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151 砂漠の子どもたち



「その子を渡せ」

 あれほど感情を見せることがなかった……いや、私たちへ関心を向けなかったカミールが、初めて苛立ったような感情を私に向けた。

「……断れば?」

「斬る!」


 カミールから吹きつける殺気に腕の中の男の子が微かに身じろいだ。

 その瞬間、矢の如く飛び出したカミールの刃が届く前にエレーナから離れた私は、男の子を抱いたまま路地の壁に踵をぶつけるようにして駆け上がり、振り抜かれたカミールの短剣を踵の刃で受け止める。

 ガキンッ!

「この子が死ぬぞ?」

「お前が放せ!!」

 速い。子どもを盾にするような私の物言いにカミールがさらに速度を増した刃を振るい、私も踵の刃を使ってさらに壁を上って刃を躱しながら【影収納(ストレージ)】から出した暗器を手首の振りだけで投擲した。

「くっ」

 身体能力だけで追ってこようとしたカミールが、暗器を弾くと同時に地に落ちる。

 なるほど……やはり強いな。単純なステータスや技量ならカミールは私を超えると感じた。でも、彼は〝何か〟が足りない。


「その〝剣〟か」

「っ!」


 私の言葉にカミールの目が見開かれる。

 ほんのわずか。爪を切り忘れた程度の微かな違和感。カミールは鎖分銅もあるし、闇エルフなのだから魔術も使えるだろう。けれど、子どもがいるから使えない。

 意外と人が良い? 印象よりも甘い? 誰もが常識的にそう考える。でもそれほどの強さがあるのなら、もう少しやりようもあるだろう。

 実力の割にくぐった修羅場が足りない。その秘密は、彼の持つ魔力を帯びた無骨な短剣にあると見た。

「返す」

「!?」

 再び壁を登りはじめたカミールに私が男の子を投げ渡す。

 とっさに子どもを受け止め、体勢を崩したカミールの背後から気配を消した私がナイフを抜いて振りかぶり――


「やめなさい!」

 刃がカミールの首に触れる寸前、路地に響いたエレーナの声に私は即座に壁を蹴って彼女の横に舞い下りた。

 その時には男の子を抱いたままのカミールが間合いを取って私を睨み、それを無言で受け流す私にエレーナが微かに溜息を吐いて一歩前に出た。

「その子は血まみれですが傷の治療はしています。私たちが手を出したわけでもなく、死にそうなその子を見かねて治療しただけです」

「…………」

 その言葉を聞いてカミールが疑いながらも男の子に視線を移す。しばしして、血に塗れたその下に傷がないことで誤解だったと理解したカミールは、口元を歪ませながらも絞り出すように声を漏らした。

「……すまない」

「謝罪は受け取りました。こちらも誤解されるような真似をしましたから」


 エレーナが私に視線を向け、私は小さく頷いた。

 カミールやその仲間のロンが悪とは言わないが、信用できるかどうかは違う話だ。私が子どもを渡した時点でエレーナもある程度信用できると理解したわけだが、彼女は私ならもう少し穏便にできたのにと考えている。

 だが、こちらからわざわざ甘さを見せる必要もない。


「その子の病気を治す当てがあるの?」

 子どもを抱いたまま私たちから距離を取ろうとしたカミールの足が止まる。

「……お前に関係あるか?」

 私が最初に言った言葉を返すカミールに私は微かに頷いた。

「関係ない。私がその手段を持っているとしても」

「…………」

 私の言葉にカミールが再び私を見る。

 馴れ合うつもりはない。彼らにその手段があるのならもう関わるつもりもない。けれど子どもに罪はない。馴れ合わずに命が助かるのならそのほうがいい。

 これは私たちが弱みを作らないための最大限の譲歩だ。

 疑り深いカミールからすれば私を信じることは難しいだろう。そのように振る舞ってきたのだから当然だ。だからこそ私は馴れ合わないために彼にも譲歩を強いる。


「……報酬は払う」

「いいだろう」


   ***


 その場所は町の外れ――ほぼ岩場ばかりの場所にその小屋は建っていた。

「カミール! ノイは!?」

「チャコ、ノイはまだ大丈夫だ」


 日陰を作るだけの小屋から出てきたのは、まだ十代半ばの猫獣人の少女だった。

 ノイとはあの闇エルフの男の子の名前だろう。チャコと呼ばれた少女は獣人なので家族には見えなかったが、カミールからノイが血塗れでも怪我がないことを説明され安堵している様子に、種族が違っても家族同然に想っていることが窺えた。


「あの……そちらは?」

「……治療してくれた者たちだ」

 カミールの不満げな適当な紹介でも、チャコはフードで顔を隠した怪しい私たちに慌てて頭を下げた。

「あ、ありがとうございますっ! でもお支払いできるものが……」

「それはこいつから貰うからいい。それよりもこの子の病気のことはわかっている?」

「……はい」


 チャコがポツリポツリと話してくれた。

 彼女たちはこの町に住む浮浪児だった。生活できなくなり親から捨てられた者。この町から逃げ出すとき邪魔になって置いていかれた者。マフィアたちの抗争で親を殺された者など、この町なら理由はいくらでもある。

 そんな子どもたちも力ある者は他の弱い子どもから食料や金を奪い、弱者の屍を踏み台にしてあの町の醜い大人になっていく。だから弱い子どもたちは生きるために身を寄せ合い、奪われないために死と隣り合わせのこんな岩場で生活している。

 そんな中で偶然出会った同族のノイが貧窮していることに気付き、食料などを援助をしていたのがロンやカミールだった。


 ここにはチャコやノイの他にも、二人の子どもがいた。犬獣人の幼児と、少し体格の良い小さな女の子はドワーフだろうか?

 カミールが援助をしていても子どもたち全員を養えない。そもそもこんな子どもたちは町の周囲にいくらでもいる。

 子どもたちは生きるために、年長のチャコがこの辺りの多肉植物から繊維を取って安い履き物を作り、それを売って日々のわずかな銅貨を得る。そしてノイは町で飼育されている巨大甲虫の幼虫を世話する仕事にありついていた。

 巨大甲虫の幼虫は栄養価が高い、この地では貴重な食料だ。だが、巨大甲虫は魔物であり幼虫でも世話をするには危険が伴う。危険だからこそ浮浪児のノイでも仕事にありつけるのだが、ノイは甲虫の幼虫に噛まれてしまい運悪く病気を発症した。


 ノイは少しずつ衰弱して自分が病気になったことに気づいた。チャコや他の子どもが病気ではないかと心配したが、ノイは彼女たちに嘘を吐き、自分より小さな子を食べさせるために働きに出た。それが二日前のことだという。

 ここからは推測になるが、ノイが病気だと気づいた雇い主が彼を痛めつけて路地に捨てたのだろう。おそらくは世話をする浮浪児が病気になることは織り込み済みで、子どもが病気になる度にこうして殺していたのだろう。


「……〝レナ〟。そこの甕に水を溜めて。チャコは布と服を用意して」

「はい」

「は、はいっ」

 二人の返事を聞いてから私はノイの血塗れの服を引っぺがす。途中で狼狽えたように出てきたカミールに血塗れの服を渡して、燃やしてから砂漠に埋めろと指示を出す。

 感染力は低くてもできれば燃やしたほうがいい。【浄化(クリーン)】で消去しきれるか検証をしていないからだ。私はエレーナが魔法で出した水をノイにぶちまけ、チャコの用意したボロ布で血を洗い、戻ってきたカミールにこれも燃やせと言って彼を追い出した。

 これからやるのは私も初めての魔術だ。できれば集中を阻害する要因は限りなく排除したほうがいい。

「……大丈夫?」

「やるよ。……【治療(トリートメント)】――」


 レベル4の光魔術【治療(トリートメント)】。

 この呪文は体力を回復させるのでも傷を治癒するのでもなく、病気を治す魔術だ。

 毒の種類が分からないと治せない【解毒(トリート)】と同じように、病気の原因を理解していないと効果は発揮しない。

 私は光魔法だけレベル3のままだった。レベル4の光魔術は【治療(トリートメント)】と【祝福(ブレス)】だが、魔力が高ければ病気にもかかりづらく、桃色髪の影響で病気自体に無縁だった私はレベル4の光魔法が必要になるほどの危機感がなく、魔術ではなく魔法で行使する私でも今まで行使することができなかった。

 けれど、これからの戦いはレベル4の光魔法も必要になるだろう。

 耐魔術と防御力を上げる【祝福(ブレス)】はもちろんのこと、私が理想とした――私と師匠が理想として師匠(セレジユラ)が極めることができなかった、本当の『戦鬼』となるために。

 私はここで〝力〟を手に入れる。

 そして――


「……成功したのか?」

「問題ない」

 小屋から出てきた私にカミールが微妙な顔で声をかけてきた。

 結果を言えば【治療(トリートメント)】は発動し、ノイの病気は治療された。集中しすぎて疲れた私をエレーナたちは休めと外に出し、私は後のことを彼女たちに任せてきた。

 カミールが微妙な表情をしているのは、私が雑用を押し付けて彼を小屋から追い出した不満と、私がノイの病気を治したことへの感謝があるからだと思う。


 レベル4の光魔術を使える聖教会の大司祭クラスは、クレイデール王国でも十人程度しかいないはずだ。

 カトラスの町にはホグロス商会の冒険者ギルドに一名だけいると聞いている。そんな人間に治療を頼もうとすれば、大金貨が最低十枚以上と相応の紹介者や信用が必要になる。

 その治療に私が提示した金額は大金貨一枚。別に小金貨一枚でもいいのだが、彼らの誇りのためにも貰っておくことにした。

 態度が悪く疑り深いのにこうして礼を執ろうとする態度を見て、私は意外と育ちがいいのだと察する。


「……すまん。助かった」

「気にしていない」

 今回ばかりは素直に礼を言ってきたカミールに私も気にするなと軽く手を振り、汗ばんだ髪を乾かすために木陰で私がフードを脱ぐと、それを見たカミールが切れ長な目を丸くした。

 ……そういえば初めて見せたか。

「桃色の……金髪?」

「おかしい?」

「いや……珍しいがおかしくはない」

 カミールは何故か私から視線を外して言葉を探すように口籠もる。何かあるのか? 気になることがあるのなら、私も気になっていたことを口にする。

「そうね。魔剣を持つ冒険者も、肌色の薄い闇エルフも、珍しいがいないこともない」

「…………」


 無言になったカミールが私の瞳をジッと見る。野生の獣でも逃げ出しそうな強い視線を数十秒無言で受け止めていると、彼のほうから視線を外して盛大に溜息を漏らした。


「どうして気づいた?」

「お前の経験が足りない」

 何が、とは言わない。色々な意味に取れるだろう。私の言葉に何か感じるものがあったのかカミールはまた不満そうな顔をして、しばし互いに無言の時間が過ぎたあとボソリと話し出した。

「俺の歳は幾つに見える?」

「闇エルフなら……三十前後か?」

 見た目は私と同じ、人族の成人くらいだ。でも長寿種であるエルフならもっと高いはずだと考え口にすると、カミールが静かに首を振る。

「俺は十五だ。お前が考えた通り人族の血が入っている。それに魔力が高ければ身体が成長するのは人族も闇エルフも同じだ」

「なるほど……」

「俺には人族……メルセニア人の血が入っている。母は……自分の母が桃色髪の綺麗な金髪をしていたと言っていた」

「…………」


 薄赤色の髪や桃色に近い髪色はあるけど、桃色髪と言えるのはメルローズ家直系の女性だけだ。お祖母さんは外に嫁いだメルローズ家の女性だろうか?

 だとしたら……もしかして彼は私と血縁があるのかもしれない。


「この魔剣は、父が人族である母を護るために渡した物だと聞いている」

 カミールは魔剣の柄を少しだけ寂しげに触れる。……やはり特殊な魔剣か。

「お母さんは?」

「……殺された。親父の別の妻にな」

「そう……」

 カミールの声からは悲しみよりも怒りを感じた。

「お前の親は?」

「両親は私を守って亡くなった」

「……そうか」

 私の声音にも微かな怒りが滲む。けれどその怒りの向く先は殺した魔物ではなく、乙女ゲームという名の私の〝運命〟だ。

 カミールの怒りは何に対してか? カミールが浮浪児を助けるのも、ムンザ会と敵対しているのも、何か理由があるのだろうか?

 それが語られることはなく、私たちは無言のまま地面に腰を下ろし、エレーナとチャコが迎えに来るまでジッと身じろぎ一つしなかった。


   ***


 その二日後、私とエレーナは再び町から外れたチャコたちの小屋に向かっていた。

 彼女たちのことはカミールかロンに任せて、私たちはあまり関わるべきではない。けれどエレーナはあの小屋にいた犬獣人とドワーフの幼児と仲良くなり、幼児の栄養状態を気にしているようだった。

 この地方の多肉植物は栄養があり、それを食べていれば死ぬことはないはずだが、確かに肉類を手に入れるのは難しいだろう。

 少し高く付いたが貧民層が食する虫食ではなく、羊に似た家畜の肉を薄切りにした物を持って岩場に向かうと少しだけ違和感を覚えた。


「アリアっ」

「待って」

 飛び出そうとしたエレーナを片手で止めて前に出る。小屋の前に回復したはずのノイが倒れていた。まだ死んでいない。私の目で見た限りまだ彼の魔力が残っているから、治療すればまだ助かる。

 それでも私が止めたのは、小屋の中から三人の獣人が姿を現したからだ。

 獣人……ムンザ会か。


「待ってたぜ。このガキを治療した錬金術師の女はお前だな?」

「チャコはどうした?」

 二人の獣人の腕に人質のつもりか二人の幼児が捕まっていた。よほど怖い目に遭ったのか子どもたちは声も出せないほど怯えて、その様子に背後でエレーナが息を飲む。

 それとこいつらは何故、私たちが錬金術師だと思ったのか? どうしてノイの病気が治療されたことを知ったのか?


「あの女は俺たちの所に連れていった。なぁに、お前が大人しく俺らに協力すれば悪いようにはしねぇ。ポーションで病気が治るなら、あの女のようにリーザン組に売れそうなガキがかなり手に入るからな」

 そう言って黒い虎のような毛並みの獣人が笑い、泣いている子どもたちを捕まえていた獣人も笑っていた。

 私は彼らと――子どもたちを見つめていた。心にわずかな炎を灯して。

 あなたたちは……それでいいの?

「これから連れていってやる。案内するから大人しくして――」


「泣いているだけ?」

 ハッキリとそう声にした私の言葉に獣人たちが怪訝そうに顔を顰めた。

「なんだ、何を言って――」

「奪われるだけでいいの?」

 ドワーフの子が顔を上げる。

「本当に悔しくないの?」

 獣人の幼児が歯を食いしばる。

 男たちの言葉に被せるようにそう言うと、男たちの顔に怒りが浮かんだ。

「いい加減、黙れ女っ!!」


「生きるために――抗え」


『ぎゃ!?』

 お前たちは気づかなかったのか? 子どもたちが泣くのを止めたことを。家族を守るために、自分の意志で戦うと決めたことを。

 お前らは子どもを舐めすぎだ。幼児でも牙を持てば人を殺せる。

 子どもたちが男たちの腕に噛みつき、虚を衝かれたその一瞬に私が指先を向ける。


「――【幻痛(ペイン)】――」


『――――ッ!』

 硬直する獣人の男たち。滑るように動いた私が子どもたちを捕らえていた男の眉間に黒いダガーを突き立て、もう一人の延髄に黒いナイフを突き刺してから、そっと二人の子どもを地に下ろす。

「なっ――」

 一瞬の惨殺にまだ硬直している黒虎の男へ滑るように近づき、武器を構えようとした右腕の手首を手刀で砕き、棒立ちする男の右膝を踵で逆側に蹴り砕いた。

「――ぎゃあああああああああああああああああああああああああっ!!?」

 激痛に叫びをあげて転げ回る男の顔を踏みつけ、私は威圧と殺気で黙らせながら冷たく男を見下ろした。


「引きずって連れていってやる。大人しく案内してもらおうか」



カミールは意外とお坊ちゃまです。

ぶっきらぼうなのは女子に対する男子の反応……みたいな?

カミールとロンが一緒にいるのは、境遇が似ているからです。それは彼らの行動にも影響しています。


次回、カチコミ!




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ヒャッハー!!毛があればヨォーく燃えるぜ
教育水準、生活水準どちらを考えても、脅す奪うという思考に陥ってしまうんだろうけど、女ふたりがキャラバンに頼るでもなく陸の孤島の様な街にいる事自体怪しんだりせんもんかなあ? いる事自体が摩訶不思議な存在…
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