121 貴族派の陰謀 ⑦
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
黒獣の咆吼が街道に響き、ネロはそのまま周囲に散開していた騎士たちに襲いかかっていった。
「なんだ、この魔物はっ!?」
「落ち着けっ、盾を構えろっ!」
騎士たちがすぐさま対応して武器と盾を構える。けれど、全身金属鎧を着ているのならともかく、軽装程度ではネロの攻撃を受け止められずに弾き飛ばされる。
ネロは巨体故に狭い場所ではなく、外周にいる騎士たちを敵と定め、その背から王太子エルヴァンの無事を確認した私は、滑るように飛び降りながら両手に持ったダガーとナイフで二人の暗殺者を刺し殺した。
「なっ、がっ!?」
仲間を殺され声をあげる男の鼻柱を肘打ちで潰し、そのまま腕を巻き付けるようにして首を逆さにしてへし折った。突然現れ、敵を殺し始めた私たちに、王太子の側近だと言っていたミハイルが声をあげる。
「き、君はっ」
「少し下がって」
彼にそう言いながらスカートを翻し、スリットから引き抜いたナイフを迫っていた暗殺者たちに投擲する。
ナイフは一人の咽に突き刺さり、二人が避けた。さすがに王太子の暗殺ともなれば、ランク3より下は連れてこないか…と考え、その瞬間に飛び出していた私は、ペンデュラム【刃鎌型】を出して間近に迫っていた男の咽をすれ違い様に掻き斬り、もう一人の男が突き出してくるナイフを仰け反るように躱しながら、背転するように爪先で男の顎を蹴り上げ、同時に投げ放っていた【斬撃型】のペンデュラムでガラ空きの首を斬ってとどめを刺した。
「ひぅっ……」
飛び散る血潮。花を摘むように消えていく生命。淡々と敵を殺していく私の姿に、王太子に縋り付いていた少女がくぐもった悲鳴をあげると、それに気づいた暗殺者の一人が彼らを人質にするべく駆け出した。
「やらせるかっ!」
「ロークウェルっ!」
王太子の側近のもう一人がその間に割って入り、ミハイルがその騎士の名を呼ぶ。
騎士のような体格の少年でそれなりに鍛錬はしているようだが、素手でランク3の暗殺者を止めることは無理だと本人も気づいているだろう。
「どけっ!」
それでも立ち塞がろうとするロークウェルに暗殺者が片手剣を振り上げる。
その瞬間、前のめりになりながら地面に爪を立て、地面を蹴るようにして飛び出した私は、背後からその暗殺者に飛びつき、その勢いのまま地面に叩きつけるようにしてその首を膝で折り砕く。
濡れ雑巾に包んだ木の枝を砕くような音がして、王太子側の人間が思わず目を背ける中、私は殺した暗殺者が使っていた片手剣を拾って、まだ唖然としているロークウェルに投げ渡す。
「君は王女殿下の……」
「彼女から救援要請を請けた。敵がいるのなら呆けるな。まだ戦う意志があるのなら武器を取れ。あなたには護るべきものがあるのでしょ?」
「あ…ああ、そうだっ」
剣を受け取り力強く頷くロークウェル。第二騎士団の小隊はネロが相手をしているから、そちらは任せても良いだろう。
私は暗殺者たちを始末するために黒いナイフを引き抜くと、その瞬間に強烈な殺気を感じて、跳び避けながらその方角へナイフを投げた。
ギンッ!
殺気の“主”に投げた私のナイフが弾かれる。
即座に“主”から鉈のような刃物が放たれるが、轟音を立てて唸り迫る鉈を弾けないと察した私が、その攻撃を横に飛ぶように跳び避けると、それを“主”が追ってきた。
ゴォオオオオッ!!
風圧が音となるような蹴りが放たれ、私がそれを踵で受け止め蹴るようにして距離を取ると、“主”は宙に舞う私へ向けて鉈の刃を高く振り上げた。
「――【鋭斬剣】――」
「っ!」
その瞬間、放たれた幾つもの閃刃が私を襲う。
私は何もない宙を蹴り上げて体勢を変えながら、身を捻るようにして“閃刃”を躱し、地に落ちて膝をつく私と殺気の“主”が視線を交わす。
「ほぉ……まさか、あの戦技を避けられるとは思ってなかったぜ」
「…………」
私もすべて躱しきれていない。掠めた右頬から血が流れ、斬り裂かれた脇腹を片手で押さえる。
【鋭斬剣】……あいつも使っていたレベル5の戦技を使うこの男は――
「お前は何者だ?」
「暗殺者が誰かと訊かれて名乗るか?…と言いたいところだが、貴様には名乗ってやろう。俺は南辺境支部のギルドマスター、ギルガン様よ。貴様のその容姿…実力……知っているぞ。貴様が“灰かぶり姫”だな?」
【ギルガン】【種族:人族♂】【ランク5】
【魔力値:184/200】【体力値:402/410】
【総合戦闘力:1344(身体強化中:1712)】
見た目四十ほどの粗野な外見の男は、牙を剥き出すようにして獣のように笑う。
暗殺者ギルド南辺境支部のギルドマスターか……。ギルガンと名乗ったこの男が直接出てきたということは、ギルドもそれを依頼した貴族も、よほど本気で王太子を亡き者にしたいのだろう。
相手がギルドマスターと聞いた王太子の顔色が悪くなり、それを見て意地悪くニヤリと笑うギルガンに、私も“時間稼ぎ”のために声をかけた。
「何故、私が“それ”だと思った?」
そう尋ねる私にギルガンは呆れたような顔をする。
「はんっ、貴様ぐらいの小娘で、それほどの戦闘力を持つ奴なんて、そう何人も居てたまるかっ。貴様に気づいた理由なんて、暗殺者ギルドというだけで充分だろう? だがな、それ以上に貴様のことは“ある奴”からよく聞いている」
私のことを知っている人間?
「そいつは、お前のことをよく研究していたよ。お前の使う魔術や武器もよく調べて対抗手段を考えていた。片腕が義手の男だったが、あそこまでいくと恨みや執念と言うよりも“愛”を感じたぞっ、お前に出会えたら“よろしく”だとさ」
「…………」
なるほど。やけに口が軽いと思ったら、この情報を言いたかっただけか。
片手が義手? この世界でなら、時間と金さえあれば欠損した部位でも再生することができる。暗殺者ギルドに関わるような人物で、失った腕をわざわざ義手にするような奴は、私には一人しか思い当たりがない。
グレイブ。ようやく外の世界に出てきたか。
「正直に言えば、この仕事を受けた理由の一つは、貴様と戦ってみたかったからだ。アイツは今、とある貴族の城に居る。灰かぶり姫である貴様を殺すために、ジッと身を潜めて牙を研いでいる。ここで生き残ることができるのなら捜してみるといい」
「……お前はアイツの味方ではないのか?」
「敵じゃねぇ、だが味方でもねぇ。貴族の伝手でしばらくうちにいたから、知らねぇ仲でもないが、ただそれだけだ。俺の興味は、アイツがこれほど執着するお前が、どれだけの力を持っているのかだけだ」
私は脇腹を押さえたままそっと立ち上がり、ギルガンは私に意識を向けたまま、チラリとネロに視線を向ける。
「アレがクァールか……アイツから聞いていた以上のバケモノだな。だが、同じランク5なら、数人の仲間がいればなんとでもなる。お前共々、この“南辺境支部”が滅ぼしてやるさ」
ギルガンは両手にひとつずつ鉈を構え、静かに目を細めた。
「本気を出せ、灰かぶり姫。アイツがアレほど入れ込んで、中央支部の連中が貴族の依頼を断るほど不干渉を貫いた、お前の実力を見せてみろっ!」
ギルガンの戦闘スタイルはフェルドや“あの男”と同じ近接アタッカーだ。特に両手に片手剣を持って戦うスタイルは、あの男を思い出させる。
今の私は、ここまでの移動で魔力回復ポーションを飲みながら無理矢理使っていたせいで、【鉄の薔薇】はまだしばらくは使えない。
「どうした、臆したか、“灰かぶり姫”っ。もうこれ以上の“時間稼ぎ”をさせるつもりはないぞ。いかに王国の騎士どもが無能揃いでも、お前を殺す時間くらいは、あの獣を押さえてくれるぞ」
「……何の話だ?」
斬り裂かれていた脇腹から手を離し、頬に付いた血を拭う。
頬の血はもう止まっている。脇腹も傷自体はゲルフの内鎧で止まっていたので、意外と大きかった衝撃を、手に光の魔素を集めてまともに動けるまで、回復できる時間が欲しかっただけだ。
ギルガンはネロの支援を待っていると思ったようだが、私はネロにこれを“譲る”つもりはない。
たとえ【鉄の薔薇】が使えなくても、たとえ相手が手練れの【ランク5】でも、同じ舞台に立っている以上、私は一歩たりとも退いたりはしない。
黒いダガーとナイフを仕舞い、両手の【影収納】から【刃鎌型】と【分銅型】のペンデュラムを取り出しクルリと回す。
ランク5であるギルガンとランク4である私とは、戦闘力の差以上に実力や経験に差があるとは思う。けれど、それ以上の私の“戦い方”を見せてやる。
「お前は、私の“獲物”だ」
突然見えてきた、あの男の影。
目の前のランク5を相手に、鉄の薔薇を封じられたアリアはどう戦うのか。





