117 貴族派の陰謀 ③
伊月ともや様、沼イルカ様のお二人からレビューをいただきました。
ありがとうございます。
「な、なんだ、あの小娘はっ!? 早く王女を奪い返せっ!」
エレーナたちを強引に奪い返した私に、サヴォア子爵は王女に敬称を付けることさえ忘れて、中隊の騎士たちに命令を下す。
エレーナを奪い返しても非戦闘員を二人も連れて逃げることは無理だ。
それ以上に、国を愁うと嘆きながら、国内の諍いを鎮めようとしているエレーナを巻き込むような連中は、生かしておいても同じ事を繰り返すと判断した。
こいつらはここで殺す。私の余力があるうちに。
「アリア……」
「き、君はっ」
「黙っていろ。舌を噛むぞ」
何か言いたげなエレーナとナサニタルを黙らせ、子爵の指示で突っ込んできた騎士たちに向き直った私は、【鉄の薔薇】で強化された筋力をフルに使って、エレーナとナサニタルを抱えたまま飛び出した。
「ハッ!」
「うおおおおおおっ!」
騎士から突き出される槍を飛び越えるように穂先を踏みつけ、そのまま槍を駆け上るようにして、武器から手を離すことを躊躇した騎士の顔面が吹き飛ぶほどの速度で蹴り抜いた。
「貴様っ!」
「許さんぞっ!」
周囲から群がってくる騎士たちに、顔面を蹴り抜いた騎士を踏み台にして飛び上がった私は、右脚で迫り来る剣の腹を蹴って弾きながら、左足の蹴りで騎士の首の骨をへし折り、三人分の体重を込めた蹴りで飛び移るように残りの騎士の首を蹴り砕く。
「斥候とは言えランク4を甘く見るなっ! 奇妙な技も使うぞっ!」
中隊長のルドガーが部下の騎士たちに指示を出し、浮き足立っていた騎士たちが落ち着きを取り戻す。
「盾を前にっ! 矢を射かけろっ! 多少なら当てても構わんっ」
薬でエレーナの意思を奪う前提とは言え、彼らもなりふり構っていられなくなっている。いや、それも失敗すれば死だと覚悟しているからか。そんなルドガーの指示に動き出した騎士たちを見て、本来彼らが誇りと命を懸けて護るはずのエレーナが、私の袖をギュッと掴む。
「アリア……見捨ててもよかったのよ?」
灰鉄色に染まった髪の私を間近で見つめながら、腕の中のエレーナがそんなことを呟いた。
「そんなことをするのなら、初めからエレーナの側にはいない」
貴族派の傀儡となり、不和を起こすくらいなら死さえ覚悟していたエレーナの顔を、私も間近で見つめ返す。
「運命に抗え、エレーナ。その結果死ぬとしても、その寸前まで諦めるな」
「……あなたは厳しいわね。でも、それでいいわ」
エレーナの瞳に活力が戻る。やはり彼女はそういう顔のほうがよく似合っていた。
「撃てっ!」
盾を構えて迫る騎士数人の後ろから、矢が射かけられた。おそらく私が『身を盾にしてでもエレーナを庇う』ことも想定済みなのだろう。
「ひいっ!」
私に襟首を掴まれているナサニタルが両手で頭を抱えて悲鳴をあげる。私は右腕に抱えたエレーナの手に風の魔素が集まっているのを“視て”、下がることなく前に出た。
「――【風幕】――ッ」
エレーナの魔術が発動し、渦巻く気流が迫り来る矢を逸らす。その時すでに飛び出していた私が真正面にいた騎士の盾を勢いをつけて蹴り飛ばし、隊列の崩れた騎士たちの中に飛び込みながら回し蹴りで騎士の首をへし折り、倒れた騎士の咽を踏み潰した。
二人も抱えているせいで私の移動速度は通常よりも落ちているが、反射速度や蹴りの速度まで下がったわけじゃない。
【アリア(アーリシア)】【種族:人族♀】【ランク4】
【魔力値:234/300】【体力値:221/250】
【総合戦闘力:1152(特殊身体強化中:2182)】
【戦技:鉄の薔薇 /Limit 234 Second】
限界時間残り4分弱……。魔術を使うような全力での戦闘なら2分が限度か。
「弓隊以外は盾を構えろっ! まずは動きを止めろっ!」
再びルドガーが指示を出し、槍を持っていた騎士たちも武器を捨て、背中に括り付けていた予備の丸盾と片手剣を構える。
ここで囲まれると本来の速度で動けない私は不利になる。だけど、私も一人で戦っているんじゃない。
『ガァアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
その時、姿を消していたはずのネロが、騎士隊の側面から飛びかかり意識を私へ向けていた騎士たちが苦もなく引き裂かれていく。
「ネロッ!」
「うぁあああああっ!」
ネロに呼びかけながら悲鳴をあげるナサニタルを放り投げると、ネロは面倒そうな顔をしながらも触角で受け取り、そのまま騎士たちの蹂躙をはじめた。
毛皮に斬撃刺突耐性を持っている幻獣クァールのネロなら、ランク2や3の攻撃ならナサニタルを庇いながらでも戦えるだろう。
「――【水球】――ッ!!」
その瞬間、ナサニタルごとネロを狙っていた弓兵たちを、エレーナが放った水の塊が押し流した。
それに気づいて弓兵たちが私たちへ弓を向ける。この距離だと風の護りがあっても逸らしきれずに貫かれる可能性もあり、私はエレーナを護るように彼女を抱いていた右腕に力を込めた。
王族である彼女は臣民を殺さない。その代わりに私が彼女の敵を殺す。
もう二度と、エレーナが傷つくことがないように。
「撃てっ!!」
弓兵たちから一斉に矢が放たれた。私は風の護りを抜けてきた矢を、蹴り上げたスカートの裾で絡め取るように叩き落とし、左手で腿から抜き放ったナイフを弓兵数人の咽や眉間に投擲した。
一人分の体重が減れば速度も上がる。三人の弓兵が崩れ落ちる前に彼らの中に飛び込んだ私は、左手の【影収納】から【斬撃型】と【刃鎌型】のペンデュラムを放出しながら彼らの中央でくるりと回り、エレーナと二人でワルツを踊るように、血に染まった大地を“舞台”にして周囲の弓兵たちを引き裂いていった。
【アリア(アーリシア)】【種族:人族♀】【ランク4】
【魔力値:175/300】【体力値:189/250】
【総合戦闘力:1152(特殊身体強化中:2182)】
【戦技:鉄の薔薇 /Limit 175 Second】
「なっ、なんなんだっ、こいつらはっ! この獣はっ!?」
そんな悲鳴じみた声が聞こえて横目に見ると、護衛をほとんど失ったサヴォア子爵が腰を抜かしてへたり込んでいた。私の視線を感じたのか、子爵は怯えた顔で何やら叫びはじめる。
「わ、私を殺すと大変なことになるぞっ! すでに王太子の所にも手練れの暗殺者が向かっているっ! それを止められるのは私だけ――」
ドシュッ!!
不穏なことを叫びはじめたサヴォア子爵の咽を、飛来した片手剣が深々と貫き、事態が把握できずにパクパクと喋るように血の泡を吐きながら、子爵の瞳から光が失われていった。
「覚悟のない裏切り者が…っ」
剣が飛んできたほうを振り返ると、剣を放ったルドガーが裏切り者と呼んだサヴォア子爵を見て唾を吐いた。
「ルドガー……あなた」
それを見てエレーナが呟きを漏らすと、部下をほとんど失ったルドガーは自嘲するような疲れた笑みを浮かべる。
「王女殿下。良い護衛を得られましたね。私どもは国を愁い志を持っていたつもりでしたが、全員が同じ想いではなかったようです……」
「投降しなさい、ルドガー。お兄様を狙っているとはどういうことですか? 心を入れ替えて協力するのなら……」
「それはありません」
ルドガーはエレーナからの温情をキッパリと断り、静かに首を振りながら、死んで倒れた部下から代わりの剣を取り、エレーナではなく私へ向ける。
「私は死んでいった同志のためにも変わるつもりはない。殿下の温情で死刑を免れたとしても、生きているかぎり同じ事を繰り返す。君なら分かるだろう?」
「エレーナ。ネロの所へ下がって。アレは私の敵以外は襲わないから」
「アリア……」
髪の色を灰鉄色から桃色がかった金の髪に戻しながら、【鉄の薔薇】を解除した私はゆっくりと前に出る。
「灰に染めた髪……そうか、君が“灰かぶり姫”か。一般騎士では敵わないはずだ」
「名乗ったことは無い」
「肯定と受け取ろう。貴殿に一騎打ちを申し込む。だが、受けるかどうかは自由だ。あの獣と一緒でも構わない」
その表情に騎士としての最期を求めているのだと感じた。
「時間の無駄だ。はじめるぞ」
私が短くそう言って、黒いダガーと黒いナイフを両手に構えるのを見て、微かに口の端をあげたルドガーは盾を持たずに部下の剣を両手で構えた。
魔力の残量的に魔力回復ポーションがあっても、限界まで【鉄の薔薇】を使い続けるのは危険だと感じた。それに、同ランクの敵相手でも安易に決め技を使っているようでは、本当の強敵相手と戦うことができなくなる。
私はまだ誇れるほど強くない。この戦いも私を強くする糧となる。
「「…………」」
互いに武器を構えた私とルドガーが、相手の利き手と逆側に移動するように、反時計回りに位置を変える。
【ルドガー】【種族:人族♂】【推定ランク4】
【魔力値:134/160】【体力値:285/320】
【総合戦闘力:747(身体強化中:921)】
ヴィーロやセラと同レベルのランク4。戦闘力は私より少し低くても、正面からの対人戦では私と比べものにならない経験があるはずだ。
戦闘力の差以上にルドガーが私を警戒しているのは、【鉄の薔薇】を使った私を見ているからだ。私は使うつもりはないけど、使わなくても“見せ技”として使えそうだ。
ガキンッ!!
徐々に距離を詰めて、私より先に間合いに入ったルドガーの剣を黒いダガーで受け止め火花を散らす。
その瞬間、ルドガーが左脚で横から蹴りを放つ。軽鎧でもナイフで斬るには体勢が悪いと判断した私は、その蹴りに自分の右脚をぶつけるのではなく絡ませ、身体を浮かせるようにして左脚でルドガーの右脚を払った。
「なにっ!」
騎士の訓練どころか、対人戦でこんな戦い方をする相手はいなかったのだろう。二人同時に倒れ込み、ルドガーがとっさに地面に左手をついて身体を支える。
武器を手放さなかったのは、彼が“騎士”だからだろう。
私はナイフとダガーから手を離し、瞬間的に四つ足で猫のように着地すると同時に、両脚で地を蹴りながら馬乗りになって、【影収納】から出した小型のクロスボウをルドガーの顔面に撃ち、驚愕に目を見開く彼のその眉間を貫いた。
対人戦ではお前に分があった。ただ、騎士であるお前はそれに拘りすぎただけだ。
お前たちとの戦いで、私はまた少しだけ強くなる。
【アリア(アーリシア)】【種族:人族♀】【ランク4】
【魔力値:153/300】【体力値:171/250】
【筋力:10(14)】【耐久:10(14)】
【敏捷:15(22)】【器用:9】1Up
【短剣術Lv.4】【体術Lv.4】【投擲Lv.4】
【弓術Lv.2】【防御Lv.4】【操糸Lv.4】
【光魔法Lv.3】【闇魔法Lv.4】【無属性魔法Lv.4】
【生活魔法×6】【魔力制御Lv.4】【威圧Lv.4】
【隠密Lv.4】【暗視Lv.2】【探知Lv.4】
【毒耐性Lv.3】【異常耐性Lv.1】
【簡易鑑定】
【総合戦闘力:1296(身体強化中:1620)】144Up
ルドガーにとどめを刺し立ち上がる私に、ネロから解放されていたあの少年から、責めるような声が聞こえた。
「き、君は、人の命をなんだと思っているんだっ!」
ナサニタルの発言にアリアはどう答えるか。
知らないうちに関わることになった乙女ゲームの攻略対象との関係はどうなるか?
次回、アリアが王太子の救援に動き出す。





