135 闇が住む城 ④
場面はアリアに戻ります。
「よく来た、アリア」
【グレイブ】【種族:人族♂】【ランク5】
【魔力値:245/250】30Up【体力値:402/410】60Up
【総合戦闘力:2025(身体強化中:2565)】600Up
グレイブの戦闘力がかなり上がっている。感じられる威圧感から判断するとランク5だと思うが、その戦闘力は同じランク5のフェルドを超えて、百年以上戦い続けているドルトンや師匠に匹敵する力を身に付けていた。
「その左腕は治さなかったの?」
だだ広い石造りの部屋で一人、私を待ち構えていたグレイブに声を掛けると、微かに片眉を上げたグレイブがギシリと魔鉄製の義手を軋ませるようにして持ち上げ、見せつけるようにその指先を動かした。
「【治癒】で腕を再生するとなれば半年は掛かる。その腕を以前と同様に使えるようにするには、さらに半年から一年は掛かるだろう。俺にはそんな無駄な時間はない。お前もそうだろう? アリア」
「……そうだね」
最低限の情報収集は完了した。私は黒いナイフを構えて音もなく前に出ると、グレイブはわざと足音を立てるように前に出る。
「さあ、アリアよ。お前の生き方を俺に見せてみろ」
ダンッ!!
同時に床を蹴るようにして飛び出した私とグレイブが空中で交差する。グレイブの生身の腕で振るう魔力剣を私は宙を蹴り上げる空間機動で回避するが、それでも躱しきれずに肩を浅く斬られた。
以前のグレイブは二刀流で使っていた剣もかなりの業物に見えたが、今は一本しか使っていない。もう一つの剣はどうしたのか? 義手では以前のように扱えないから捨てたのか? どれも違う。もう左腕に剣は必要なくなったのだ。
どちらも宙に浮いたまま思考だけが加速される世界の中で、グレイブがゆるりとその左腕を私に向ける。
「っ!」
その瞬間、飛び出すと同時に左手から置いてきた斬撃型のペンデュラムが、弧を描くように真横から襲いかかり、グレイブが魔鉄製の義手でペンデュラムの刃を弾くと、地に降りた私たちは再び距離を取る。
「随分と慎重だな。お得意の毒はどうした? 力の全てを見せてみろ」
「…………」
戦闘力で1000も差がある相手と真正面から戦えるものか。
それでもこの短い攻防で分かったことがある。グレイブの戦闘力が上がった原因はあの魔鉄の義手だ。
この世界では義手や義足は発達していない。ある程度の財力があれば【治癒】で治すのが一般的で、義手を付けるのは半年も治療する財力がない者たちだけだ。
だがグレイブの義手は指までも動いた。本来なら装備品の優劣が戦闘力に影響することはないが、私の目で視える魔力から判断すると使用者と一体化するような、かなり高性能な魔道具の義手なのだろう。強度と力で本来の腕さえ凌駕して、おそらくは私のブーツのように何かしらのギミックが存在するはずだ。
考察しろ、その力を暴け。今の私がグレイブに対抗できるのは、鍛えた速さと観察眼だけだ。
「来ないのならこちらから行くぞっ!」
右手の片手剣を構え直したグレイブが飛び出した。すかさず私もスカートを翻すように腿から抜き放ったナイフを投擲すると、グレイブは速度を落とすことなく左の義手で弾き落とす。
「――【闇の霧】――」
「無駄だっ!」
私が放った闇の霧が義手の一振りで払われた。元から私の闇魔法はグレイブに効果が薄かったが、あの義手は以前の剣同様、ある程度の魔力を拡散する効果があるようだ。
「ハアアッ!!」
ドゴンッ!!
私が回避すると同時に振り下ろされたグレイブの片手剣が石床を砕く。
「どうしたアリア。逃げ回っていないで俺と戦えっ!」
グレイブが分かりやすい挑発を繰り返す。
元から軽戦士タイプだったグレイブは戦闘を純粋な戦士系に切り替えている。暗部はその性質とセラのような人間がいたことで斥候系だと思われがちだが、その本来の基本戦闘の形は『騎士』なのだ。
私の戦い方は騎士と斬り合うようにできていない。だけど、騎士相手でも私には私の戦い方がある。
「――【影攫い】――」
「ぬ!」
私が放ったオリジナル闇魔法にグレイブが警戒する。以前ネロに使ったときに奴もいたが効果までは知らないはず。だがグレイブは周囲に漂う幾つかの闇を片手剣で切り伏せ、躊躇もなく踏み込んできた。
初見の切り札は効果的に使う。一つも無駄にはできない。踏み込んできたグレイブの剣と私の黒い刃がぶつかり、火花を散らしながら私の軽い身体が宙に吹き飛ばされた。
その瞬間にグレイブが剣を大きく背後に振りかぶる。
「――【鋭斬剣】――」
片手剣レベル5の戦技、鋭斬剣だ。一瞬で五回の斬撃を繰り出す連撃で、回避は困難であり、私がまともに食らえば粉々にされる。
でも私は、その瞬間を狙って【影収納】から出したクロスボウを放ち、スカートの影に吸い込まれた矢が真下からグレイブを襲った。
「ぐっ!」
それをギリギリで回避するグレイブ。だが放たれた戦技は止まらない。だけど一瞬でも戦技のタイミングがズレれば、私にはこれがある。
「――【鉄の薔薇】――」
私の髪が燃えあがるような灼けた灰鉄色に変わり、飛び散る光の残滓と、二倍にまで加速した思考の中で身を捻るようにして回避した私は、天井を蹴って、放たれた矢の如くグレイブの首に刃を向けた。
【アリア(アーリシア)】【種族:人族♀】【ランク4】
【魔力値:232/300】【体力値:221/250】
【総合戦闘力:1339(特殊身体強化中:2520)】
【戦技:鉄の薔薇 /Limit 232 Second】
「おおおおおっ!?」
驚愕の叫びをあげ、見開かれたグレイブの瞳に、光の残滓を翼のようにはためかせて刃を構えた、無表情な私の顔が映る。
グレイブは戦技を撃った直後で動けない。だがその左腕の義手だけが不自然な動きを見せると、装甲が開いて飛び出した何かが私を斬り裂いた。
「くっ!」
とっさに身を捻って致命傷は避けられたが、それでも数カ所斬り裂かれた私が血を零しながら転がり、それでもとっさにナイフを構えると、グレイブが歪な笑みを浮かべて私を見つめていた。
「それがお前の真の力か、アリアっ!」
「…………」
斬撃の傷自体は深くない。でもこのまま血を流せば私の体力のほうが先に尽きる。
今の攻撃は何? あの腕に仕込まれたギミックか? それを警戒して獣のように睨む私にグレイブは追撃を掛けることもせずに、私へと手を伸ばした。
「やはりお前は面白い。お前ならば俺の信念を理解し、この国を護る盾にも刃にもなれるだろう。もう一度言うぞ、アリア。俺の手を取れ」
グレイブは私を自分と同類である“狂犬”と見なした。だからこそ私を狙い、生き残れるほどの信念があるのなら、自分の手を取るのが当然だと思っている。
「断る」
でも私の答えは決まっている。お前は私の敵だ。確かに似ている部分はあるのかもしれないが、私にはお前に対する“共感”はない。
そんな想いを込めた私の言葉を聞いたグレイブは、一瞬だけ目を細めて手にした剣を私へ向けた。
「それがお前の意志ならば、それを証明してみせろ、アリア。お前の信念を持って俺を止められるものなら止めてみろ」
「……言われるまでもない」
私は大きく息と共に光の魔素を吸い込み、鉄の薔薇で強化した魔力を心臓の魔石で染め上げ、流れ出る血を止める。
「見せてもらうぞ。お前の本気を。その技は時間制限があると見た。それで俺の“糸”を躱せるか?」
糸……? そう考えた瞬間、義手の装甲が再び開いて見えない何かが放たれる。
「っ!」
嫌な予感に勘だけで跳び避けると、それでも躱しきれなかった何かが私の肩や腕を斬り裂いた。でもその血が一瞬だけその正体を私に見せてくれた。
「……刃の糸?」
「その通り。お前の使う武器は調べ上げて、俺も【操糸】スキルを得た。これは鋼刃糸と呼ばれる物で素手で扱えるものではないが、この義手ならば使えるということだ」
「…………」
鋼刃糸……確か魔族の暗殺者の一族が使う武器だと師匠に聞いたことがある。特殊な技術がないと扱えないそうだが、それを魔族から得たグレイブは義手に仕込むことで使うことを可能にした。これは暗殺専門の武器で鎧を着込めばさほど脅威ではないが、これは鎧を着ない私に対するグレイブの奥の手だと理解する。
それをどう見切るか? 睨み合いながら頭の中で攻略法を考えていると、不意に遠くから物音が聞こえて、グレイブが眉を顰めた。
「邪魔が入るか」
「グレイブ!!」
その時、奥にあった扉から衣服の裾が焼け焦げた四人の魔族が飛び込んできた。その先頭で叫んだ片腕を失った男の手にグレイブのもう一つの剣があったことで、こいつらがグレイブの仲間だと判断する。
「……どうした、ゴストーラ。なんだその有様は」
「ぐ……、襲撃を受けた……手を貸してくれっ」
「ほぉ……お前たちほどの者が、随分と痛手を受けたようだな」
面白くもなさそうに呟いたグレイブが一瞬だけ私に意識を向ける。
そいつらをやったのはカルラか。手を抜くとはカルラらしくもなく、カルラらしくもある。そんな私が浮かべた一瞬の表情で襲撃者の正体を理解したグレイブは、唐突に友好的な態度を魔族の吸血鬼たちに向けた。
「ならば好都合だ。ここにいるこの娘は、以前話していた、お前たちの計画を邪魔する最大の障害だ。お前たちを襲ったような手練れもこの地にいるのなら、事はもっと簡単になるだろう」
「それは……」
この魔族の戦闘力は2000ほどか。そのゴストーラと呼ばれた魔族は私の戦闘力を見たのか目を見開き、意を決したように頷いた。
「……その娘の足止めは任せていいのだな?」
「いいだろう。お前たちを襲った相手も、責任を持ってここに留めると約束しよう」
「……任せたぞ」
嫌な予感がした。魔族の計画? その障害が私? その予感に魔族を止めようと動き出した私に、再びグレイブから鋼刃糸が放たれる。
「っ!」
「お前の相手は俺だ」
グレイブに足止めされる私を見て、忌々しげに私を見ていたゴストーラがここを去る最後に声を発した。
「グレイブ、これで我らとお前の望みが叶う。約束通り、王女は必ず我らの国に連れていこう」
「なっ……」
王女? エレーナを魔族の国に連れていくと聞いてグレイブに振り返ると、奴は興味もなさそうに話し始める。
「数百年も生きる奴らの気の長い計画だ。有能な王女を排除して、出来の悪い王太子を王位に就ける。数十年もすれば、魔族に邪魔なこのクレイデールの国力も低下するだろうが問題はない。その時は王を殺して有能な者を王にすればいい」
確かに今の王太子の状況ならその通りになる可能性が高い。それで国が荒れてもエレーナと王位を争うより国は乱れないとグレイブは考えている。
「グレイブ……エレーナをどうするつもりだっ」
「生かしてはおくさ。王をすげ替える時に、その血が必要になるかもしれないからな。さあ、どうするアリア。王女の側にお前が居なければ、緩みきった学園内で魔族を止められる者はいないぞ?」
「…………」
多分、成功の確率は低いはずだ。魔族もそう考えたからこそ、眷属を増やして使える手駒を揃えていたのだろう。でも、カルラから逃亡するほどの痛手を受けた魔族たちは追い詰められて、王女の襲撃という強硬手段に打って出た。
「さあ、お前の本気を見せろ。王女を護りたければ、俺を殺して追うしかないぞ」
学園には衛士もいるし、王族を警護する近衛騎士だっている。見た目の違う魔族は学園に辿り着くことさえ難しいはずだ。でも、万が一でも学園に入り込まれたら、並の戦士では奴らを止められない。
奴らを追うとしても、私を足止めするグレイブを出来るだけ早く倒す必要があり、私は足止めをする鋼刃糸をまだ見切れてすらいない。
……本気を見せろと言ったな、グレイブ。覚悟などとっくにできている。今まではお前と決着をつけるために戦っていたが、お前がそのつもりなら、お前と“戦う”のはもう止めだ。
「グレイブ。お前を“殺す”ためだけの“本気”を見せてやる」
次回、殺しのための本気。
戦いとは相手があるからこそ起こり、殺すだけなら相手を思うことはない。
その中でアリアは、新たな力を身に付ける。
魔族の計画は気が長いですね。多分、五十年単位かも。