105 ダンジョン攻略 ④
ついに辿り着いたダンジョンの深奥部。直径が百メートル以上もある闘技場のような場所に待ち受けていたのは、三体の異形のミノタウルスだった。
【蒼牛】【ミノタウルス・ブルート】【魔物種ランク5】
【魔力値:180/180】【体力値:730/730】
【総合戦闘力:1587(身体強化中:1890)】
【朱牛】【ミノタウルス・ブルート】【魔物種ランク5】
【魔力値:200/200】【体力値:690/690】
【総合戦闘力:1694(身体強化中:2037)】
【黒牛】【ミノタウルス・マーダー】【魔物種ランク6】
【魔力値:250/250】【体力値:800/800】
【総合戦闘力:3240(身体強化中:3960)】
ランク6…ッ! 存在するとは師匠から聞いていたが、ここまでの相手だとは思わなかった。
通常の生物が達することができるランクは5とされている。人間でもランク5は達人や英雄とも呼ばれるレベルだが、それからさらに成り上がるには種族を超えた何かが必要だと言われていた。
背後にいる鑑定持ちの人たちから悲鳴のような息を飲む声が聞こえた。その中でエレーナの顔色も蒼白に変わっているのを見て、自分のするべきことを思い出した私は感情を深く沈めて敵戦力の考察を始めた。
“黒牛”と仮称するミノタウルス・マーダーは、3メートルを超える真っ黒な巨体に、歪んだ二本の角を持つ個体で、人間では持ち上げることも難しそうな、巨大な黒鉄製の両手斧を軽々と構えていた。
魔力値と体力値、そして体格と戦闘力から考えても、三体とも近接タイプだが、とくにこの黒牛は攻守共にバランスがよく見える。
その両脇にいる二体も、黒牛と比較すれば錯覚してしまいそうだが油断できる相手ではない。ランク5……以前私が戦った、オークジェネラルのゴルジョールと同程度の戦闘力を持つ強力な個体だ。
しかもダンジョンにいるこの魔物たちは完璧な体調に保たれている。ゴルジョールの時のように、一ヶ月も掛けて少しずつ体力を削っていくような真似はできない。
“蒼牛”と仮称した個体は、2メートル半もある真っ青な巨体に異様に盛り上がった腕の筋肉を持つパワータイプだ。今の私なら速度で対応できるかもしれないが、2メートルもある黒鉄の両手剣を振り回されたら近づくことさえ困難になる。
“朱牛”は、人間が使うような鋼製のハルバードを二本持っていた。その赤い体躯は蒼牛にも劣らず、片手に持つハルバードがまるで手斧に見える。
だがコイツが恐ろしいのは蒼牛よりも細身であるのに、戦闘力が蒼牛より上であるところだ。おそらく速度重視タイプで全てのステータスが私を上回っているはずだ。
『ブモォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』
扉から動かない私たちに焦れたように、黒牛が闘技場全体を震わせるような咆吼を放ち、訓練を受けているはずの騎士たちがその“威圧”に怯えたように身を震わせた。
そんな私たちを見て、蒼牛と朱牛が人間を嘲笑するように口元を歪ませながら、ゆっくりと前に歩み出る。
「倒せ…ますか?」
背後から、震えるのを隠しきれない声でエレーナがドルトンに尋ねると、その様子にドルトンは彼女を見極めるように視線を向けた。
「マーダーだけなら“虹色の剣”で対処はできると思うが……三体となると俺たちだけでは無理だ。ここで戻るか? “恩恵”は全員が受けられるわけじゃない。命を懸けるのなら、ここでなくてもいいはずだ」
「いいえ……」
本当に求める物はなんなのか? それを問うドルトンの言葉に、エレーナは静かに首を振る。
「確かに私たち王族は“力”を求めてここへ来ました。ですが、それと同時に、国のため、民のため、その覚悟を示すために来ているのです。わたくしは下がりません」
キッパリと決意を述べるエレーナに、王太子やクララが息を飲み、アモルが焦燥しきった顔で小さく首を横に振る。
「我らが戦いますっ!!」
最初に出会った、私が助けた騎士が緊張した顔で一歩踏み出した。彼は私に一瞬だけ視線を向けて微かに頷くと、他の騎士たちも覚悟を決めた顔で前に出た。
「ご指示を戴きたいっ、我ら近衛騎士十五名、あなたたちに及ばずながらも、国家の盾である我らが敵を食い止めてみせましょうっ!」
「よし分かったっ!!」
彼らの覚悟と、迫ってくる二体に時間もないと判断したドルトンは、私たちと騎士たちに指示を出しはじめた。
「王族の方々、マーダーの後ろにある“祭壇”が見えるか? おそらくはアレが、あんた方の“目的”の場所だ。隙があるようなら合図を出すから向かってくれ」
エレーナたちが一番遠くに見える壁に祭壇のような物を見つけて、微かに震えながらもドルトンに頷いた。
「赤い奴は俺たちが引き受ける。騎士さんたちは青い奴を引きつけてくれっ。俺たちが赤い奴を倒す前にマーダーが出てきたら、俺とフェルド以外は近づくなっ。ミラは俺たちの援護をしろ。その時に赤い奴がまだ生きていた場合は……」
そこで一息区切ると、ドルトンは私とヴィーロに向き直る。
「お前たちが押さえて時間を稼げ。できるな?」
「しゃーねぇなっ」
ヴィーロが気合いを入れるように自分の頬を叩き、私は無言で頷いた。そこに――
「その時は、わたくしがアリアのお手伝いをいたしますわ」
“ドロリ”と滲み出るような声が流れて、何かに気圧されるように騎士たちが道を空けると、病的な容姿に毒花のような笑顔を浮かべた少女がゆるりと歩み出る。
「……カルラ」
私の漏らす呟きが聞こえたのか、カルラが薄い笑みを私へ向けた。
本来ならどれだけ実力があろうとも、王太子の婚約者であり護衛対象である彼女が戦うことは許されない。それを止めるはずの従者たちも婚約者であるエルヴァンも、溢れ出る異様な雰囲気に声を掛けることすらできず、警備責任者の一人であるセラでさえもカルラを止めることができなかった。
「わたくしではご不満かしら……?」
不満どころか不安がある。だが、人間性はともかく能力的には不満も不安もない。ドルトンもカルラの危険性には気づいたようだが、この状況で戦力が欲しいのも確かで、彼女の魔力がサマンサにも匹敵すると見てドルトンも仕方なく許可を出した。
「では、行くぞっ!!」
『ブモォオオオオオオオオオオオオッ!!!』
私たちが動き出したのを見て、緩やかに近づいていた二体のミノタウルス・ブルートも動き出す。予定どおり騎士たちが蒼牛を誘導し、私たちが朱牛を迎え撃つために前に出る。
「水よっ! 彼の者を囚えよっ!」
ミラが先制して水の精霊魔法で捕縛しようとするが、朱牛はその巨体に似合わぬ動きで跳び避けるように魔法を回避すると、魔術師であるミラを狙って飛び込んできた。
だけどミラも普通の魔術師じゃない。レベル3の身体強化と体術で跳び避けるように距離を取り、
「はぁああっ!!」
「ブォオオオオオオッ!!」
それと同時に飛び込んだフェルドの大剣と朱牛のハルバードが激しくぶつかり、薄暗いダンジョン内を照らすように火花を散らす。
ガツンッ!!
『ブォッ!?』
その瞬間、私が放った【分銅型】のペンデュラムが朱牛の側頭部に炸裂し、即座に弓に持ち替えて頭部を狙ったミラの矢が朱牛の頭部を掠める。
だが、どちらの攻撃も強固な角に阻まれてあまり効いてない。朱牛は睨め付けるように私とミラを見るが、フェルドの相手は余所見しながらできることではない。
「うぉおおおおおおおおおおおおっ!!!」
『ブモォオオオオオオオオオオオオッ!!」
渾身の力で打ち込んでくるフェルドに、朱牛も両手の武器を使って受け止めることしかできず、その隙をあの男が逃がすはずがなかった。
「――【闇の霧】――」
『ブオオオッ!?』
ヴィーロが放った闇の霧が的確に朱牛の頭部を覆う。その絶妙なタイミングを待ち構えていたように、ドルトンは巨大な戦鎚を朱牛目掛けて振りかぶった。
だが――
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
その瞬間、静観していた“黒牛”から強烈な“威圧”と咆吼が放たれ、私たち全員の動きが一瞬だけ止められた。
短期決戦で朱牛を倒そうとしたのが裏目に出た。私たちの猛攻に朱牛では対処できないと判断した黒牛は、巨大な戦斧を構えて私たちのほうへ向かってくる。
騎士たちと蒼牛のほうも拮抗していた騎士の動きを止められたせいで、蒼牛の一撃を受けた前衛の隊列が崩されていた。
黒牛がわずかに動いただけでこれか……。だけど、余計な感情は不要だ。私は私の仕事をするしかない。
「ヴィーロッ!」
「わかった、ドルトン行けっ!」
「任せたっ、行くぞ、フェルド、ミラっ!」
「応っ!」
「はいっ」
私たちは即座に戦列を立て直して、ドルトン、ミラ、フェルドが迫り来る黒牛を迎え撃つために駆け出した。
『ブモォオオオッ!!』
闇の霧を振り払った朱牛が、黒牛へと向かうドルトンたちに気づいて後を追う。だがその瞬間にヴィーロの投げナイフが朱牛の鼻先を掠め、思わず足を止めたその瞬間に私の【分銅型】ペンデュラムが朱牛の角とぶつかり金属音を立てた。
「行かせるわけないでしょ」
「そういうこった」
私とヴィーロがナイフを構えて朱牛の前を塞ぐ。一人でなら足止めさえも難しいが、ヴィーロと二人でなら倒すことは難しくても時間を稼ぐことはできる。
『ブモォ……』
鎧兜と違って頭蓋と繋がっている角は、打撃の威力を直接脳に伝えていた。朱牛はダメージを振り払うように頭を振って、忌々しげに私たちを睨め付けながら両手のハルバードを構えた。
「行くぞっ!」
脚で攪乱するためにヴィーロが飛び出すのを見て、“それ”に気づいた私がとっさにその足を払って転ばせる。
「アリア!?」
ヴィーロが私に文句を言おうとしたその時、身を伏せた私たちの頭上を大量の炎が駆け抜け、慌てて回避する朱牛の腕さえもわずかに焦がした。
振り返ると私たちへ指を向けていたカルラが、病的なまでに晴れやかな笑顔を浮かべていた。
「カルラは、すぐ殺しにくるから気をつけて」
「おっかねぇ、嬢ちゃんだなっ!」
それでもこの状況ならカルラの力は必要になる。現在の戦況を横目で窺うと……
「ぬぉおおおおおおおおおおおおっ!!」
『ブモォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
プレートメイルのドルトンが盾役に徹して黒牛の攻撃を受け止め、数メートルも後ずさる。そこにフェルドとミラが攻撃を仕掛けているが決め手がない。
本来は“虹色の剣”全員でギリギリの相手だ。ドルトンもそう何度も攻撃を受けることは難しいだろう。
でも一番マズいのは騎士たちだ。黒牛の咆吼で戦列を崩され、まだ死者は出ていないようだが、何人か蒼牛に打ち倒されていた。
戦闘力が四百前後の彼らでは個人で蒼牛の猛攻を受けきれない。このままでは騎士たちから戦線が崩壊する。
だけど、カルラを含めた三人で朱牛を倒すことができるのなら、そこから突破口が開けるはず……だった。
「では、またお会いしましょ、アリア」
たった一度だけの援護をしたカルラは、そう言うと、その攻撃で空いた“道”に飛び込み、そのまま闘技場の奥へと駈け出した。
カルラ……お前の狙いは“加護”か。
「エルヴァン様っ、私たちも行きましょうっ!」
「え……うん」
「お二人ともいけませんっ!」
カルラが祭壇のほうへ向かうのを見て、精神的に追い詰められていたように見えたクララは、戸惑う王太子の手を引くようにして祭壇に向けて飛び出した。
エレーナの警護をしていたセラの制止も届かず、クララたちの従者も慌てたようにその後を追う。
『ブモォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
多数の人間がいきなり動き出したことで興奮状態に陥った朱牛は、倒れている私たちを無視して、いきなりカルラとクララたちを追い始めた。
「くそっ」
それを見たヴィーロは倒れたまま私の背を叩くようにして、速度のある私へ指示を出す。
「行けっ、アリアっ! 殿下たちを死なせるなっ!」
カルラ……。私は祭壇に向かう彼女たちとそれを追う朱牛の背に向けて、地を蹴るように駈け出した。
加護を得るため、一人向かうカルラ。それを追うクララとエルヴァン。
アリアは朱牛を止めることが出るのか?
次回、朱牛との戦闘。そして精霊の加護の行方。
次は金曜更新予定です。
第一部、残り3~4話です。





