表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/301

116 貴族派の陰謀 ②

少し長めの6000文字です。



「王女殿下、出発の準備が整いました。日程も差し迫っておりますので、そろそろ参りましょう」

 演習をする第二騎士団から護衛のために来た、第五中隊の隊長がエレーナにそう声を掛けた。

「もうそんな時刻ですか? わたくしの伴をする、アリアという女生徒がまだ戻っておりません。彼女が戻るのを待てませんか?」


 今回の演習視察は、領地を持つ男爵家以上の子弟が対象となっている。準男爵家の養子となったアリアは参加資格を持っていないのだが、伯爵家以上の上級貴族は伴を一人連れて行くことを許されているので、エレーナは当然のようにアリアを選んでいた。

 本来なら王族であるエレーナは、複数の護衛を付けられるように無理を言える立場にあるが、エレーナが他の生徒の模範となることを貫いたのと、第二騎士団の精鋭、中隊四十名ほどが護衛として来ているので、個人的な護衛はアリア一人としていた。

 中隊規模なら一般兵士を含めれば二百名にもなるが、馬車での移動を考慮して騎士しか来ていなくても、数日の護衛としてなら充分な数だろう。

   

 野外に置かれていたベンチに腰を下ろしていたエレーナがそう答えると、中隊長は聞き分けのない子どもを諫めるように乾いた笑みを浮かべる。

「王女殿下、できれば、すでに馬車でお待ちくださっている、他の生徒たちのこともお考えください。それにアリアという女生徒でしたら、すぐに別の馬車で追わせますので、途中の休憩所にて、お会いできると思いますよ」

「そうですか……」


 第二騎士団の中でも王女の護衛を任せられる彼ら中隊は、精鋭中の精鋭だ。

 分隊長クラスは全員がランク3で、特に中隊長であるルドガーは、三十代前半にして騎士団の中でも数少ないランク4の騎士であり、男爵家当主でもある彼の言葉はそう無下にはできない。


「分かりました。それでは、道中よろしくお願いします。アリアのことも本日中に合流できるよう、手配願います」

「かしこまりました。お任せあれ」


 多少不自然には感じるが、あまり疑ってばかりいても王族は資質を問われることになる。それと他の生徒のことを出されたら、どうしても“待て”とは言えなかった。

 そうしてエレーナは、アリアという盾であり剣でもある少女を置いて、用意されていた貴族用の馬車に乗り込むと、馬車の中には、男児のいない男爵家と子爵家の令嬢と、例の法衣男爵だという神殿長の孫である少年が乗り込んでいた。


「久方ぶりですね、ナサニタル。神殿長様はご壮健でいらっしゃる?」

「は、はいっ、殿下っ! お祖父様は元気ですっ!」

 他の令嬢と同じくらい小柄で可愛らしい顔立ちの少年は、世間話を振ったエレーナに緊張した様子で答える。

「それはそうと……あなたは伴を連れていらっしゃらないのね」

「はいっ、僕は貴族である前に神殿の子ですっ、自分のことは自分でできますっ」


 言っていることは立派だが、その表情や口調から、俗世的な貴族を責めるような神殿の思想に染まっているのだと理解したエレーナは、落胆を顔に出さないよう気をつけながら、それ以上ナサニタルと会話をすることを諦めた。

 そんな雰囲気を察して令嬢たちも口を開かず、無言のまま進んでいく馬車の中で暇を持て余したエレーナが窓の外に目を向けると、王都の南側を東に向かうはずの馬車が森の中を進んでいることに気づいた。


「この馬車はどこへ向かっているのですか? 陽の向きからして南に向かっているようですが?」

 前方に付いた小窓から御者にそう呼びかけると、御者の兵士は何処かへ声を掛け、停まらない馬車の扉を開けて、併走していた馬からルドガーが乗り込んできた。

「失礼します、王女殿下。大人しくしていただけますかな?」

「あなた……っ」

「これから殿下をとある場所にお連れします。大人しくしてくださるかぎりは、他の生徒たちの安全は保証しますよ」


   ***


「なっ!?」

「隊長っ!!」

「貴様っ、ジョーイをっ!」

 心臓を貫かれたジョーイが崩れ落ち、血塗れの黒いナイフを持つ私に他の騎士たちが怒りを向ける。

「よくもっ!」

 おそらくは同僚の中でも友人だったのだろう。ジョーイと同年代の騎士が飛び出すように剣を突き出し、その切っ先を最低限の動きで躱しながら、私はその騎士の咽に黒いナイフを突き立てた。

「くそっ!」

「囲んでしまえっ! 逃がすなっ!」

「おうっ!」


 彼らの戦闘力は200前後……ランク2の上位といったところか。分隊長だったジョーイはランク3ほどかと思うが、そのジョーイと仲間の一人がやられても退こうとしないのは、彼らがまだ自分たちが優位だと思っているからだ。

 室内のような狭い空間で多人数が戦う場合、回避スペースが限られているため、盾や鎧を着ているほうが有利になる。私でも野外で同ランクの戦士が相手なら、まずは距離を取り、ばらけさせてから各個撃破を狙うだろう。

 ランクに差があっても、それでも私に勝てると思ってしまったのは、自分たちが鎧を着ている安心感と、私の外見がまだ細い子どもだからだと思われる。

 だけど、前提が違う。狭い場所でも回避できないわけじゃない。


「なっ!?」

 同時にでもわずかに早い一撃をナイフで逸らした私は、突っ込んできたその騎士の頭に片手を置いて、飛び上がるように“天井”に回避する。

 三メートルほどの天井に逆さになるように足をつき、全身で回転しながら掴んだままの騎士の首をネジ折った私は、翻るスカートの中から脹ら脛の黒いダガーを抜き取り、左右にいた騎士たちの側頭部をナイフとダガーで貫き、ふわりとスカートを靡かせるように床に降りた。


「ば、馬鹿な…」

斥候(スカウト)がなんでこんなに強いんだっ!」

「こんな小娘がっ!」


 残り三人。ランク差を覆したいのなら命を懸けろ。それに残念だが、私は斥候系の冒険者だが、本職は“斥候(スカウト)”じゃない。

 騎士たちが鎧に身を包んでいても、戦場で着るフルプレートではなく、チェインメイルの上に胸当てや手甲などを着けた程度の軽鎧なら、そこにわずかでも素肌が見えていれば、“暗殺者(アサシン)”なら殺すことはできるのだ。


 彼らが混乱から立ち直る前に私は彼らの隙間に滑り込み、チェインメイルの上から脇腹にダガーを突き立てながら、もう一人の騎士の首をナイフで斬り裂く。

 その騎士の上を飛び越えるようにして天井を蹴った私は、その勢いのままローファーの硬い踵で、奥にいた騎士の顔面を陥没するまで蹴り抜いた。


「お前が最後だ。エレーナ様をどこに連れていった?」

「く…そがっ」

 私が血塗れのナイフを向けると、脇腹を深々とダガーで貫かれた騎士が、片膝を床につきながら脂汗まみれの顔で私を睨む。

「俺たちを…舐めるなっ、我ら国家を愁う貴族派騎士の信念は、たとえ拷問されようと絶対に口は――」

「なら、死ね」

 騎士の言葉途中でナイフで水平に首を掻き斬り、その息の根を止める。

 拷問しても言わないのなら話すだけ時間の無駄だ。貴族派の彼らに何の信念があったのか知らないが、王族に手を出した以上は末端の騎士なら死刑は覚悟の上だろう。

 そんな覚悟した人間からどうにかして聞き出したとしても、それが正しい情報か確認する時間もない。


「エレーナ……」


 念のため、ジョーイが何も持っていないと確認してからエレーナの後を追う。

 集合場所に戻るとすでに馬車の影はなく、地面に残るわずかな轍の跡を確認した私はそのまま馬車が消えたと思われる方向へ走り出した。

 辿り着いた学園の南門で、エレーナの馬車が通ったことを確認する。王家関係者の印を見せて屋敷の執事に伝言を頼むと、そのまま轍の跡を追っていたがその途中、森に入った辺りで複数の轍に紛れてそれ以上追えなくなってしまった。

 どちらに行った? 何か見落としている痕跡は無いか?

 そう考えながら【探知】をギリギリまで研ぎ澄ませて周囲を探索していると、不意に遠くから私を見る、人ではない“視線”に気がついた。

 振り返り、森の奥の暗がりに目を凝らすと――


「……ネロ?」


『…………』

 再び現れた幻獣クァール。偶然か必然か、私が名を付けたネロが無言のまま私を見極めるようにジッと見つめていた。

 朝方の薄暗い森の中、互いを確認するように見つめ合い、私は黒いダガーを静かにネロへ向ける。


「邪魔をするのなら相手をする。そうでないのなら――」


『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』


 その瞬間、暗がりから飛び出してきたネロの触角と、私の黒いナイフが交差してぶつかり合い、体勢を入れ替えた私がネロの眉間にダガーを突きつけた。


「力を貸せ、ネロ」


 ――是――


 そう答えたネロがその巨体を感じさせない俊敏さで私の傍らまで来ると、轍の判別がつかなくなった辺りの地面に鼻を近づける。

「……分かるの?」

『ガァ……』

 何故、分からない? そんなことを言われた気がした。

 ネロはどうして私に味方をしてくれるのだろう? あの戦いで私を認めてくれたのだろうか?

 別れる時、ネロは私を“月”と呼んだ。精霊も“月の薔薇”の子と呼んで、カルラは私が月のようだから手を伸ばすと言っていた。

 彼女たちが見ている“世界”に、“私”はどう映っているのだろう……?


「行こう、ネロ」

 ――是 月――


 跡を追うように動き出したネロと併走して私も走る。そのまましばらく走り続けていると、奥のほうで二人の騎士が、制服姿の女生徒を馬車に押し込もうとしている様子が目に映った。

「ネロ」

『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』


 ネロの咆吼に騎士たちがビクリとして振り返り、そこに突っ込んでいった私がその女生徒たちに指示を出す。

「伏せてっ!」

 “敵”である私の声に騎士たちは一瞬戸惑い、二人の女生徒は反射的に身を伏せる。

 身体強化を全開にした私はペンデュラムの糸を枝に絡ませて上に飛び上がり、それを思わず目で追ってしまった騎士たちを、そのままの速度で突っ込んできたネロがその巨体で跳ね飛ばした。

「消えろ」

 宙を舞う騎士たちに、私も宙に浮いたまま二つのペンデュラムをその首に巻き付け、何もない宙を蹴り上げるようにして回転しながら、遠心力で騎士たちの首をへし折り、そのまま糸を外して周囲の森の中へ投げ捨てた。


「あなたたちは無事?」

「は、はい」

 女生徒たちは一緒に出発するはずだった令嬢たちだった。その二人がどうしてここにいるのか? 子爵令嬢のほうが巨大な獣であるネロに怯えながらも返事をすると、男爵令嬢がハッとした顔で話し始める。

「姫様と法衣男爵の男子生徒がまだ囚われていますっ! わたくしたちは人数が多いと邪魔だと言われて……」

「それでエレーナ様はどちらに?」

「向こうの方角っ、四半刻ほど歩いた所ですっ!」

 男爵令嬢が指し示す方角に目を向けてから、私は再び令嬢たちに向き直る。

「あなたたちはその馬車にいて。後から救援がくるはずだから」

「はいっ」

「姫様をお願いしますっ!」


「行くよ、ネロ」

『ガァッ』

 祈るように手を組む彼女たちに見送られながら、私たちは先を急ぐために再び走り出す。彼女たちの足で30分なら、私とネロなら10分も掛からないはずだ。

 そう考えて途中から見落としがないように木の上に登り、木から木へ飛び移るように周囲を見渡しながら移動していると、途中に見えた森の開けた場所に戦場で使うような大型の天幕が見えて、その方角へ足を向けた。


「っ!」

 その途中で飛んできた矢を、ネロが触角ではじき飛ばす。

 見張りに弓兵を用意していたか。やはり山賊などとは相手が違う。飛来した方角から位置を割り出し、【影収納(ストレージ)】から出した毒付きのクロスボウで反撃した。

 運良く矢が当たったのか弓兵が木から落ちる。でも、奇襲に反撃したせいでこちらも奇襲ができなくなり、体勢を崩したまま木の上から飛び出した私たちは、天幕の近くにいた騎士たちの前に姿を見せることになってしまった。


「アリアっ!」

「エレーナ……無事か」

 聞こえてきたその声に安堵する間もなく、騎士たちが私とネロを警戒して武器を抜いて隊列を組む。

 ジョーイと同程度だと思われるランク3の騎士たちが、エレーナとナサニタルという少年を取り囲み、中隊長と思われる三十代の男と、貴族らしき中年の男が騎士たちに護られながら静かに前に歩み出た。


「流石は“虹色の剣”だな。その歳で部下たちを倒してもう追いついてきたか……」

「ルドガー、あの獣はなんだ? 学園ではあんなバケモノも飼っているのか?」

「いいえ、サヴォア子爵。おそらくは、あの冒険者の少女がテイムした魔物だと思いますが……アリア嬢、その獣をこの場所から下がらせてくれないか。反抗した場合、そこの少年の顔に治らない傷が残ることになる」


「ひっ」

 捕らえられている騎士から短剣を顔に向けられたナサニタルが、怯えた顔で小さな悲鳴をあげると、ルドガーと呼ばれた騎士隊長がまた口を開く。

「君も王女の護衛なら、この状況は分かるだろう。武器を捨てて投降したまえ。正直に言えば、高名な冒険者パーティーと敵対は避けたいのでね。こちら側で王女の護衛を続けてくれるのなら、同額以上の報酬を約束しよう」


「……ネロ、下がって」

『…………』

 私が声を掛けると、状況を理解したネロが森の中まで戻って姿を隠す。

 それにあのサヴォア子爵という名にも聞き覚えがある。確かセラから聞かされた、過激派で有名な貴族派の貴族だったはずだ。

 一時期大人しかった貴族派がまた動き出したのか……。そのサヴォア子爵は、ネロが消えると安堵したように笑みを作り、捕らえられているエレーナに話しかけた。


「少々予定外でしたが、王女殿下からも護衛に投降を呼びかけてもらえませんか? あなたが素直でしたら何もするつもりはありませんが、そう反抗的な態度ばかりですと、コレに頼らなくてはいけなくなるので」

「…………」

 サヴォア子爵が小さな黒い瓶を指で振るように見せつけると、エレーナの顔が嫌悪に歪む。

 あの瓶は……師匠の所で一度見たことがある。中身は空だったが、『魔族』が使う特殊な薬品を入れておく保護瓶だったはずだ。

 何の薬か知らないが、エレーナの表情から察するに、おそらく自由意思を奪うような廃人一歩手前にしてしまう麻薬に近いものだろう。

 エレーナは周りを見て、怯えるナサニタルを一瞥してから小さく溜息を吐くと、苦笑するような顔を私へ向けた。


「アリア……来てくれてありがとう。嬉しかったわ」

 エレーナはそこで一旦息を吐くと、真っ直ぐな瞳を私へ向ける。

「ここからは、あなたの好きにしていいわ。私についてくれば大変なことになる。あなただけでも“自由”に生きてほしい」

「……エレーナ」


「王女殿下……いけませんなぁ…」

「くっ」

 サヴォア子爵が腕を振ると、エレーナを捕まえていた騎士が彼女の腕を捻り上げた。

 そうか……エレーナ。あなたは“覚悟”を決めたんだ。

 それなら私は……私の“好き”にするよ。



「――【鉄の薔薇(アイアンローズ)】――」



 その瞬間、私の姿は彼らの前から消え去り、光の残滓を翼のように撒き散らしながら超速移動でエレーナたちを捕らえていた騎士たちの首を掻き斬ると、エレーナを右腕に抱え、左手でナサニタルの襟首を掴んで騎士たちから離れた場所に舞い下りた。


「アリア……」

「エレーナ、私は“好き”にさせてもらう」


 桃色がかった金髪が、灼けた灰のような灰鉄色に変わり、いまだに状況が把握できずに目を見開いているサヴォア子爵たちを、私は冷たい視線で見下ろしながら、鉄のような固い声を呟く。

 お前たちは――


「ここで“皆殺し”だ」



サツバツッ!

エレーナは貴族派と敵対することを覚悟しました。アリアも止まりません。


次回、貴族派の陰謀 ③ エレーナを護りながら騎士団三十名とのガチ戦闘。


補足:

ナサニタルも攻略対象者ですが、彼を含めて攻略対象者は大なり小なり心を病んでいます。

本来ならそこをヒロインに浄化されるのですが……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
この真ヒロイン、傷は癒すんじゃなくて焼いたほうが血が早く止まるとかいう気がしてw
え~、ヤンデレヒロイン(?)しかいないの、この乙女ゲーム!? パッケージ表側では華やかにこやかな攻略対象達が、裏面では青白い病んだ表情を見せているような、そんなゲームソフトを想像した。 今の状況は原…
結構簡単に誘拐されてて草
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ