
その横ではさらに背の高い人族の大男が軽金属鎧に魔鋼の大剣を背負った完全武装のまま仲間のやり取りに苦笑していた。
「ドルトンもフェルドももう準備したのか」
「王女殿下の件もあるが、アリアはヴィーロの弟子だろ? もうちょっとは焦燥感とかないのか?」
「あいつはなぁ……心配するだけ無駄な気がするんだが」
フェルドの呆れた声にヴィーロは気まずそうに頭を掻く。
何しろ、五年以上前の七歳の頃から色々やらかしてきた弟子なので、互いのことは心配しない程度に信頼がある。
フェルドとしてはアリアは微妙な存在だ。仲間でありながら目を惹かれる見目の良い少女でもあり、同時に庇護すべき妹のようにも感じていた。
これで見た目か言動のどちらかが実年齢と同じなら子どもとして扱えるのだが、下手に頼りになるせいで同年代の女性と勘違いしそうになる。
「お前ら、まずはアリアよりも王女殿下の件だ。入港したらすぐに俺はあの人と王城に行って、この国の宰相と話をつけてくる。付き添いはミラが来い。ヴィーロとフェルドは馬車と食料の買い付けだ」
「はいっ」
「ミラが付き添いか?」
ドルトンの言葉に軽い返事をするミラを横目にヴィーロが首を捻る。
折衝ごとがあるならヴィーロも同席するし、フェルドもまだ貴族籍があるので顔繋ぎに連れて行ってもいいはずだ。そう言いたげなヴィーロにドルトンの顔が渋くなる。
「……大っぴらには出てこないが、この国だと闇エルフもいるんだよ。もしうっかりミラと会ってみろ」
「あ~……なるほど」
闇エルフと聞いて森エルフのミラが珍しく好戦的な笑みを浮かべていた。
肌の白い森エルフと闇エルフは互いを嫌っている。これは闇エルフが魔族と呼ばれる以前からのことで、代々親から相手の愚痴を聞かされることで互いの偏見が固まったのだと言われていた。
ミラ自身は百年の街生活で闇エルフへの偏見は薄れているが、魔族は別だ。それもこれも何十年も前に戦場で会った魔族の女に散々煽られたからで、今でも闇エルフを見かけると、条件反射のように殺気が漏れる。
「虹色の剣の皆さま、もう準備は終えられたので?」
その時、彼らの話が終わるのを見計らったように、革のスーツケースに日傘を持った女性が声をかけてきた。
「これはレイトーン男爵夫人、到着までには終わる予定です」
「それでよろしくお願いしますね」
ドルトンと夫人が互いに頭を下げて、準備を終えていないヴィーロはおそらく自分に言われたであろう言葉に顔色を悪くする。
セラ・レイトーン男爵夫人。
王家付きの上級侍女にして、王妃宮を護る警備責任者である暗部の騎士だ。
本来ならカルファーン帝国との折衝にはもっと高位の貴族が送られる手筈になっていたが、娘の安否を憂う国王陛下の願いで、各国の要人にも顔を知られ、最も信頼される彼女が送られることになった。
普段は侍女服ばかりを着ている彼女だが、今日は紺色の落ち着いた感じの大人のドレスを纏っている。
「皆さま、お分かりになっていると存じますが、最優先は王女殿下の安否となります。もちろん、その護衛であるアリアのこともできるかぎり救出されることを望みますが、殿下を連れ帰すことが優先されます」
養子とはいえ仮にも娘となったアリアに対して冷たく感じるが、公私は分けて考えているのだろう。だが――
「皆さまには最大限の努力を望みます。私も最大限の援助を惜しみません。殿下や娘を救うことを邪魔するために、カルファーン帝国の馬鹿な貴族が絡んできたら、私が物理的に排除いたします」
「「…………」」
楚々とした淑女の突然の過激な発言にドルトンとフェルドが黙り込む。
噂に聞くところによると、彼女は〝姉〟を救いたいと駄々を捏ねる息子を力ずくでねじ伏せ、船に乗り込んだと聞く。
そんなセラの苛烈さを以前から知っていたヴィーロは、溜息を吐くようにボソリと呟いた。
「……なんだかんだ言って、お前が一番、あいつを可愛がってるじゃねぇか」
「何か言いましたか……?」
「言ってねぇ!」
***
クレイデール王国、王立魔術学園にある貴族家所有の屋敷にて、真っ黒なドレスを纏った一人の少女が、広いテラスでお茶の香りを楽しんでいた。
「暇ね」
光を喰らうような長く伸びた黒い髪がうねり、弄ぶ指に絡みつく。
その肌は白と言うよりも不健康に青白く、まるで眼窩が窪んだように見える隈のせいで病弱というよりも亡者のような印象を受ける。
王太子の婚約者の一人、カルラ・レスター伯爵令嬢。
だが、退屈という彼女の口元には微笑みが浮かんでいた。だがそれは、人を安心させる朗らかな笑みではない。他者を不安にさせる愉悦の笑みだ。
カルラは王家と父親から学園の屋敷で謹慎を命じられている。
それというのも、カルラが王都にある聖教会を襲い、聖女と呼ばれていた献身隊を皆殺しにして、神殿長である法衣男爵の孫、ナサニタルに危害を加えたからだ。
聖教会に関しては後ろ暗いこともあるせいか和解が成立しているが、それでも醜聞が消えることはない。王家としては有力な貴族家と繋がりがほしく、レスター伯爵であるカルラの父も王家の繋がりを得たいとして、カルラへの罰は謹慎だけに留まった。
カルラの監視のために父の側近が何度も様子を見にやってくる。
彼女が幼い頃は娘に対して尊大だった父や側近も、カルラの実力が父である筆頭宮廷魔術師を超えると気づいてからは、父は娘に会うことを拒絶し、側近がカルラを見るその瞳には隠しようもない怯えがあった。
その側近を殺せば父はどんな顔をするのだろう。一度、側近の一人を骨まで焼いたことがあったが、醜聞を嫌う父はその事実を隠蔽した。
「ふふ」
顔面を焼かれたナサニタルは、一ヶ月経過した今でも顔面の火傷が完治していない。あれほどジックリと焼いてあげたのだから、顔面の神経が再生するまで半年はかかるだろう。
週に一度程度だが、婚約者である王太子エルヴァンが顔を見せる。
国王陛下にも言われているのだろうが、彼がカルラに会いにくるのは婚約者としての彼自身の生真面目さだ。それ故に追い詰められて愚かな女に傾倒しているが、カルラはその愚かさが好ましく思えた。
愛しき妹姫さえ行方知れずとなり、さらに心を病んでいく、愚かで愚かで可愛らしい男。彼が王となったらどれだけ国が乱れ、どれだけ人が死ぬのだろうか。
そのためにカルラは貴族派に支援し、魔族を呼び込み、彼の支援者を闇に葬って不和の種を蒔いていた。
エルヴァンを取り巻く不安が大きくなるほど、あの愚かな女に傾倒し、彼を心から想うクララ嬢との心が離れていくのを見るのが愉しくて堪らない。
エルヴァンがあの女に身も心も許したとき、誰から殺すのが一番傷ついてくれるのだろうかと、カルラの口元に笑みが浮かぶ。
「暇ね」
それでも退屈に感じる一番の理由は分かっている。
それは〝彼女〟がいないからだ。
アリア……自分を殺してくれるただ一人の少女。
カルラが認めたただ一人の人間。
燃えさかる王都の中で本気で殺し合い、本気になったアリアに殺されたい。
病んで死ぬよりも、有象無象の手にかかって死ぬよりも、断首台で裁かれて死ぬよりも、彼女のためだけに生きて彼女の手にかかって死にたかった。
どれだけ過酷な環境でもアリアなら必ず生還する。そのすべてを自分の糧としてカルラを殺せる強さを身につけて帰ってくる。
だが、そろそろカルラのほうが彼女のいない、刺激のない生活に飽きはじめていた。
「そろそろ迎えに行こうかしら。喜んでくれるかな?」
うっとりと目を瞑り、カルラは恋する少女のように……寒気のするような可憐な笑みを浮かべた。
***
暗い部屋、湿った空気、石造りの床と壁……。
古い城の地下牢において、その中で鎖に繋がれた一人の傷ついた少女が、静かに目を覚まし、翡翠色の輝く強い瞳を〝闇〟へと向けた。
師匠に引き続き、例のあの人も参戦!
大丈夫か、魔族!
乙女ゲームはなんだろう!
学園編……まぁ、乙女ゲーム本編ということで。
次回は間を置くために一週空けて……と言いたいところですが、
次回はそろそろネタバレもあって管理しきれなくなった『登場人物一覧』(生者優先)と『メイン人物ステータス一覧表』の二つをお送りさせていただきます。
たぶん、年齢とか設定とかゴチャゴチャになっている方もいらっしゃると思いますので。
その翌週からは通常更新に戻り、第三章『魔国の戦鬼』をお届けします。
それでは、引き続きよろしくお願いします。
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