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144 カトラス

二章冒頭の続きからになります。



 砂漠の町、カトラス。

 死の砂漠とロスト山脈に隣接する古代都市遺跡〝レースヴェール〟から半日ほどの場所にあるこの町の名は、砂漠の民が好む曲刀が由来だと言われている。

 武器の名が町の名になったことでもわかるとおり、冒険者や荒くれ者たちが集まってできたこの町は、力ある者だけが利益を得る無法地帯として知られていた。


「そんな秩序のないクソみたいな町だが、最低限のルールはある。食い物を扱うクルス人のキルリ商会、武器や冒険者を取り纏めるドワーフのホグロス商会……この二つは商会を名乗っているが、どちらもまともな商家じゃねぇ。そして、獣人どもの荒くれ者で構成されたムンザ会、種族関係なく賭け事や色街を取り仕切るリーザン組。この町は主にこの四つの組織に牛耳られている」


 このカトラスの町に入って最初に見つけた酒場のマスターが、面白くもなさそうにそう言って、私たちが座るカウンターに食事を出してくれた。

 この町の住民なので全てを信用はできないが悪人でもない。少なくとも私たちがメルセニア人の女だとわかって、酷い目に遭う前に町を出ていけと言えるくらいの常識はあるようだ。

 出てきた食事は、モロコシの粉を練って焼いた、あの女の〝知識〟にあるナンのようなパンと、薄い緑色の果実水だ。

 果実水と言っているが、砂漠に生えるトゲのあるぶ厚い植物の葉の皮を剥ぎ、潰して絞っただけの物で、味は軽い苦みと微かな甘みしかないが、栄養はあるらしい。

 私はその青臭さがある汁を口に含み、パンにも毒が無いことを確認してから、隣に座るエレーナに大丈夫だと頷いた。


「それで? あなたはどれに所属している?」

「どれでもねぇな。強いて言えば第五勢力だ。要するに、どこかに所属できる力のないあぶれた者や貧民だな。ここも潰れたら酒を呑む場所が減るからというだけで、ギリギリ残されているだけだ。……どうだ? ここの飯は不味いだろ?」

 マスターが小さく千切ったパンを口に運んでいたエレーナに声を掛けると、エレーナはフードを被ったまま、口元だけで曖昧に笑う。

「キルリ商会に属していれば、まともな食い物は手に入るが、馬鹿みたいに高いし、それで店をやればショバ代も請求される。払いが滞ったら、あっと言う間に身ぐるみ剥がされて労働奴隷だ。比較的マシなのはドワーフどもだが、あいつらはドワーフ以外の強い奴が出てくると潰しにくるぞ」


 絡んできた客を惨殺して最初は怯えていた酒場のマスターだったが、今は落ち着いたのか諦めたのか、この町のことを教えてくれた。

 聞けば、彼は元冒険者だったが、冒険者ギルドに替わって冒険者を仕切るホグロス商会に目を付けられ、片足を潰したらしい。当時の冒険者仲間が【治癒(キユア)】を使ったそうだが、完全な治療を行うことができず冒険者としての道は断たれた。

 私が排除した客は、色街を仕切るリーザン組の下っ端みたいだが、末端過ぎるので組織からの報復はまず無いだろうと言われた。その死体を片付けたのは人族の下級冒険者らしく、そっちはホグロス商会から請求が来ると頭を抱えていたので、情報料込みで銀貨を数枚渡しておいた。

 それに気を良くしたのか、それとも私たち以外の客が居なくなって暇になったのか、マスターは店を出ようとした私たちに忠告をくれた。


「そんななりで、あんたが強いのはわかったが、あまり目立つことはするなよ。下っ端程度の諍いは日常茶飯事だが、組織の幹部連中に手を出したら、お前さんが女でも面子にかけて潰しに来るぞ」


   *


「エレーナ、どうだった?」

「そうね……。少なくとも嘘は感じなかったわ。あなたを気に入ったのかしらね、アリア」

 酒場を出て町を歩きながら、エレーナが微かに笑う。彼女が酒場で声を出さなかったのは、私たちの言葉にクレイデール訛りがあり、エレーナの言葉遣いで余計な詮索をされることを避けたためだが、一番の目的は人の目利きに長けている彼女に、情報の精査を頼んでいたからだ。

「嘘ではないけれど、組織の情報については出し渋っている……彼自身の安全のために言えないことがあるって感じかしら。どちらにしても、一人の情報で物事を決めるのは危険だから、これから情報を集めていきましょう」

「了解」


 外套とフードで顔を隠した私たちは、それなりに見られてはいたが、それで絡んでくる奴はいなかった。

 こんな町だから怪しい奴はどこにでも居る。冒険者も流れ者も、まともな人間ならこんな場所まで来ることはない。来るとしたら、国を追われた犯罪者やすねに傷を持つ者だけだ。

 フードで全身を隠せば、見られても正確な【鑑定】はできなくなる。だからか、町中には私たちと同じような恰好を何人か見かけた。


 私たちが向かっているのは、この町で比較的安全な宿屋だ。

 あの酒場のマスターによると、この町で安全を買うのなら、やはり組織の宿を使うのが一番だと言っていた。中でも食品と生活用品を扱うキルリ商会なら、金さえ持っていれば敵対されることはなく、この町に訪れるカルファーン帝国の商人が使うような宿も幾つかあると言っていた。

 そんな宿屋の一つに入ると、受付の中年女性から胡散臭そうな目で見られたが、小金貨を一枚渡すと一瞬で笑顔になって上客扱いされた。

 一泊の宿代は食事無しで一人銀貨二枚。王都にある上級宿に近い金額だが、通された部屋は地方にある一泊小銀貨五枚程度の部屋だった。

 とりあえず小金貨で二泊取り、残りの金を二日分の食事代と、口止め料を兼ねて中年女性に心付けとして渡していく。金は掛かるがエレーナの体力を回復するには、安全に眠れる場所が必要だ。


「……アリア。これはお金になりませんか?」

 部屋に入って二人きりになると、エレーナがそんなことを言って一本のナイフを私に差し出した。

 それはエレーナが持っていた自決用のナイフだ。貴族令嬢が身に付けている物で、王族であるエレーナのナイフは、いざという時に金銭に換えられるように宝石が埋め込まれている。以前聞いた話では、まともな店で売れば大金貨五枚にはなるという話だが、私はそのナイフをそっとエレーナに押し返した。

「まだ、そこまで困ってはいない。お金は必要になると思うけど、それはまだ、大事なときまでエレーナが持っていて」

「……わかりましたわ」

 エレーナは私が濁した言葉の意味に気づいたようだ。流れ者の女二人がそんな高価な物を換金すれば、誰かに目を付けられる恐れがある。使うとすれば、エレーナの立場をある程度表に出せる状況と相手が必要だ。

 それを理解したエレーナはナイフを胸元でギュッと握りしめて、静かに頷いた。

「まずは方針を決めましょう」


 最終目標はエレーナの帰還だが、まずはエレーナの生存をクレイデール王国に伝えなくてはいけない。

 最低でも三ヶ月以内。この町まで来る道中である程度は決めていたが、冒険者ギルドで通話の魔道具を借りる手段は、この町の状況では無理だと判断する。そもそも通信の魔道具はどの国でも国家が管理しているので、ギルドや上級貴族家ならともかく、商家が持っている可能性は限りなく低く、あったとしてもエレーナの身分が判明すれば、拉致をされて政治的な材料とされる可能性があった。

 この町に来る商人に頼んで、カルファーン帝国まで同行させてもらう案も考えていたが、カルファーン帝国から片道一ヶ月も掛かるこの町に来る商人は、キルリ商会かホグロス商会の息が掛かっているので、同行するとすれば相当な繋がりが必要になる。

 できるならエレーナの正体はカルファーン帝国に着くまで伏せておきたい、と私たちの意見は一致している。エレーナの正体を隠してカルファーン帝国に向かうのなら、冒険者として護衛に就く方法も考えたが、片道一ヶ月も掛かるのならおそらく護衛は専属で雇っているはずだ。

 私たちだけで向かう場合でも片道一ヶ月が問題になる。途中に宿場町もなく、岩場と砂漠を私たちだけで越えようとすれば、エレーナの体力が保たない。

 この四日の移動だけでもエレーナの体力はかなり減っていた。私の前では平気な顔を見せているが、ここ数日は食事量も減っていたので無理はさせられない。


「今日はもう休んだほうがいい。あまり眠れていないのでしょ? 考えるのは明日にしよう」

「……はい」

 エレーナも体力の限界を感じていたのか、私が彼女とベッドに【浄化(クリーン)】を掛けると大人しくそこに腰を下ろした。一応侍女もしていたので着替えを手伝おうとしたら、自分でやってみると固辞された。

「あと、これを使って。私ので悪いけど防御力はあるから」

「あ、アリアの物ですの!?」

 私が渡したのは下着類だ。ゲルフが作ったミスリル繊維の薄いタイツとガーターベルト、同じくミスリル繊維のビスチェは白と黒が五着ずつあるので、私の勝手な印象からエレーナには白を渡した。

 でもそれだけでなく、エレーナは、これもゲルフから貰った両脇を紐で縛る絹の小さな下着を拡げて、真っ赤な顔で固まっていた。

「私のじゃ嫌だと思うけど……」

「ち、違いますわ! でも……」


 そういえば、この形の下着はダンドール発の物で、まだ女性冒険者や一部の貴族女性にしか受け入れられていない。エレーナは確か、短いドロワーズを着けていたはずだから、新しい形の下着に抵抗があるのかもしれない。

 ではどうしようかと彼女を見ると、エレーナは下着と私を何度も交互に見つめて、顔を耳まで真っ赤にして、俯きながら小さく呟いた。


「……て、手伝ってください」

「了解」


   ***


 翌朝私たちは、宿の女給が持ってきた芋と豆のシチューで食事を済ませて、冒険者が集まるホグロス商会へと向かった。

 酒場のマスターが〝比較的マシ〟と言っていたが、油断はできない。それでも私たちがそこに向かったのは、金を稼ぐ意味もあるが、一番の理由は冒険者として顔を売るためだ。


 安全を買うには力と金がいる。でも、ドワーフ以外が力を示せばホグロス商会に潰される。それでも力を示そうとするならもう一つのキルリ商会との繋がりがいる。

 冒険者として力を示し、キルリ商会で顔を売っておけば、カルファーン帝国へ同行できる可能性も生まれるのだ。

 なので私たちは、薬を作って売ることでそれを得ようと考えた。宿の女給に金を渡して聞いた話では、この町での生活必需品はかなり高価だった。砂漠で材料を揃えることは困難であり、キルリ商会は必要なポーションをカルファーン帝国から持ってきているので、一般人ではまともに使うこともできないらしい。

 でも、この地方に住む闇エルフである師匠から預かっていた手書きの本には、この地方にある一般的ではないポーションの材料と作製法が記されており、私も習ったことがあった。

 この町にも闇エルフはいて、その方法で作っている場合もあるが、一部に魔物の素材を使っているので、こんな町に燻っているような闇エルフに、師匠以上の錬金術師がいるとは思えない。


 冒険者として目立たないように依頼をこなして、金と素材を手に入れる。

 魔物素材で上級ポーションを作製して、キルリ商会とのコネを作り、それを冒険者に流して私たちに手を出せない状況を作る。

 問題は二つのマフィアだが、今の状況ではどう動くか予測できない。ただでさえメルセニア人の若い女は目立つので、そこから絡まれる恐れがある。

 最悪そいつらがエレーナに手を出したときは……私がそいつらを潰す。


「でもアリア……こちらは冒険者が集まる場所でないのでは?」

「うん。まずはエレーナの装備を揃えるから」


 ホグロス商会は冒険者ギルドの代わりをしているが、基本は商人だ。

 この町の武器や防具、鉄製品はすべてホグロス商会で扱っているので、商会の建物には当然のように武器や防具が売られている。

 ホグロス商会のドワーフが、異種族の上位冒険者を認めないのは、それらがいると素材の独占が難しくなるからだろう。そんな排他的なこの地のドワーフでも商売は別なのか、店には人族用の防具もかなり揃っていた。

 ダンスホールほどの空間に防具や武器が並べられていたが、軽く見渡してみただけでもガルバスが作った物ほどの武器はなかった。

 ここに居るドワーフはガルバスやゲルフのような鍛冶の得意な岩ドワーフではなく、ドルトンと同じ細工物が得意な山ドワーフだ。それ以上に砂漠という気候から重たい武器や防具は好まれず、砂地で戦う動きやすい軽装が大部分を占めていたが、エレーナの防具を選ぶのならちょうどいい。

 それらもゲルフ以上の防具はなかったが、エレーナに合いそうな魔物素材のローブや外套、鞄やブーツ、それと鋼のナイフを見つけて、小金貨十枚で購入する。

 今の状況的に、金銭を使うことにエレーナは消極的だったが、これも必要な経費だ。


「似合う……?」

 否定的ながらも王女という立場では着る機会のない〝冒険者〟の装備に、エレーナが弾むようにクルリと回ってはにかんだ笑みを見せた。

 でも、その時――


「あれ? メルセニア人の女の子だ。珍しいね」

「…………」


 そんな声が聞こえて私たちが振り返ると、そこには、私たちと同年代の人懐っこい笑みを浮かべるクルス人の少年と、その後ろから線の細い闇エルフの少年が、鋭い視線で私たちを見つめていた。



冒険者として動くことに決めたアリアとエレーナ。

そんな二人の前に現れた少年たちは何者なのか?


次回、二人の少年

アリアとエレーナは遺跡に挑みます。

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― 新着の感想 ―
エレーナが百合沼に浸かってきた気がする。 いざという時の為には、確かに防御力はエレーナに振っておいた方がいいんだけど。 新キャラは攻略対象かな?
[良い点] 引き続きエレーナさんの可愛いシーン、イエ~イ〜 それにしても、ここまで体力が無くなるとは、魔法習得の意味がほぼ無いだと思いますけど。
[一言] 自分の下着を履かせるのか…… 王女が新しい世界に目覚めないか心配
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