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120 貴族派の陰謀 ⑥

カルラのお話。ちょっぴりアレです。



「な、なんだコイツはっ!?」


 仲間が炭になるほどの炎で、いきなり焼かれた襲撃者たちが狼狽えた声を漏らす。

 森に燃え移る炎が辺りを茜色に染める中で、馬車を取り囲む革鎧の男たち。彼らは暗殺者ギルド南辺境支部の構成員で、その任務は、この街道を通る王太子の婚約者を拉致することだった。

 五体満足でなくても生きてさえいれば、彼女の父親であるレスター伯爵――王家派の中でも中立寄りな筆頭宮廷魔術師に対しての交渉材料となり得る。だが、その優先順位は低く、最悪の場合は殺害しても良いことになっていた。


 貴族派の貴族と第二騎士団の一部が目論んだ、王女エレーナの拉致と、王太子エルヴァンの暗殺計画。

 本来なら王都貴族関連の依頼を受けるのは、中央支部の暗殺者だった。

 だが、好戦的で知られる中央西地区支部は、ここ数年で手練れの暗殺者を何人も失って、大掛かりな仕事は受けられず、暗殺者ギルドの中でも最大規模を誇り、独自の情報網を持つ中央東地区支部は、この依頼に“とある人物”が関わる可能性を考慮して依頼を断った。

 政治と深い関わりを持つ“暗殺者ギルド”や“盗賊ギルド”が、貴族の仕事を断ること自体極めて稀であり、よほどの事情があったのだろう。

 そんな話を聞いた暗殺者ギルド南辺境支部のギルドマスターは、弱腰になった他支部の人間を鼻で笑い、自分たちが王族が関わる仕事を受けると名乗り出た。


 暗殺者ギルドとして暗殺対象の調査はしている。

 依頼主から受け取った王族とその関係者の名簿を精査し、諜報員を貴族家に潜入させて得た情報によれば、レスター伯爵家の末娘はまるで物語の“悪役”のような言動をする令嬢で、貴族関係者からは異常に危険視されていた。

 その情報を受け取った南辺境支部の暗殺者たちは、その情報を重視しながらもその危険視される理由を“政治的”なものだと考えてしまった。

 その結果、ランク4の暗殺者1名を含めた10人のランク3暗殺者によって、レスター伯爵家令嬢の襲撃を行なったが、その第一声を放つ途中、突如馬車の中から噴き出した炎に口上を立てていたランク4の暗殺者が焼き殺された。


 レスター伯爵家令嬢、カルラ・レスター。

 政治的にも内面的にも実力的にも、実の父親からも畏れられる少女は、血の気の薄い病的な顔色で炭になった骨を指で砕くと、良くできた木炭に目を細める職人のように愉しそうな笑顔を浮かべた。



「殺せっ!!」

 暗殺者の誰かが微妙に引き攣った声をあげた。

 たとえ、どれだけの実力を持っていようと、相手は魔術師であり、少女であり、見た目は“病人”だ。一般的な魔術師は近接戦闘に疎く、刃の届く距離まで近づいてしまえばほとんどの反撃手段を失ってしまう。

 そんな一般常識が、彼らの判断を誤らせた。


「死ねっ!」

 カルラの実力を感じて、もはや拉致は諦めた。それ以上に殺す気でやらなければ自分たちが屍を晒すことになる。

 それ以前に、弱腰になった他支部を嘲笑してまで受けた仕事なのだ。ギルドの名を汚さぬためには、たとえ自分たちが全滅してでもこの依頼だけは達成しなければいけなかった。

 魔鋼製の刃が鈍く煌めき、暗殺者がカルラへと迫る。

 だが、カルラもただの貴族令嬢ではない。

「なにっ!?」

 暗殺者の凶刃をカルラが、ドレス姿とは思えない速度でふわりと跳び避ける。


 魔術師の家系であるレスター伯爵家で、父の実験により全属性を得たカルラは、強大な力を得ると同時に未来を失った。

 カルラに残ったものは“力”と彼女を映す他者の“怯えた瞳”だけ。だからこそカルラは力に固執し続けてきた。

 父親やその暴挙を放置したこの国を壊すため、力を追い求めて単身ダンジョンへ潜り続けてきたカルラは、一人で多数を相手にするために【身体強化】と【体術】をレベル2まで会得するに至っていた。


「――【風幕(エアカーテン)】【岩肌(ロックスキン)】――」


 魔術ではなく魔法をダブルキャストで唱え、放たれる矢を弾いたカルラは、狼狽える暗殺者へ片手を向ける。


「――【氷槍(アイスランス)】――」


 水と風の複合魔法である【氷槍(アイスランス)】が放たれ、それに気づいた暗殺者たちが回避行動に移るが、高速で飛び抜ける巨大な氷柱は三人の腹部を貫いた。

「ぐあっ」

「ぐお……」

 だが、構成難易度の高さと見た目の残酷さとは裏腹に、氷系の魔術はさほど殺傷力が高くない。傷や出血が凍ることで即死せず、反撃を受ける場合もあるからだ。それでも高位の魔術師が氷系の魔術を使うのは、発せられる強烈な冷気によってその周囲の行動に遅延効果を見込めるからだった。

 暗殺者たちの動きがあきらかに鈍くなる。たとえ暗殺者たちの身体強化のほうがレベルが上でも、これではカルラを追いきれない。

 だけどカルラは、己の安全のために【氷槍(アイスランス)】を使ったわけではない。


 バチッ!

 カルラの手の先から飛び散る光を見て、魔術に詳しい者の顔が恐怖に引き攣る。


「――【雷撃(ディグヴォルト)】――」


 雷撃が炎で朱に染まる森を白く染め直す。

 風と水の複合高等魔術【雷撃(ディグヴォルト)】が、【氷槍(アイスランス)】に貫かれた暗殺者を即死させて、凍りついた地面を伝わって他の暗殺者をその場で痺れさせて麻痺させた。

 そしてすぐ両手に炎を出したカルラを見て、絶望の中で暗殺者の一人は理解する。カルラは最初から逃げるつもりもなく、誰一人逃がすつもりもなかったのだ。

 最初から変わらぬその笑顔に、カルラがただ殺すことを望んでいるのだと察したその男は、次に放たれた炎にその身を焼かれながら怨嗟の言葉を漏らす。

「悪魔め……」


 襲撃者たちはどうして、ランク4が殺された時点で撤退をしなかったのか?

 最初から……彼らが逃げずに彼女に攻撃をしてしまったのは、暗殺者としての誇りでも意地でもなく、圧倒的な捕食者と出会った弱者の“恐怖”からだった。



「人は死ぬわ。誰でもね」

 カルラが誰かを殺すことは生き残るためじゃない。カルラが殺すのは、自分の命さえも大切なものではないからだ。

 幼い頃から“死”はいつも身近なところにあった。全属性を得てしまったカルラは、自分が長生きできるとは思っていない。書物を調べた限りでも全属性を持って三十まで生きた英雄(にんげん)はいないのだから。

 カルラが人を殺すのは……この国を壊そうとしているのは、ただの八つ当たりだ。未来を失い、遠くない将来死んでしまう自分のための、盛大な“道連れ”だった。

 幼い頃からそうして生きてきたカルラにとって、命の価値など、自分の命も含めて銅貨一枚分の価値も感じない。

 もういつ死んでも構わない。でも、それまでに一人でも多くの人間をあの世への道連れに連れていく。


 でも、いつの頃からだろう、殺すための目的は少しだけ変わっていた。

 あの日……“彼女”に出会ってから。

 カルラ以上に濃密な“死”の匂いを漂わせた、運命に抗うために戦い続ける灰色に髪を汚した女の子。

 その壮絶な生き様と、相手が王でさえも殺すであろう強い意志を秘めたその瞳に、カルラは初めて『死ぬために生きる』のではなく『生きるために死にたい』と願うようになった。


 死ぬのなら“彼女”に殺されることを願った。

 だからカルラは、“彼女”以外の誰に殺されることも望まなかった。

 殺されるために強くなる。そのためなら、数年前ならくだらないと一笑に付したであろう【加護(ギフト)】さえもその身に受け入れ、更なる力を求めた。

 カルラは夢を見る。沢山の人間たちが集まる華美な舞台で、炎に包まれながら二人で殺し合い、“彼女”を殺して“彼女”に殺される。

 その時から、この国の破壊も、父親を最悪の舞台で無惨に殺す望みも、彼女を本気にさせるためだけの“添え物”に成り下がった。

 だから今は、本気でこの国の滅亡すら考えている。全ては彼女を本気にさせて、自分と本気で(ころ)し合ってほしいから。


「ふふ……こほっ」

 加護を得たせいだろうか、笑った拍子に少ない体力がさらに減って、咳き込んで口元を押さえた手の平に血が零れた。

 だがそれもすべては自分が望んだことだ。命の使い方は自分で決める。

 その命を奪おうとしたこの襲撃者たちにしても、王族の婚約者であるがさほど重要でもないカルラが狙われたのなら、王族たちも必ず襲われているとカルラは考える。

 そうなればきっと“彼女”が現れる。“彼女”の運命を邪魔する全てを殺すために“彼女”はきっと現れる。


 カルラは王太子や王女がこれから来るであろう自分が通ってきた道を振り返ると、何か“匂い”でも感じたかのようにゆっくりと息を吸い込み、その方角へ跳ねるような愉しげな足取りで歩き出した。


「“(アリア)”が来るわ」


   ***


「どういうつもりだ? 誰の差し金だ」


 王太子エルヴァンとその腕に縋り付くアーリシアを庇うように、ロークウェルとミハイルが前に出る。

 王太子一行の乗る馬車を止めた襲撃者は、彼らに馬車から降りるように言ってその前に並べさせた。王太子が連れていた近衛騎士と、ミハイルが連れていた暗部の騎士はすでに殺されている。

 近衛騎士の他には、今回演習をする第二騎士団の小隊が護衛に就いていたのだが、彼らが襲撃者と通じていたことに気づいて、総騎士団長を父に持つロークウェルは怒りに震えながら、小隊長らしき男を睨んでいた。


「ロークウェル様、あなたや総騎士団長に恨みはありませんが、すべては大義のためです」

「こんなことに大義などあるものかっ! 殿下が姿を隠されるようなことになれば、この国は再び荒れるぞ」

「それも必要な痛みです。我々はもう止まれない」

「痛みを感じるのは、お前らではなく民草だろうに……」


 そもそも立場が違いすぎるのでこんな議論に意味はない。見えている着地点が違うのだから、彼らが意見を変えることはないだろう。

「…………」

 そう考えながらミハイルは小隊長との会話をロークウェルに任せ、エルヴァンだけでも救う道はないかと模索する。

 エルヴァンはアーリシアという少女を庇うようにして立っているが、ミハイルの立場からすれば、王太子には彼女を盾にしてでも生き残る気概が欲しかった。

 そのアーリシアも一見怯えているように思えるが、その顔には怯えの色はなく、本当に現状を理解できているのか怪しい。


「最後に伺いますが、ロークウェル様とミハイル様は、こちら側についていただけるのなら命までは取りません。多少の制約は必要ですが、いかがなさいますか?」

「私もミハイルも、そんなことを承諾などできるものかっ!」

 小隊長の言葉にエルヴァンが顔を青くして息を飲み、一瞬の間も置かずロークウェルが拒絶すると、それも予測していたのか小隊長が片手を上げ、革鎧を着けた暗殺者たちが前に出た。

「残念です。では苦しまずに殺して差し上げましょう」

 小隊長の言葉と同時に暗殺者たちが黒塗りの刃を抜いた、その時――


 ざわ……ッ。

 その瞬間、森の中の動物たちが一斉に騒ぎ出し、森に茂る緑の幕を突き破るようにして、黒い巨獣に乗った桃色髪の少女が現れ、唖然として見上げる彼らの頭上を軽々と飛び越えながら、少女は低い声で呟いた。


「ネロ、殺せ」



次回は、王太子の襲撃に乱入したアリアとネロ、

第二騎士団と暗殺者、そして暗殺者ギルドマスターの刃がアリアに迫る。


バタバタと書いたので、後で少し変えるかもしれません。

ご感想や誤字報告、いつもありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
「王太子には彼女を盾にしてでも生き残る気概が欲しかった。」 民草がどうのこうのと言っている本人がそんなことできるはずがないよ。したら偽善者丸出しになってしまうね。
「ネロ、殺せ」 『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』 ロックウェル「ぐわあああああ」 ミハエル「う、うでがああああ」 エルヴィン「がぁぁあああああ」
結論。カルラ父ちゃんが悪い。 ヒドいなあ、カルラどう足掻いても不幸を決定づけられた様にしか見えない。 この状況で、幸せに死んでやる!と思える人間は決して多くはないだろう。 そう思える様になったカルラは…
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