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109 第二部開幕 王立魔術学園

整理のために通し番号を継続しますが、ここから第二部『学園編【鉄の薔薇姫】』の開始となりますので、よろしくお願いいたします。

シーンはまず学園内の一コマから始まります。





 王立魔術学園。クレイデール王国にある最も歴史のある教育機関であり、その年度に13歳となる貴族の血に連なる者だけが入学を許される。

 表向きは魔力が多い貴族子女のために、魔力を制御する術を学ばせることが、設立の理由となっているが、現在では貴族家の資産によって生じる教育の格差を埋めるため、貴族として必要な教養を得る三年制の教育施設となっていた。

 そのため貴族以外の入学が許可されることはないが、それ故に貴族の従者となる士爵のような下級貴族や、貴族家の養子となった“名ばかりの貴族”でも、“貴族”であるなら入学を許されている。


 ここ最近の学園における大きな話題と言えば、昨年の王太子エルヴァンの入学であろう。口さがない者には覇気が無いと言われる穏やかな王子であるが、昨年、国内の有力貴族家から三人の婚約者を得て、その地盤を固め始めていた。

 学園の最高学年である三年生には、すでに第三妃候補であるフーデール公爵令嬢であるパトリシアが在籍し、特に正妃となる筆頭婚約者と内定したダンドール辺境伯家令嬢クララも同じ年に入学したこともあって、学園内が浮ついた雰囲気になってしまったのも仕方のないことだろう。


 だが、新しい新入生を迎えた今年の学園は、さらに騒がしい年となった。

 王太子が産まれた翌年に、王家とお近づきになる機会を得ようと多数の子どもが産まれて、例年より多くの学生に恵まれたこともあるが、第一王女エレーナの入学と、第二妃候補である筆頭宮廷魔術師の令嬢、カルラ・レスターを含めて、非常に目立つ少女たちが学園の門をくぐっている。


 その中に一人……第一王女の“お側付き”として入学した、下級貴族である新入生の少女がいた。

 王女のお側付きは、身の回りの世話をする侍女を兼ねており、学園内でも世話をすることになる同年代の少女は、生涯に渡って主のお気に入りになる可能性が高い。

 学園で王族の世話をする者となると、学友も兼ねるために最低でも中級貴族家以上の次女や三女がなるのが一般的だが、その少女は下級貴族である準男爵家の娘でありながら、王女エレーナの最も近くにいると噂になっていた。


 春のそよ風が吹くよく晴れた昼下がり、食事休憩中であろうか、学生たちもまばらになったテラス席の一つで、その“お側付き”の少女が一人、軽食を摂りながら小さな手記のような本を読んでいた。


 通りすがりの学生たちが彼女に気づくと、惹かれるように目を止めて、焦がれるように足も止める。

 新入生なのだからまだ歳は十二か十三歳だろう。魔力で成長が早まる貴族でも平均的な外見は十四歳ほどだろうか。一般的に魔術教育を多く施せない下級貴族は魔力値が低いとされているが、その少女の外見は、魔力値が高い上級貴族を含めた同年の少女たちよりも大人びて見えた。


 この国でも珍しい、桃色がかった輝くような金の髪。

 艶やかで染みや黒子さえ無い白い肌に、鮮やかな翡翠色の瞳。

 その顔立ちは捜せばそれ以上の美女も美少女もいるのだろうが、それ以上に彼女の涼しげで大人びた風貌からは、年相応の“愛らしさ”ではなく、ある種の“色香”さえ感じられた。

 立ち上がれば、同年の少女より頭半分ほど背が高く、平均的な男子生徒ほどもあるだろう。そのせいだろうか、足を止めて彼女に見蕩れている学生たちの中には、男子生徒ばかりではなく女子生徒も多かった。


 それでも誰も少女に声を掛けたりしないのは、高嶺の花に気後れすると言うよりも、孤高の華と言うべき彼女の周囲を誰にも穢してほしくない……そんな共通した想いが生まれてしまったからだろうか。


 だが、そんな“空気”を読めない者も、少なからず存在する。


「おい、そこの女。顔を上げろっ」


 そんな上からものを言うような言葉を掛けたのは、制服の記章から察するに二年生の男子だろうか。魔力値が高いのか、大柄な十五歳程度の少年がその空間に入り込んだことで、周囲の女生徒から声にならない悲鳴が上がる。


「……なんでしょう?」

 低くもなく高くもない“鉄”のようなその声音に、一瞬気圧された少年は、次に本から顔を上げた少女の、頬にさらりと桃色の髪が流れる美貌に、思わず息を飲んだ。

「……坊ちゃん、坊ちゃんっ」

「お、おう」

 後ろから従者らしき男に声を掛けられた少年が、急に夢から覚めたように目を瞬き、それがまるで恥でもかかされたかと感じたのか、尚更尊大な態度を取る。


「お前が、王女殿下の御付きになった女だな。俺はヘーデル伯爵家のルドルフだ。お前に役目をくれてやる。俺とエレーナ様との接点を作れ」

 その少年――ルドルフが顎で指し示すと、ガラの悪そうな従者の一人が小さな革袋を少女の前に置いた。

 テーブルに置かれた重い音からして金貨が数枚は入っているのだろう。微かに眉を顰めた少女がチラリと革袋を一瞥してから、静かに本を閉じる。

「これは?」

「前金だ。金貨十枚ある。準男爵程度の娘では滅多にお目に掛かれぬ大金であろう? 首尾良く済めばこの倍はくれてやる」

「なぜ?」

「決まっているだろう。身体の弱い王女殿下は他国へは嫁がない。ならば、国内の上級貴族……我がヘーデル伯爵家に嫁げば良い」

「…………」


 短く刈ったダークブロンドの髪でニヤリと笑い、ルドルフは制服の下に無理矢理詰め込んだ筋肉を脅すように盛り上げた。

 ルドルフは騎士科の学生で、騎士科で上位となるランク2の実力がある。

 伯爵家としての伝手を使えば近衛騎士くらいにはなれて、王族との接点もできるはずだが、王女の名とそれに伴う利益だけを欲していた彼は、学園内での分かりやすい権力を求めて、そのお側付きである少女を籠絡しようとしていた。


「その時には、お前は俺の妾にしてやろう。どうだ? 下級貴族などではできない生活をさせてやるぞ」

 そう言いながらルドルフが少女の首筋に触れようと手を伸ばすと、立ち上がった少女がするりとその手を避ける。


「寝言は、寝て言え」

「……なっ」

 一瞬だけ間を置いて少女の言葉を理解したルドルフは激高して、すでに背を向けて歩き出している少女に殴りかかろうとして従者に止められた。

「放せっ!」

「坊ちゃん、マズいですぜ。ここじゃ人目がある」

 声を潜める従者の言葉に気づいたように、ルドルフが遠巻きに眺めていた野次馬たちを睨み付けると、学生たちはこそこそとしながら散っていった。

「とりあえず場所を変えやしょう、坊ちゃん」

「……ちっ」


 露骨に舌打ちをしたルドルフを中心に、彼らはひとまずこの場を後にする。

 王都の郊外にある魔術学園は森や丘を含めた広大な敷地があり、長い年月を経て、森の中などに教授たちが建てた幾つもの研究施設が残されていた。

 その中の一つ、廃棄された石造りの研究施設を勝手に使っていた彼らが中に入ると、出迎えた下働きを押しのけるようにして、未だ怒りの覚めやらぬルドルフが木製の椅子を蹴り壊した。


「あの女…っ! この俺が声を掛けてやってるというのにっ!」

 研究所の中で古いなりに形を保っていた家具類を破壊する大きな子どもに、中で待機していた数人を含めた従者たちがこっそりと溜息を吐く。

「いや、坊ちゃん。あの娘、なんかヤバいですぜ。あの目を見た瞬間に、ほれ見てくだせぇ、鳥肌が立っちまってる」

「ゴードンッ、お前、俺があんな女にやられるとでも言いたいのかっ!!」

「いやいや、坊ちゃんの実力はよく知ってやす。だけどあの娘、お姫様の護衛なんじゃないですか? 下手に手を出すと面倒になりそうですぜ」

「このまま黙って退けるかっ!!」

「そうは言っておりやせんぜ。世の中には、貴族の嬢ちゃんが及びも付かない世界があると思い知らせてやりやしょう。一人になったところを数人で拐かして、ヤバい薬でも使えば後は……分かるでしょう?」

 ガラの悪そうな笑みを浮かべる三十代の従者――ゴードンの言葉に、ルドルフもようやく気を取り直して、子どもとは思えない嫌な笑みを浮かべた。

「そうだな……お前ら“盗賊ギルド”には期待しているぞ」


 ヘーデル伯爵領は、以前は金回りが良く治安も良い場所だったが、提携を結んでいた暗殺者ギルドの支部が消滅し、そのギルドを恐れて近づかなかった無法者たちが空白地帯に集まるようになり、瞬く間に治安が悪化した。

 領主である伯爵は、治安秩序の維持と賄賂を求めて“盗賊ギルド”に接触し、彼らの手によって表向きの治安は回復した。

 だがそれによって、伯爵領の政治の中枢に“盗賊ギルド”が関わるようになり、ガラの悪い者たちが増えることで、現在のヘーデル伯爵領はどこか退廃的な雰囲気が漂っている。


 ルドルフが学園に入学する際、従者や下働きとして連れてきた者たちは、そのほとんどが盗賊ギルドの構成員だった。

 盗賊たちの目的は、もちろんルドルフの護衛もあるが、本当の目的は貴族の子女が集まる学園内に盗賊ギルドの拠点を作り、貴族の情報を集めることにあった。

 そしてルドルフが王女を娶ることにより、国の中枢に入り込む算段を立てていた彼らが、お側付きの少女をどう拐かそうかと話し合いを始めたその時――


「やはり、盗賊ギルドか」


 突然聞こえてきた若い女の声に、その場の全員が一斉に顔を上げた。

「誰だっ!」

「どこにいるっ!」

 辺りを見回す盗賊たちがわずかな風の流れに振り返ると、いつの間にか開いていた天窓の下に、あの桃色髪の少女の姿があった。


「お前は……」

 あの少女がどうしてここに現れたのか疑問に思うよりも、可憐な蝶が蜘蛛の巣に掛かったと思い直して、ルドルフが下卑た笑みを浮かべる。

「捕まえろっ! 無傷で捕らえたら、お前らにも味見をさせてやるぞっ」

 ルドルフがそう言うと、若い盗賊二人がニヤついた顔で我先にと前に出る。

「待て、お前らっ」

 足首まで届く細身の制服姿で“しゃなり”と歩くその様子に、違和感を覚えたゴードンが制止する声も聞こえなかったように、何かに“惹かれた”若い男たちが少女に飛びかかっていた。


「がっ!?」

 その一瞬早く前に出た少女の手刀が、二人の男の咽を同時に貫いた。

 男たちが崩れ落ちる前に、左右に投げ捨てながら滑るように前に出た少女は、反応できずにいた近場の男の顎を掴んで、真横に首を曲げる。


「……な、なんだっ!?」

「こ、この(あま)っ!」

 意味が分からず混乱しても、攻撃されたとだけ理解した数人の男たちが、刃物を抜いて飛び出した。

「やめろっ!」

 それを止めようとするゴードンの声も混乱した男たちには届かず、一人の男は少女の指先で咽を握り潰され、もう一人は股間を蹴り潰され、その後ろにいた男に踏み込んだ少女の掌底が男の胸骨を砕く。

「ひっ、」

 それを見て怯えながらも飛びついてくる男の顔面に膝を打ち込んだ少女は、そのまま上から首に腕を巻き付け、その首を軽くへし折った。


「……ぁあ……」

 白い指先を血で染めて殺していくその凄惨な美しさに、ルドルフが言葉にならない呻きを漏らして立ち尽くしていると、突然彼の背後からゴードンの太い腕に巻き付かれ、首元に短剣を突きつけられた。


「く、くるんじゃねぇっ! このガキを殺すぞっ!」

「お、お前、何を…」

「うるせぇっ!! お前のママゴトに付きあって死ぬなんてゴメンだっ!! 馬鹿なガキでも上級貴族の嫡男だっ、人質くらいにはなれるだろっ!」

「ゴードンっ!」

 たとえ落ち目でも、貴族派である上級貴族家の嫡男が学園内で殺されたとなれば、王家の責任問題になり、貴族派の勢いが増すことになる。

 少女からすれば仲間割れに過ぎないが、面倒なことに変わりはない。だが彼女は、そんな二人を冷たく見つめて、静かに一言呟いた。



「――【鉄の薔薇(アイアンローズ)】――」



 その瞬間、桃色がかった金の髪が灼けた灰のような灰鉄色に変わる。

 光の残滓が翼のように飛び散り、少女の姿が二人の視界から消え失せると、ルドルフが蹴り飛ばされ、ゴードンの太い両腕が枯れ枝のように砕かれた。

 だが、ゴードンは悲鳴を上げることも恨み言を叫ぶこともできなかった。その少女のまるで“灰”のような鉄色の髪を見て、ゴードンは自分が“何”と敵対してしまったのかを知った。


「……“灰かぶり姫”……」


 まるでこの世の終わりのようなゴードンの呟きを聞いて、暗殺者ギルドを壊滅させた張本人の威名を父親とギルドから聞いていたルドルフは、蹴り飛ばされた壁に背を預けながら腰を抜かしたように崩れ落ちた。


「た、助けて……」

「殺しはしない。だが、勘違いはするな」

 一瞬希望を見せたルドルフを無表情のまま一瞥して、翡翠色の瞳が氷のような視線で二人を見下ろした。

「お前たちを“盗賊ギルド”の関係者として捕縛する。学園に盗賊を呼び込んだ貴族に、王女の沙汰が穏便に済まされると思うな」


 この“灰かぶり”の少女は、王女のなんなのか?

 彼女が貴族しか入学できない学園の制服を着ている理由とは?

 その答えを得るために物語は少しだけ時を遡る。




【アリア(アーリシア)】【種族:人族♀】【ランク4】

【魔力値:265/300】30Up【体力値:234/250】40Up

【筋力:10(14)】1Up【耐久:10(14)】1Up

【敏捷:15(22)】1Up【器用:8】

【短剣術Lv.4】1Up【体術Lv.4】

【投擲Lv.4】1Up【弓術Lv.2】1Up【防御Lv.4】【操糸Lv.4】

【光魔法Lv.3】【闇魔法Lv.4】【無属性魔法Lv.4】

【生活魔法×6】【魔力制御Lv.4】【威圧Lv.4】1Up

【隠密Lv.4】【暗視Lv.2】【探知Lv.4】

【毒耐性Lv.3】【異常耐性Lv.1】New

【簡易鑑定】

【総合戦闘力:1152(身体強化中:1440)】236Up


【戦技:鉄の薔薇(Iron Rose) 能力:身体強化レベル10】

 オールステータス+1 +100%



お待たせいたしました。

第二部の始まりは学園内のシーンでしたが、次回からはダンジョン後の経緯と入学するまでの話から始めます。

近接と魔術を上げているアリアは、すでにランク4の上位の力を持っています。


【戦技:鉄の薔薇(Iron Rose) 能力:身体強化レベル10】

 オールステータス+1 +100%

その真骨頂は、増大する戦闘力ではなく、倍加するステータスによる暴力的なまでの制圧力になります。アリアの敏捷値なら、常人の三倍以上の速度になるでしょう。


更新頻度は週に三回程度とさせてください。次回は月曜のお昼に更新予定です。


それでは第二部『学園編【鉄の薔薇姫】』もよろしくお願いいたします。


  春の日

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― 新着の感想 ―
やんす系取り巻き、同年代かと思ったら30代だった。 なるほど盗賊ギルドね。
伯爵じゃ、簡単に王女は降嫁しないと思うがなあ。そりゃ、男爵や子爵より可能性は高いだろうけど。 上級、っていうか真ん中くらいじゃん、伯爵。しかも落ちぶれ領。せめて、景気の良い領ならねぇ。 ………落ちぶれ…
[良い点] 3倍速く だと!
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