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138 王女強襲

ヴィーロさんのちょっといいとこ見てみたい。



「……今日は冷えるな」

 季節は春を過ぎているが夜はまだ冷え込むことがある。夕暮れを過ぎて暗くなり始めた魔術学園の空を見上げて、用務員のツナギをだらしなく着こなした一人の男が、銅の水筒の蓋を開けて、一口だけ中の液体を咽に流し込む。

 水筒の中身は果実酒を蒸留したアルコールだ。仮にも職務中なのだからそんな物を持ち込むことは不真面目に思えるが、蒸留したアルコールは傷口の消毒にも使え、気付け薬にもなり、このように少量なら体温の調整もできる、単独で行動する冒険者(・・・)には必需品と言ってもいい。

「……やめとくか」

 季節外れの寒気にもう一口飲みたいところだが、それでもこれ以上は仕事に支障を来すので、ヴィーロは顔を顰めながら自重する。

 この国でも有数の冒険者パーティー『虹色の剣』のヴィーロは、学生となった王女の護衛任務に就くため、用務員として学園に紛れ込んでいた。

 虹色の剣で今回の任務に就いているのは、どこにでも自然に紛れ込めるヴィーロと学園内にいても不自然ではないアリアだけだ。同性で同い年であるアリアが王女を側から護り、ヴィーロが周辺の警備と情報収集を担当する。それでも王女が屋敷に戻れば近衛騎士たちが護衛任務を引き継ぐのだが、今回はアリアがグレイブ討伐のために学園を離れているので、夜もそれとなくヴィーロが周辺の警戒を続けていた。

 中級貴族が雇うような襲撃者なら近衛騎士だけで事足りる。そもそも王都に近い学園での襲撃は、政治的な面で襲撃側にとっても危険を伴うので、滅多に起きることではない。

 それでも、情勢が読めない者や逆恨みした者が、子飼いの手練れを暗殺者として送り込んでくる場合もあるが、それらは王女を警護するアリアのところまで辿り着くこともなく、ヴィーロと暗部によって始末されてきた。


(……なんか違ぇなぁ)

 ヴィーロが銅の水筒を懐に仕舞い、替わりにミスリルの短剣に指で触れながら心の中で独りごちる。この寒気は気温のせいだけじゃない。長年死線の中で培ってきたヴィーロの勘が大気に淀む違和感を察して、意識を警戒から戦いへと切り替えた。

 以前起きた第二騎士団の反乱によって暗部からの人員も増えている。今はまだヴィーロ個人の曖昧な勘に過ぎないが、もし本当に何か起きる場合に備え、ヴィーロは暗部の連絡網に警戒を上げる指示だけを残して王女のいる屋敷へと一人駆け出した。


   ***


「……どうした?」

 学園の北側にある森近く、そこを二人一組の騎馬で見回っていた学園騎士の一人が、馬の脚を止めた同僚に振り返る。

「いや、何か……」

 人を拒むように学園を囲んでいる深い森も、特に北側は木々が密集しているせいか昼間でも暗い。ごく稀にだが流れてきた狼や野犬がそこから現れる場合もあり、学園騎士による巡回は多く行われていたが、馬を止めたその騎士はその森の奥から寒気のようなものを感じていた。

 彼はその違和感を伝えようと声を掛けてきた同僚に顔を向けた瞬間、その同僚は森から飛び出してきた黒い影に襲われた。

「なにっ!?」

 驚愕の声をあげる騎士の目の前で、同僚の騎士は声を出すこともできずに首に食いつかれ、見る間に枯れ木のようになって崩れ落ちた。襲撃した黒い影が薄闇の中で真っ赤な瞳と血に濡れた牙を見せたことでその正体を看破したその瞬間、彼は再び暗い森から飛び出してきた二つの影に食いつかれて瞬く間に命を落とした。

「行くぞ」

 一人が声を掛けると貪るように血を啜っていた二人が血に塗れた顔を上げる。

 目標のいる場所は分かっている。ここまで血を吸うことさえ後回しにしてきたが、ここまでくれば自分たちを止められる存在はもういないはずだ。そう確信した吸血鬼たちは、すっかり陽も落ちて暗闇になった学園の中を幽鬼の如く動き出した。


「ぎゃっ!?」

 途中で遭遇した学園騎士を、魔族の吸血鬼ゴストーラたちは隠れることなくすれ違い様に殺していく。

 この強行軍で多少力が落ちていても、ランク2程度の騎士なら相手にもならない。それ以上に新たな協力者である『貴族令嬢』から得た情報には、学園の警備に関することも含まれており、移動時間の短縮に役立った。

 そうして学園を駆け抜けるわずかな間に六名の学園騎士と、この時間にも出歩いていた素行の悪い不運な学生数名を牙に掛けた魔族たちは、ようやく王女のいる館へと辿り着いた。


 王女の護衛は近衛騎士が一小隊の十名と騎士たちの従者を務める数名の兵士。そして王女の側にいる暗部の護衛侍女と老執事だけだ。王太子に比べて半分にも満たない数だが、それだけ王女を危険視する者が多く、信用できる者が少ないのだろう。

 だが、見かけだけの数など意味はない。王女の護衛だけでなく、学園内で最も厄介だと思われていた『灰かぶり姫』と呼ばれる少女は、今ここにいないのだから。

 今の時間なら屋敷の外を護るのは二人の近衛騎士と二人の兵士のみ。屋敷を囲む塀を越えることは魔術的な防御があり突破に時間が掛かることから、ゴストーラたちは自分たちの能力を活かしてごり押しをすることに決めた。


「ごっ!?」

 壮年の魔族から放たれたチャクラムが一人の兵士の額を割って即死させる。

「なっ」

「襲撃だっ!」

 残った兵士が仲間を呼びに館へ走り、近衛騎士たちは即座に盾を構えてその兵士の背に放たれたチャクラムを弾いた。

「貴様らっ!」

「まさか魔族かっ!?」

 騎士たちの誰何の言葉にゴストーラは笑うように牙を剥く。

「そこをどけとは言わん。貴公らは王女を護って()にあの世へ逝け」

「ふざけるな! 殿下の所へ行かせはしないっ!」

「待て!」

 若い近衛騎士が盾と剣を構えてゴストーラに走り出し、もう一人の騎士がそれを止める前に、ククリと呼ばれる鉈のようなナイフを二刀流で構えた女魔族が、盾をすり抜けるように若い騎士の脇腹を斬り裂いた。

「ぐあっ」

「甘い匂い……時間がないから、あなたの血が吸えないのが残念ね」

「くっ、吸血鬼だと!?」

 ここにいる魔族は、吸血氏族の中から選ばれた者たちだ。全員が吸血鬼となる前からランク4に近い力を持ち、吸血鬼となったことでその戦闘力が倍加されている。

「さあ、死になさい。いずれ私たちもそこに行くから」

 女魔族のそんな声と言葉に騎士たちは並々ならぬ覚悟を感じた。もう一人の騎士が近づくことすらできないまま、ククリナイフが振り上げられたその時、ゴストーラが不意に動いて片腕の剣を振るう。

 ガキンッ!!

 弾かれた投擲ナイフが地面に突き刺さり、その向こうの闇から一人の男が現れる。

「無事か!?」

「ヴィーロ殿っ!」


 上級冒険者であるヴィーロが現れたことで騎士たちの表情に希望が灯る。それと同時に館のほうからも数名の騎士が現れ、状況が一変したことで女魔族が露骨に舌打ちをする。

「ゴストーラ様、ガリィ。ここは私に任せて先に行って」

「……任せた」

 ゴストーラが女魔族に声を掛け、ガリィと呼ばれた壮年の魔族が深く頷き、二人は駆けつけてきた騎士たちの頭上を飛び越えるようにして屋敷へと向かう。

「なんだあの身体能力はっ!?」

「奴らは吸血鬼だ!」

「ちっ」

 ガキンッ!

 それを聞いて後を追おうとしたヴィーロを女魔族のククリが止めて、ヴィーロの短剣がそれを弾く。

「ここは私が任されたの。行かせるわけないでしょ」

「くそっ、お前たちもあいつらの後を追えっ! 殿下に近づかせるな!」

 人間ではあり得ない身体能力に一瞬狼狽える騎士たちをヴィーロが叱咤すると、すぐに正気を取り戻した騎士隊長がヴィーロに目礼する。

「すまん、ヴィーロ殿、ここは任せた!」

「おう!」

「あなたたちも行かせは――」

 その騎士たちにククリナイフを投げつけようとした女魔族の足を、今度はヴィーロの投擲ナイフが止めた。

「行かせるわけないだろ」

「人族風情が……」


「【灯火(ライト)】!」

 脇腹を斬られた騎士を引きずって離したもう一人の騎士が【灯火(ライト)】を使う。

 ヴィーロだけなら問題はないが、相手が闇に生きる吸血鬼なら人族が暗闇で戦うことに意味はない。だが、その光に照らされ、浮かびあがった女魔族の姿に騎士たちが息を飲み、ヴィーロが溜息を吐くように言葉を吐き捨てた。

「ちっ、こんな美人が相手とは俺も運がねぇな。女の相手は苦手なのによ」

「……こんな姿でも?」

 黒い肌に銀の髪の若い女。だが、美しかったであろうその肌は焼け爛れて、吸血鬼でも再生しきれずに無惨な姿を晒している。

 おそらくは昼間も移動した後遺症だろう。暗い森を選んで移動はしていたが、わずかな木漏れ日でもあれば、太陽の光は容赦なく吸血鬼に滅びをもたらす。それでもここまで辿り着けたのは上級吸血鬼としての再生力と、その執念が肉体の苦痛にさえ打ち勝ったからだ。

 そんなボロボロになった身体でもランク4の技能と身体能力は消えていない。まともに戦えばあきらかに分の悪い相手でも、ヴィーロは自分を奮い立たせるようにニヤリと笑う。

「本当の美人は、傷なんかじゃ隠せねぇんだぜ?」

「……面白い男ね」

 女魔族は微かに唇だけで笑うと、二刀のククリナイフを構えてヴィーロに向き直る。

「私の名はレステス。これから本気で相手をしてやろう」


   ***


「殿下の所へ行かせるなっ!」

 王女エレーナの所へ向かう二人の魔族を近衛騎士たちが必死に止める。

 通常の襲撃者に館まで攻め込まれれば、食い止めながら王族を逃がすのだが、時が夜で相手が吸血鬼なら館の奥にこもるのが定石となる。

「ぐあっ!」

 ゴストーラの片手剣で騎士が構えた盾ごと弾き飛ばされ、ガリィが放つチャクラムが兵士たちを斬り裂いた。

 死んだ者もまだ息のある者もいる。だがゴストーラたちは倒れた者たちにトドメを刺すことよりも、先に進み王女を確保するほうを優先した。

「ここは通さんっ!!」

「ならば屍を晒して忠義を誇るといい」


 すでにこの場で自分の足で立っている騎士は、かつてダンジョンまで赴きエレーナを護った六名のみ。ランク5のミノタウルス・ブルートと戦った経験のある彼らは、同等の戦闘力を持つゴストーラたちの猛攻にも耐えていたが、はた目にも彼らの壁が崩れるのは時間の問題に思えた。


「うぉおおおおっ!!」

「ハァアアッ!!」

 騎士隊長の盾とゴストーラの剣がぶつかりひしめき合う。騎士たちはランク3の上位である500近い戦闘力を持っていたが、片腕でも2000近い戦闘力があるゴストーラの攻撃を受けきれずに背後の騎士ごと跳ね飛ばされた。

「……ぐっ」

「ゴストーラ様っ」

 だが、ここまでの旅で無理をし過ぎたゴストーラも膝をつき、苦痛の呻きを漏らす彼に兵士たちを打ち倒したガリィが駆け寄ってくる。

「……問題ない。行くぞ」

「はっ」


「……ま、まて」

 まだ息のあった騎士隊長が倒れたまま手を伸ばし、それを蹴り倒したガリィが最後の最も堅牢な部屋の扉を開くと、その部屋の奥ではエレーナが小さなナイフを構えて、その前に側近である老執事と護衛侍女が彼女を護るように剣を構えていた。

 エレーナがナイフを持っているのは最終手段として自害するためだ。王族である彼女は自らの身柄が利用されるくらいなら死を選ぶように教育されている。

「……ほぉ」

 それでも死んでいないエレーナの瞳に、ゴストーラが思わず感嘆の声を漏らす。

 その瞳の強さは意思の強さ。その最後の一瞬まで抗おうとする心の強さに、彼女を奪うことがこの国の弱体に繋がると考え、命を懸けた自分たちの計画が間違っていなかったと確信させた。

 エレーナを護るのは老執事と護衛侍女だけではない。何の戦闘訓練も受けていないと分かる一般のメイドたちでさえ、王女を護るために震えながらも自分の意志で彼女の周りを囲んでいた。


「王女よ。素直に我が手に落ちれば、その者たちの命は助けてやるぞ」

「戯れ言を。この者たちの覚悟を愚弄することは許しません」

「……それは失礼をした」


 眩しいものを見るように目を細めたゴストーラが剣を構え、ガリィが無言のままチャクラムを取り出すと、それを見た一般のメイドたちが押し殺すような悲鳴をあげた。

 エレーナはかつて『諦めないこと』を約束した一人の少女を思い浮かべて……、不意に彼女は、何かを感じて窓のある方角へ顔を向ける。


 その窓の外、暗闇の中を駆け抜ける黒い獣の姿があった。風を切り、闇を斬り裂き、矢の如く駆け抜けていた黒い獣が大地を抉るように制動を掛けると、その反動を利用して尾に掴まっていた人影が跳ね飛ばされ、二階にある大窓を打ち破るようにして室内に飛び込んだ。

 ガシャァアンッ!!

 舞い散る破片の中に靡く桃色がかった金の髪。飜るスカートの中からナイフを投擲してゴストーラたちを牽制した少女の名をエレーナが叫ぶ。


「アリアッ!!」

「待たせた。エレーナ」



やっぱり王道はいいですね。


次回、ヴィーロは生き残ることができるのか? アリアとエレーナの運命は?


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― 新着の感想 ―
お、間に合った!? すでに浚われて、追い掛けるパターンかと思ったけど、よく考えてみたら、戦闘時間を加味しても、クァールの速度なら間にあっちゃうのか。
[良い点] 思わず笑ってしまうくらい、アリアがカッコ良すぎる…
[一言] エレーナ「アリアッ!」 ゴストーラ「追い付いた、だと!?」 アリア「エレーナがピンチになるまで、     向かいの家の屋根の上で待ってた……」
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