134 闇が住む城 ③
カルラ回です。
「何のつもりだと聞いているっ! 貴様は我らをこの国に招き入れた。この国に恨みがあるのではないのかっ、何故、我らを裏切るような真似をするっ!」
とぼけたようなカルラの台詞に、仲間を殺されたゴストーラが吠える。
「ふふ……。『裏切り』なんて随分と面白い物言いね。わたくし……いえ、私たちはどちらも互いに利用していただけでしょう。違うのかしら? ねぇ、ゴストーラ」
カルラはまだ幼い十歳になる前に、魔族である彼らをこの国に招き入れた。
全属性を与える実験を経て、カルラに貴族の娘としての利用価値がなくなり、興味を失った父親である筆頭宮廷魔術師は金だけ与えて娘を放置した。
その頃のカルラには何もなく、ただ自分の人生を奪った父親とそれを容認するこの国に対する憎しみを超えた“狂気”しかなかった。
カルラは父の金を使い、悪い噂がある商家を使って魔族たちにこの国で動くための地盤を与え、魔族たちもカルラの言葉ではなく“狂気”を信じてそれを受け入れた。
「貴様の恨みは消えたとでも言うのか!?」
「まさか。ただ、もう必要なくなったとしても、捨てた玩具を勝手に使われるのは気分が悪いわ」
「玩具……だと」
闇エルフ特有の端正な顔を獣のように歪ませたゴストーラが牙を剥き出し、周囲の吸血鬼たちの憎悪が炎さえどす黒く染めても、カルラの浮かべた笑みは変わらない。
「私の他に接触をしてきたのは誰かしら? 暗部の裏切り者? それとも世間知らずのお嬢ちゃんかしら? まぁどうでもいいけれど」
カルラが緊張感もなく豊かな黒髪を片手で掻き上げ、その一瞬の隙を見て、カルラの背後から長身痩躯の魔族が風のように襲いかかった。
「――【岩槍】――」
「ぐぎゃああああああああああっ!!」
大地から氷柱のように伸びた岩の槍がその魔族の胸を貫いた。百舌鳥の早贄の如く宙で貫かれた魔族がもがきながら息絶えると、無詠唱で魔法を行使したカルラが狂気に満ちた暗い笑みを浮かべて、自分の唇をチロリと舐めた。
「もう、あなた方はまだ、自分らが必要な存在だと思っていたのかしら?」
「……殺せ」
ゴストーラが呟いたその瞬間、カルラと炎を警戒していた吸血鬼と数百体の出来損ないどもが、一斉にカルラに襲いかかる。
「――【魂の茨】――」
カルラの青白い肌に刺青のように黒い茨が巻き付き、その命を喰らうように蠢く。
力ある『言葉』が力を解放する。カルラの全身から放たれる膨大な魔力が、津波のように押し寄せる出来損ないどもの波を押し返し、カルラの身体を宙へと押し上げる。
【カルラ・レスター】【種族:人族♀】【ランク4+2】
【魔力値:∞/550】【体力値:33/53】
【総合戦闘力:1069(特殊戦闘力:3069)】
【加護:魂の茨 Exchange/Life Time】
「そぉれ!【火球】――」
カルラが腕を振るとレベル5の火魔法、【火球】が五つ宙に生まれた。
魔術師がそのレベルまでの魔術しか使えないのは、レベルを超える魔術の行使には通常の数倍から数十倍の魔力を必要とするからだ。カルラの魔術はレベル4が最大だが、魂の茨によって生み出される膨大な魔力は、レベル二つ上までの魔術の使用を可能にした。
五つの火球が魔力の波で押し戻され固まっていた出来損ないどもの中心で炸裂する。
ランク6の魔物でさえ止めるその爆発は、たった五つで百を超える出来損ないどもを粉砕した。それ以上の範囲を巻き込んでいたが、爆風で飛ばされただけの出来損ないはそのまま立ち上がり、元の能力値が高い吸血鬼は炎の中から飛び出して再びカルラに襲いかかる。
カルラの体力値は幼子程度しかなく、吸血鬼どころか出来損ないの攻撃さえ一撃でも受けてしまえば即死もあり得るだろう。だが――
「ガッ!?」
宙に浮かぶカルラに飛びついてきた吸血鬼がその一撃を躱され、カルラの膝蹴りを顔面に食らって撃ち落とされた。それでも飛びついてくる吸血鬼の攻撃をカルラは腕でいなし、手刀で目を潰し、その体術で翻弄する。
カルラの身体能力が優れているのではない。彼女の【体術】スキルはレベル2で、思考加速も魔力制御で強引に扱ってもレベル3が限界だ。カルラの元の能力値では思考加速はともかく体術で吸血鬼の攻撃をいなせるはずがない。
だが、魂の茨によって肌に浮かびあがる黒の茨は、ただカルラに巻き付いているのではなく、操り人形の如くカルラの意思どおりに身体を操作することができた。
「――【石弾】――ッ!」
「――【跳水】――ッ!」
「――【火矢】――ッ!」
魔術を使える吸血鬼から幾つもの攻撃魔術が放たれる。それと同時に生き残っていた出来損ないどもがまたカルラに押し寄せた。
魔術の技量と威力で敵わないなら数で攻める。単純な物量作戦だがカルラの体力値を考えれば効果は高いはずだった。
「――【大旋風】――」
だがその瞬間、レベル5の風魔法【大旋風】が吹き荒れ、迫り来る攻撃魔術ごと出来損ないどもを吹き飛ばした。
風魔術【大旋風】は爆発するような一瞬の暴風で対象を吹き飛ばす魔術だが、カルラは膨大な魔力を使い右手で【大旋風】を維持しながら、動けない出来損ないどもに向けて左手を突き出した。
「――【竜砲】――」
カルラが得意とするレベル4の火魔法、【竜砲】が舐めるように薙ぎ払い、出来損ないどもは断末魔の叫びさえあげることができずに炭となって崩れ去った。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
その時、宙に浮いたカルラの更に上、高さ5メートルの地下墓地の天井からゴストーラが剣で攻撃をしてきた。
「――【氷槍】――」
すぐさまカルラから迎撃の魔法が放たれる。でもその時、ゴストーラの背中から黒い血が噴き出すと歪な黒い翼となって宙を舞い氷槍を躱す。
黒い翼は吸血鬼の能力ではなく、吸血氏族に伝わる己の血を媒介とした闇魔法だ。その力でカルラの攻撃を躱したゴストーラは、新しい協力者から渡された魔力剣をカルラに叩きつけた。
バキンッ!!
だが、その渾身の一撃は黒の茨で強化したカルラのナイフで逸らされる。それでも、短剣スキルのないカルラでは一撃を逸らすことしかできず、そのナイフも刀身が砕かれている。
「これで終わりだっ!!」
その最大の好機にゴストーラは、最大の攻撃を繰り出すため戦技の構えを取る。
砕かれた鋼の刀身が舞う思考加速の中、この距離なら確実に殺せるとカルラを見たゴストーラは彼女が歪な笑みを浮かべていることに気づいた。
「――【火矢】――」
レベル1の火魔法【火矢】をカルラが唱える。だが、いかに炎が吸血鬼の弱点だとしても今更低級の魔術程度ではゴストーラを止められない。
「……なっ」
そのたった一つの詠唱でその場を全て埋め尽くすように、百本以上の【火矢】が生み出されていた。
「おのれっ!!」
百本以上の火矢が同時に撃ち出され、躱しきれない一本をゴストーラが腕で弾くと、たかがレベル1の魔術が彼の右腕を半ばまで炭化させた。
「ぐぉおおおおおおおっ!!」
「ゴストーラ様っ!!」
おそらく火矢が見えたと同時に突っ込んでいた魔族の女吸血鬼が、ゴストーラと入れ替わるように位置を変えて、十数本の火矢に灼かれて灰になる。
その瞬間、魔族の命令を受けた全ての下級吸血鬼たちが、火矢の射線に割り込むように己を盾にして火矢を防いだ。だが――
「――どこに行くのかしら?」
火矢を躱すことに集中していた吸血鬼たちはカルラの接近に気づかず、カルラは再生を始めていたゴストーラの右腕を掴み、黒い茨の強化で引き千切った。
「おのれ、おのれぇええええええっ!!!」
生き残りの魔族たちに護られてゴストーラが後ろに下がると、カルラも地に降りて血塗れの黒い腕を弄ぶ。
すでに数百もいた出来損ないどもは炎の中で灰になり、残りはゴストーラを含めても四人の魔族しか残っていなかった。
「そろそろいいかしら……」
「なに?」
ボソリと呟いたカルラに片腕を押さえたゴストーラが問い返す。でもカルラはそれに答えることなく炎に包まれ始めた地下墓地を見渡し、彼らに信じられないような言葉を掛ける。
「ここもそろそろ保たないわね。あなたたちはもう行っていいわよ」
「どういうつもりだ……」
カルラは魔族たちにここから逃げろと言う。その真意が分からず再びゴストーラが問い糾すと、カルラはニコリと笑って軽く手を振る。
「あなたたちが知る必要はないわ。私は最初から、あなたたち魔族に恨みなんて無いのだから。早くしないとここで生き埋めになるわよ?」
「…………覚えておけよ」
カルラの物言いに、ゴストーラは捨て台詞を吐いて配下と共に闇に消える。
「…………」
カルラはそれを黙って見送り完全に気配が消えたことを知ると、浮かべていた朗らかな笑みが崩れるように歪んだ狂気の笑みに変わった。
「ああ、アリア……。早く血塗れのあなたが見たい」
カルラがアリアに同行したのは、自分の手を離れた魔族の始末ではなかった。その真の目的は、魔族をアリアにぶつけて彼女を終わりのない戦場に誘い込むことだった。
魔族など、カルラが企てている数ある謀略の一つに過ぎない。それがカルラの手を離れようと勝手に滅びようと、カルラは最初から気に留めてもいなかったのだ。
この国への憎しみは消えていない。でもカルラは『彼女』と出会ったことで憎しみも怒りも謀略も、その全ての優先順位が彼女の下になってしまった。
初めて出会ったときから、その存在は衝撃だった。
大人でさえ怯えて顔色を窺うカルラと、真正面から向き合う同じ歳の少女。
彼女だけだった。真っ暗な闇の中で『狂気』という刃の上を素足で歩く生き方をしていたカルラと、ただ一人、同じ場所に立っていたのが彼女だった。
彼女の瞳は常に遠くを見つめている。でもその先にカルラの存在はないだろう。
カルラは彼女の瞳に一瞬でも自分を映すために彼女を傷つける。そのために自分を傷つけ、その傷の分だけ彼女を血塗れにしたかった。
彼女は血がよく似合う。自分の血でも誰かの血でも……。
血に塗れて自分を殺すアリアはカルラの想像の中でも美しかった。
黒い血に塗れた指先で笑み崩れそうになる頬を押さえながら、カルラは炎の中で恍惚とした表情を浮かべる。
疲弊したあの魔族たちは必ず新しい協力者を頼るだろう。その先には必ずアリアがいるはずだ。彼女が自分以外に殺されることなどあり得ない。自分を殺すのもアリア以外にあり得ない。
自分を狂わせてしまったこの国を滅ぼす。城に集まる貴族の皆殺しを始めれば、アリアはカルラと戦ってくれる。
その最後を飾る舞台として血塗れの王国が必要だった。
でもアリアが弱ければ、二人きりの殺し合いにきっと邪魔が入ってしまうだろう。
アリアは魔族の血を啜り、きっと更に強くなる。そして沢山の貴族が集まる華やかな舞台で、アリアとカルラは血の海に倒れる貴族の中で殺し合うのだ。
「アリア……早く強くなって。そして私を……殺して」
愛が重い……。
実際の乙女ゲームでも、カルラは主人公の在り方をかなり気に入っていました。ただ、弱かったので、執着は今ほどではありません。
次回、再び舞台はアリアへ。