102 ダンジョン攻略 ①
10/3・23時、大幅修正。
悪役令嬢の部分と、敵の種類に修正を加えました。
船の旅は心配していたような問題は起きなかった。やることと言えば魔術の自己鍛錬と、短剣術のレベル4を目指してヴィーロと模擬戦をするくらいで、あとはあの時助けた騎士たちが話しかけてきたくらいしかない。
やはり騎士たちは、有名な冒険者に聞きたいこともあるのだろう。私のような新人にも若い騎士が数人声を掛けて、名前とか聞かれた。
エレーナはアモルがいるので私と話せるような時間は無い。必然的に模擬戦しかやることはなくなるが、セラは名目上“侍女”なのでそんなことはできないし、フェルドやドルトンでは狭い甲板での模擬戦は無理がある。ミラの精霊魔法は一度見てみたい気持ちもあったけど、下手すると船が沈むとヴィーロに止められた。
そんなわけで模擬戦の大部分はヴィーロとこなした。彼は私やセラのように複数の武器を使わない、正統派の軽戦士で、敵と戦うことに関しては、敵を“殺す”ことに特化した私よりも、一撃の重さと鋭さに差を感じた。
「単純な一撃に重きを置くお前の考えは間違っていない。だが、それにばかり囚われるなよ。俺たちはフェルドやドルトンのような“戦士”じゃねぇ。それでも“一撃”が欲しいのなら、たった一つだけを極めてみせろ」
「わかった」
ヴィーロは逆に全てをまんべんなく鍛えることで、どのような絶望的な状況でも生き残る“強さ”を身に付けた。だからこそグレイブ戦でも生き残れたのだろう。その辺りが、私が持っていないパーティー戦に長けた斥候の戦い方なのだと感じた。
目的地である離島へは夜に到着した。暗視で見た限りでは昼間なら風光明媚な場所なのだと感じるが、今回、若手の王族がダンジョン攻略をすることは内密とされており、一部の貴族にはバレているようだが、それでもお忍びであることには変わらない。
同様に街中に入るのも危険だろう。この巨大な船が入港した時点で街の住民には貴族が来たことは分かるはずだが、ダンジョンに入る一行だけでなく、フーデール公爵が用意した護衛や世話役を含めるとそれなりの数になるので、かなり目立つはずだ。
そうして噂が立てば、王都で姿を見せない王族たちがどこに行ったのか、他の貴族たちにも気づかれてしまう。
「その辺は考えているみたいだぞ。この地を訪れる王族用に、ダンジョンの近くに迎賓館があるそうだ。ダンドールにあった湖畔の城みたいなもんだな」
早速情報を仕入れてきたのか、ヴィーロがこれからの予定を教えてくれた。
私たちはこのまま街へは入らず、直接ダンジョンの近くにある迎賓館に向かう。そこで準備を整えて二日後の早朝にダンジョンに突入する。
だけど、ここのダンジョンは一般の冒険者にも開放されているダンジョンなので、早朝と言えども三十名以上の騎士に囲まれた人間が入れば、やはり目立つことになるだろうが、それも問題はないらしい。
「ここからは極秘情報になる。王家から仕事を受けている以上、俺たちには守秘義務があり、情報を漏らせば、知った人間は暗部に“処理”されて、俺たちは……まぁ、言わなくても分かるな」
答えを先に言えば、この地のダンジョンには王家専用の秘密の入り口がある。
このダンジョンの階層は八十五階層だとされていて、一般冒険者の到達階層は四十階層だ。通常のダンジョンは深く潜るほど強い魔物が出現すると言われているが、一般の冒険者が四十階層より深く潜れないのは、単純に潜れる時間の限界だと言われている。
三階層までなら一日で往復できるが、十階層になれば往復で四日はかかる。
二十階層になれば出てくる魔物もランク3以下の魔物はほぼ出現しなくなり、往復するのにも三週間は掛かるそうだ。
通常の冒険者なら、どれだけ準備をしてもそこが限界だろう。それより深く潜るにはランク以上に財力が必要になってくる。
この地のダンジョンは、数百年前に当時の権力者が冒険者ギルドと連携して攻略を完了している。
その時は攻略部隊百名とその数倍の支援部隊によって、約一年の時間を掛けて攻略したが、その時に七十階層地点で外部への『排出口』の一つを発見し、宮廷魔術師数人がかりでその排出口を固定化することに成功した。
その排出口を『出入り口』として固定化するために、年間に莫大な予算が注ぎ込まれている。
この入り口を使うのは、王族が【加護】を得るためで、そのために税の比率が上がっていると知られたら、反王家の声が高まることになるだろう。
だからといって無秩序に加護を得られる状況になれば、その危険を知らない者が加護を得て力を奮い、国としての秩序は崩壊する。
それでもこの国の安定のために、“使わない”という選択はないらしい。
「……そんなので、精霊が加護をくれるの?」
「さあな。だから、全員貰えるわけじゃないから、手当たり次第に若い王族を突っ込んでいるんじゃないのか?」
「…………」
そんなズルをするような攻略でも、ダンジョンの精霊は加護をくれるみたいだけど、不思議なことに王族とその婚約者以外が加護を得ることはほぼ無いそうだ。
どういう選別基準か分からないが、私が精霊でも、命を懸けて力を求めるような人間でなければ、ズルをするような人に加護は与えないのではないだろうか……
三人の王族と王太子の婚約者……彼らの中で何人が“加護”を得られるのだろう。
エレーナは、国のために力を求めていても加護になんて頼らない。カルラも基本はそうだろう。二人は私と同じように自分の力を信じている。
それでも二人が健康な身体を手に入れたいと望むなら、私はそれに協力したいと思っている。
残りの三人は……彼らは“何”を望むのだろう?
***
ダンジョン攻略を明日に控え、王族たちは各々に割り振られた部屋で、身体と心を休めていた。
「……叔父様にも困ったものね」
船内やこれまでの態度を思い出して、エレーナが困ったように息を漏らす。
「あの方はあの方で、立場的にお辛いものがあるのでしょう。それよりエレーナ様は、あの子と会わなくてもよろしいので?」
セラが手を回せば、この部屋に冒険者を一人連れてくることも訳はない。お茶を煎れながらそんなことを尋ねるセラに、よく眠れるというハーブティーの香りに目を細めながら、エレーナは小さく首を振る。
「いいのよ。わたくしとあの子は“友達”ではないのだから。生きて……無事でいてくれたら、それ以上は望まないわ」
「……それならよろしいのですが」
セラは、友人ではないと言いつつあの少女を気にかけるエレーナに、その小さな肩にのし掛かる重みを少しでも軽くできないかと、真剣に考え始めた。
その頃、ダンドール辺境伯令嬢クララは、夜に一人の少年の訪問を受けていた。
「エルヴァン様……どうなさったのですか?」
「うん、クララがずっと顔色がよくなかったから……大丈夫?」
「はい、殿下」
自分を気遣ってくれる婚約者に、クララもわずかに笑みが漏れる。
クララが気に病んでいたのは、“乙女ゲーム”の本編前にこのような死亡フラグが仕込まれていたことと、トラウマになりつつある“ヒロイン”によく似たあの少女が再び自分の前に現れたからだ。
辺境伯令嬢クララであるよりも、前世の自分のほうが長く生きていたので、死生観は前世に引きずられ、他の人達のように、国のために命を懸けることなどできそうにはなかった。
それでも、自分を見てくれていたエルヴァンに、クララはゲームの攻略対象としてではなく、初めて一人の人間として向かい合うことができたような気がした。
「僕も頑張るから、クララも一緒に頑張っていこう。できるかぎり護るから」
「はい……」
気性の穏やかな――貴族派から言えば覇気の無い王太子だが、その優しさに救われた気がして、クララは差し出されたエルヴァンの手にそっと触れる。
(この方のために、私ができることがあるのでしょうか……)
その同じ時刻……灯りのないテラスに一人、夜空を見上げたカルラは、凄惨な笑みを浮かべながら“月”に願いを込める。
「早く、明日になぁれ」
***
当日の早朝、私たちはいよいよダンジョンに突入する。その入り口とはこの迎賓館の裏手にあるそうだが、それらしい扉は見えていない。
そこに集まる、ダンジョンに突入する三十余名の顔には、意気込みの中に緊張感と隠しきれない不安を滲ませていた。
ダンジョンの七十階層。ランクの低い冒険者なら即死もあり得る危険な場所。
そこに自分の望みではなく、他者のために入らざるを得なくなった者たちの気持ちはかなり不安定だと考える。
「「………」」
騎士たちに囲まれているエレーナと目が合うと、彼女は困ったように小さく笑う。
私が参加したのはエレーナが不測の事故に遭うのを防ぐためだが、私が近づけばアモルが面倒な状態になると思う。
アモルは王家に飼い殺しにされている自分とエレーナを重ねているのだろう。彼の立場には同情してもいいが、自分のことに精一杯の人間は色々と危うい。
最初の頃は私へ話しかけようとしていた王太子エルヴァンも、アモルに何度か邪魔をされて、今は青い顔をしているクララの世話を焼いている。
もう一人の婚約者であるカルラは、エルヴァンにも放置されている状況になるけど、一番気楽そうにしているのは彼女だと思った。
世話係の従者さえ彼女を恐れて必要以外は近寄らず、カルラは私を見つけると邪気のない笑みを浮かべた。
「こ、これより、王命によってダンジョンの攻略を開始しますっ」
しばらくして、緊張したエルヴァンの言葉によりダンジョンの攻略が開始された。
彼の言葉で騎士の責任者が王族を護るように取り囲み、エルヴァンが紋章付きの指輪を向けると、何もなかった岩肌に浮き出してきた『岩の扉』が、重い音を立ててゆっくりと開きはじめる。
その扉が開ききると、騎士に護られたエルヴァンが足を踏み入れ、他の王族がそれに続いた。
「俺たちも行くぞ」
ドルトンの声に、私たちが頷いて後に続く。
私たちが入るのは最後だが、進んだ先の開けた場所で王族たちが待機して、そこで私たちと先頭が入れ替わる。
ここまでの部分が昔の魔術師が造った部分で、そこから先の色が変わっている部分から“ダンジョン”内部になる。
「行くぞアリア」
「了解」
ここから先は『虹色の剣』の仕事だ。
斥候であるヴィーロと私が先行して罠や危険を察知する。ダンジョンの罠は機械式な繊細なものはなく、踏み出せば毒ガスが吹き出し天井が崩れるような、単純だが致命的な罠が多いので、今回のような素人を大勢連れていく場合は特に気を使う。
それでもヴィーロは、経験と勘で罠を調べて、自分自身で安全を確かめるように先に進んでいく。私は彼の技量を目で覚えながら、“目”を使って不自然な魔素を調べ、探知を使いながら後に続いて先に進んでいった。
「ヴィーロ」
「ああ、こっちに向かってきているな。なんだと思う?」
試すようなその問いに、私は以前言われたように“敵の姿”を想像する。
「……知らない気配だ。速さがあって重い。多分……オーガかな?」
「おそらく正解だ。『ドルトン、“オーガ”だ。推定七体』」
ヴィーロが闇魔術の【幻聴】を使って、後ろにいるドルトンたちに“声”を送ると、それが聞こえたのか背後から響きが聞こえた。
このダンジョンは、王都近くにあるダンジョンと同じ獣亜人系のダンジョンらしい。私は人型のほうがやりやすいので問題はないが――
「音を潜めた意味がなかったね」
「まぁ、そう言うな。騎士でもランクが高い魔物と戦う機会なんてそう無いから、数体倒してみせれば落ち着くさ。ほら、どっちも出てくるぞ」
ヴィーロがそう言うとすぐに、通路の奥から身長が2メートル近くもある、額から角を生やした筋肉質の人型が現れた。
【オーガ】【ランク3】
【魔力値:138/143】【体力値:384/401】
【総合戦闘力:494】
オーガは、オークと同じランク3だが、オークがランク3の下位だとすると、オーガはランク3の上位となる。
かなり強いがそれでもオークソルジャーほどじゃない。その皮膚はオークよりも硬いらしく、ナイフではなく黒いダガーを抜いて前に出ようとする私の肩を、大きな手が掴んで止めた。
「フェルド…?」
「ここからは、俺たちの出番だ」
そういえばヴィーロは『どっちも』と言っていたね。
ニヤリと笑ったフェルドが魔鋼の大剣を構えて飛び出すと、その後に、全身ミスリルのフルプレートに身を包んだドルトンが地響きを立てるように前に出た。
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
飛び出してきたのが二人だけと分かって、オーガも二体が飛び出した。人族やドワーフのような“人間種”とオーガでは、基本的なステータスに差があるので、オーガたちの行動も理解できる。だけど――
「ハアッ!!」
突然霞むような速さで飛び出したフェルドが、オーガが構えた棍棒ごと大剣で真っ二つに斬り裂いた。……フェルドのほうがオーガみたい。
「どぅりゃあっ!」
そこに追いついたドルトンが、オーガの持つ粗末な武器など鎧で弾くように躍り出ると、巨大なミスリルの戦鎚で手近にいたオーガを叩き潰す。
……これが、この国でもトップクラスの冒険者、『虹色の剣』か。
背後からも騎士たちの感嘆の声が聞こえてくる。彼らもここに出てくる魔物が、幼い頃にお伽話で聞かされた“恐ろしいバケモノ”ではなく、自分たちが、戦える“敵”だと理解して落ち着きを取り戻したのだろう。
瞬く間に残りのオーガを始末したフェルドとドルトンが戻ると、騎士たちが讃えるように喜びの声をあげた。
七十階層より下は王家所有の文献が残っていたので、寄り道はせずに順路通りに進んでいく。
その途中、オーガやオークの上位種などランクが高めの敵ばかりではなく、数は多いがホブゴブリンやハイコボルトなどの敵も現れた。そのような敵には騎士たちも対処してくれたのだが、騎士たちが前に出て戦うことにアモルが難色を示した。
「露払いは冒険者の仕事だろう。君たち騎士は、エルヴァンやエレーナのような、次代の若い王族を護ることが使命ではないのか?」
ものの言い方は悪いが、私たちはそのために雇われたのだし、私達の中にそれを気にするような繊細な精神の持ち主は誰もいない。
ただ、言っていることは正論でも、言い方が悪ければ不満に感じる者もいる。活躍の機会を奪われた若い騎士たちに不満が溜まり、それを抑えようとするセラやエレーナには精神的な疲労が溜まっていく。
それよりも……ダンジョンという状況下で、カルラが未だに動かないことが少しだけ不気味だった。
そんな微妙な空気が崩れたのは、二つほど階層を降りた時だった。複数の通路が交わる広間のような場所に出ると、全員が中央まで出た瞬間、私とヴィーロを含めた数人が顔を上げた。
「みんなッ」
「武器を抜けっ! 多数の魔物がやってくるっ!」
警戒の言葉に私たちと騎士たちが武器を抜き、ミラが使役している風の下級精霊を宙に放つ。
「風の精霊よ、我らが周囲に風の護りをっ」
風の護りが一行を取り囲むと同時に広間に繋がる幾つかの通路から、ゴブリンやホブゴブリンのような低級な魔物たちが、溢れるように飛び出してきた。
「ちっ、“魔物部屋”かっ!」
ヴィーロが叫んだ魔物部屋とはダンジョンの罠の一つで、安全圏と思われる場所に、唐突に大量の魔物が溢れる現象を指す。
「行くぞっ!!」
「我々も彼らを援護するぞ、近衛騎士の誇りに懸けてッ!!」
『近衛騎士の誇りに懸けてッ!!』
ドルトンとフェルドが飛び出すと同時に、今まであまり戦う機会が得られなかった騎士たちも、こちらを取り囲もうとする魔物たちに飛び出した。
唐突な乱戦状態に陥り、私も援護するべきかとペンデュラムを出すと、それを止めるように声が聞こえた。
「ここから離れて良いの?」
そんなカルラの面白がるような声と同時に、私たちがやってきた通路の方角からも、大量の魔物が溢れ始めた。
「なっ、騎士たち戻れっ! くそ」
それに気づいたアモルが声を張り上げるが、すでに乱戦状態になっている騎士たちには届かず、そんな状況に命の危機を感じたのか、王族の従者たちが怯えるように慌て始めた。
「落ち着きなさいっ、まずは殿下たちの避難をっ!」
この状況で戦闘力のあるセラが彼らの対処で動けなくなり、そんな中でそれでも王太子を護ろうとするエレーナと視線が絡み合う。
「私が、彼らを傷つけさせたりはしないっ!」
アモルが怯えを払うように声を張り上げ、迫り来るハイコボルトに短剣を向ける。
そこに襲いかかるハイコボルトの爪がアモルの咽を引き裂こうとした瞬間、その顔面にペンデュラムの刃が突き刺さる。
「…なっ」
「下がっていろ」
私は目の前で地に落ちる魔物に唖然とするアモルの前に出ると、近づいてきたホブゴブリンにダガーを突き立て、コボルト二体の咽をナイフで斬り裂いた。
「ここからは私の仕事だ」
後方の敵に一人立ち向かうアリア。
次回、その刃が魔物を切り裂く。
次は土曜か日曜日の更新予定です。





