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164 動き出す闇

6000文字



 竜種(ドラゴン)――。人類の歴史より以前から存在する幻獣種であり、この世界でも最強の生物である。

 寿命は数千年とも数万年とも言われ、一説には老成するごとに知性を増し、死ぬことなく龍に進化して、龍神に至るとされている。

 老成し、属性竜となることで高い知性と共に空を舞う能力と強大な力を得るが、人間が知る竜に対する恐怖は、その属性竜ではなく竜種の幼体といえる〝地竜〟によるものだった。

 竜は属性を得ることで、徐々に魔素そのものを糧とするようになる。だが、まだ属性を得ていない地竜は本能の赴くまま全ての物を餌として食らい、特に集団で生活し、逃げる力も弱く、魔力を多く保有する『人』の味を覚えた竜は、知性の低さから積極的に人間の集落を襲うようになり、人食い竜として恐れられた。


『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』


 その地竜が古代遺跡レースヴェールの奥から姿を見せて、大地を震わせるような咆吼を響かせた。

『ひぃいっ!?』

『うぁあああああああっ!?』

 冒険者たちの一部から咽を引き攣らせるような悲鳴が漏れる。

 竜の咆吼は〝弱者〟を恐れさせる。それは竜の選別とも言われており、ランクもスキルレベルも関係なく、竜の前に立つ資格のない『覚悟無き者』を恐怖させた。

 ここにいる冒険者たちは、竜と戦う可能性を知ってここまで来た。だが、多くの者はその覚悟で身体を震わせるだけで済んでいたが、それでも初めて見たその姿に畏怖を覚えた若年の者たちが耐えきれず、恐慌を起こして戦列が乱れはじめた。


「暴れる奴はぶん殴って正気に戻せっ! それでもダメならぶっ殺せっ!!」

 即座にジェーシャが竜の咆吼にも負けない勢いで声を張り上げた。

 通常の組織ならできないことでも命の価値が安いこの地なら当たり前のことであり、即座に動き出した古参の冒険者たちが殺す勢いで殴りつけることで、逆に被害を少なく抑えた。

 だが、恐慌を起こしたのは人間たちばかりではない。我を忘れた魔物たちが乱れてしまった戦列を飛び越え、負傷して下がっていた者たちに襲いかかり、負傷者と回復役の魔術師に少なくない被害を出した。

「ちっ!」

 ジェーシャが盛大に舌打ちしながらも思考を巡らせる。

 地竜(ドラゴン)が出てくることは想定していたが、ここまで早く崩れるのは想定外だった。何がいけなかったのか? 戦列から後退した負傷者の治療が遅すぎるのか? 光魔術を使える魔術師や上級ポーションの数は足らないが、下級のポーションならかなりの数があったはずだ。それが何故……。

「ジルガンっ!! 甲竜(うま)をよこせ! 打って出るぞ!」

 戦いの中で深く考えることを止めたジェーシャは、その闘争本能から打開策を求め、移動手段を寄越せと叫ぶ。


 地竜が出てきたときの最終手段として、ジェーシャとジルガンは自らの手で討伐することを考えていた。それでも、ランク4の人間が一人や二人いても倒せるわけがない。故にジェーシャたちは、ジェーシャとジルガンを含めたランク4とランク3の上位だけを集めた決死隊を編制していた。

 だが、前線が想定より早く崩れたせいで地竜との距離が開いている。このままでは何もできないまま竜の吐く炎の洗礼を受けることになると察して、荷馬代わりに連れてきていた甲竜の亜種に乗って突貫することを即座に選択した。

 ジェーシャたち前線中央で支えてきた戦力が抜けることで、冒険者たちに相当な被害が出るだろう。地竜へ向かう決死隊も生き残れる可能性は相当に低いはずだ。

 それでも砂漠の町を根城として〝故郷〟とする冒険者たちは、武者震いをするように獰猛な笑みを浮かべて武器を握り直した。

 だが――


 ドゴォオンッ!!

 その時突如として、冒険者の最後列、後衛である魔術師たちのさらに後ろにいる食料や医薬品を管理している馬車から火の手があがり、後方から飛来した矢が魔術師たちを背後から襲撃した。

「何事だ!?」

 背後から響く爆発音にジルガンが声をあげた。

 各部隊の構成はジェーシャに代わりジルガンが管理している。どこからか何者かの襲撃があったようだが、そちらにも戦いのできる者は残していた。

「まさか――」


『ハッハッハーッ!!』

 その爆発のあった辺りから笑い声が響き、炎の煙と砂煙の中から、人を乗せた十数体の甲竜が飛び出した。

 その数は荷馬代わりに連れてきていたほぼすべてだ。甲竜に乗った男たちは器用にその上から後衛たちに向かってさらに矢を放ち、そのまま纏まらずに逃げるように四方へ散っていく男たちの中から、一人の男がわざわざ向きを変えてジェーシャとジルガンの顔が見える場所まで寄ってきた。

「お前は……っ」

「ざまぁねぇなっ、ジルガンっ、ギルド長っ! ドワーフ共や獣くせぇ連中に、俺らがいつまでもデカい顔をさせておくと思ったかっ!」

 そのクルス人の男は冒険者ギルドでも古株で、ドワーフ以外が高ランクになることは難しいギルド内でもランク3にまで達し、その腰の低さからドワーフや獣人とも仲は悪くなかったはずだ。だからこそ今回の討伐隊にも組み込んだのだが。

「貴様、リーザン組と通じておったかっ!」

「当たりめぇだ、ジルガンっ! どうして力ある人族がお前らに従う理由があるっ? 散々使いっ走りのような真似をさせやがって、それも今日で――」

 ガキンッ!!

 ジルガンの横からとんでもない膂力で放たれた手斧が男を襲い、安全圏である数十メートル離れていた男が咄嗟に盾で弾く。

「……手癖の悪い女だな、ギルド長っ!!」

「てめぇ、何が目的だっ!? こんな真似をして町で生きていけると思ってるのか!」

 手斧を投擲したジェーシャが吠えると、この距離での投擲で半壊した盾を投げ捨てた男は、内心冷や汗をかきながらも歪んだ笑みを浮かべた。

「今日で終わりだって言ってんだよっ! 今日からあの町は、俺らリーザン組が支配するっ! あれを見やがれっ!」

 男が何事か唱えて手に生みだした闇を空に打ち上げると、闇魔術【幻聴(ノイズ)】で作られた笛のような甲高い音が砂漠に響いた。


『グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 その音に応じるようにして地竜の脚が止まり、天に向けて咆吼をあげる。

 そしてその後ろの砂煙の中から、巨大な地トカゲを騎獣とした漆黒の衣を纏う者たちが現れ、その先頭に立つ黒い鎧を着た男が漆黒の槍を天に掲げた。

「魔族軍っ!?」

 ジェーシャが驚愕の声をあげ、その声の意味をその場にいた全員が理解する前に、魔族軍の騎士が掲げていた槍の切っ先を冒険者たちへ向け――


『――――――ッ!!』


 それを合図として地竜が顎を開き、巨大な火球のブレスが砂漠を灼熱に変えた。


   ***


「やはり魔族か」

 最後に残った男の言葉にエレーナとロンが息を呑む。

 魔族軍の侵攻。それがあの町から闇エルフたちが姿を消した原因であり、このクルス人……リーザン組が動き出した一因でもある。

「な、なぁ? 話したんだから俺はもう行っていいだろ? な?」

 後頭部を打たれて尻餅をついたままの四十がらみの男が、憐れみを誘うような視線で私を見上げていた。

「まだだ。お前たちリーザン組の目的は? 何故闇エルフと一緒にいた? 魔族軍の侵攻目的はなんだ?」

 右手に黒いナイフを持ったまま、左腕一本で微動だにしない槍の切っ先を喉元に突きつける私に、男が一瞬、舌打ちしそうな狡猾な表情を浮かべ、貼り付けていた笑みを歪めた。

「あ、慌てるなよっ、俺たちは魔族軍の侵攻と同時に、各組織を襲撃することになっていたんだ。俺も詳しいことは知らねえけどよ、上のほうじゃとっくに魔族軍と話がついていて、魔族共があの町を落としたら、俺らが町を管理する手筈になってるんだよっ、ほら、もう全部話しただろ!」

「それで魔族軍の目的は?」

 こういう男は詐欺師と同じだ。自分の言いたいことだけを口にして真実をねじ曲げようとする。

「そ、それは……」

 問い詰められた男が言い淀む。人族と敵対する魔族が軍を動かした以上、ただ勢力域を広げるだけが目的ではないはず。おそらくは――


「――カルファーン帝国に侵攻するための軍事拠点か」

「――っ!」

 突然横からそう言ったロンの言葉に男が目を剥いて振り返る。

 そう、一番可能性が高いのはそれだ。あの町にいる闇エルフは、捨てられた孤児以外は姿を消した。そして姿を消した者たちは彼らの故郷である魔族国からの要請で協力しているのだろう。

 それでも長い間あの町で暮らせば、それなりに他種族の知り合いもいたはずだ。それらを見捨てて協力しているのなら、魔族が軍を動かす大きな理由があると考えたほうが自然だった。裏を見れば、支配者がリーザン組になるだけの話ではなく、逆らう者は皆殺しにされる可能性があった。だからこそこの男は言い淀んだ。

「……その沈黙、肯定と受け取る」

「ま、待ってくれっ」

 ロンが今まで見せたことのないような怒りの顔で剣を抜き放ち、逃げようとする男の心臓を背後から刺し貫くその姿を、エレーナがわずかに目を細めた悲痛な表情で見つめていた。


「ロン……」

「すまない、僕は……」

「…………」

 ロンも突発的にやってしまったのだろう。その怒りの基がただの愛国心なのか私には分からないが、エレーナにはそれが分かっているのか、その行為を良いとも悪いとも言わず、血塗れの剣を持ったロンの手に触れてそっと剣を下げさせた。


「あ、あの……、俺たちはどうすれば……」

 近くにいたクルス人たちが怯えたような顔で声をかけてきた。

 この辺りにいた者たちだろうか? 彼らからは敵意は感じないが、どういう状況なのかとエレーナに視線を向けると、彼女は微かに頷いてから彼らのほうへ向き直る。

「私たちにはどうにもできません。軍が相手ではどうしようもありませんから。あなたたちはここにいれば、これ以上危険はないはずです」

「そっ……それはそうだが、町がやられたら……」

 煮え切らない男の態度にエレーナはまた少しだけ冷たく目を細めた。他人任せ。誰かが何かしてくれると考え、希望ばかりを口にする。

「生きるだけならなんとでもなるでしょう? あなたたちは好きなように生きなさい。ここはあなたたちの〝故郷〟なのだから」


 この過酷な砂漠でも、生きるだけならなんとかなる。孤児たちとは違う力のある大人なら、魔物を倒して多肉植物を食料として、どこででも生きていけるのだ。

 その部分が目的があって自由の利かない私たちとは違う。


「俺は……」

 先頭にいた男がエレーナの言葉に苦悩する表情を見せて、それから何かを決めたように顔を上げた。

「そうだな……ここは俺の故郷なんだ。クソみたいな土地だが、それでも知り合いもいる。戦うのは無理だが、そいつらに逃げろと言うことはできる……」

「そうですか。私はあなたを止めはしません。ですが……どうぞ、ご自愛を」

「あ、ああっ」

 エレーナの言葉に男がどこかへ走り出すと、他の者たちも少し戸惑った顔を見せながらも、自分なりに頷いてから男の後を追っていった。


「……レナ、アリア。ナルを任せてもいいか?」

 その様子を見ていたロンが、剣を収めて寝かさせていたナルを抱き上げながらそんなことを言った。

「それは構いませんが……ロンはどうなさるの?」

「僕は……カミールを探しに行く」

 ロンはエレーナの言葉に真剣な顔で私たちを見る。

「カミールはどうした? 私よりも先に拠点に戻ると言っていたはずだけど」

「彼は戻ってきていない」

 少しだけ意図を込めた私の言葉に、ロンが首を振って少しだけ眉間に皺を寄せる。

「だけど信じてくれっ。カミールは確かにこの町の出身じゃないが、魔族軍の侵攻には関わっていないっ。むしろ……」

 ロンはカミールの素生を知っているのか、それでも話せずに言葉を濁すロンに、エレーナが小さく首を振る。

「私たちもカミールが闇エルフでも、彼が魔族軍と通じているとは思っていません。ですが、ロンは彼がどこに居るかご存じなのですか?」

「あ、ああ、すまない。僕は彼にも火属性の魔石の購入を頼んでいた。たぶんだけど、町で知り合いになった信用できる商人がいたから、そこだと思う」


 確かにカミール個人のことは信じていても、彼の素生は怪しい部分がある。それだけで彼が魔族軍と通じているとは私も考えていないが、完全に無関係とも言い切れない。

 そしてカミールが本当に町に向かったのなら、闇エルフである彼は魔族と間違えられて町の住民に襲われる可能性すらある。

 ロンはカミールの正体を含めて、彼が今回の件に巻き込まれる可能性が高いと判断して、友人である彼を心配しているのだろう。


「ロン、火属性の魔石はまだ足りないの?」

「いや、ギリギリ……カルファーン帝国の端に着けるくらいなら保つはずだが」

「なら、ロンは熱気球の準備をして。あれが魔族軍に見つかったら、必ず奪われるはずだから」

「それは分かるけど……でも」

 彼としては友人であるカミールを探しに行きたいのだろう。その気持ちは解るけど、私たちの目的を考えれば最適解が見えてくる。

「町には私が行く。ロンとレナは脱出準備を優先して」

「アリア……」

 ロンが行っても実力的に戻ってこられるか分からない。私が行くことでも危険は変わらないけど、それでも私はすべてが敵という状況に慣れている。

 カミールを救うことが正しいのかわからないが、それでも子どもを救うために奔走していた彼が救われてもいいと思うくらいには、私も信用している。

 淡々と一人で危険に飛び込むことを決めた私にロンが絶句し、エレーナが少しだけ潤んだ瞳で近づいてくると、触れるか触れないかの微かな力で、私の肩に自分の額を押し当てた。

「またあなたは……一人で」

「レナと一緒だ。守れるものなら守ったほうがいい。必ず戻るから、私のことを信じてくれる?」

 そう言うと私の肩から顔を離して、少しだけ目線が高い私を間近で見上げる。

「この世界で誰よりも……」

「うん」


 一人で町に向かうと決めた私からエレーナが心配するような複雑な笑みで身を離し、そんな私たちを見て、ロンは真っ直ぐに決意を込めた瞳を向けた。


「……すべてを話せなくてすまない。でも、みんなのことは()に任せてほしい。私とカミールを信じてくれた君たちのために、この名に懸けて……カルファーン帝国第三皇子、ロレンス・カルファーンの名に懸けて、皆を守るとここに誓う。アリア……カミールのことは頼む」


   ***


「アイシェ将軍っ、別働隊より冒険者共の隔離に成功したと連絡がありましたっ」


 部下の言葉に将軍と呼ばれた(ダーク)エルフの女性が無言で頷き、鎧の音を立てながら立ち上がる。

 魔物使いを擁する魔術師団が冒険者を町から引き離した。町の中で厄介だった獣人共も長老の一人を殺してその指示系統が回復していない。

 エルフ種の女性としては高い百七十を超える身長に、胸元が開いた黒革の衣に刀剣傷が残る鍛えられた肉体を包み、長い銀の髪を靡かせながら金の瞳で居並ぶ部下を睥睨したアイシェは、彼らに向けて愛用の黒い大剣を高く掲げた。


「魔将アイシェが命じるっ! 全軍、出陣っ!!」



第二章も後半戦。次回以降はほぼ戦闘になると思います。

ロンの正体はたぶんご想像の通りでした。

ジェーシャの運命は?

新キャラ、何人生き残れるかな……。


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― 新着の感想 ―
戦場がしっちゃかめっちゃかになりそうだ。 ドラゴンくん、利用されてんじゃないよ、最強種のくせに。
[良い点] 甘い~---! アリアの無自覚口説きもエレーナのあの甘えの信頼感も!
[一言] いや名前言っちゃったら政治利用されちゃうぞ・・・・
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