103 ダンジョン攻略 ②
前話を10/3に変更と修正を加えました。悪役令嬢たちの心情を加えたので、文章量が千文字ほど増えていますが、お時間のない方は、魔物の種類が変わったとだけご理解ください。
「アリアッ!」
背後から迫る“魔物部屋”の魔物を前にして飛び出そうとする私に、セラに護られたエレーナから痛みを堪えるような声が届く。
“魔物部屋”とは、何もない空間に犠牲者が足を踏み入れると、大量の魔物を呼び寄せて襲わせる、ダンジョンの罠の一種だ。
回避が難しい危険度の高い罠だが、救いがあるとすればダンジョンの“呼び寄せ”に引き寄せられる魔物は総じてランクが低いことだろう。
それでも“数”とはそれ自体が脅威になる。一体一体は大したことはなくても、一人に十体以上の魔物が襲いかかれば、たとえそれがランク1や2の魔物でも騎士にとっては命を奪われかねない脅威なはずだ。
ドルトンたち虹色の剣の面々も、一撃で倒せる程度の敵とはいえ、護衛対象に近寄らせずに騎士たちの援護もしなければいけないので、全力を出し切れずにいる。
良くも悪くも“正統派”である冒険者の彼らは、一撃でオーガやトロールを屠れても、乱戦の中で多数の雑魚を相手にするには、力も武器も強すぎた。
「お前みたいな若い娘が出て、何ができるかっ!」
王族でありながら前に出て戦おうとしていたアモルが、私の邪魔をするように声を荒らげた。
きっと彼のような見たものしか信じられない人物には、エレーナと変わらない歳の女が前に出て戦うこと自体あり得ないことなのだろう。
その意気込みは買ってもいいが、こちら側にまともな戦力は残っていない。
騎士たちは乱戦で戻るに戻れず、わずかな護衛は残っているが、セラを含めた彼らの仕事は、戦うことよりも『王族の盾となって死ぬ』ことだ。
「時間がない。邪魔をするな」
「なっ、」
背後の魔物たちはもう間近にまで迫っている。私は邪魔をするアモルに一瞬威圧を放って黙らせると、エレーナやセラに軽く手を振り、雪崩のように押し寄せてくる魔物の群を前にして、鉈で波に斬り込むように飛び込んだ。
“私”の戦い方を見せてやる。
『ゴギャッ!』
素早く踵を打ち鳴らし、飛び込むように浴びせ蹴りをした踵の刃が、先頭を走っていたコボルトの顔面を頭蓋ごと引き裂いた。
私はそのまま着地する前に【影収納】から放った【斬撃型】のペンデュラムで横手をすり抜けようとしたゴブリンの咽を斬り裂き、【刃鎌型】がホブゴブリンの延髄を深々と掻き斬った。
『ギギャギャッ!』
そこに錆びた短剣を振りかぶった二体のゴブリンが襲ってくる。
着地した瞬間、膝関節と腿の筋肉で衝撃を吸収しながら、その勢いでたわめた脚を使って地を蹴るように飛び出した私は、短剣が振り下ろされるよりも速く、両手の黒いナイフと黒いダガーで二体のゴブリンの眉間を同時に貫いた。
『ガァアアアアッ!!』
そこに迫る大柄なハイコボルトとオークが、錆びた槍と石斧を突き出してくる。
私はゴブリンに突き刺さったナイフとダガーから手を離してその刃を仰け反るように回避すると、そのままハイコボルトの顎を真下から爪先の刃で蹴り上げ、跳び避けるようにしながら、振り下ろした【分銅型】のペンデュラムでオークの頭蓋を砕いた。
『ギギャア!!』
次に飛び込んでくるコボルトとゴブリンを、遠心力で威力を増した【斬撃型】で首を同時に掻き斬った。
【汎用型】の糸を巻き付けてナイフとダガーを回収し、そのままダガーを宙で掴んで迫ってきたホブゴブリンの眉間に突き刺し、ナイフを掴んで回転するように、飛び込んできたハイコボルトの首を斬り飛ばす。
黒い血を撒き散らしながら飛んできたハイコボルトの生首に、迫っていた魔物たちの波がわずかに停まる。
だが、それを黙って見ているつもりもない。再び【斬撃型】と【刃鎌型】で左右の端にいたゴブリンを狙い、その首を引き裂いた二つのペンデュラムの糸を全力の身体強化で引き付け、その線上にいた二体のコボルトと一体のゴブリンの首を斬り裂きながら、私はそのまま魔物たちの中に飛び込んだ。
一瞬さえも立ち止まることなく淡々と殺していく私に、魔物たちの顔があきらかに引き攣っていた。
恐れはその身を固くする。戦場でよく言う“適度な恐怖”など存在しない。克服するか乗り越えなければ、即座に“死”が待っている。
動きが鈍った魔物の群をすれすれで躱しながら、黒いナイフでゴブリン数体の頸動脈を撫で斬りにして、唖然としたように硬直しているハイコボルトの顎下からダガーを脳まで貫いた。
『ギ…ギガアッ!!!』
それを見て魔物たちが、恐れそのものに怯えるように一斉に動き出す。
魔物たちが繰り出してくる数本の槍を伏せるように躱した私は、ネコのように石床に爪を立てて、腕の筋力と蹴り脚で矢のように飛び出し、踵の刃でホブゴブリンの咽を斬り裂きながら、真正面のオークの顎を掌底で突き上げ、ガラ空きになった咽をナイフで確実に斬り裂いた。
『ガアアアア!!』
デタラメに突き出されるホブゴブリンの槍を左腕の手甲で逸らすように、近場にいたコボルトに突き刺し、鋭い爪で襲いかかってきたハイコボルトの腕を側転するように蹴り上げながら槍を放ったホブゴブリンに逸らして、二体同時にナイフとダガーで斬り殺す。
迫り来る魔物たちの刃を極限に集中した探知だけで躱し、私は常に位置を変えるように回転しながら、遠心力で振り回すペンデュラムで魔物の首を斬り裂き、頭蓋を砕き、頸動脈を引き裂いて殺していった。
残り、約半分――
***
「……なんだ…これは…」
アモルの掠れたような声が零れるように流れた。
その冒険者は、彼の姪であるエレーナや甥であるエルヴァンの婚約者たちと変わらないような、細身の少女だった。
エレーナの顔見知りであるらしいが、一介の冒険者が王族に対しても不敬ともとれる態度を取り、姪たちを護ろうとしたアモルの存在を無視するように、魔物の群に対してたった一人で向かっていった。
この場にいるランク3にもなる近衛騎士でも、武器を持つ五体のホブゴブリンに囲まれたら無事では済まないだろう。
しかもここには、ランク1のゴブリンやコボルトだけでなく、ランク2のホブゴブリンやランク3の下位とは言えオークやハイコボルトまでいるのだ。いかに少女が有名な冒険者である虹色の剣の一員だとしても、勝てるはずがない。……そう考えていた。
だが少女は奇妙な武器と体術を使い、瞬く間に数十体の魔物を殺していった。
踊るように舞う少女の刃がきらめく度に確実に命が奪われ、魔物の返り血と血煙で、少女の“灰”が被った髪を紅に染めて、まるで鉄でできた薔薇のように思わせた。
「……“灰かぶり姫”……」
護衛の一人が唖然としたように漏らしたその言葉に、アモルが思わず振り返る。
「なんだそれは……、お前はあの娘を知っているのかっ!?」
掴みかかるようなアモルに、その護衛は引きつつもわずかに首を縦に振る。
「く、詳しいことは存じませんが……確か…暗殺者ギルドと盗賊ギルドを幾つも壊滅させた“灰かぶり”の少女が、そう呼ばれていたと……」
護衛が“噂”を思い出すようにそう答えると、その後ろから従者の一人も思い出したように声をあげた。
「私も聞いたことがあります。たった一人でオークの群れを殲滅したとか……」
「そんな馬鹿な……」
有り得ない話を聞いてアモルが呆然と声を漏らすが、その“常識”を、目前で魔物を殺していく少女の“現実”が塗りかえていく。
「アリア……」
かつて自分と誓い合った少女の信じられない強さと成長を目にして、エレーナは彼女の名を呼びながら、再び“誓い”を確かめるように自らの胸に手を当てる。
「…………」
クララも少女のそのあり得ない強さを目撃して、青い顔を蝋のように白くする。
救いを求めるように、手を握り“護る”と言ってくれたエルヴァンに視線を向けると、怯えながらも彼のその瞳は“魅せられる”ように少女の姿だけを映し、彼の手を握るクララのその指には思わず力がこもっていた。
怯え、興味、戦慄の視線が向けられる中で、カルラだけは舞うように戦う少女の姿をうっとりとした表情で見つめていた。
カルラがここまで自分の手を汚すこともなく傍観に徹してきたのは、自分が誰かの命を奪う喜びよりも、少女が殺し傷つく姿を見たかったからだ。
その歪んだ情念を熱い息と共に吐き出すと、カルラは熱い瞳を少女に向ける。
「やっぱり、誰の血でも、血塗れのアリアは綺麗……」
***
『グ…ガァッ』
ゴキンッ…と音がして折れた首から糸を外すと、最後のハイコボルトが崩れ落ちる。
コレで終わりだ。ダンジョンの罠は終了して、私の周囲には五十体以上の魔物たちの死体が血塗れになって転がっていた。
ちょうど向こう側も殲滅を終えたのか、慌てて戻ってきた騎士たちがこちらの様子を見て驚いたように一歩引いていた。
その中には、船上で私に話しかけてきた若い騎士もいたけど、そんな彼らも血塗れの私を見て気圧されたように一歩下がり、私が進む道を通路のように空けてくれた。
騎士たちに囲まれた王族の中にいるエレーナに軽く手を振ると、少し怒ったような顔で溜息を吐き、最後には仕方ないとでもいうように少しだけ笑っていた。
「アリアッ!」
私が進む道の先から、フェルドとミラが駆け寄ってくるのを見て、私も彼らがいる高みに向けてその一歩を踏み出した。
私はまだ強くなる。
次回、いよいよダンジョンの深層部に到着する。
そこに待ち受けるものとは?
次の連休までに第一部を終了の予定です。第二部をお待たせして申し訳ありません。
第一部の終了まで暫定的ですが、二日に1度の更新にしてみます。
次は月曜の昼で、水曜、金曜、日曜の予定とします。ご了承ください。





