133 闇が住む城 ②
第一話を少々手直ししました。流れは変わっていませんのでご安心ください。
2/23追記。序盤の戦闘力の調整を行っております。
陽の光の中、私は城壁を作る石垣に指を掛けて登っていく。
元男爵が住んでいたこの城は古い時代に作られた要塞らしく、ダンドールの城に似た無骨な造りの防衛に適した建物だ。正面から侵入するのは難しい。要塞だから壁越えも難しい。でも、そもそも閉められたままの巨大な城門を通るためだけに開けるくらいなら、城壁の高さが三階建ての屋根ほどもあるとしても、そこを登って侵入するのが一番マシな方法だった。
まだ早朝で薄暗いとしても、昼間に動ける“出来損ない”に遭遇すれば見つかってしまう可能性がある。吸血鬼が外にいなくても油断はしない。昼には昼間の隠密がある。陽の光の中で石壁を登りながらも自分の魔力を完璧に周囲の魔素に合わせ、光の魔素で太陽光さえ偽装して、自分の姿を石壁の風景に溶け込ませた。
城壁の上にある通路に音もなく飛び乗り風の流れに沿って動き出した私は、生気がない顔で通路を巡回していた出来損ないの一人に忍び寄り、横から腕を巻き付けるようにその首を一回転させてへし折った。
「…………」
不死者もどき相手でも私の隠密は通じる。どの程度まで殺せば死ぬかも理解した。それさえ分かれば、陽の下で私に対抗できる者はほぼいないと判断する。出来損ないの力は生前の能力に左右されるが、私に対抗できる能力があるのなら高確率で吸血鬼化しているはずだから。
それから一時間ほど掛けて中庭を徘徊している出来損ないどもを潰していく。こいつらを先に倒しているのは、グレイブとの戦闘で邪魔をされたくないからだ。
でも、少しだけ数が足りない気がする。あの小村のように僻地の集落を襲って仲間を増やしているのなら、もう少し数がいてもいいはずだ。そのほとんどが外にいる? それともネロが現れたことで城内の不死者もそちらに向かったのだろうか?
カルラが向かった礼拝堂の地下墓地に集中している可能性もあるが、そちらに戦力を集中させているとすれば、おそらくはグレイブが私が来ることを予見して、こちらをわざと手薄にしているように思えた。
……その興味がエレーナに向かうよりもいいかと思っていたけど、我ながら厄介な男に目を付けられたな。
幼い頃にフェルドやヴィーロに感じたように、自分が変わった男を引き寄せてしまう匂いでも出しているのかと本気で疑いたくなる。
中庭の出来損ないどもの始末を済ませた私は、再び内側にある石壁を登り始めた。
いっそのこと外から火攻めをすることも考えたが、煙を見て街の住民が見に来たり、貴族派でグレイブの協力者でもある領主の兵が来ては面倒なことになる。
私の基本戦闘は暗殺だ。グレイブを逃がさず、その死を確認するには自分で殺すのが一番確実だ。
二階辺りの窓を調べてみると内側から板を打ち付けてあり、中では暗闇になっていると思われる。だとしたら吸血鬼も動いているだろう。侵入のために窓の板を壊せば不必要に敵を集めてしまう危険性がある。
だとしたらどうするか? 私は城の上に登り、物見台のような塔から侵入することにした。
身体強化と体術とペンデュラムの糸を使ってよじ登り、そこの床にある蓋のような出入り口の金具に、音を立てないように油を染みこませる。
「【触診】……」
魔力による触診で鍵の構造を確かめ、隙間から忍び込ませた糸に操糸を使って内側から閂を外す。
あの窓からでも同じように糸を通して【影渡り】を使えば侵入できる。でも、中にどの程度の敵がいるのか分からない状態で、無駄な魔力を消費するのは嫌だった。
中に入ると闇が支配している魔窟だった。それでも完全な暗闇ではなく、わずかな灯りがあることで、一定数の出来損ないがいると推測する。だとしたら完全な闇の部分にいるのは吸血鬼か? それと――
「グレイブはどっちだ?」
アイツはまだ人間か? それとも吸血鬼になっているのか?
まぁどちらでもいい。アイツが何になっていようとアレが私の敵であり私が殺す相手であることは変わらない。
不死者になることは生への執着を失うということだ。そんな状態のモノならどれだけ強くても怖くない。
でも……もしグレイブが人間のままだったら、おそらくは死闘になるだろう。
カツン……。
その時、闇の中に足音が一つ響いた。
その自分の存在を誇示するようなわざとらしい足音に私も足を止めると、通路の向こうからゆらゆらと揺れるロウソクの明かりが近づいてくるのが見えた。
硬質な足音からして多分貴族の令嬢が履くようなハイヒールだと推測する。足音を立てているのは、自分の力に絶対の自信があるからだ。
確実に吸血鬼だ。それもあのサララとかいう吸血鬼と同じ、上級の吸血鬼か。
歩くリズムで灯が揺れる。それでも近づいてくるロウソクの炎自体はわずかも揺れていない。
【女吸血鬼】【種族:闇エルフ♀】【推定ランク4】
【魔力値:254/260】【体力値:327/327】
【総合戦闘力:982×2】
「ようこそ、我らが城に。お嬢さん」
金の髪に銀の瞳。黒曜石のような黒い肌に真紅のドレスを纏った闇エルフの女は、微笑みながら唇から鋭い牙を覗かせる。
「吸血氏族か」
「あら、どこかでお会いしたかしら?」
やはりサララの仲間か。私の問いに肯定しながら、女吸血鬼は立ち止まることなく無造作に近づいてくる。
「あの男はどこにいる?」
「あの人のお客様? でも残念ね……」
女吸血鬼が気怠げに溜息を吐く。私と彼女は二十歩ほどの距離まで迫り、それでも女吸血鬼は足を止めることはなかった。
「どうして?」
「わからないかしら?」
互いの距離が十歩程まで近づき、女吸血鬼は晴れやかな獣のような笑顔を見せた。
「わたくし、少々飢えていますの」
ヒュンッ!!!
その瞬間、二つの“線”が闇を切り裂き、とっさに飛び退いた私の肩を切り裂くと同時に、刃鎌型のペンデュラムが女吸血鬼の真横から左目を抉る。
カラァン……。
「……ひどいわ。顔を傷つけられたのなんて、何十年ぶりかしら」
ロウソクを点した燭台が落ちて床で消える。顔を押さえた女吸血鬼の指の隙間から黒い血が零れ、その手がどけられると同時に時間が遡るように抉られた左目が再生して、元の美しさを取り戻した。
「あの人のお知り合いなら、この国の暗部騎士かしら? 可愛いのにかなり強いのね。ああ……なんて香しい」
「…………」
肩から流れて指先から滴る私の血を飢えた瞳が見つめていた。
「何の武器かしら? 見えなかったわ」
「さあな」
互いに相手が使う武器を見切れていない。それでも女吸血鬼に緊張感がないのは、私の武器では自分を殺せないと考えているのだろう。小さな刃物は吸血鬼を殺すのに向いていない。小さな斬撃のダメージでは吸血鬼の再生力に追いつかないからだ。
吸血鬼は強い。だからこそ、その強さが弱点になる。
「わたくしの名は、シェラルール。覚えてらしてね。お腹を満たしてもまだ生きていれば、わたくしの下僕にしてさしあげますわ」
女吸血鬼シェラルールから閃刃が放たれる。武器を持つのは右手か。おそらくは片手武器の一種だと思うけど、魔素を視る私の目でもまだ見切れない。
見えない閃刃が私の腕や脚を浅く切りつける。傷が浅いのはシェラルールも私の見えない武器を警戒して無意識に踏み込んでこないからだ。
ならば余裕があるうちに策を弄するため、私は回避しながら狭い通路の中を飛び、天井を蹴りながら腿から抜き放った数本のナイフを投擲する。
キキンッ!!
「無駄なことを」
ナイフがシェラルールの閃刃に弾かれる。
サララのように吸血鬼の戦い方をされて、ナイフを身体で受け止められたら無駄になった。でも“余裕”があったシェラルールはダメージにならないナイフを弾いて、その火花でその武器の正体を教えてくれた。
フルーレ系のサーベルか……。
片手剣の一種であるサーベルにも種類があり、砂漠のカルファーン帝国では重い鎧を着ないので、革を切り裂く三日月型のサーベルが一般的だ。そして大陸北方の国々ではサーベルは鎧を貫くことに特化して、細く針のような形状になった。
その中でもフルーレ系は決闘に特化した武器で、細くしなやかでよくしなる、人間を殺すためだけの武器だった。
「そろそろ諦めなさい。痛いのは一瞬だけよ」
血の臭いに眼の色を赤く染めたシェラルールが飛び込んでくる。
見えない閃刃が唸りをあげる。魔鋼製の黒い刃を、闇の中、吸血鬼の膂力で振るえば見切れる者はほぼいないだろう。
だが、決闘に特化した武器はルールに沿うからこそ威力を発揮する。
「なっ!?」
同時に前に出た私の身体を閃刃が捉えた。だが、その一撃は私を斬り裂くことなく鞭のように打ち据えただけだった。
フルーレ系のサーベルは尖端にしか刃のない正に尖った性能の武器だ。シェラルールは油断した。その武器は間合いがあるからこそ意味があるのに間合いを詰めたことでその利点を自ら潰したのだ。
一瞬の判断で後ろに下がろうとしたシェラルールに、私は糸を2メートルほどにしたペンデュラムを振り下ろす。
吸血鬼である彼女は、私の見えない武器を小さな刃だと思って、身体で受け止めるように覚悟を決めた。だけど、私が振り下ろすのはお前が知っている【刃鎌型】の刃ではない。
ぐしゃっ!
「ぎゃああっ!?」
振り下ろした【分銅型】のペンデュラムがシェラルールの頭蓋を砕く。いかに心臓と首の切断以外に殺す手段がないと言われている吸血鬼でも、脳が破壊されれば動きを止めるしかない。
「な、舐めるな……」
頭を半分潰されても、シェラルールは片膝をついただけでまだ戦意は失っていなかった。でもまだ残る彼女の右目に、再び無表情に武器を振り上げる私の姿が映り、初めて恐怖で顔を引き攣らせたシェラルールの潰れた頭蓋に、私はまたペンデュラムを振り下ろした。
***
動きを止めたシェラルールの首を刎ねてトドメを刺し、傷の治療をした私は再び行動を開始する。
もう隠密は意味がない。シェラルールとの戦闘で城の中にいた吸血鬼や出来損ないどもが集まってきたからだ。それでも襲ってくる吸血鬼にシェラルールやサララほどの強者は存在せず、予想どおり数も多くなかった。
数体目の吸血鬼を【幻影】を使った幻惑で倒し、敵のいる方向へ進んでいくと、まるで誘導されるように要塞の兵士を集めておくような大広間へと導かれた。
私がそこに辿り着くと、一つだけあるテーブルの一つだけある燭台に灯された明かりの中、ゆったりとした黒い衣装を纏った一人の男が、ゆるりと立ち上がる。
以前見た時よりも気配が濃い。以前見た時よりも肉の厚みが増している。
ネロに食い千切られて失った左腕に、ガントレットのような魔鉄製の義手をつけたその男は、現れた私に一瞬目を細めて微かに唇の端をあげた。
「よく来た、アリア」
グレイブ。この国に巣くう本物の怪人は更に力を増して、再び私の前に姿を現した。
【グレイブ】【種族:人族♂】【ランク5】
【魔力値:245/250】30Up【体力値:402/410】60Up
【総合戦闘力:2025(身体強化中:2565)】600Up
***
『ぎゃぁあああああっ!!?』
魔族を含めた数体の吸血鬼が多数の出来損ない諸共、火竜のブレスの如き炎の柱で焼き払われた。
魔族の国より遠く離れ、吸血氏族が魔族として認められるために、ゴストーラは親友である族長に任せろと胸を叩き、このクレイデール王国にたった十人の仲間と共に数年前から潜伏していた。
その道はけして平坦だったわけじゃない。見た目が違うだけでなく陽の下を歩けないゴストーラたちは、拠点を築くだけでも簡単ではない。だが人族の中にも変わり者や裏切り者がいて、自分たちを自らの懐に招き入れた。
新たな協力者による情報によって、次の作戦は決まった。人族が聞けば呆れるような気の長い話だったが、魔族である闇エルフには数百年の寿命があり、吸血氏族には永遠とも言える時間があったのだ。
その作戦を遂行するため危険を冒して捨て駒にする手勢を増やした。だが、その手勢の多くが炎に灼かれて灰となった。
燃えさかる地下墓地の中、ゴストーラはその灰色の目を細めながら、自分たちを呼び込んだ一人である病人のような狂人を睨め付ける。
「何のつもりだ、カルラ……ッ!」
そんな憎悪に満ちた言葉と視線に、カルラは燃えさかる炎の中、いつものように愉しげな笑みを浮かべていた。
「新しい死体が焼ける匂いはお嫌かしら?」
久々にサツバツとした殺し方でした。最初はもっとひどかったのですが、グロ注意になりそうだったので自重しました。
そしてカルラは、マジカルラです。
アリアとカルラ、二人の戦いの行方はどうなるのか?
次回、カルラは戦いでその本性を見せつける。





