表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
142/301

142 二人の絆

空間転移直後、第一章ラストの続きからになります。





 空間転移(テレポート)の魔術に巻き込まれ、私とエレーナは見知らぬ場所へと跳ばされた。

 乾いた風。纏わり付く細かな砂。遮る雲さえない眩い朝日が砂煙に霞む広大な遺跡都市を照らし出し、それを見たエレーナがその遺跡の名を呟いた。


「……レースヴェール?」

「え、ええ……わたくしも本で読んだだけで実際に見たのは初めてですが、ここがサース大陸で、砂漠にある都市遺跡なら他に心当たりがありません」


 エレーナが本で知ったという古代遺跡のことを教えてくれる。

 いつの時代の物か分からない、少なくともこの大陸の先住民族であるクルス人が国家を形成する以前からあった物で、そこにどの種族が住んでいたのかも定かではない。

 大陸西方に住むクルス人や長命種である森エルフとも違う建築様式のこの都市は、全て砂岩で作られているにも拘わらず、外装以外はいまだに風化もせず複雑な形状を残して当時の生活を想像させた。

 この都市遺跡の一番の特徴はその広大さだ。その広さは小国ほどもあり、横断するだけでも一ヶ月は掛かり、都市の全貌を知る者は居ない。

 これだけの形が残り、砂漠でも生活魔法で水が作れるのだから、人が住んでいてもおかしくないが、それでもここに人が住まず遺跡となっているのは、砂漠に住む数多の魔物が巣にしているからだ。

 岩のような肌を持つトカゲや蛇、巨大な甲虫系の魔物、狂った精霊やアンデッド、そればかりではなく奥には竜さえ棲むと言われていた。


「人は住んでいない?」

「多分……」

 朝日に照らされるエレーナの顔が青白く見えるのは、襲撃された疲労のせいばかりではないだろう。

 ここがそのレースヴェールなら、大陸南東にあるクレイデールとは最低でも他国を四つ以上横断しなければいけないほどの距離がある。内政的な均衡を調整していたエレーナの生死不明状態が長く続けば、それこそ彼女を生かしたまま攫おうとした魔族の思惑通りになる可能性があった。

 エレーナは悔やんでいる。自分が誰からも判る形で死ねなかったことを。

 あの時、私がエレーナの意を酌み取り、ゴストーラではなく彼女をこの手にかけていれば、最善ではないが中立寄りの貴族派も王太子を支えてくれただろう。

 でも私は、エレーナには最後の瞬間まで生き足掻いてほしかった。

「帰ろう。エレーナ。死ぬだけならいつでもできる。クレイデール王国も数ヶ月で駄目になるような弱い国じゃない」

「アリア……」

 私の言葉にエレーナが俯いていた顔を上げて、その碧い瞳に私を映す。

 彼女に生きていてほしい。それは私の我が儘だ。でも私は諦めない。国が乱れる前にエレーナを必ず連れて帰る。

 そんな私の意志が伝わったのか、彼女の瞳にいつもの強さが戻ってくる。

「……わかりました、アリア。でも一つだけ約束して……。わたくしがどうしても帰れない状況になったら……私を殺して、あなただけでも帰還して、それを伝えて」

「エレーナ……」

 彼女は強い。その儚げな姿の中に秘める強さの輝きに私がそっと手を伸ばすと、エレーナの両手が祈りを捧げるように包み込む。

「お願い……」

「……わかった」


 二人で寄り添い、しばらくしてゆっくりと身体を離すと、私たちは前を向くように互いを見つめて、静かに頷きあう。

「方針を決めましょう」

 第一に人の居る場所に辿り着く。そこに遠話ができる魔道具があればいいのだが望みは限りなく薄い。そもそも数が少なく、国家間での長距離通話ができるような通信魔道具は、カルファーン帝国まで行かなければ無いというのがエレーナの見解だ。

「集落を見つける。それからカルファーン帝国へ行く方法を見つける。細かい部分は集落を見つけてからだ」

「それで構いませんわ。それとこれからは二人で協力するのですから、私を仲間として扱ってくださる?」

 二人で帰る。その目標に前向きになったエレーナの表情はどこか楽しげに見えた。こんな状況だが、だからこそ強い彼女本来の明るさが表に出てきているのだろう。

「了解。エレーナは寝て」

「……え?」

 やることを割り振られると思っていたエレーナがキョトンとした顔をした。でも、これも立派な“冒険者”の仕事だ。

「エレーナも寝ていないでしょ? それに今は気温が低いけど、陽が高くなればすぐに気温が高くなる。動くのは夕方からだ」

 あの女の“知識”によれば、砂漠は昼と夜の気温の高低差が激しいそうだ。それがこの世界にも当て嵌まるのか分からないが、少なくとも肌に感じる気温は少しずつ上がり始めていた。


「森に戻って休める場所を捜す。水分は小まめに摂っておいて」

「は、はい」

 森へ戻りながら慌てて追いかけてきたエレーナに、【影収納(ストレージ)】から出した炒ったナッツ類も渡しておく。

「【流水(ウォータ)】」

 空気が乾燥しているからか目で視える水の魔素が少なく、生活魔法で得られる水量は少ない。でも、水属性を持つエレーナがそれを見て私の分も水を出してくれた。

 森と言っても、砂漠が近いので岩場ばかりの雑木林に近い。木々は真っ直ぐで細く葉も少ないことから、日陰になりそうな岩場を見つけて【影収納(ストレージ)】から出した自分の外套もエレーナに渡した。


「交代で仮眠する。一刻ほどで起こすからそれまで……」

「あなたが先に休みなさい、アリア」

 私の言葉を遮ったエレーナが渡された外套を押し返すようにして、少し怖い顔をして睨み付けた。

「あなた、目元に少し隈が浮いていますわよ。ひょっとして何日も寝てないのでしょ? 私はまだ平気ですから、あなたが先に眠りなさい」

「……了解」

 起きているだけならまだ平気だけど、私の体力値もかなり下がっているのも確かだ。それにエレーナも性格的に引きはしないと思い直した私は、彼女の言葉に甘えることにした。

「それなら、これも渡しておく。私の物で悪いけど、そんなヒラヒラした物よりマシでしょ?」


 今のエレーナの恰好は、薄い夜着の上に予備の外套を羽織らせ、私が学園で使っていたショートブーツを履かせただけだ。そんな恰好では、これからの行動に問題がありそうなので、【影収納(ストレージ)】から学園の制服を出して彼女に渡す。

 学園の制服は貴族が着るドレスやワンピースと違い、結構丈夫にできている。長期間着回すことも考慮されているだけでなく、わずかだが体温調節機能もあるらしい。

 私が着たものを王女であるエレーナに着させると、彼女の側近たちから怒られそうな気もするが、背に腹はかえられない。

 エレーナは私が差し出した制服を少しだけ挙動不審な態度で受け取ると、突然不思議そうな顔をした。


「あなたの影収納(ストレージ)……でしたか? 衣服類に食べ物まで、随分と容量がありますのね」

「そう?」

 私が最初に【影収納(ストレージ)】を発動させたときは、鞄一個程度の容量しかなかった。でも、魔力制御のレベルが上がり、闇魔法も亜空間収納鞄が作成できるレベル4になって、何度も使って慣れたことで、容量は収納鞄と同じ洋服ダンス程度にまで広がっていた。

 【影収納(ストレージ)】の中は滅菌状態なので食べ物も瓶詰めのような状態になり、衣服類の匂いも消えて傷みにくくなるので、普段使っている物はほとんど中に入れてある。

 魔力制御もレベル5となったから、今ならもう少し物を入れられるかもしれない。


「それじゃ、先に休ませてもらう。何かあったらすぐに起こして」

 岩に背を預けて膝を抱えるように丸くなった私は、エレーナの声を聴きながら静かに意識を闇に沈めていった。

「おやすみなさい……アリア」


   ***


 あっと言う間に眠りについたアリアを見て、エレーナの口元に微かな笑みが浮かぶ。

 強くて綺麗で、誰もがその姿を見て溜息を漏らすような少女の寝顔は、普段からは想像できないほど子どもっぽく見えた。

 よく見ればアリアは何日も寝ていないだけでなく、腕や頬に治しきれていない傷が残り、艶やかな髪も肌も血や泥で汚れていた。

「……【浄化(クリーン)】……」

 エレーナは囁くように魔術を唱えてアリアの汚れを浄化する。でもこうしてみると、【浄化(クリーン)】はアリアのほうが上手に扱っていたとあらためて思う。

 病気は大気の穢れや、精霊たちが悪戯をすることで起きるとされている。でもアリアが言うには、目に見えない小さな生き物が穢れの正体であり、それを浄化することで体調を健康に保つことができるそうだ。

「不思議な子……」

 奇妙な知識を持つアリアの綺麗になった桃色の髪を指で撫で、エレーナは彼女に残っていた傷を【治癒(キユア)】を使って消していく。

 どれほど厳しい戦いをしたのだろう? 暗部で最強と言われていたグレイブと戦い、そのまま自分のために駆けつけてきてくれたことに、エレーナはアリアの身体に残る傷を治しながら涙が零れそうになった。

 これからは二人で協力しないといけない。でも、浄化(クリーン)治癒(キユア)も人体に詳しいアリアに及ばす、戦闘力では大きな差が壁のように存在している。

 強くなりたい。エレーナはそう切に願う。せめて自分の身が守れるように。アリアがこれ以上傷つかずに済むように。


 アリアの傷を治すと彼女が言ったように日差しが強くなってきた。

 エレーナは静かに立ち上がり、まだ影が長いうちに着替えを済ませようと考える。

 上級貴族の令嬢の中には一から十まで侍女に着替えを任せている者もいる。エレーナも王族として四歳まではそのような生活をしていたが、母親に切り捨てられたことで意識が変わり、七歳でアリアに会ったことで、最低限自分のことはできるように練習をしていた。

 薄手の夜着を脱ぎ、アリアから借りた制服を手に取ると、これをアリアが着ていた物だと思い出して少しだけ頬が熱くなる。


 王女であるエレーナは他人と物を共有することはない。衣服も椅子も茶を飲むカップでさえも彼女専用にあつらえた物だ。

 王宮の外で食事をするときでさえ、エレーナの侍女たちはカトラリーや食器を持参する。けれど、これからは清潔でない食事すらすることになるのだろうが、今のエレーナはそれほど嫌悪感を覚えていなかった。

 学園に入学したエレーナは、中級貴族の子女たちが当然のように友人同士で物を共有することに驚き、それを羨ましいとさえ思うようになった。

 エレーナに友人はいない。言葉を交わす令嬢たちはいるが、それは王女と臣下の関係に過ぎない。従姉妹であるクララとは、以前は友人であり姉妹のような関係だったが、今は修復が困難なほどに亀裂が生じている。

 唯一対等に近い関係にあるのがアリアだが、彼女は同類の同志で、王女と護衛という二人を分かつ一線が存在していた。

 でも……そんな彼女と私物を貸し借りすることは、まるで“友達”のようだとエレーナの心を細波のように揺らした。


 いつもアリアを見ていたので着方は分かっている。初めて袖を通す心を高鳴らせながらも着替え終えると、身長の違いか袖が余ってスカートの裾を引きずっていた。

 アリアのように綺麗に着られず、若干しょんぼりとしながらも、初めてアリアと物を共有する体験でエレーナの口元に笑みが浮かぶ。

「…………」

 本当は怖かった。死ぬ覚悟はあっても死にたいなんて考えたことはない。王女としての重圧も、国を背負う覚悟も、彼女が生き足掻く姿を見て、そんなアリアが側にいてくれたからできたことだ。

 アリアと一緒に帰りたい。そのために強くなりたいと願いながら、エレーナは眠る彼女の横にそっと腰を下ろして、少しだけ眠る彼女の肩に頭を寄せた。



二人の微妙な関係が少しは表現できたでしょうか?

二人の外見は15~16歳で、精神的にも大人びていますが、中身は12~13歳の女の子です。

次回は、師匠セレジュラの庵に向かったネロの行動は?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
強くなりたい! でもサクサク首を落としていくアリアと、それに並び立てる程になって半眼無表情で人を殺していくエレーナはちょっと見たくないかなあ………。 魔刃乙女 クビカル★アリア そんな言霊が浮かん…
ぐはぁ! 百合にやられたぜ…_(:3」∠)
[良い点] 表現出来たと思う、素敵な関係じゃんw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ