122 貴族派の陰謀 ⑧
暗殺者ギルドマスター戦
【ギルガン】【種族:人族♂】【ランク5】
【魔力値:184/200】【体力値:402/410】
【総合戦闘力:1344(身体強化中:1712)】
【アリア(アーリシア)】【種族:人族♀】【ランク4】
【魔力値:176/300】【体力値:212/250】
【総合戦闘力:1152(身体強化中:1440)】
ランクに5と4の差はあるが、戦闘力はそこまで大きく変わらない。でも、その戦闘レベル1の差がどれほど戦力に影響するか私は知っている。その差を覆すために私は戦いの術を探し、刃を研ぎ澄ませてきた。
ランク3までの相手なら、才能だけで達することができるので脅威となる者はさほど多くない。ランクに関係なく格上を喰らうような連中はよく見れば分かる……カルラのように。
だけど、種族的に上限がない魔物と違い、人間種がランク4以上になるにはそれ以上になる“何か”が必要になる。
狂気でも執念でも、己に誓いを立て、人間として大事なものを切り捨てることで、強大な力を得ることができる。だからこそ、同じランクでも魔物より“人間”を私は警戒していた。
「貴様、何のつもりだ?」
ナイフとダガーを仕舞って二本のペンデュラムを構えた私に、ギルガンが訝しげな顔をする。
「“本気”でやってほしいのでしょ? 戦場でいちいち確認をするのが、そちらの流儀なの?」
「ハッ、違ぇねぇ。それなら――」
ギルガンが何かを言いかけた瞬間、ダンッ! と開幕から身体強化を全開にした私は地を蹴り砕くようにして飛び出し、周囲を取り囲もうとしていた暗殺者の一人をすれ違い様に【刃鎌型】で咽を引き裂いた。
「…あ?」
奇妙な声を漏らしたその男から一瞬遅れて血が噴き出し、私はその血飛沫を隠れ蓑にして宙に投げた【分銅型】を、その近くにいたもう一人の脳天に振り下ろす。
ゴギュッ! とカボチャをハンマーで砕くような音がした。その男が倒れる前にその顔面を踏み台にして飛び出した私が、空中で回転をしながらスカートを翻して腿から抜いたナイフを投擲すると、唖然としたように私を見つめていた二人の暗殺者が目玉を貫かれて命を散らす。
「貴様っ!!」
そこでようやく、私と“決闘”するつもりでいたギルガンが、激高して片方の鉈を私へ投げつけてきた。
あいにくだが、私は周囲を敵に囲まれた状況で決闘できるほど騎士的でもなければ、図太い精神を持っているわけじゃない。本人は決闘のつもりでも、周囲を取り囲もうとしたその部下まで、そのつもりか分からないからだ。
ならばどうするか? 答えは簡単だ。邪魔者から先に殺しておけば良い。
唸りをあげて回転しながら飛来する鉈を、直角に仰け反りながら革ブーツの踵で蹴り上げると、ガンッ! 硬質な音がして鉈が斜め上に弾かれる。
今の私が履いているブーツは師匠から貰った冒険者用のブーツじゃない。アレでは制服に合わせると見た目が不自然になるので、他者に警戒されてしまう。だから普段は学園指定の足首までのショートブーツを履いていた。
一応、ゲルフには特殊な魔物革を使って、踵に刃を仕込んだ同じ形状のブーツを依頼してあるが、完成にはまだ時間が掛かるので、今は爪先と踵に魔鉄の板を仕込んだ物を使用している。
「こ、このガキっ!」
やっと、決闘を見物する“観客”状態の精神から、戦場である“舞台”に上がった暗殺者の一人が腰からダガーを抜いて振りかぶる。
だがそれは悪手だ。私が鉈を蹴り上げて体勢を崩したように見えても、ここは“敵”がいる戦場だ。たとえ距離が空いていても、一瞬たりとも防御を崩すべきではない。
「――ごがっ!?」
飛び出そうとしたその男の側頭部に、旋回していた【分銅型】が炸裂して、男の反対側の耳から血が噴き出した。
私が主武器であるナイフとダガーを仕舞ったのには三つの理由がある。
いつもはペンデュラムを使用する時だけ放っていたが、今回は多数の敵を同時に相手することを考慮し、糸の長さを2~3メートルにして常に手元から放し、ペンデュラムを周囲に旋回させていた。
これによって私の周囲半径3メートル以内は、迎撃と攻撃を兼ね備えた、敵にとっての『死の結界』となる。
「そいつを止めろっ!」
ギルガンが部下に叫んで私の後を追ってくる。下手をすれば王太子を人質に取られる可能性もあった賭けだったが、最初の印象通り、ギルガンは『灰かぶり姫』という暗殺者ギルド潰しの“私”を殺すことを優先した。
「ぐっ!」
近寄ろうとしていたギルガンが、目前を高速で旋回する三つ目の【斬撃型】に思わず足を止めて蹈鞴を踏む。
これが一つ目の理由。最大四つのペンデュラムを同時に扱うため、今の私の技量では両手を完全に空けておく必要があったのだ。
「死ね、灰かぶりっ!!」
“止めろ”と命じられていた部下の暗殺者たちが武器を構えて、動き続ける私の前を塞ぐ。その瞬間、死の結界を旋回していた【刃鎌型】が、先頭の男の両目を抉るように引き裂いた。
悲鳴をあげるその男を盾にして、さらに二人の男が肉薄する。冷酷なようだがそれが正解だ。ギルガンという男は見かけによらず部下をしっかりと統率できているらしい。
動き回る私に投擲武器は当てにくい。ならば武器を仕舞って遠隔主体に切り替えている私に、接近戦で挑む彼らは間違っていない。
だけど、そこで二つ目の理由が生きてくる。
ガキンッ!
「なにっ!?」
着地点を薙ぎ払うように振るわれた槍の一撃を、私は脹ら脛に括り付けたダガーで受け止め蹴り返す。
仮にもランク5の魔物の攻撃を凌いで、とどめを刺しても折れなかった武器だ。たとえ鞘に収めたままでも必殺の一撃以外なら受け止めてみせる。
両手で攻撃をして、脚で攻撃を受ける。武器を仕舞った二つ目の理由としてそのために脹ら脛のホルダーに仕舞ったのだ。
「いい加減にしやがれ、俺と戦えっ!!」
それでもわずかに足を止めたせいか、高速で旋回する薄刃の【斬撃型】を警戒しながらも鉈で弾きながらギルガンが迫ってきた。
私は槍を受け止めた脚の鉄板入りの踵で槍使いの顔面を蹴り潰し、もう一人が背後から襲ってくるのを感じて、そいつの首に旋回させていた【分銅型】を巻き付けて締め上げた。
「ぐがっ」
背後の攻撃は封じた。だが、正面からギルガンが迫ってくる。
私は背後に回した糸を強く引いてその男をくびり殺し、それと同時に糸を引いた反動さえも利用して、ギルガンからさらに距離を取った。
「まともに戦えっ、灰かぶり姫っ!」
多数で取り囲んでおいてよく言えるな。
これが三つ目の理由。私は強固なダガーとナイフを使って何度もランク5の攻撃を凌いできたが、それはあくまで極限の状況で運に恵まれた結果だと思っている。
ランク5の攻撃をランク4の私が受け止めるには覚悟がいる。それがどんな意図を持って放たれた攻撃か分からない以上、安易に攻撃を受けるのは得策ではないからだ。
だからこそ強固な武器を鞘に収めた。いざとなれば受け止める。それは私にとって甘えであり、油断にも繋がる。それ故にギルガンの攻撃をすべて躱して攻撃だけに専念するという“覚悟”をもって防御を切り捨てた。
「ひっ」
ギルガンの追撃を躱しながら次々と包囲陣を殺害していく私に、近くまで迫られた若い暗殺者が喉の奥で悲鳴をあげた。
男の怯えた茶色の瞳に、返り血に染まった無表情な私が映る。
臆しても怯えるな。退いても逃げるな。恐怖はお前の心を殺すぞ。
旋回する【分銅型】が恐怖に足を止めた男の頭部を掠めて一瞬だけ意識を刈り取り、その瞬間に飛び抜けるように膝で顔面を蹴り潰した私は、そのまま脚を男の頭部に巻き付け、回転しながら着地と同時にその首をへし折った。
「殺す覚悟と死ぬ覚悟もなしに、戦場に出てくるな」
***
「あれが王女殿下の護衛……?」
「……そうだ」
敵の武器を奪って構えながらも、ロークウェルは参戦するどころか一歩も動くことができなかった。
辺境伯であるこの国の総騎士団長を父に持ち、おそらく十数年後にその後を継ぐはずとなるロークウェルは、この国で最高峰の環境で、最高の騎士となるべく訓練を受けてきた。
かつて国力の差に敗れたが、旧ダンドール公国は武の国であり、その王族であるダンドール家の血は、ロークウェルを実力で同年代のトップに押し上げていた。その才能は学園の卒業までにランク3に達することができるとさえ言われ、実際に剣を取れば近衛騎士にさえ負けない自信があった。
この国で最高の騎士となる。そして、少年にとって最高の騎士とは“最強の騎士”でもあった。だが成長すれば、この国の総騎士団長となる人間は個の武ではなく、政治力や統率力を求められていることに気づく。
強くなりたいと願う。だがそれだけではやっていけないと、大人になった自分が子どもの自分を諫めていた。
だが、目の前で舞うように敵を殺す桃色髪の少女の戦いは次元が違っていた。ロークウェルの価値観を完全に壊してしまった。
正直に言えば感情を表すことなく人を殺していく少女に恐怖を感じた。脚が震えて動かず、手も握った柄から離れない。
でもそれと同時に、ロークウェルは少女の姿から目を逸らすことができず、内に封じてきた強くなりたいと願う気持ちが、その柄を握る手に異様な力を込めさせた。
「…………」
そんなロークウェルの呟きに答えたミハイルは、何処か焦がれるような視線を向ける友人とは違い、返り血に染まる少女を悲痛な眼差しで見つめていた。
「どうして……」
その二人とは数歩下がって護られていた王太子エルヴァンは、彼らと同じように少女を見つめながらも、その顔色は青ざめていた。
数年前、お忍びで出掛けた王都で出会った冒険者の少女。最初に出会った時、その幼さで冒険者をしている少女に世間知らずな憧れを抱き、そんな生活をしている少女の不意に見せた可憐さに興味以上の感情を抱いたこともあった。でも……
「どうして、あんな簡単に人を殺せるの……?」
エルヴァンは元子爵令嬢で王妃となった母から、上級貴族の横暴に耐えながらも自由があった子爵令嬢時代の話を聞いて、自分もそう生きたいと願っていた。それ故にお忍びで街に出たいと望み、そこで出会った少女は、責任と重圧に悩んでいたエルヴァンにとって自由の象徴でもあった。
だが、妹である王女の護衛侍女となった彼女は、そんな印象とは掛け離れた存在になっていた。これが王族に仕えることなのか? こんな血塗れの道が王族の歩む世界なのかと、エルヴァンは絶望するような気持ちで彼女を見つめていた。
そんな震えるエルヴァンの手を、小さく温かな手がそっと包み込む。
「……リシア?」
「大丈夫ですよ、エル様。この世界はあんな怖いモノばかりではありません。この世界は綺麗なものがいっぱいありますよ。恐ろしいモノを見たくないのなら、今は私を見てください。私はずっと笑っていますから」
そう言ってニコリと微笑むアーリシアに、精神的に追い詰められていたエルヴァンはようやく逃げ道を見つけたように引き攣った笑みを浮かべ、少女の手をそっと握り返した。
その少女……本当の名前も忘れたアーリシアは、エルヴァンと見つめ合いながら、このイベントは“熊”の魔物に襲われるはずだったのに、その熊はどこに行って、その代わりにどうして“大きな猫”が来たのかと小さく首を傾げた。
*
『ガァアアアアアアアアアッ!』
その頃、大きな猫と思われていた幻獣クァールであるネロは、人間の騎士数名と戯れていた。
人間にもアリアや自分を罠に掛けた人間のように、特別強い個体がいることを知っている。それでもネロにとって人間は弱者であり、単独で自分に勝てるのはほぼ居ないと考えている。
ネロにとってアリアは初めて興味を持った“他者”だった。最初は共通の敵を狩るために側にいたが、ネロは自分と同じように孤独に生きながら、その瞳が常に天を見ているアリアの中に、果てのない闇夜を照らす“月”を感じて、ネロに彼女の人生を見ていたいと思わせた。
そんな彼女といれば、今回のように気まぐれに手を貸すこともあるだろう。人は弱者だ。だが、群になれば脅威となることもネロは知っていた。
その戦いの練習台として騎士たちと戯れていたネロは、不意に彼らから飛び離れると騎士たちの後ろの森に警戒するような唸りをあげた。
その数秒後――
『ゴァアアアアアアッ!!!』
「なんだ、こいつはっ!?」
「蒼殻熊っ!? どうしてこんな場所にっ」
騎士たちが背後の森から現れた熊の魔物に慌てて盾を向ける。
蒼殻熊とは、餌とする蟹のキチン質が魔素によって皮膚の一部となり硬質化した、動物から進化した魔物で、ランクは3だが、その硬さから冒険者ギルドの難易度では4になる強力な個体だ。
それでも幻獣クァールであるネロにとって脅威ではない。ならば、ネロは何に警戒していたのか?
その蒼殻熊も騎士たちを襲いに来たのではなく、全身の数カ所が焼け爛れ、幾つか裂傷を負っていた。
蒼殻熊は“何か”から逃げていた。討伐難易度4にもなる蒼殻熊を追い詰めるようなモノが居る。
ゴォオオオオオオッ!!!
その瞬間、幾つかの巨大な火柱が森の奥から噴きあげ、蒼殻熊を背後から貫き、そのとばっちりで二人の騎士が炎に包まれた。
蒼殻熊と騎士たちが火に焼かれて悲鳴をあげながら転げ回る中、森の奥から闇が滲み出るように黒髪の少女が姿を現すと、燃える彼らなど目も向けず自分を警戒する黒い幻獣を見て愉しげに目を細めた。
「まあ、大きな毛皮が取れそうな、猫ちゃんがいますわ」
かなり状況がぐちゃぐちゃです。
カルラの登場で、戦況がどう変わるのか?
風邪が流行っていますが、皆さまもお気を付けてください。