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乙女ゲームのヒロインで最強サバイバル 【書籍化&コミカライズ&アニメ化企画進行中】  作者: 春の日びより
第二部学園編【鉄の薔薇姫】第一章・乙女ゲーム

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126 桃色髪の少女の日常 その2

今回で終わりませんでした。



 貴族派による王太子エルヴァンの暗殺と王女エレーナの誘拐は未遂に終わり、二ヶ月が経過して季節は春となった。

 その事件に関与した貴族家と第二騎士団の一部の騎士家は、王家派によって秘密裏に処分され、今は別の貴族家に代わっている。

 簡単に言うと貴族派の貴族家がいなくなり、その地位に昇爵した王家派の貴族が収まった。その件で身近な事と言えば、ある地域の領地持ち男爵が昇爵して子爵となって、手狭だった領地から広い領地に移ったことだろうか。

 その元男爵は、私がセラの養女となった時に一度だけ会ったことがある。王家派の貴族で長年真面目に勤めてきた穏やかな人物だった。でも本題はそこではなく、その男爵領の一都市を管理していたレイトーン準男爵家も、今回の件で男爵家に昇爵してその地の領主となったことだ。

 つまりセラは、下級貴族の準男爵夫人から領地を持つ中級貴族の男爵夫人となり、私も準男爵令嬢から男爵令嬢に肩書きが変わったことになる。


「面倒だな……」

「え、どうして嫌なの?」

 私が漏らした呟きに、私の脚の回復訓練に付きあってくれていたセオが、突然不思議そうな顔で脚を止める。

「はい、隙あり」

「うわっ」

 ロングスカートの裾を揺らすことなく歩法だけで擦り寄り、膝の裏を軽く蹴って転がすと、油断したセオが頭から訓練場の床に落ちた。まぁ、これでもセオはランク3だから、この程度で怪我なんてしないと思うけど。


 私が無茶をして神経を痛めた脚は、二週間ほどで戦闘できるほどに回復した。私としてはもう治ったと考えてよかったのだけど、治療師からは念の為に一ヶ月の安静と、その後の機能回復訓練をするように言われた。

 怪我の状態としては、以前の“原初の戦技”を使った時と同じかと思っていた。でも前回の戦いで敏捷値がいきなり2も上がったことを考慮すると、肉体的な変質も起きているのかもしれない。

 訓練は学園内でやってもいいのだけど、ゲルフに頼んでいる防具類の修理や新装備の調整など、私が王都に行く機会が多かったので、武器を使うような戦闘訓練は王都にある冒険者ギルドの鍛錬場を借りていた。

 それをどこからか(多分セラから)聞きつけて、訓練相手を申し出てくれたのがセオだった。

 名目上は姉弟で、今回の任務では同僚となる暗部騎士であるセオなら、私が実力を見せても問題のない相手だ。特にセラからは息子である彼を容赦なく鍛えてくれと言われているので、私も気を使わなくていい。

 本気の戦闘訓練ならセラやヴィーロクラスでないと意味はないが、機能回復訓練なら丁度良い相手だ。本気用にフェルドにもお願いしようかと考えたが、しばらくやめておいたほうが良いと頭を抱えたゲルフに言われた。

 本音を言えば、この程度の鍛錬に王都まで付き合ってもらうのは心苦しいのだけど、セオは私と護衛対象が違うのでエレーナの屋敷に近寄るには理由が必要になるらしく、私を心配したセオは休みを私に合わせてまで付きあってくれている。

 確か……前回あの場にいた、あの奇妙な少女がセオの護衛対象だったな。


「集中力を乱さないで。それじゃ一人でオーガに囲まれたら死ぬよ」

「いやいや、一人で複数のオーガに囲まれたら、普通は死ぬよっ!?」


 倒れたセオに手を貸して立たせると、彼は文句を言いながら不満そうに頬を膨らませた。でも、不満そうなセオを見ていると、私も『弟』とはこんな感じなのかと思うようになってきた。

 それでも『姉』に負けるのは何か思うところがあるのだろう。セオは、ほぼ目線が同じになった私と目を合わせ、「もう少し……」と何やら気合いを入れていた。


「ところでどうして『面倒』なの? 準男爵令嬢より男爵令嬢のほうが、殿下の護衛はしやすいでしょ?」

 腰の埃を払いながら不思議そうに訊ねてくるセオに、私は軽く息を吐く。

「下級貴族が領地持ちの中級貴族になったのだから、絡まれる可能性が高くなる」


 王女であるエレーナの一番近くにいるのが下級貴族ということで、上級貴族にも絡まれたことがあった。

 それでも侍女を兼ねていたので、私が護衛だと知らない人でもそれなりに許容されていたが、いきなり中級貴族となれば、王女の威光で昇爵したのだと、下級貴族や中級貴族からのやっかみが多くなるだろう。誰が敵かも分からない状況で、敵を増やすのは得策ではない。

 それに、私がセラの養女になっていても、下級貴族なら仕事が終わった後、戸籍からの離脱も容易いはずだが、中級貴族だと養女が離脱するだけでもレイトーン男爵家の汚点となる可能性がある。

 さらにエレーナから聞いた話では、彼女に仕えている私が中級貴族の令嬢となったことで、他の中級以上の貴族家が王女との繋がりを求めて、婚約を申し込まれる可能性もあるそうだ。

 エレーナは困ったら守ってくれるらしいが、貴族家によってはエレーナやセラにも迷惑が掛かる可能性がある。

 しかも公には出来ないが、今回の昇爵は、王太子と王女を護った私への国王陛下直々の褒賞なので、なおさら貴族を辞めることが難しくなった。


「アリアが他の貴族と婚約なんてやだよっ!」

「元より、するつもりはない」

 中級貴族なら断れるし、養女でも元孤児の私を欲しがる上級貴族はいないはずだ。それよりも跡取りのセオのほうが大変だと思うけど。


 四の鐘が鳴り、午後四時になったところで、私は自分とセオに【浄化(クリーン)】を掛けてギルドの訓練場から出る。

 今の私たちの服装は、私はいつもの学園の制服で、セオも学生ではないのだが男子用の制服を着ている。

 別に普段着でも冒険者用の装備でもいいのだけど、制服で戦うことが多い私が、それに慣れるために普段から着ていたら、セオも来年から学生になるので制服に慣れるためと言って私に合わせてきた。


 地方の冒険者ギルドと違い、王都のギルドにいる冒険者は、ダンジョン狙いや商家のような富豪と付き合いのある、腕に憶えのある者がほとんどだ。ランク的には最低でもランク2の上位……つまり、セオと同等の実力がある。

 そんな人たちばかりなので、銀貨1枚を払って訓練場を使う人は滅多におらず、訓練場の使用はほぼ独占状態だった。

 カツンッ。

 ブーツの踵が床を鳴らし、訓練場から私たちがギルドのロビーに戻ると、複数の冒険者たちでざわついていたギルドが一斉に静まりかえり、向けられる視線にセオが少しだけ顔を引き攣らせた。

 それも最近ではよく見る光景だ。私が視線を巡らすと目を逸らして道を空けてくれるので、特に問題はない。……はずなのだが、今日はそんな『王都のギルド事情』を知らない人たちが居たようだ。


「おうおう、学生ちゃんたちがギルドで逢い引きかぁ? ギルドはガキの遊び場じゃねぇんだぞっ」

 二十代半ばの一人の男が絡んできた。私とセオは肌の色が違うので、彼には姉弟に見えなかったらしい。

 斧を背負った大柄な戦士系で、戦闘力は約300……ランク3ほどもあるので、このギルド内でも中堅クラスだ。戦士系にソロは厳しいので、おそらくだがダンジョン狙いの地方の冒険者が、ギルドで仲間を捜しにでも来たのだろう。

 突然絡まれた私たちに周囲の冒険者たちの顔色が青くなり、受付の奥にいる職員が慌てたように動きはじめる。

「お、こっちの嬢ちゃんは結構可愛いじゃねぇか。おい、なんとか言え――」


 グキンッ――


 近づいてきた男の顎を掴んで首を真横に曲げると、奇妙な音がしてそのまま男が崩れ落ちた。


『ち、治癒師を呼べっ! 急げっ!!』

 即座にギルドの職員が動いてギルドの治癒師を呼びにいく。ギルドは冒険者同士の揉め事は基本不干渉なのだが、私が王都にいるようになってから治癒師が常駐するようになったそうだ。

「……アリア」

「首の骨は折っていない」

 関節に負荷が掛かって音がしただけだ。治療が早ければ後遺症もないだろう。

 だがそれでも騒ぎを起こしたことに変わりはない。そのまま私が受付に向かうと、顔見知りの受付嬢が困ったような半笑いを浮かべていた。


「騒がせた。治療費が必要なら、ギルドに預けている私の口座から引き落として」

「う~ん……地方から出てきたある程度の冒険者って、ああいう人が多いんですよね。あきらかに学生だと分かって絡んだので、治療費は本人に出させますよ」


 その受付嬢はそんなことを言いながら、慣れた様子で書類に何かを書き込んでいく。王都に出てきたばかりの冒険者はよほど自分の力を誇示したいのか、十代半ばに見える私は何度か絡まれた。

 この受付嬢は、私が生まれ育ったホーラス男爵領にあった冒険者ギルドの受付嬢だ。オークの群れが現れたあの事件では、その前も事件の後処理も、かなり迷惑を掛けた記憶がある。

 彼女と再会したのは偶然だが、どうして王都にいるのかと訊ねると、彼女はあと数年で引退して王都に居を構える予定があるので、転勤してきたみたい。

 かなり美人な人なので寿引退でもするのかと思っていたら、ある日、よく知っているあの男と一緒にいるのを見て、なんとなく察した。

 まぁ、昔からきつめの美人に弱かったからね。


 とりあえず身体の調子も元に戻り、学園に戻る道すがらこれが最後の回復訓練になるとセオに話すと、彼は不意に真剣な顔になってこんなことを言った。


「僕が王女殿下の所にいるアリアに会いにいけなかったのは、理由が必要なだけじゃなく、僕の護衛対象が問題なんだ。貴族派の一件以来、彼女は王女殿下やカルラ様を敵視しているように感じて……気をつけてね」


   ***


 私はエレーナの護衛や侍女の仕事だけでなく、学園の生徒として授業にも出なければいけない。

 授業内容は容易いものではないけど、ある程度は執事さんや侍女さんが教えてくれるので、それなりにはついていける。そもそも護衛が主任務の私は、学園の試験は平均点を取れるように最初から調整されていた。

 だがそれも“実技”となると話は変わってくる。

 この大陸では長年、人族と魔族の諍いが続いていて、前回の戦争から何十年か経っているが、クレイデール王国でも貴族子女は護身術を学んでいる。

 私からすれば付け焼き刃で色々学ばせるよりも、護身系の魔術を鍛えたほうが良いと思ったけど、誘拐される危険がある貴族の女性は、たとえ真似事でも武器を使った実技の授業が組み込まれていた。


「はっ!」

 バシッとエレーナの持った木剣が、男子生徒が構えた盾を打つ。

 護身術の授業は男女混合だ。たとえ近接戦闘スキルは無くても、上級貴族の女性は家で護身術を習っているので、全くの素人というわけでもなかった。

 それでもステータスに男女格差があるので、男女で本気の模擬戦をすることはまずあり得ないが、女性騎士を目指している者や、国境沿いの上級貴族家の子女などは狼くらいなら倒せるほどの腕がある。


「王女殿下、お見事でしたっ」

「ありがとう」

 実技を終えて汗を拭うエレーナに、相手役として攻撃を受けとめていた男子生徒が頬を染めながら称賛の言葉を贈る。

 王女としてならあれで充分だろう。剣術スキルを得る必要もない。ただ、身体が癒えたことを隠したいのなら、実技の授業は止めるべきだ。

 けれどエレーナは、いくら身を引こうとしても貴族派が諦めないのなら、自分が傀儡となる器でないことを示すために、貴族派と真っ向から対立する道を選んだ。

 エレーナが引こうと国は荒れる。今の王太子にそれを纏める力はない。だとしたらもう彼女は、夢見がちな兄に見切りを付け、短期の女王として国を纏める覚悟を決めたのかもしれない。

 だがそれは、貴族派だけでなく王家派も敵に回す可能性がある。だからこそ、エレーナには多くの味方が必要だった。


 徐々に力を見せ始めたその甲斐があって、エレーナを信奉する生徒が増えてきた。だけど、人が増えればおかしな輩も現れる。

 私は実技の授業には出ていない。王女の側近というだけで本気で挑まれる可能性があり、その相手が剣技スキルを持っているのなら、下手に手を抜いても諍いの元になるので、私の素生を知る学園側から、実技を行うことを止められていた。

 だけど、私が男爵令嬢になり、より王女の側に近づいたと感じた中級や上級貴族の生徒は、授業に出ない私よりも自分のほうが王女の側近に相応しいと考えたようだ。


 いつものように校舎の壁に寄りかかり、実技の授業を見学していると、一人の背の高い女生徒が現れ、きつく視線と木剣の切っ先を私へ向けた。


「そこのあなたっ! 下賤な生まれの者が、王女殿下を騙して側近になるなど許せませんわっ! 私と勝負なさいっ!」



学園でも絡まれるアリア。彼女はどう対処する?


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― 新着の感想 ―
褒賞が迷惑にしかなってなくて草 まあ真面目な話有望な人材を国に縛り付けるための鎖って意味もあるんだろうな
寿引退でもするのかと > そういう知識はあるのね。いや、恋愛感情が絡まなければ知識だけでも理解はできるのか。 ドリル? ドリルお嬢さま登場? もうこのセリフだけで、金髪長髪巻き毛でおほほ笑いまで想像…
[一言] 無知ってすごいよなあ(書籍版とウェブ版って違いありますか?
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