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145 二人の少年

5/22若干変更しました。



 声が聞こえて、エレーナが慌てて外套のフードを被り顔を隠す。

 私たちを見ていたのは、クルス人と闇エルフの二人組。見た目はどちらも私たちと同年代に見えるが、私たちと同様に外見と実年齢が一致しているとは限らない。

 特に長寿であるエルフ種の年齢は見た目での判別が難しい。その闇エルフから鋭い視線を向けられ、私がエレーナを庇うように彼らの視線から隠すと、クルス人の少年がそれに気づいて闇エルフの肩を軽く叩いた。

「カミール、女の子を怖がらせるなよ」

「…………」

 そう言われたカミールと呼ばれた闇エルフは表情も変えずに踵を返し、残されたクルス人の少年は肩を竦めるようにして苦笑を漏らし、人懐っこい笑顔を浮かべながら、指先でギルド業務をする場所を指さすと、最後に軽く手を振って、カミールを追ってホグロス商会の建物から出ていった。


「……アリア」

「大丈夫」

 怪しい……というよりも不思議な二人組だった。どちらもまだ若いが、それなりの実力者だと感じた。彼らも外套で身体を覆っていたので正確な鑑定はできなかったが、それも実力を隠すためだと察した。

 けれど彼らの態度から、私たちがメルセニア人だと吹聴するような輩とも思えなかった。それはエレーナも感じているのか、彼女の警戒は彼らに対してではない。

 ホグロス商会の中で、物を売る店と、冒険者たちがたむろするギルド業務部分は隣接している。今もそうだが、この建物に入ったときから一定数の視線を感じていた。

 おそらくはこちらを値踏みしているのだろう。彼らからすれば私たちも充分に怪しい二人連れだ。

 そこからどんな対応をしてくるか読めてはいなかったが、あの少年は襲撃の可能性があると教えてくれたのだろう。

 私たちは四つの勢力のどれかと顔を繋ぐ必要はあるが、マフィア二つと手を組むことは考えていない。では、残ったホグロス商会とキルリ商会、そのどちらがマシなのだろうか?

 新参者に対してどのような対応を取るかで、私たちはホグロス商会との関わり方を決める必要があった。


「行こう」

「ええ」

 エレーナに声をかけて私たちも建物の外に出る。それと同時に数人が動き出した気配がして、まだ敷地内にも拘わらず私たちに追いついてきた。


「おう、待ちな、そこの女ども。ここまで来ておいて、挨拶もなしに帰るとは、随分とつれねぇじゃねぇか?」

 そんな声をかけてきたのは三人の男たち。クルス人が二人に犬の獣人が一人。

 甲虫系の軽装を纏い、その上から日差し避けの薄い上着を着た男たちはランク3と言ったところか。戦闘力は350を越えているので冒険者としては中級以上の実力者だ。


「何の用?」

「声が若いな……。この町じゃ、商隊以外で新しい人間はあまり来ないから、それなりの情報が入ってくる。お前らが酒場で暴れた女だろ? 見たところある程度の力はあるようだが、新参が粋がるなよ?」

 真ん中にいる槍を持ったクルス人が私たちに圧をかける。

 私が酒場で殺したのは、他種族のごろつきと色街を束ねるリーザン組の下っ端だ。そうなるとこいつらもリーザン組の構成員か。

「ここでは、力があればいいと聞いたけど?」

「はっ、その通りだ。俺に言わせりゃ、実力もないのに粋がった奴が悪い。だからこそここじゃあ、組織の力が――」

「用件を言え」

 私が男の言葉を遮ると、右隣にいた犬獣人が苛ついたように牙を剥く。

「てめぇ、小娘がそんな口を利いて、どうなるかわかってんだろうなぁ」

 腰の双剣に手をかけながら、犬獣人が私に近づいて獣臭い息を吐く。そんな獣人を無視して最初のクルス人に視線を向けると、男はニヤリと白い歯を見せた。

「リーザン組の傘下に入れ、小娘。この町の冒険者はドワーフの連中が仕切っている。それ以外の種族は俺らの傘下に入らねぇと、冒険者として生きていけねぇぞ。それに俺らの下なら、色街の仕事もあるぜ?」

 男の言葉に左右の男たちが笑う。

「……なるほどな」


 この町の冒険者は、ドワーフ以外は上位になれない。リーザン組はそれ以外の種族を集めて、それを切り崩そうとしているのか。

 ある意味、真っ当(・・・)な提案だ。リーザン組の傘下なら冒険者として生きることもできるし、〝女〟ならそれ以外の道もある。

 でも、私たちの答えは最初から決まっている。


「却下だ」

 一瞬の身体強化。レベル5になった魔力制御が魔力を純化させ、筋力が強化された私の掌底が犬獣人の顎を打ち上げ、有無を言わさずそのまま頭を掴んで、ざらついた石床に叩きつけた。

 ぐしゃり、と瓜を叩き潰すような音が響くと、一瞬唖然としたクルス人の左側の男がシミターを抜き放ち……その鉄の刀身が鞘から抜き放たれる寸前に、敏捷値を強化した私が【影収納(ストレージ)】から抜き撃ちしたクロスボウの矢が、男の左目から脳を貫いた。

「……なっ」

 一瞬で仲間であるランク3の猛者が殺され、最初の男が呻きをあげた。

「貴様っ、リーザン組と――」


「なにをやっておるか!!」

 その時、槍を構えようとしたクルス人の背後から銅鑼のような声が響く。

 ズンッ、と砂岩の床を押し潰すような音を立てて、ホグロス商会の建物から現れたのは、腰まで伸びる真っ白な髭を伸ばした、浅黒い肌をした隻眼のドワーフだった。

 おそらくはガルバスよりも年上であろうその老ドワーフは、魔鉄製の鎖帷子を纏い、魔鋼製の巨大なハルバードを肩に担いで、周囲を威圧するように歩み出る。

「ジルガン……」

 それに気づいたクルス人の男が無意識に一歩下がるようにして、呟きを漏らした。

 ジルガン。それがこのドワーフの名か。


【ジルガン】【種族:山ドワーフ族♂】【ランク?】

【魔力値:220/220】【体力値:438/454】

【総合戦闘力:1413(身体強化中:1707)】


 強いな……。推定、ランク4の上位かランク5の下位というところか。

 ジルガンは横たわる死体と私に目を止め、軽く片眉を上げると、ジロリと隻眼でクルス人の男を睨め付ける。

「お前はリーザン組の三下だな。いいか若造、よく聞け。お前が冒険者である限りは、どこの傘下にいようが関係ない。だがな……」

「ま、待ってくれっ!」

 男がさらに下がろうとしたその瞬間、まるで木の枝のように振り回されたハルバードが、男の腹に食い込みその上半身だけを通りの向こうまで吹き飛ばした。

「儂の目の前で、冒険者をかっ攫おうとする奴を見過ごすと思うか? おい、死体を片付けろ!」

 崩れ落ちる下半身の前でそう言ったジルガンは、死体を片付けに来た若いドワーフと通りから聞こえる野次馬たちの悲鳴の中で、ゆっくりと私に視線を戻す。

「「…………」」

 私とジルガンは無言のまま睨み合う。その緊張した空気に周囲からも声が消えて、死体を片付けていた者たちが怯えたように息を飲むと、ジルガンが静かに声を漏らした。

「お前さん、名は?」

「アリア」

 私が短く答えると、わずかに唇の端をあげたジルガンが、魔鋼のハルバードを肩に担ぐようにして背を向けた。

「強い奴は歓迎だ。だが、見誤るなよ?」


   ***


 ジルガンの言葉は警告だ。でも、彼の行動と言葉でホグロス商会の指針が見えたような気がした。

 味方にはならないが邪魔にならなければ積極的な敵対もしない。今はそれだけわかれば充分だ。

 ホグロス商会から離れた私たちは、町を巡ってかなり割高な食料品や装備の補充を済ませ、宿に戻ってその翌朝、エレーナの体力がある程度戻ったことを確信してから、町を離れて遺跡のほうへと向かった。


「エレーナ……平気?」

「ええ、ありがとう、アリア」


 エレーナの顔色が優れないのは、砂漠の気候や体調のせいだけでなく、ここに来てから人の死を見過ぎたせいだ。

 こんな町だ。何処にでも死が転がっていて、私も敵には容赦しない。でも、エレーナの周りでは、これまでに死はあっても、壁を一枚隔てた向こう側の出来事だった。

 だからこそ外に連れ出したのだが、そんな私を見つめてエレーナは静かに首を振る。


「大丈夫よ、アリア。すべてはわたくし(・・・・)自身が決めたことです」

「……そうか」


 無理をしている。それでも彼女が決めたことなら私はそれを尊重する。

 エレーナは守られるだけのお人形じゃない。自分の意志で立つ、一人の人間なのだから。


 早朝まだ暗いうちから約半日かけて遺跡に向かったのは、魔物を倒すためじゃない。もちろん魔物がいれば倒して素材も取るが、一番の目的はこの地方にある貴重な素材を得るためだ。

 この地方で上級回復薬に使うデスルートという花は、砂漠にある墓場などでたまに見られる素材だ。それ故に数が少なく貴重な素材なのだが、師匠はそれを砂漠特有の乾燥気候と〝瘴気〟が必要なのだと言っていた。

 瘴気の正体は諸説あるが、負の感情や死の穢れのある場所に発生し、不死系魔物(アンデツド)や悪魔などの力の源であると言われている。

 デスルートがどうして瘴気のある場所に咲くのか定かではないが、私はこの地でそれを捜すのなら、不死系魔物(アンデツド)が多く出没するレースヴェールの遺跡が良いと考えた。

 もちろん危険はある。物理攻撃が効くゾンビやスケルトンなら問題はないが、悪霊(レイス)のような実体のない魔物なら、一般の冒険者では逃げることすら困難な敵になる。

 でも私とエレーナなら別だ。魔銀(ミスリル)ほどではないが魔鉄の武器は悪霊にも通じる。属性魔術も通じるが、それ以上に光魔術の【浄化(クリーン)】なら不死系魔物(アンデツド)の存在の源である瘴気を消し去ることができるからだ。


「アリア、この花で大丈夫?」

「うん。使うのは花びらの部分だけだから、花だけを切り取ればいい」

「わかりましたわ」


 エレーナが真剣な顔でデスルートの花を摘んでいる。思った通り、私の目で闇の魔素溜まりを見つけて建物の陰を捜せば、意外と簡単に見つけることができた。

 この花は扱いの難しい毒物でもあるので、できれば彼女に触れてほしくはなかったけど、エレーナの強い希望で採取してもらっている。

 二人同時に採取はしない。必ずどちらかが周囲を警戒して悪霊の出現に備えた。

 それでもまだ陽が高いせいか、まだ不死系魔物(アンデツド)は悪霊どころかスケルトンすら見ていない。もしかしたら、闇の魔素溜まりに瘴気が多いことを含めて、その反属性である光の魔素には瘴気を抑え込む何かがあるのかもしれない。

 私の目で捜せること以上に、こんな場所まで探しに来る者もいないのか、それなりに数を採取できたデスルートの花弁を【影収納(ストレージ)】に収納する。


「エレーナ?」

 デスルートの花を摘み終えたエレーナが不思議そうな顔で壁の向こうを見た。

「いえ、先ほども思ったのですが、壁の向こう側から振動のようなものを感じて……」

「振動?」

 自分でも自信のなさそうな顔をするエレーナの言葉に、私も壁に近づいて、探知スキルに何も感じないことを確認してから、そっと壁に指で触れた。

 そのまま数秒……たぶん三十秒くらいすると、確かに微かな振動を感じた。花を摘むために地面の近くにいたエレーナだから気づいたのか。私はさらに地面に耳を当ててその振動を確かめるとどうやら戦闘音だと察しがついた。

「何かが戦っている。……どうする?」

 危険な魔物がいるのかもしれない。けれど誰かが襲われているのかもしれない。

 それが冒険者なら自己責任で、私の役目はエレーナの身を守ることだ。けれど、もし誰かが本当に襲われていて、エレーナがそれを見捨てることで気に病むのなら、確認だけはしてもいい。

 そう視線で問いかけると、エレーナは自分と私の安全……そして使命の重さを天秤にかけて、私の目を見つめ返す。

「確認だけはしてみましょう。正体がわからないと次に来るとき対応ができません」

「了解」


 遺跡の建物を出て振動が感じられた道のほうへ向かう。不自然に魔物の気配がない。エレーナから離れすぎないように気をつけながら少しずつ近づいてみると、道の向こうで十数体の甲虫やイモムシに襲われている人影に気づいた。

 一般人か冒険者か。身体強化で瞳を強化して確認してみると、一瞬だけ見えたその者たちは見知った顔をしていた。


「どうしました?」

「あの二人組だ。クルス人と闇エルフの」

 戻ってエレーナに状況を報告するとエレーナが微妙な顔をする。

 おそらく彼らは冒険者だ。かなり多めの魔物に囲まれているが冒険者ならば覚悟もあるはずで、クレイデール国内で冒険者が襲われていれば助けもするが、エレーナの身を危険に曝してまで救う義理もない。

 エレーナにしても、自分たちに危険があると教えてくれた二人だが、あの町の住人がどこまで信じられるかわからないのだろう。

 彼女に決められないのなら私が独断で彼らを見捨てようとしたその時、道の反対側から迫る砂煙が目に映った。

「あれは……」

「また魔物?」

 道の反対から来たのは数体の巨大甲虫だった。でもそれだけじゃない。その前を走る二人の獣人の姿も見えた。そして風に紛れて微かに感じたその匂いに、私はわずかに眉を顰める。

「虫寄せの匂いだ」

「……え?」


 私が以前、暗殺者ギルド北辺境支部を罠にかける際、ダンジョンで虫を集めるために使ったことがある。

 あの獣人が二人を罠にかけたのだろうか? 彼らと少年が敵同士なら私にそれを止める理由はない。ただそれが、ただの強盗や怨恨による犯罪なら別だが、それを判断する材料も無かった。

「エレーナ」

 この地に〝法〟は無い。力こそが法であり、組織の力が法を決める。

 だからこそ何が正しいか、私たちは自分自身で決めなくてはいけない。

 けれど、私たちがバラバラの決定をしては意味がない。行動指針を決めるのはエレーナだ。私は彼女に王女としての決断を問うと、状況と感情とすべてのことをわずかな間で纏めたエレーナは、迫り来る甲虫と獣人に目を向け、静かに声に出した。

「待ちましょう」

 エレーナは道に立ち、獣人たちの反応を待つと言った。

 彼らがまともな人間ならば、他者を巻き込むことを厭い、それなりの反応を示すはずだ。たった一欠片の良心でもいい。それがあれば私たちは不干渉を貫く。

 でも――

「アリアっ!」


 その猫獣人は私たちを見つけた瞬間、警告するでもなく持っていた袋を私たちのほうへ投げつけた。

 匂い袋か! 私たちに虫寄せを投げつけた獣人は、ニヤリと笑って横手にある遺跡の廃墟を登り出す。

 明らかな敵対行動を確認した私が投げつけた、刃鎌型のペンデュラムが宙を舞う匂い袋を引っかけ、旋回させるように獣人へと投げ返す。

「なにっ!?」


「――【幻痛(ペイン)】――」


 幻痛に硬直したその獣人は登りかけていた廃墟から滑り落ち、おそらく目撃者の始末を優先したその男は、近くに落ちた虫寄せの匂い袋に惹かれた甲虫たちの群の中に断末魔の悲鳴を残して沈んでいった。


「助けましょう、アリア」

「了解、エレーナ」




少年たちを助けると決めたアリアとエレーナ。二人は敵か味方か?

善悪の判断は難しいですね。

学園のほうも書きたいのですが、なかなか切りの良いところに辿り着きません。

次回はちょっと書けるかも。


次回、二人の正体の一端も見られるかも。

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― 新着の感想 ―
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ジルガンはましな方っぽいなあ。 アリアもエレーナも喧嘩両成敗とは言わなかったか。放っておくのが、一番のような気もするけど、エレーナだとそうは言わないのか。
[良い点] 大丈夫。思い切りが良く容赦はしないのように見えるけど、実はあれだけ殺伐と危険な環境下なら、寧ろアリアさん達はそれなり良心的だと思いますよ〜
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