100 再会と出会い
同レベルの敵との戦闘。
“敵”から放たれた殺気が、暗い森そのものを震わせた。
この殺気と戦闘力から判断すると、相手はランク4の斥候系暗殺者か。
先ほどの攻撃からして、この敵には“迷い”がない。行動に迷いがないということは確固たる“信念”とそれを達成するための強い“意志”があるのだろう。そういう敵は視えている戦闘力以上に危険だと判断して、より一層警戒する。
暗い森の中、互いに“敵”の姿を一瞬だけ捕捉して、私は敵を見失い、相手は私がこの木の後ろに身を隠したことを知っている。
後手に回っては不利になる。そう判断した私は【刃鎌型】のペンデュラムを頭上の枝に掛けて、糸を使って一気に木の上に飛び上がる。
だが、相手も同じことを考えていたのか、飛び上がると同時に何処かの木の上からナイフが飛んできた。
だけど、その攻撃はこちらも想定内だ。
跳び上がった勢いのまま他の木の枝に飛び移ってナイフを回避した私は、飛んできた方向と角度、そして森の中で隠れられる場所を推測してペンデュラムを投げ放つ。
指先と【操糸】で軌道を変えたペンデュラムが樹木の裏を狙うと、微かに刃の弾かれた音がしてそこから人影が飛び出した。
暗視で“視えて”いても、相手の隠密レベルが高いのか輪郭しか捉えられない。
だが、“殺し合い”をするならそれで充分だ。その“人影”に向けて私がすかさずスカートのスリットから抜いたナイフを投擲すると、“人影”の周囲に風の魔素が気流のように渦巻き、私の投げたナイフが逸らされた。
だけどそれに驚く間もなく、“人影”から何かが放たれたと感じて、樹木を盾にして躱すと、その幹の表面に硬質な何かが食い込んだ。
これは……“礫”? ナイフより威力は劣るが、角を尖らせた小さな金属の塊は、手練れが使えば人の皮膚を容易く突き破る、使い方の難しい暗器の一種だ。
そして私のナイフが逸らされたのは、風の属性魔術である【風幕】だろう。これは術者の周囲に展開して矢を防ぐものだが、これが使えると言うことは最低でも2レベルの魔術が使えるので、ペンデュラム以外の私の投擲は、ほぼ無効化されると思ったほうが良い。
想像通り厄介な相手だが、それならそれで戦いようはある。
「――【幻覚】――」
木から木へ飛び移りながら、私は構成しておいたレベル4の闇魔法、【幻覚】を解き放つ。私の技量ではまだ生物を自然に見せることはできないが、この“暗闇”の中でなら話は別だ。
ブンッ……と周囲から『暴れて飛び回る蜂』の気配を創り出すと、その瞬間に飛び出してきた“人影”に向けて、私は近場の木の幹を蹴るように飛び出し、空中で交差するその“人影”と互いに蹴りを繰り出した。
相手の蹴りが私の肩を打ち、私の蹴りが“人影”の脇腹を蹴り飛ばす。
だが“まだ”だ。お互いの身体が宙に浮いている間はまだ攻撃できる。
一瞬の感覚と判断による“空中機動”。何もない空間に勢いよく脚を振って、空中で体勢を変え、構えた黒いダガーで“人影”を狙うが、相手がとっさに構えたナイフとぶつかりお互いに弾かれた。
また少し距離が空けられる。その瞬間に“人影”から放たれた礫を、両腕を振るようにして回転して躱すと、その勢いを使って投げ放つ【分銅型】のペンデュラムが、遠心力で“重さ”を増して、周囲の木の枝を薙ぎ払いながら“人影”の風の護りを突き破った。
『――ッ!』
相手が微かに息を漏らして、ついに“人影”が地に落ちた。
……女? 蹴り合った体重と体型からするとその可能性が高いと感じて、私は即座に速度重視の戦闘に切り替える。
私も地面に降りるとその瞬間を狙って礫が放たれる。私は一瞬も止まることなく横に転がるように回避しながら、再び【分銅型】を“人影”の真上から叩きつけた。
(っ!)
だが相手は、地に落ちた不安定な体勢のまま、真横にスライドしてペンデュラムを避けると、“線”状になった風の魔素を撃ち放つ。
おそらくは【風刃】だと推測する。ゲルフの防具ならまともに受けても斬り裂かれはしないが、まともに受けて一瞬でも硬直すれば、その後にどんな攻撃をされるか分からない。
「――【魔盾】――」
私の“目”で視える風の魔素に合わせるように一瞬だけ出した【魔盾】で【風刃】を受け流す。
「――【幻影】――」
この暗い森の中では二手に分かれた“私”を暗視で見分けるのは困難なはず。それでも注意深く見れば分かるレベルだが、“人影”は観察する手間さえ惜しんで“礫”でどちらも同時に攻撃してきた。
幻影が礫を受けてかき消える。でもその一瞬の間に滑り込むように礫を躱して、接近した私が黒いダガーを繰り出すと、相手はまた横にスライドするような足捌きを見せて私の刃を躱し、そのままナイフを振り下ろした。
身をすり合わせるような距離の接近戦。私と“人影”は牽制をすることもせずに、相手を一撃で殺せる急所だけを狙い、互いにギリギリで躱していく。
振り下ろされたナイフを、私もスライドするような足捌きで躱し、ネコのように体勢を低くして地面を蹴り、全身を使って“人影”の足下を薙ぎ払うと、相手は側転するように跳び避けながら再び距離をとった。
「…………」
この動き……どこかで見た覚えがある。その思いは相手も同じなのか、互いの間で1秒か2秒……奇妙な“間”が生まれた。
その瞬間、私の【探知】が複数の人影が接近してくるのに気づく。
『こっちにいたぞっ!』
黒鎧の襲撃者が四人……邪魔だ。そう思った瞬間に私は地を蹴って、低空を転がるように回転しながら【刃鎌型】のペンデュラムを投げ放つ。
先頭を走っていた黒鎧がギリギリで刃を避けると、私はその瞬間に糸を引いて、鎌状の刃が男の頸動脈を引き裂いた。
そのまま両手で地面を掴むように全身をたわめて飛び出した私は、もう一人の男の足を蹴って転がし、その眉間に黒いダガーを根元まで突き刺して殺す。
残り二人……その気配を探ると、残りの黒鎧二人は“礫”に撃ち抜かれて痛みに硬直した瞬間、飛び出した“人影”に組み付かれるように首をへし折られて死んでいた。
「「…………」」
暗い森の中で互いを警戒して【隠密】を使いながらも、私たちは同時に殺気を消して相手の様子を窺う。
「……セラ?」
「……やはりアリアでしたか。途中で“もしかして”…とは思いましたが」
互いに相手を確認して、私たちは【隠密】を解いて姿を見せる。
「久しぶり、セラ」
「久しぶりですが、わずか二~三年でよくそこまで強くなりましたね……」
わずかな期間だが、セラには隠密戦や体術以外にも、私が活動する上で役立つ様々なことを教わった。
「ヴィーロからはあなたの生存を聞いていましたが、彼があなたを『虹色の剣』に誘ったのは“保護”ではなく“確保”だったのですね。どうやらヴィーロは、あなたの強さを意図的にこちらに伝えなかったようです」
ヴィーロは私の情報を全て伝えてはいなかった。セラはヴィーロが私を確保するために黙っていたと考えたようだが、おそらくそれだけではないだろう。
それを示すように私達の間には数メートルの距離がある。
「アリア、あなたがグレイブに襲われたのは聞きました。だから、あなたが我々を信用できないのも理解しています」
「セラ個人に思うところはない。だが、暗部は別だ。敵対はしないし、内容によってはヴィーロのように仕事を受けもするが、私が暗部に戻ることはない」
「……そうですか。それにしても……」
セラは軽く溜息を吐いて私をジッと見る。
「まさか、たった三年で追いつかれるとは、思ってもみませんでした」
「まだ、近接面では追いついてないと思うけど?」
「あなたをヴィーロに取られたのは口惜しく感じますが、『虹色の剣』ならあなたの力をさらに伸ばしてくれるでしょう。追いつこうとしていた、うちの息子にとっては不幸ですが……」
「……?」
私が首を傾げると、セラがまた溜息を吐いて頭痛がしたように眉間を指で押さえた。
「綺麗にもなりました。まだ髪は切らないでいてくれていますね」
「セラやセオと“約束”したから……」
私が髪をあまり切らないように伸ばしていたのは、二人との約束があったからだ。
そう考えると私は随分二人を信用していたんだな……そういえばセオはどうしているのだろうか?
“約束”と口にした私に、セラが私を見る視線が優しくなり、殺し合いをしていた殺伐とした空気が少しだけ和らいだ。
「こんな所で世間話をしている暇はありませんね。こちらに来た襲撃者は、先ほどのあれで全てだと思いますが、アリアがここにいるということは、他の『虹色の剣』もこちらに来ているのですか?」
「加勢に来たのは私とフェルド…剣士の男だけだ。彼は途中で殲滅作業に入ったので、セラ並の人間がいない限りは、すぐに片付くと思う。……こいつらは何者?」
「こちらも“殿下”の安全を確認するので、あなたも“虹色の剣”なら一緒に来てください。歩きながら少し話しましょう」
“殿下”ということは、やはり王族が来ているのか。
私たちは真っ暗な森の中を音もなく滑るように移動しながら、セラが簡単に状況を教えてくれる。
今の王家は、とある“原因”から求心力が低下している。
表だった理由としては正妃である王妃殿下の生家の身分が低いことにあり、力のある“貴族派”の上級貴族たちは、その正妃の血を引く王太子が、このまま次代の王になることに反感をいだいていた。
王家の力を安定させるために、まだ学園にも通っていないような王族やその婚約者をダンジョンに潜らせ、そこからある物を得ようとしているらしいが、一般の貴族家には知らされていないその“ダンジョン攻略”を嗅ぎつけた“貴族派”が、この機に王太子の襲撃を企てたそうだ。
暗殺して都合の良い次の王太子を立てるのか、捕らえて自分たちの言うことを聞かせようとしたのか知らないが、その襲撃を察知したある王族は、王太子の代わりに自分が囮になることで“貴族派”を罠に掛けようとしたらしい。
「…………」
だから護衛の数があまりいなかったのか……それなりに腕の立つ騎士を選んでいたようだけど、その騎士も“予定”より多かったと言っていた。
それでもお忍びである以上、あれ以上の護衛も難しいのかもしれないが……
「随分と無茶をしたな。その“殿下”とは誰?」
「それは、あなたが直に会うと良いでしょう。普通なら叶いませんが、“虹色の剣”とはそれほどの冒険者なのですよ」
そのまま暗い街道に出ると、そこに数名の騎士に護衛された大きな馬車が見えた。
そこに近づく私たちに騎士たちが警戒して武器を向けるが、近づくその一人がセラだと気づいて騎士たちは安堵の息を漏らす。
「セラ様、ご無事でしたかっ! 襲撃者は……」
その騎士はセラに駆け寄り話しかけながらも、チラリと不審げな視線を私へ向けた。
「この者は、今回の宰相閣下が依頼した“虹色の剣”の者です。こちら側の襲撃者は、彼女たちの協力で排除は済みました。それで殿下のご様子は?」
「件の冒険者の方ですかっ、……随分とお若いようですが。それと殿下は……」
「――アリア?」
その時、軽やかな若い女性の声が聞こえて、馬車から今の私と同じくらいに見える、金髪の少女が姿を見せた。
「エレーナ…様?」
「やっぱりアリアなのね……」
クレイデール王国、第一王女エレーナ・クレイデール。
以前は静養が必要なほど身体が弱かった彼女だったが、この三年で随分と快復したのか、私と同じ11歳となり、私と同じように魔力で成長して、今では13~14歳ほどの姿に変わっていた。
互いに幼子ではなくなった相手の姿を見つめて、エレーナは少しだけ泣きそうな顔でニコリと微笑み、私のほうへ一歩踏み出そうとすると――
「待ちなさい、エレーナっ!」
そう彼女を呼び止める声が聞こえて、馬車から飛び出してきた二十代半ばほどの男性が、エレーナを庇うように私の前に立つ。
「叔父様っ!」
「迂闊に近づいてはいけないよ、エレーナ。顔見知りのようだが、その恰好からすると荒くれ者の冒険者だろう。貴様、何が目的で近づいたっ!」
その男はエレーナを庇いながら、腰から優美な短剣を抜いて私に向ける。
「……“叔父様”?」
私がそう呟いて彼の後ろにいるエレーナに視線を向けると、彼女は溜息を吐くように静かに頷いて、彼の正体を告げた。
「ええ、そうよ。この方は、父様……陛下の一番下の弟殿下であられる、アモル・クレイデール様ですわ」
ついに新たな攻略対象者が現れました。
どうして彼がここにいるのか? その目的とは?
次回、王弟アモル。……面倒くさそう。
ついに100話となりました。ここまで書けたのも読んでくださった皆さまのおかげです。
誤字報告も大変助かっております。
思ったりよりも長くなりましたが、このダンジョン編は学園編の導入部にもなりますので、第一部の最後までもう少々お付き合いください。
10月中には第二部の学園編を開始する予定です。