162 王の意味
どんどん増えるよ、八千文字。
※前話の後半部分を9/7に調整しております。
「レナ……君はっ」
自分も外に出た子どもを探しに行くと言う〝レナ〟に、ロンは困惑交じりの声をあげた。
ロン自身がナルを探しに行くのは、子どもたちを匿うと決めたのは自分だから必要なことだと思っている。けれど、レナがロンたちと一緒にいるのは危険を回避することが目的であり、漠然とだが彼女は待機を選ぶと思っていた。
それなのにレナは、どうして危険があるかもしれない場所に自ら赴くことを選択するのか?
ロンは『レナ』と名乗る少女が『異国の貴族』だと思っている。
隠しているのかもしれないが、肌の色や言動、そして同年代の同性であれほどの護衛を用意できるのは、上位貴族以外にあり得ない。
レナとアリアを見て最初は間諜ではないかと疑った。接触こそしなかったが、流れの商人の中にはそんな空気を感じさせる者たちがいたからだ。
だがその疑いはすぐに消えた。良家のお嬢様とその護衛という見た目の少女二人は、色々な面で目立ちすぎていたのだから。
疑えば切りはないが、疑いの目でなければ、どこかの貴族が事件か事故に巻き込まれたと考えるのが妥当だった。
それならば、彼女たちが町を脱出しようとしているのも理解できた。
ロンも最初は関わるつもりが無かったが、彼女たちの能力を知って自分の目的に利用できるのではないかと考えた。とある理由からロンと共に行動することになったカミールは、護衛の少女、アリアの言動に絆されてしまったようだが、ロンはレナが持つ判断力や交渉力に興味を持った。
ロンはカルファーン帝国の貴族だ。兄たちと歳が離れているが、自分の立ち位置が明確にならないかぎり、兄たちの派閥の者から命を狙われる可能性があった。
そのためにロンは単独で危険な任務に就く賭けに出た。本来、一人で行動するなど許されない立場だが、それが可能になったのは、兄たちの派閥の者が裏から働きかけていたからだと後から知った。
たった一つしかない熱気球の使用を許され、この地へ赴いたロンは、自分の護衛をしていた従者たちに襲われたが、自ら熱気球を壊すことで生き残ることができた。
おそらくは従者たちも兄たちの派閥に懐柔されていたのだろう。従者たちは落下の際に死亡し、この町に一人残されたロンは、生き残るために足掻きはじめた。
ロンがこの町に来て二年近く経つ。国元に連絡もできず、貴族としての籍があるのも限界が近いはずだ。生き延びて必ず帰還する。町から脱出するという名目はレナたちと同じだが、彼女から感じられる〝理由〟は自分とは違うとロンは感じていた。
ロンにはこの二年で、孤児たちに対する情が生まれている。すべてを救うことができないと分かっていても、顔見知りになったチャコたちを見捨てられなかった。その点に関してはカミールも同じだろう。
貴族の考えとしてはおそらく正しくない。だが、真っ直ぐにロンを見るレナの瞳は、同じ『救う』と口にしていても、ロンとは違う、まるで『父上』のようなもっと広い視野で世界を見ているような気がした。
最初はただの『お嬢さん』だと思っていた。
ここで一緒にいるうちに素の笑顔が可愛らしい女性だと分かり、気づけば彼女の姿を目で追っていた。
けれど、その年下の少女は、自分以上に貴族としての意味を理解しているのだと気づかされた。
「分かった。行こう、レナ」
「はいっ」
***
「全員、気張れっ!!」
『おおおおっ!!』
ジェーシャの気合いのこもった声が響き、冒険者ギルドの冒険者たちが叫び返す。
魔物の集団暴走に対処するため駆り出された冒険者たち。
巨大な盾と斧を構えた岩ドワーフとハルバードを構えた山ドワーフの、ドワーフ重戦士団。それとは対照的に砂漠らしい軽装備で揃えた、剣や槍を装備するムンザ会を中心とした獣人軽戦士団。それらに人族を含めた総勢百五十名を超えるランク2以上の冒険者が、古代遺跡レースヴェールへ向けて行軍していた。だが――
「……ちっ、なんかキナくせぇな」
自分の指示に従い後に続く冒険者たちを見て、魔鋼製の両手斧を肩に担いだジェーシャが吐き捨てるように呟いた。
自分の子飼いであるドワーフたちは問題ない。戦いに異様な意欲を見せる獣人も前回の『薔薇』の件であらためて協定を結んだムンザ会が纏めてくれている。だが、姿を消した闇エルフは別として、二割程度しかいないが、人族を中心とした冒険者たちから不穏な感情が垣間見えた。
「お嬢……」
「分かってるよ、ジルガン」
横を歩くお目付役の声に、ジェーシャは苛つきを堪えるような口調で返す。
頑強なドワーフや獣人と違い、砂漠という過酷な環境下で冒険者となる人族は多くない。いることはいるが、そのほとんどは食うに困ったあぶれ者か孤児たちで、そんな低ランクの者を連れてきても邪魔にしかならない。
それでも、その数少ないランク2以上の人族が参加しているのだが、その一部から不穏な空気が感じられたのだ。
「でけぇ声じゃ言えねぇよ。……リーザン組か?」
「分かっているならいい」
「ふんっ」
まるで子ども扱いするジルガンにジェーシャが鼻を鳴らす。
かれこれ三十年近くお目付役についているが、ジェーシャも人族に換算すれば、まだ成人したての小娘に過ぎないのだから、言うだけ無駄だと分かっている。
(……おっと、今はそれどころじゃねぇな)
ホグロス商会は武器防具販売や鍛冶仕事などを生業とする商会だが、冒険者ギルドとしてこの町を外敵から守る役目もある。他から頼まれたわけではないが、それをするからこそ、戦力を誇示し、四勢力の中で一番数が少ないにもかかわらず、この町で大きな顔ができている。
そのため、今回の魔物の暴走はホグロス商会の威信にかけて止めなくてはならない。その原因がもし本当に奥地にいるはずの地竜だったとしても、ジェーシャは一歩も退くつもりはなかった。
その裏で暗躍する者たちの意思が纏わり付く砂のように感じられる。それが魔族か、リーザン組か……。決めつけるのも危険だが警戒しないわけにもいかない。
だが、その者たちの目的が、ジェーシャたちホグロス商会と冒険者を町から遠ざけることにあるのなら……。
「怪しい連中はどうしてる?」
「念のために後方に回した。だが、目的が分からない以上、それが正解かも分からん」
「そうだな……」
途中で一度だけ食事休憩を挟んで、冒険者たちは再び歩き出す。
この地方では馬代わりに比較的大人しい甲竜の亜種を移動に使うこともあるが、この人数を運ぶほどの数はすぐに揃えられない。故に基本は徒歩でほぼ休憩無しの移動となるが、その点から考えても人族は後方で、食料を積んだ竜車を護らせるのが妥当だと判断された。
そして数時間後――
「ギルド長っ! 遠くに砂煙!」
「来たか!」
斥候に出ていた女豹のような女性獣人の報告にジェーシャは豪快な笑みを浮かべた。
離れていても砂煙が見えるのは、それだけの数の魔物が暴走しているということだ。だが、それでもジェーシャが笑みを零したのは、細かい策略をグダグダ考えるよりも戦斧を振るっているほうが性にあうのだろう。
「野郎共、隊列組み直せっ!! 盾持ちの岩ドワーフは前に出て死んでも受け止めろ! 山ドワーフはその後ろについて、止まった瞬間に殲滅しろ! 獣人たちは好き勝手に動いて、ぶち殺せっ!!」
『オオオッ!!』
「ギルド長、野郎じゃないのもいるんだけど!」
先ほどの斥候を含めた複数名の女性獣人がからかうような声をあげた。
基本、ギルドでは同族のドワーフが重用されるが、それでも数少ない女性冒険者はジェーシャの個人的な依頼で重宝され、今ではある程度だが種族を超えて気安い関係を築けている。
「はしゃぐんじゃないよ! まずは魔術で先制するよ!」
その女性冒険者の半数以上が魔術師だ。ジェーシャの指示に獣人と人族の魔術師たちが盾役の後ろで魔術の準備を始めた。
「見えてきたぞ!」
砂煙を巻き上げてまず迫るのは、脚の速い甲竜や一部の空を飛べる虫の魔物だった。その中に熱に強い火トカゲなどがいないことを確認したジェーシャは、魔術師たちに火の呪文を唱えさせる。
「勢いを止めるぞっ、撃てっ!!」
***
「――【空弾】――」
エレーナの放つ風の弾丸が数体の甲虫を地面から引き剥がし、その腹部を曝け出す。
「ハァッ!」
その瞬間に飛び込んだロンが剣でその腹を割き、顎下から頭部を斬り飛ばす。
エレーナ一人でも威力のある呪文を使えば倒せないことはない。それでも、前衛となる戦士がいれば魔力を温存して戦えることを知っていた。
ロンもカミールには及ばないが、それでも二年間この町で生き抜いた経験があり、その実力はランク3にも達していた。
だが、数体の魔物を容易く倒したロンの表情には、わずかな焦りの色が見えた。
「こんな場所にまで魔物がいるなんて……」
「ええ。何かおかしいわ。急ぎましょう」
魔物の大量発生、その暴走が始まった情報はまだ二人に届いていない。
エレーナもロンも肌に感じる嫌な予感を信じて警戒はしているが、ロンが焦りを感じているのは、ナルのこともあるが、このような状況にエレーナを巻き込んでしまった、男の矜持として焦りを感じているせいだ。
だが、クレイデールの女はそれほど弱くない。
以前のエレーナなら多少の不安を感じていたかもしれないが、今の覚悟を決めた彼女は、自分でも驚くほどに冷静さを保てていた。
(以前の私は……死ぬ覚悟はあっても、命を懸ける覚悟がなかったのね……)
エレーナは王女として、王太子である兄が王として〝不適格〟と判断された場合、王太子の子か王族に連なる血筋の者を教育して次の王とする、『繋ぎの女王』となる覚悟はしてきた。
子を成せない病んだ自分ではそれが最上であると、幼いエレーナが父王に直訴したことであったが、今にして思えばそれは受け身の覚悟……逃げの覚悟だと思える。
それが国家のためではあっても〝民〟のための決断ではなかった。
国家のために、政敵に利用させるくらいなら死を選ぶ。だけどそれは、『逃げ』ではないのだろうか? 本当に民のことを思うのなら、王女として生き足掻くべきだ。
あの平和ボケをした正妃に育てられ、伯爵家の三男坊程度の意識しかない兄でも、エレーナが補佐をすれば、ある程度の王にはなると考えていた。
でも、本当に民を思うのなら、あの兄を王にする必要があるのだろうか?
すでにエレーナの身体は癒えている。それならば〝誰〟が王となるべきか?
王は孤独だ。でも、一人では国を成せない。
孤独な王を心から支えてくれる臣下がいてこその国家なのだ。
税を払う大人たち。その手伝いをして後を継ぐ子どもたち。彼らを護る貴族。それらはすべて王が慈しむべき〝民〟であり、彼らを食い物にする者は国民でも敵だ。
だからこそ、国に戻らなくてはいけないエレーナの力になりたいと願い、自分の意思でそれを行おうとした幼いナルも、エレーナにとってはすでに慈しむべき臣下だった。
それでも、切り捨てる覚悟はいる。
それでも、命を懸ける覚悟がいる。
情に流されない。それでも、この手でどれだけ救えるか、それが女王として立つと決めた自分の〝器の大きさ〟なのだとエレーナは考えた。
「レナ、あれを見ろ!」
目的地であるナルが向かった岩場の近くで、魔物の群れが見えた。
「……すべてを相手にはできませんね。できるかぎり回避して、ナルを確保して逃げましょう」
「それしかないか……」
ナルが採りに行った赤い草はこの辺りが群生地でどこにでも生えている。
子どもの手で採れるだけ採って離れたのなら問題はない。この辺りに住む子どもならたとえ魔物と会っても逃げる術は知っているはずだ。
だが、魔物の数が多ければ、足の遅い芋虫でも逃げ切れない恐れがある。
「これは……」
魔物の群れを回避して進んだ途中で、棒のような細い物で潰された芋虫を見つけた。
「……冒険者でもいるのでしょうか?」
「いや、何度も叩かれた痕がある。たぶん、この辺りの住人がやったのかも」
「こんな場所に住んでいる方がいるのですか? だとしたら、ナルもそこへ逃げ込んでいるかもしれませんね」
「……そう、だな」
希望を見つけて明るい顔をするエレーナに、ロンは少しだけ言葉を濁した。
「あまり、期待するなよ」
「……?」
ロンが知っているらしいその住民がいる場所へ向かうと、エレーナもロンが言葉を濁していた理由に気づいた。
ありていに言えば、この町での悪い意味での最下層だろうか。
『…………』
弱者ではない。さりとて強者でもない。半端故に四つの組織に所属できず、無駄なプライドで弱者のように最底辺の仕事をすることもできない。
弱者から奪うことでしか生きることもできず、強者から隠れるようにして暮らしている、そんな人間たちだった。
十数名ほどの人間たちは、武器を持ったロンとエレーナを見て怯えたように自作らしい棍棒を構えた。
「な、何もんだ、あんたら」
「私たちは知り合いの子どもを捜しています。獣人の男の子ですが、見かけませんでしたか?」
「し、知らねぇ……用が済んだら出ていってくれ」
人族の中年の男がエレーナから視線を逸らす。
エレーナはその態度に男が何か知っていると感じた。でもそれを問い詰めようとしたエレーナを、ロンが外套の裾を引いて止める。
「行こう。あまり刺激しないほうがいい」
「ですが……」
「大丈夫。たぶん合っているはずだ」
ロンは、『獣人の男の子』とエレーナが口にした時、数人の住人が一定の方向に視線を向けたことに気づいていた。
「急ごう。おそらく、囮にされている」
「…………」
ロンの言葉に息を飲み、エレーナも足早にその方角へ向かうと、少しして小さな子どもの声が聞こえた。
「ナルっ!?」
「向こうだ!」
二人が走り出して数秒もしないうちに、よく知っている子どもの声が聞こえ、そこには岩場によじ登って数体の芋虫に石の破片を投げつけているナルの姿があった。
「――【水球】――っ!」
エレーナが咄嗟に放った水の塊が芋虫たちを押し流す。
「ロンっ!」
その声にロンが流された芋虫へと向かい、その間にエレーナがナルを確保する。
「ナル!」
「レナねえちゃん!」
それに気づいたナルが岩場から飛び降りるようにエレーナに抱きついてきた。その身体は汚れてはいたが怪我が無いことに安堵して、エレーナが目線を合わせてナルの瞳を覗き込む。
「無事で良かった。どうして……一人で外に出たのですか?」
「あのね、これ!」
エレーナの問いに、ナルがズタ袋目一杯に詰め込んだ赤い草を誇らしげに見せる。
「これ、いるんでしょ? ボク、いっぱい見つけたよ!」
「ナル……」
ペチン。
エレーナはその姿に泣きそうになりながら、ナルの頬を小さく叩いた。
「……え」
「心配……かけないで。あなたが怪我をしたら、みんなが悲しいのよ」
できることとできないことが分からない。それはまだ三歳であることよりも、それを教える大人がいなかったからだ。生きることに精一杯だったチャコやノイも教えることができなかった。だから、エレーナはそれを伝えるためにナルの小さな身体を思いっきり抱きしめる。
「本当に無事で良かった……。それと、ありがとう。あなたは立派な男の子ですよ」
「ねえちゃん……ごめんなさい」
ナルが理解できているのか分からない。それでも何かを感じたのか、再び抱きついたナルが泣き出して、そのまま安心するように眠ってしまった。
「……レナ。そろそろ戻ろう」
「はい。待っていてくれてありがとう」
芋虫を倒した後、ナルが落ち着くまで待っていてくれたロンにエレーナが笑顔を見せると、ロンは少しだけ口元を歪ませて視線を逸らす。
「……いや、当たり前だから」
「はい……」
そんなロンを見て、エレーナの笑みがまた少し深くなる。
後は戻るだけ。それだけとなって来た道を戻りはじめた二人の前に、先ほどの住民たちが道を塞ぐように立ち並んでいた。
「……何の用だ?」
ロンが二人を庇うように前に出て剣の柄に手を添えると、住民たちは気圧されたように下がりながらも、その中から先ほどの中年男性が前に出た。
「あ、あんたら、強いんだろ? この周りにいる魔物を殺してくれよ」
「町のほうにも魔物が出はじめているんだ!」
「あたしは町から逃げてきたのに、こっちにも魔物がいるなんてっ」
「あんたたち、強いんならやってくれ!」
「……お前ら」
単体なら囲んで殺せても、それが複数になれば立ち向かう勇気はない。だから、子どもを囮にして助かろうと画策しておきながら、好き勝手なことを言う住民たちに、ロンも思わず怒りを滲ませた。
「待って、ロン」
「レナ……?」
その声音に何故か寒気のようなものを感じて振り返ると、冷笑を浮かべたエレーナが眠っているナルをロンに手渡して前に出る。
「どうして、私たちがそんなことをしないといけないの?」
いつもの丁寧な話し方ではなく相手に合わせた言葉遣いに、ロンだけでなく住民たちも何か感じたのか微かに息を飲む気配がした。
「自分たちで倒せばいいでしょう?」
「お、おれたちは弱いんだっ、仕方ないだろ! あんたらは強いからそんなことが言えるんだ! そのガキも、あんたらの子じゃないんだろ? だったら、そんなガキよりも俺たちを助けろよ!」
「ダメよ」
間髪容れずに答えた言葉に空気が一瞬凍り付く。
「この子は、私や仲間のために自分ができることを考えて、それを成そうと努力したのよ。それを邪魔したあなたたちが、どうして許してもらえると思っているの?」
感情を交えず淡々と語る言葉だからこそ伝わる感情もある。
王として民は護る。けれど、その敵には一切容赦しない。その言葉の中に冷徹な意思を感じて黙り込む彼らに、エレーナはニコリと微笑んだ。
「ここは誰の町? あなたたちの町でしょう? あなたたちが護らなくてどうするの? ここは……あなたたちの故郷じゃないの?」
「そ、そんな……俺たちは……」
男の瞳が困惑に揺れる。こんな生きているだけで苦しい町は嫌いだった。こんな場所はいつか逃げ出したいと思っていた。
けれど、笑顔の少女が紡ぐ『故郷』という言葉に、心の奥で忘れかけていた何か熱いものを感じた。
「そんなことをされては困るな」
「っ!?」
唐突に割り込んできた声にロンとエレーナが振り返る。
その見上げた先、岩場の上からこちらを見下ろす、外套のフードで顔を隠した男の姿があった。下からだとフードの中は見えるが逆光になって顔は見えない。だが、その見えないはずの顔が笑っているように感じた。
「……どなた?」
「メルセニア人の娘……貴様、『薔薇』とか呼ばれる娘か、その関係者か? 町から逃げる奴らを追って、反抗する意志があれば潰しておけと言われて、貧乏くじを引かされたと思ったが……まさか、本当にいるとは思わなかったぞ」
「…………」
どうやらお喋りな性格なのか、それとも優位に立っていると思っているのか、自分が言いたいことだけを言って、どこか嗜虐心のあることを感じさせるその男の背後から、さらに数名のクルス人たちが現れた。
「おい、旦那。あんまり喋るなよ……」
「いいじゃないか。お嬢さんも死ぬ前にお喋りくらいしたいだろ?」
全員がランク2以上。外套のせいでよく分からないが、エレーナはダンジョンやこれまでの経験からフードの男はランク3はあると察した。
彼らの言葉を信じるのなら、町で何かが起きているか、これから起きるのだろう。そして彼らが自分たちを捕らえるのではなく、とりあえずで殺しに現れたのだと察した。
想定外の出来事が始まり、エレーナはロンと二人で彼らに勝てるのか計算する。
乱戦になれば勝ち目は薄くなる。ロンも魔術は使えるはずだが、この者たちを一撃で倒せるほどの魔術は使えない。
雷撃の呪文はこの距離だとエレーナの技量では拡散して威力が落ちる。一撃で倒すには氷系の呪文を使うしかないが、この距離だと躱される恐れがあった。
(何か少しでも……隙ができれば)
ロンの魔術で牽制してもらう手もあるが、それを声に出すわけにもいかず、エレーナの意図が無言で伝わるほど意思を通じ合わせているわけでもない。
だがその時――
――ヒュン!
「ん……がっ!?」
風斬り音に男が顔を上げたその瞬間、その右目に小さな矢が突き刺さった。
「――【氷槍】――ッ」
その一瞬にエレーナは構成しておいた【氷槍】を撃ち放ち、心臓を貫かれたその男は、真っ黒な闇エルフの素顔を晒して岩場の上から転がり落ちた。
「なっ……」
男の仲間が絶句して周囲を探し、エレーナだけがその方角に振り返ると、息を切らしながら小さなクロスボウを構えた少女が、髪を燃えるような灰鉄色に染めて反対側の岩場の上から姿を見せた。
「待たせた?」
「いいえ、良いところでしたわ。アリア」
テンポ良く進めたいのに、文字数が増えるジレンマ。
ジェーシャの話も途中で切っています。もう少し心情的に語れる部分があるかもとか思ったり。
今回、アリアはちょい役でした。
次回、動き出した影の正体。