101 船上の再会
もう一人の悪役令嬢。
王弟、アモル・クレイデール。
私は王室のことには詳しくないが、今の王には十人ほどの兄弟がいて、ほとんどの男性王族は決まっていた公爵家や他国の婿に出たが、とある理由で婚約者の決まっていなかった一番下の弟が王室に残されたという。
それが彼か……。セラから聞いた王室の現状と鑑みると、身分の高くない女性を正妃とした現国王のために、“予備”として王族に残されることになったのだろう。
本来、『王弟』という役職は、王の政治面を補佐する大公爵に相当する。
でも、私が想像したとおりの事情なら、彼は公爵に相当する権力さえ与えられず、ただ一人の王族として“飼い殺し”のような状況にあるのだと推測する。
そう考えると、彼にとって兄である現王と正妃の血を引く王太子は好ましい存在ではないはずだ。だから、自分と近い状況にいるエレーナに歪んだ庇護欲を感じているのではないだろうか。
「なんとか言ったらどうだっ」
無言のまま佇む私にアモルが焦れたように短剣を向けると、疲れたような顔をしたセラがやんわりと彼を諫める。
「おやめください、殿下。この者は今回の協力者である“虹色の剣”の一人です。リーダーのドルトンは、その功績から準爵位を得ている貴族でもあります」
「一代限りの平民貴族だろう。ドワーフの貴族で冒険者など、荒くれ者と変わらない」
彼は少し頭の固い人間のようだ。私はアモルの後ろにいるエレーナと視線を交わし、彼女は小さく頷いた。
私たちは、互いの傷を舐めあうような“弱い”関係じゃない。互いに生きていればそれで充分だと確認し合って、私はセラと口論するアモルに背を向ける。
「貴様、どこに行くっ」
「この場の敵は倒した。護衛ならセラと騎士たちで充分だから、後はあなたの勝手にするといい。私は念のために周囲を探索しながら仲間たちと合流する。これ以上の文句があるのなら、私たちの“雇い主”に言え」
「なっ」
私の物言いにアモルが絶句する。本来なら王族に対して不敬なのだろうが、セラも騎士たちも動かず、エレーナは横を向いて口元を手で押さえていた。
虹色の剣の雇用主は、この国の宰相だと聞いている。直接の雇い主は宰相でも王族の護衛として雇っているのだから、それを承認したのは国王陛下となるはずだ。
アモルの意見に同調するのは王命に逆らうことでもあり、それを理解しているセラや騎士が動かないことは理解できるが、私の不敬に対しても動かなかったのは、それほど虹色の剣は騎士たちに信頼があるのだろう。
彼らから別れて元の場所に戻るとすでにフェルドが殲滅を終えていて、わずかに生き残った襲撃者を騎士たちが捕縛していた。
私が姿を現すとそれに気づいたフェルドが片手を上げる。
「アリア、無事だったか。そっちの様子はどうだった?」
「問題ない。対象の無事も確認した」
ヴィーロやセラには叱られても、ただ心配されるのは慣れていないので、少しだけむず痒い気分になる。
怪我どころか疲労もないフェルドと連れ合い馬車へと戻り、一連のことを報告すると入れ替わるようにヴィーロが馬車から出ていった。
雇用主の関係者であるセラがいたので挨拶に行ったのだろう。たぶん、ヴィーロもアモルと一悶着はあると思うが、しかめっ面で戻ってきたヴィーロはやはり何かあったのか、無言で私の額を軽く指で弾いた。
私たちの馬車は、そのままエレーナの一行と合流して一緒に港町に向かうことになった。ただ一緒と言っても、私たちが先行して露払いをするので、特に顔を合わせることもない。
そもそもエレーナはともかく、アモルは私と顔を合わせるのを嫌がると思う。
ヴィーロがセラから聞いた話では、今回のダンジョン攻略には元々アモルは関係なかったのだが、彼が無理矢理自分の参加をねじ込んできたらしい。
“予備”である彼が危険なダンジョンに入ることを認められるとは思えないが、逆に言えば、それを認めざるをえないほど王家の力が落ちてきているのだろう。
それほどまで王家がダンジョンに求める物とはなんなのか……
数日が経過し、私たちとエレーナの一行は、問題もなくフーデール公爵領の港町に到着した。
身体が弱かったエレーナは数日休むかと思っていたが、他の一行はすでに到着していたようで、襲撃者の生き残りを港町を管理する準男爵に渡して、そのまま船に向かうそうだ。
ヴィーロの報告によれば、襲撃者は“貴族派”である侯爵の寄子である男爵家の手の者だったらしく、おそらくその男爵は尻尾切りのように見捨てられるはずだが、その寄親である侯爵の弱みを握れただけでも充分な戦果と考えるらしい。
港町の中級宿に執事のお爺さんと馬車を置いて、乗り込む予定の大型船に向かうと、出港は二日後と決まった。
その大型船はフーデール公爵所有の軍用帆船で、最大で千人の兵を乗せられるという話だが、今回はダンジョン攻略をする数十人と、公爵領の騎士や船員を含めても百五十名しか乗っていない。
その日はドルトンとヴィーロが関係者に挨拶だけをして、その翌日の夕餉で全員の顔合わせが行われた。
船内にあるパーティーホールで顔合わせした時、エレーナとアモルの間に立つ王太子と紹介された少年が、私を見て少しだけ驚いた顔をしていた。
その様子を不思議に思っていると、隣に居たフェルドがこっそり教えてくれる。
「俺と初めて会った時を覚えているか? あの時、俺とミラが護衛をしていたエルと呼ばれていた少年が彼だ。アリアのことも覚えていたようだな」
「…………」
フェルドと“初めて”会った時は覚えているよ。
なるほど、エルヴァンだから“エル”か。フェルドに言われてようやく思い出したが、王太子ともあろう人物が、よく街に行くことを許されたものだ。
だけど私は、王太子であるエルヴァンのことよりも、エレーナの横に並ぶ“彼女”たちのほうが気になった。
一人は、ダンドール辺境伯のお嬢様でクララと呼ばれていた少女だ。あの時から数年経ち、見た目は14歳ほどまで成長して、もう一人前の美しい淑女となっていたが、私を見た瞬間に盛大に顔を引きつらせた。
そしてもう一人……“彼女”は私の姿を見留めると、病的な隈の浮き出た顔を歪ませ、可愛らしい笑顔を浮かべた。
もしかして……とは思っていたが、王太子の婚約者とは、やはりカルラか。
【カルラ・レスター】【種族:人族♀】
【魔力値:440/450】55Up【体力値:29/51】4Up
【総合戦闘力:749】426Up
……恐ろしいほど強くなっている。
体力値だけは呪いのように増えていないが、魔力値だけならサマンサや師匠と同等以上にまで増えていた。
どれほど過酷な訓練をしてきたのだろうか、おそらくは一人でダンジョンに潜り続けていたのだろう。
もし彼女と戦うことがあるとしたら、必ずどちらかが死ぬ“死闘”となる。
顔合わせの夕餉は、酒が振る舞われる立食式のパーティーとなり、外見上の見た目は成人近くに成長していても、実年齢は社交界に出ることができる学園入学前の12歳以下である子供たちは、早々に部屋に戻らされた。
私は冒険者なのでそこら辺は曖昧だけど、ヴィーロは酒が絡むとダメな大人になるので、私も早々に退散する。
海の上でも魔物は出現する。まだ港内であり船自体も魔物避けの香を焚くので、甲板に出ても危険はないが、それでも護衛のいるエレーナたちが夜の甲板に出てくることはない。
それでも私が夜の甲板に出てきたのは、人間の襲撃者の警戒と、ある“予感”があったからだ。
「やっぱり、居ると思っていたわ、アリア」
「お前なら一人で外に出ても誰も気にしないだろう、カルラ」
見た目も内面も以前よりも病的でありながら、その生き様は美しくすらあった。
膨大な魔力を隠すこともなくゆるりと近づいてきたカルラは、ニコリと微笑みながら私に手を伸ばし、尖った黒い爪で私の頬をなぞるように線のような傷をつける。
その瞬間に私もカルラの細い首を片手で掴んで、その手に少しだけ力を込めた。
「ここで殺し合うか? カルラ」
「やめておくわ。ここは、私たちに相応しい“舞台”じゃないもの」
私がカルラの咽から手を離すと、カルラはハンカチで私の頬に流れる血を拭き取り、【治癒】を使って傷を消して、汚れたハンカチを胸に抱く。
「血を流すアリアは綺麗……いつか、私の心臓から溢れる血であなたを穢したい」
「勝手に死ね」
私たちは甲板の縁まで歩くと並ぶようにして手摺りに背を預ける。
「カルラがダンジョンに潜る目的はなに?」
「アリアにならなんでも教えてあげるわ。私たちがダンジョンに潜る目的は、ダンジョンの精霊から“加護”を貰うことよ」
「……その“意味”を知っているの?」
ダンジョンの精霊から得る【加護】には“罠”がある。
精霊はダンジョンの最下層に到着した褒美として“加護”を与えると言われているが、定命の人ではない精霊の与える力は、定命の者には“毒”となる。
「もちろんよ。能天気に可愛らしいエル様や、ダンドールの“お嬢ちゃん”は分からないけど、自分でそれを調べた“お姫様”は、加護を拒否するのではないかしら?」
年上のクララを“お嬢ちゃん”と笑うカルラを見つめて、私はその先にあるものを尋ねる。
「ならば、カルラは何を望む?」
「加護を得られたら素敵ね……きっと、“私”らしく生きられるようになるの」
「その“身体”を治すの?」
うっとりと月空を見上げるカルラにそう問うと、彼女は少しだけ私を向いて薄い笑みを浮かべた。
「あの月はアリアのようね。だから夜に住む私たちはあなたに手を伸ばすの」
「カルラが身体を治すのなら、協力してもいい」
手摺りから背を離して歩き出す私にカルラが愉しそうに声を掛ける。
「私がそうなっても良いの? あなたを殺そうとするかもしれないのに?」
「今の私たちと何が違う?」
軽く振り返ってそう返すと、カルラがけたたましく笑い出し、少ない体力値をまた減らしていた。
そして夜は明け、私たちを乗せた船はフーデール公爵が管理する離島へと出発した。精霊がいるという“大規模ダンジョン”を目指して。
殺伐としていながら微妙な関係です。
次回はいよいよダンジョン突入。
三人の悪役令嬢と二人の攻略対象者。そしてヒロインを降りたはずのアリアの運命は?
次は水曜日の更新予定です。





